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第三章 林間合宿と主なき神獣

第三幕 ヨルムンガンド(1)

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 ヨルムンガンドが吐き出した猛毒が消えるまで待つしかない夏目たち。次第に薄くなり、完全に消えてから桜は結界を解く。



 猛毒の煙が消えたからといって安全というわけではない。湖から這い出た蛇を見上げた夏目は、その大きさにゴクリと生唾を飲み込み呟いた。



「お、大き過ぎないか……」



 体長七メートルは超える鱗に覆われ丸みを帯びた胴体、その太さも成人男性を二人ほど束ねたくらい、もはや怪獣映画に登場する怪獣そのものだ。

 金色の瞳が、夏目たちを見下ろし頭を振り落とす。



 その行動が何を意味するのか理解した三人とフェンリルは、その場からすぐさま飛び退き回避行動に出る。ヨルムンガンドは頭を地面に叩きつけ、地響きを起こし周辺にヒビが入り深さ二メートルの大穴を空けた。



「容赦ないな⁉ あれ一発でも当たれば死ぬぞ⁉」



 夏目がヨルムンガンドの頭突きを見て叫ぶ。

 ヨルムンガンドは同じ攻撃を何度も繰り返す。このままでは、湖周辺は穴だらけとなり大事になりかねないと判断したフェンリルが呼び掛ける。



「ヨルムンガンド! 我輩の声が聞こえぬのか! ヨルムンガンドッ!」



 しかし、何度フェンリルが名を呼んでも声が届いていないようで湖から這い出てくる。牙を剥き出し、完全に出てきたヨルムンガンドは尻尾を縦横無尽に振り乱し叩きつけた。



 ――ドゴンッ!

 ――バキバキッ!

 ――ドンッ!



 地面にクレーターをいくつも作り、周りの木々を薙ぎ倒し尻尾による破壊行為は止まらない。ヨルムンガンドの攻撃に為す術がない三人は、その身に受けないよう逃げ回るしかなかった。



「ちょっ⁉ これ、どう止めればいい⁉」

「わたしに訊くな! これほど巨大だと攻撃の威力や影響が大き過ぎてどうにもできない!」

「おまけに、兄であるフェンリルさんの声が聞こえてないみたいだし! 一発でも受ければ、あたしたち即死よ!」



 頭上から、横からくる尻尾を回避しつつ衝撃からも逃げながら叫ぶ三人。

 暴れ狂う弟に、フェンリルが飛び出し眉間へ頭突きをぶちかます。



「いい加減、止まらぬか! この愚弟が!」



 ――ゴンッ!



 眉間へフェンリルの頭がぶち当たり、ヨルムンガンドの体がよろめき横顔へもう一発と猫パンチならぬ狼パンチを繰り出す。



 ――バンッ!



 渇いた音が盛大に響き、フェンリルの渾身のパンチで地面に倒れ込むヨルムンガンド。土煙を巻き上げ、倒れた衝撃で地面が揺れそれも収まってから近寄る夏目たち。

 目を回し、動かなくなったヨルムンガンドの顔を前足で踏みつけるフェンリル。



「えっと、その……弟を踏みつけていいのかフェンリル?」



 その光景を目にして疑問を口にする夏目。



「これは……何とも言えない兄弟図だな……」

「お、大人しくさせるためとはいえ踏みつけなくてもいいんじゃないかしら……」



 困り顔で言う燐と、桜までもがどう反応すればいいのか困り果てる。だが、フェンリルはフンッと鼻息を一つし言う。



「我輩の声を聞かぬヨルムンガンドが悪い。それに、また暴れ狂われても困るであろう」



 と肉球をヨルムンガンドの顔に食い込ませながら堂々とする。それには三人共、確かにそれはそうだなと頷き納得してしまう。とはいえ、この大き過ぎるヨルムンガンドをどうするかで悩む。



「フェンリルみたいに小さくならないのか?」

「それはヨルムンガンド次第だ」



 夏目の問いにフェンリルは短く答える。

 ここはヨルムンガンドに起きてもらうしかない、ということでフェンリルが起こすことに。前足の肉球で何度も叩いて起こすとようやく目を開けた。



「おっ、起きた」

「起きたようだな」

「起きたわね」



 夏目、燐、桜は同じことを言う。目を覚ましたヨルムンガンドは、最初にフェンリルを瞳に映し数秒後、大粒の涙を目から溢れさせ流す。



「えっ⁉ どうした⁉」



 急に泣くヨルムンガンドに戸惑う夏目たち。フェンリルだけ、特に気にもせず要件を伝える。



「今すぐ、小さくなれ」



 命令口調で言うが、ヨルムンガンドは声を出して泣いてしまう。



「うわぁぁああああああああああああんんんっ!」



 手がないため流す涙を拭うことができず、大粒の涙が止めどなく流れていき水溜りを作る。声を出して泣くだけで、会話にすらならない状況にフェンリルが痺れを切らした。



「ええい、泣くな! 五月蝿うるさい、鬱陶しい!」



 そう怒ると余計に、わんわんと泣き出してしまい見かねた燐がフェンリルを落ち着かせることに。



「ま、まあそう怒らないであげてくれ。泣くには何か理由があるのだと思うぞ?」



 それに続いて桜も、フェンリルを窘める。



「そうよ。もしかしたら、フェンリルさんに踏みつけられて泣いてるのかも」



 二人に言われて前足をヨルムンガンドの顔から退かし怒りを収めるフェンリル。それに代わって夏目が、ヨルムンガンドの顔のそばに近づきしゃがむ。



「ほら、泣くなよ」

「ううぅっ、ひっく、ぐすんっ……」



 右手を伸ばし、大粒の涙を拭いながら頭を撫でる。鱗は硬く、しかし肌触りは悪くなく撫でる手に鱗が突き刺さることもなくむしろ温かさを感じた。



「俺たちを襲ったのにも理由があるんじゃないのか? その理由を聞かせてくれ」

「すんっ、ぐすん……」



 そう言いながらずっと撫でる夏目を視界に捉えたヨルムンガンドは、泣き止み鼻を啜りながら答えてくれる。



「……こ、怖くて……ボクを殺しにきたと思ったんだ……」

「「「「…………………………」」」」



 渋く低い声を持つ兄のフェンリルとは反対で、幼い子供の男子のように高い声を持つヨルムンガンド。

 そして、殺しにきたと思った、という言葉に夏目たちとフェンリルはお互いに顔を見合わせ固まった。
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