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第二章 神喰い狼フェンリルと不死鳥フェニックス

秘密の特訓と決闘直前(4)

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 学校が休みの土曜日。今日は、今朝から秋山家にお邪魔し神通力を纏い打撃の特訓に精を出していた。



 一昨日に神通力を初めて纏い、昨日もその特訓に時間を費やしたお陰で初歩的なイメージなしで両手に纏えるようになった夏目。



「ふっ、つっ……。はあ!」



 ――パンッ、バシュッ ドゴンッ!



 サンドバッグは軽く揺れる程度だったのが、神通力を纏った拳で殴ることで激しく揺れ中身をぶち撒けるほど威力を出せるように。燐に教えられた通り、体の重心や腕の使い方から中心線を狙い抉るように拳を打つ出す。



 それを意識しながら数時間、ひらすらに打ち込み続ける。そのぞばで見守るフェンリル、燐は道場にはおらず出かけている。



 お昼時、桜に呼び出しを受けた燐は神山学園へ。生徒会室に来て欲しい、とメッセージを受け取り赴く。

 ノックをしてから入室する燐だが、集まっている人物を見てその表情は険しく嫌な予感がした。



「失礼します」



 一礼する燐。生徒会室には、呼び出した桜と会長の春人、そして美哉の三人。



(空気が重いな……。まさかと思うが、わたしと夏目の計画がバレたのか……?)



 背中に嫌な汗が一筋、流れていく。

 春人は、燐が来たことに笑顔で訊く。



「逢真くんの特訓は上手くいっているのかい?」

「――っ⁉」



 その言葉に美哉と桜が同時に燐へ視線を向けた。

 燐は、春人の問いにすぐには返答できず悟る。



(やはり、会長は気づいていたのか!)



 美哉、桜を欺くことができても春人の目は欺けなかった。夏目に特訓をつけ、この縁談を壊そうとしていること。

 額から汗が流れる。どう返答をすればいいのか思考を巡らせる燐。静まり返った生徒会室に、春人の声がやけに大きく聞こえる。



「燐くん。あと一日だ」

「は、はい……?」



 何を言っているのか分からない燐へ春人は告げた。



「月曜日の夜、僕と美哉の縁談が行われる。その時間しか、両家が集まれなくてね。だから、その前に学園へ集まろうか」

「………………」

「逢真くんを連れておいで。そこで彼と決闘をしよう」

「なっ……⁉」



 春人の笑顔の提案に、思いもよらず開いた口が塞がらない燐。それはここにいる誰もが同じ反応。桜も兄の提案に驚き声を上げた。



「お、お兄様、それはどういうことですか⁉」

「春人、何を考えているんですか?」



 と、美哉も険しい表情で問う。

 そんな二人の質問に春人は笑顔のまま答える。



「彼も神殺しだ。そして、僕にも譲れないものがある。なら、力で奪い護るしかないじゃないか」



 燐に視線を向け言葉を続ける春人。



「秋山家も、雪平家の思い通りにならないため裏で動いているのだろう? だからこの場を、最後の望みを叶える場所にしようと思っただけだよ」



 笑顔で語る春人の目は、有無を言わさない圧が込められていた。



「それに、美哉も結果次第では心を決められるだろう?」

「……っ。そ、それは……」



 婚約者の言葉に何も言い返せず黙り込む美哉。

 誰もが驚き言い返せない空気が包む中、驚きから冷静さを取り戻した燐は内心、願ったり叶ったりだ。この提案を飲まない理由はない。



(これで夏目が、会長に勝てば縁談を阻止できる! もちろん、そんな簡単なことではないが。それでも、夏目ならきっと……!)



 拳を握りしめ、夏目を信じる燐は春人の提案に乗った。



「分かりました。逢……夏目にもそう伝えておきます。後悔しないでください、会長」



 逢真と呼びかけたが、もう隠す必要を感じない燐は名前を口にし不敵な笑みで春人に向け言い放つ。



「楽しみにしているよ」



 その笑みに、春人も見るからに余裕でこちらも楽しげな笑みで返す。

 燐は一礼してから生徒会室をあとにする。早足で自宅へ、この話をすぐにでも夏目に伝えたい思いに駆られ帰ってくるなり道場へ直行。



「なっ……、えっ……」



 扉を開け、そこで目にした光景に驚きと少しだが恐怖心が全身を身震いさせた。



 汗だくになりながらも、夏目は一心不乱にサンドバッグを殴り続けていた。道場の畳の上に転がる残骸たち。この特訓のためにと、それはもう大量に注文しストックしていたサンドバッグが見るも無残なものへと。



 真っ二つになったもの、穴がいくつも空き中身をぶち撒けたもの、中心の一箇所を穿ち萎んだもの、原型を留めていないものと様々。



「お、お嬢……。彼はいったい何者ですかい……?」



 燐の存在に気づいた従者が、サンドバッグを道場へ運び待機していたがその破壊する夏目の姿に驚愕し固まり動けない。



「な、夏目は神殺しだ……。だが、この数をたった数時間の間に破壊したのか……?」



 変わり果てたサンドバッグたち、見える範囲だけでも数は二十を超えている。

 夏目の両手は赤く腫れ上がり、血が滲み痛々しい。それでも彼は神通力を拳に纏わせて殴り破壊を続ける。



「燐か。戻ってきていたようだな」



 フェンリルが道場の入り口に突っ立ている燐に気づき近寄り声を掛ける。



「フェンリル……。これはいったい……」

「うむ。主は、何としてもこの力をものにしたいと一心不乱に打ち込んでいる。その結果、拳に纏わせることなら難なく可能だ。そして、打撃による威力を出す感覚を体に叩き込むために無我夢中で殴り続けているといったところか」

「それで、この数を……」

「ああ。今の主は、覚醒した頃の弱い主ではないぞ? まだ打撃にむらがあり威力も低いが、何もできないと思うでない。主は確実に強くなっている」



 フェンリルの誇らしげな顔、言葉、何より神通力を纏い破壊行為をやめない夏目の姿を見て燐は思った。



(これなら、美哉先輩を救える……!)



 春人との決闘まで残り一日。
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