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第三章 林間合宿と主なき神獣

ヨルムンガンド(3)

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「さて、わたしたちは部屋に戻ろう。夏目、おやすみ」

「夏目くん、ヨルムンガンドのことよろしく。おやすみなさい」

「ああ。二人共、おやすみ」



 燐と桜は、ヨルムンガンドを夏目に預け部屋へ戻る。

 ヨルムンガンドは、夏目の膝の上にとぐろを巻いたまま顔を上げ見つめていた。



「えっと、ヨルムンガンドのこと訊いてもいいか?」

「ボクのこと?」

「ああ。俺は、ヨルムンガンドのこと詳しく知らないから。教えてくれるとありがたいなって」

「………………」



 ヨルムンガンドは考える。兄であるフェンリルと契約を交わす夏目のことを。己を傷つける人間か、それとも利用しようと企む者か。しかし、こうして見つめても敵意や殺意などは感じられず、傷つける意思が見受けられない上にフェンリルが信頼を寄せているのが分かる。



 泣いて流した涙を拭い、頭を撫でてくれたこと。その手が、優しくて温かさを感じた。大丈夫、彼は敵でも危険な人間ではないと判断する。



「いいよ。ボクの何が知りたいの?」

「……っ! ありがとう。そうだな、生まれとか……えっと、諸々かな」

「全部だね。そうだなあ、ボクは――」



 ヨルムンガンドは語る。フェンリル同様、神話に語られる己の話を。



 ――北欧神話に登場する毒蛇の怪物。その名は『大いなるガンド(精霊)』を意味する。



 ロキが、巨人アングルボザとの間にもうけたまたはその心臓を喰らって産んだ魔物のうち一匹だ。他の魔物がフェンリル、ヘラと。



 他の呼称では、ミドガルズオルム、ミズガルズの大蛇、ミッドガルド大蛇、ミッドガルド蛇、世界蛇など。



 ヨルムンガンドら子供たちはいずれ神々の脅威となることを予見した主神オーディンが、ヨトゥンヘイムで育てられていたヨルムンガンドを連れてこさせ海に捨てた。しかし、ヨルムンガンドは海底に横たわったままミズガルズを取り巻きさらには、自分の尾を咥えられるほどの巨大な姿に成長した。



 雷神トールが、巨人のヒュミルと共に釣りへ出た際にヨルムンガンドを釣り上げ、鉄槌ミョルニルでたおさんとしたが、船が沈むことを恐れたヒュミルが釣り糸を切ってしまい、海中に逃がしてしまう。その時、ヨルムンガンドは頭部に一撃を受けながらも海中へ逃れている。



 また、トールが巨人の王ウートガルザ・ロキの宮殿を訪れた際の話では、「猫を持ち上げて床から脚を離してみせよ」と言われたトールが猫の胴を高々と持ち上げたものの、床から離すことができなかった。実はこの猫は、ウートガルザ・ロキの幻術によって猫の姿に見えていたヨルムンガンドであった。



 そして、ラグナロクが到来する時、ヨルムンガンドは海から陸へ上がりその際に大量の海水が大陸を洗う様子が語られる。ヨルムンガンドとトールの戦いで、トールはミョルニルを三度投げつけ、ヨルムンガンドを打ち倒すことに成功するが最期に吹きかけられた毒のために命を落とす。決着は、相打ちという形で終わることになった――。



「――っていうのが、ボクの話だよ」

(フェンリルと同様に中々の逸話だな……。さすが、神話に名を連ねる神獣だ)



 ヨルムンガンドの話を聞きそう思う夏目。

 語り終えたヨルムンガンドの顔は不満気だ。



「でも、神の勝手な気まぐれなのか何のかこうして蘇らされるのは不服だよ」



 頬を膨らませるヨルムンガンド。この反応は、兄のフェンリルと同じでやはり兄弟なのだろう。



「だけどね、この時代には美味しいものや興味がそそるものがたくさんある。今、こうして存在してるんだしそれら全部でボクの欲を満たしたいんだ。もう、勝手気ままに脅威だからと捨てられるのも、殺されるのも嫌だよ……」

「……………………」



 ヨルムンガンドの想いを聞いた夏目は何も言えず、ただ頭を撫でてることしかできない。そんな主と弟を見たフェンリルは唐突に言う。



「我輩には生きる理由が今はある。主と交わした約束だ。主と共に自由に世界を渡り歩き、美味しいものや腹一杯に肉を食べ好きに生きる」

「フェンリル……」



 そう、以前に交わした約束とフェンリルの望みだ。あの時、フェンリルの全てを理解したわけでも知ったわけでもない。それでも、夏目はふいに「美味しいものを食べる旅を一緒にしないか」と。行ってみたい場所を巡り、美味しいものを食べ歩く旅を、そう提案した。



 その話を聞いたフェンリルは笑い、夏目のことをお人好しと評しだが今までそんな提案をしてきた人間はいない。



 夏目の提案に、フェンリルは嬉しそうに共に旅をしようとお互いの間で約束を交わし合う。

 これは夏目とフェンリルにとって大切な交わしごと。



「い、いいな~~!」



 それを聞いたヨルムンガンドは見るからに羨ましがる。



「フンッ。これは、我輩と主だけの約束ごとだ。愚弟の入る隙きなどない」



 フェンリルは意地悪くそう言いながら一刀両断してしまう。



「~~っ! ふぇ、んぐっ……うっ……」



 そんな風に兄に言われた弟は目に涙を溢れんばかりに溜め、今にも声を出して大泣きしてしまいそうだった。



(ま、まずいっ……!)



 大声で泣かれては、部屋の外にまで響き大変なことになってしまう。そう思った夏目はヨルムンガンドにも同じ提案を伝える。



「なら、ヨルムンガンドも一緒に行かないか?」

「ぐすっ……ふへ?」



 ポロポロと溢れこぼれていく涙が夏目の服を濡らす中、ヨルムンガンドは泣き顔で見上げ固まった。溢れてこぼれていく涙を拭いながら言葉を続ける。



「美味しいものをいっぱい食べて、興味が引かれることを全部しよう。俺でよかったらどこまでも付き合うぞ? ヨルムンガンドはどうしたい?」



 笑って訊く夏目の言葉に涙が止まり、言葉に悩みながらも答える。



「か、叶うのならボクも兄さんと、兄さんが信じる君と一緒に行きたい!」

「最初からそう言えばいいものを」



 ヨルムンガンドの言葉に、フェンリルはぶっきら棒に言いフンッと鼻息を一つし、手の掛かる弟だ、と表情が語る。

 夏目はもう一度、ヨルムンガンドの頭を優しい手つきで撫でた。



「じゃあ、決まりだな。一緒に行こうか、ヨルムンガンド。今後ともよろしくな。あ、そうだ。俺のことは、夏目でいいよ」



 笑う夏目に釣られたヨルムンガンドも、泣き笑いの顔で元気よく返す。



「うん! よろしくね、夏目!」



 こうして、ヨルムンガンドとも大切な約束を交わし仲良くなるのだった。
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