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第二章 神喰い狼フェンリルと不死鳥フェニックス

決闘と誓い(6)

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 熱い。特に、右手が。しかし、痛みは感じない。ただ熱いだけ。



 そう感じるのは、フェンリルと共に過ごした時間が信頼関係を築き上げた。人によって信頼は、不確かなのもでそれに全てを懸けるには値しないのかもしれない。だが、夏目にとっては揺るぐことのない繋がりであり証そのもの。



 この手に燃える蒼炎は、夏目が敵と認識した相手には死を与えかねない代物。



「――っ!」



 春人を睨みつけ、夏目は地を蹴った。真っ直ぐ、馬鹿正直に突っ込む。そこへ、フェニックスが立ち塞がるがフェンリルの前足による横殴りを食らい吹き飛ぶ。



「主の行く手を阻むでないわ!」



 フェンリルの太い前足の横からきた殴りを脇腹に受け、数メートル吹き飛びながらも体勢を整え甲高い奇声を上げる。



「キュゥッ、ェエエエエエエエエエエエエエエエエッ!」



 業火の威力を最大まで引き上げ、フェンリルへ向け塊を無数に放つ。燃え上がり、四方から襲うそれは地面を抉り焦がし、熱風を巻き起こし呼吸すら困難にさせる。



 グラウンドの半分はフェニックスの業火によって赤く照らし、建物も木々も全て焼き払う勢いで破壊されていく。



 放たれた塊を躱し続けるフェンリルは、走る速度を上げ徐々にフェニックスとの距離を詰め背後を取る。

 左翼に牙を食い込ませ思い切り噛む。



「ガァブッ!」

「キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」



 暴れるフェニックスへ、四本の足を胴体へ爪を立て引き離されないよう固定し、何度も噛む行為を続け容赦なく左翼を根本から噛み千切る。断面から炎が血飛沫のように吹き出す。



「ペッ……」



 噛み千切った翼を吐き捨て、地面に崩れ落ちるフェニックスへ追撃。もう片翼の右も同じ様に真ん中から噛み千切り、今度は顔を深く引っ掻き両方の目玉を爪で抉り出す。



「これでしばらくは動けまい!」

「キュッ……、ピィッ……」



 鳴き動こうとするが体は言うことを利かず、纏う業火の威力も落ちフェンリルに組み敷かれ弱々しいフェニックス。



「あとは主次第」



 そう呟き、夏目へと視線を向ける。



 突っ込んだ夏目は、蒼炎を纏う右手を伸ばす。

 掴まればひとたまりもない、と悟った春人は後退し距離を取ろうとするが夏目の身体能力が桁違いに向上しており、踏み込む一歩一歩が開いた距離さえも一気に縮められる。



「なにっ⁉」



 右手は、春人の胸倉を掴もうと伸びる。



「――っ⁉」



 頭を後ろへ腰を反らし、間一髪で避けた状態からバク転。

 夏目は視界の下から、春人の爪先を捉える。避ける暇はない。



 繰り出したバク転からの爪先は、夏目の顎下を的確に狙いぶち当たる。爪先から伝わる衝撃に、春人は口の端を吊り上げ次の攻撃の手を頭の中で描く。

 そのまま手を地面につき、体勢を整えようとする春人の動きがアンバランスに止まった。



「えっ?」



 口からもれる戸惑いの声。視線を足に向け気づく。



「なっ⁉ 熱いっ!」



 顎下に左手を添え、春人の靴を受け止めている夏目の姿を。



「そう何度もあんたの攻撃を受けるわけないだろ!」



 蒼炎を未だに右手に纏わせたその手は、春人の振り上げた足首を掴み大振りに体を放り投げる。



 軽々と放り投げる様に驚きつつも、受け身を取る春人へ追撃が襲う。受け身を取る僅かな時間と、投げて開いた距離を夏目は詰めていた。目の前、無防備になった頭上から左足からの踵落としを見舞う。



「おらあっ!」

「つっ⁉」



 咄嗟に腕をクロスし、夏目の踵落としを受け止めた春人が立つ地面にはクレーターが起き周囲はその衝撃でヒビ割れる。



「うっ、ぐぅっ⁉」



 重すぎる足技に歯を食いしばり耐える春人だったが、重撃に耐え切れず両膝をつき全身から汗を吹き出す。



 夏目の左足は義足。戦闘向けにと、玄也が作り上げた物。繰り出す衝撃に耐えられる設計であり、フェンリルが傷を癒やすためありったけの神通力を流した結果、身体能力が異様なまでに引き上げられ一撃だけで建物を破壊、地面にクレーターを作るほどの威力を発揮する。



 ――ドゴンッ。



 夏目の踵落としは、春人の腕からずり落ち二人の間に穴を作った。

 両腕が痺れ感覚もない、衣服は破れ腕には赤い線が入り血が滲む。



「はあっ、はあっ、はあっ……」



 荒い呼吸を繰り返し動けない春人。



 腕が上がらないことに目を開き、だらりとぶら下げる状況に危機感を募らせる。そこへ、終わらない夏目の反撃。

 視界の端に、蒼炎を捉えるが避ける暇も余裕もなく纏う拳を顔面で受けてしまう。



 ――バアンッ!



 殴られた一発で、皮膚を焼き激痛が全身に伝わり視界はぐちゃぐちゃに。数メートル、殴り飛ばされ地面を転がる春人の体。



「いぎっ、うぐっ……」



 意識が飛ぶかと思いきや、焼かれた激痛で無理矢理に繋ぎ止められ呼吸が苦しい。視界は赤く染まり、眼球はかろうじて無事だが血が目に入り痛む。全身の関節、特に腕と顔が痛く声も上げられない状態。



 腕の骨は折れているだろうし、鼻もいったかと思考の片隅に思う。



「これで仕留めるっ!」



 そう発し、姿勢を低くした夏目は脚に力を込め人間離れした跳躍を見せた。数十メートルを超える高さから、左足を突き出した格好で急降下。勢いをそのままに、春人を殺すつもりで仕留めに掛かる。



「――っ!」

「――っ⁉」



 組み敷かれたフェニックスが、主の危機に満身創痍の体に鞭を打ちフェンリルの足から暴れ狂い逃れる。



「ピィッ――!」

「この鳥はまだ動けたのか⁉」



 と驚愕し、口から青い炎を吐き阻止しようと試みるがどれほどの攻撃をその身に受けようとも止まらず春人を護りにいく。



「主!」



 叫ぶフェンリル。

 夏目の急降下から繰り出された足技を、フェニックスは自らの体を盾に受け止めて護り抜く。



「こ、こいつ……!」



 義足から火花が散り、焦げた臭いと業火が周囲を熱く明るく照らす。足技を防がれ、夏目の体が後方へ吹き飛ばされつかさずフェンリルが駆け寄りボフッと受け止め支える。



「主、無事か⁉」

「ああ、なんとか。でも……」



 義足はもう使い物にならない。

 火花と共にバチバチと音を鳴らし、今にも壊れそうな状態で体を支えられるかも分からない。あれで、仕留める気で放ったが防がれ失敗に終わった。



 しかし、春人もフェニックスも限界のはず。それは夏目も同様だった。いくら、フェンリルから神通力を流し込んで力を得て戦えるようになったとしても、まだ強化途中でありこれ以上の無茶は肉体が保たず内側から破裂しかねない。



「フェンリル」

「主」



 お互いの顔を見て頷き合う。

 これが本当の意味で最後の一撃。この手で決めると、夏目は右腕を突き上げ蒼炎はまだ勢いを失わず燃え盛る。



「フッ……」



 そこへ、フェンリルは息を吹き掛ける。すると、蒼炎は一瞬だけ手から消え開いた手の平に小さな球体が生まれた。



「燃え上がれ!」



 夏目の言葉に呼応した小さな球体は、膨張していき燃え上がりフェンリルからの火力増強へと口から青い炎を吐き混ぜ込む。



 どこまでも澄んだ蒼い炎は、直径三メートルの大きさまでに膨れ上がり、熱風を起こして周囲の木々を根本から吸って引き抜き飲み込む前に灰へと変え、太陽のように明るく直視ができないほど目が焼ける痛みを与える。



 フェンリルに体を支えられながら立つ夏目は、春人とフェニックスに向け右腕を振り下ろし蒼炎を放つ。



「これで終わりだっ!」



 蒼炎に対して、フェニックスは全身から業火を放ち迎え撃つ。しかし、その業火も蒼炎は飲み込み威力を上げる助力へと変わってしまう。



「フェニックスの業火を食らって威力が増したのかい⁉」



 その光景に驚愕し、扱える神通力を春人は全身に纏いフェニックスと共に蒼炎を霧散させようと動く片腕を突き出し、手袋から業火を放つがそれも飲み込み無意味だった。



「な、なんだと言うんだいその炎は――⁉」



 眼前に迫りくる蒼炎は、神殺しと神獣を包み込み、結界で覆われたグラウンドの全てを薙ぎ払い焼き尽くし爆ぜた。
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