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第一章 神殺しと巫女

特訓(5)

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 森に入り歩くこと三十分、奥に進み頭上を木々が生い茂り陽光を遮る。辺りは暗く、動物の気配も感じられない静けさ。



「この辺りでよかろう」

「ここ? 何もないけど、いったい何をする気なんだ?」

「暴れる」

「……はっ?」



 フェンリルの言う通り森へ入り、奥へ進みようやく到着したかと思えばその一言に口を開けて固まった夏目。



 強引に首輪を外すフェンリルは、固まる夏目を放置してのしのしと進み距離を取る。そして、息を大きく吸い込み口を開け炎を吐く。



「――って、吐くな!」



 青い炎が森林を焼く。夏目の制止に耳を傾けることなく、また吐き出し周りは炎に包まれ塵と化する光景に珍しく感情が表に出る。



「ああああっ⁉ 森が! やめろ、フェンリル! これ以上、燃やし尽くすと俺が放火犯になるから! 重罪だからやめろっ!」



 叫び、フェンリルに怒るがその声に応える気はない様子で吐く行為を続ける。



「だから! やめろってば! 森を燃やすなっ!」



 夏目は、森林破壊を続けるフェンリルに頭を抱えてしまう。いくら怒鳴っても止める気はない様子に、脳裏には自分が警察に捕まってニュースになるという想像もしたくない未来が浮かび別の意味で絶望する。



「ふむ、やはり足りないな」



 自身が吐いた炎の威力を確かめこぼすフェンリル。己が持つ本来の威力が出せず落ちている、と。他に、何が発揮できていないのか能力を見ることに。



 爪を出し、前足を振り上げ横殴り衝撃波を起こす。木々を薙ぎ倒し突風で、陽光を遮っていた草木も圧し折れ光が差し込む。

 高く跳躍し地面に大穴を空け、尻尾を使い肉眼では視認できない風を発生させ木々を斬り倒す。



「……………………」



 フェンリルの破壊行動にもう何も言えず立ち竦む夏目。暴れ終わった結果、その場から木々は全て根こそぎ灰へと変わり果て、地面は焦げ花も草もない焦土と化す。



「……これ、どうするんだよ……」



 目の前の光景を見て途方に暮れる夏目だが、フェンリルは心配はいらぬと。



「雪平から許可は得ている」

「えっ?」

「ここへ来る前に、この森一帯の所有者である美哉の祖父へ彼女伝手で相談しておいた。我輩の常態を確認したいからと、場所を貸してもらえるかどうか。当主はあっさり、許可を出したようでな。どれほど破壊しようとも構わぬそうだ」

「い、いつの間に……」



 しかし、これは許容範囲なのだろうかと破壊された森の一帯を見て思う。

 フェンリルがこの森へ訪れた理由は一つ。己の能力が、どこまで扱えるか知るため。冷静に己の能力を見たフェンリルは夏目へ伝えた。



「我輩の力は、本来の四分の一程度しか扱えぬ。理由は分からぬが、この程度では神を殺すなど到底、不可能であろう」

「じゃ、じゃあ、どうするんだ?」

「我輩の能力を完全に解放するにはおそらく、主の技量はもちろん最強とうたわれるほど強くなるしかないと見る。主の強さが、我輩にも影響を及ぼすというのなら鍛え解放していけばいいだけのこと」

「なるほど。弱いのなら強くなればいいってことだな」

「うむ。そういうことだ」



 そう考えるフェンリルの意見に賛同する夏目。

 ただし、片方だけが強くなったところで果たして意味があるのかとフェンリルは思う。神相手に、フェンリルも一度は殺されている。そして、蘇らされ契約を結び縛られているのではないのか。



 夏目に、フェンリルを私利私欲に利用しようとしているとは思わない。が、このままでは夏目もフェンリルも、悪神に殺されてしまう可能性も考慮しなければ。



「主には、我輩の恩恵を受けられるだけの肉体を作ってもらわねばならぬ」

「フェンリルの恩恵?」

「そうだ。肉体強化はむろん、五感強化、治癒能力も向上するだろう。だが、今の主では我輩の恩恵を受けるだけの器が完成していない。現状、与えるとそれに耐え切れず四肢が吹き飛ぶ」

「はいっ⁉」



 フェンリルの説明に顔を青ざめる。四肢が吹き飛ぶ、それは即死を意味しているのでは、と首をこれでもかというくらいに振り乱す。



「だからこそ、まずは肉体強化に専念してもらう。そのあとから、戦闘知識や技術を磨けばよい」

「わ、分かった。耐えられるだけの肉体を作る」



 そうして、フェンリルと共に強化方針が決まった。

 美哉に鍛えられ、フェンリルにも協力してもらう運びに。



 翌日、早朝の五時。



「主、起きろ」

「う、んっ……」

「主」



 フェンリルの前足の肉球が、夏目の顔に押しつけられ息ができず苦しさを覚える。



「……っ、んんっ! うぐっ……!」

「起きないか」



 あまりの苦しさに、右手で前足を叩き起きたと意思表示する夏目。それを確認してから前足を退けるフェンリル。



「さて、早朝ランニングだぞ。主」

「ふぇ? 今、何時?」

「五時だ」

「……早い」

「つべこべ言わず着替えて走るぞ」

「……美哉に似て鬼教官じゃないか……」



 叩き起こされ顔を洗い着替えランニングへ。



 今日は中型犬のサイズになり、共に長距離を走り込む。その次は、小型犬になったフェンリルを腰に乗せて腕立て伏せ、その次も頭に乗せてバランスを取りながらのスクワット。負荷をかけてのメニューへ切り替える。



 美哉が見守る中、休憩を挟み中型犬のサイズとなったフェンリルから攻撃を避ける特訓。



 中型犬のサイズとはいえ、攻撃は鋭く目では追えない速さで絶え間なく繰り出される。爪だけではなく後ろ足からの蹴りや噛みつきも混ぜ夏目を翻弄。

 必死になりながら動き回り避けようとする夏目だが、何度も爪や牙が体の至る所に受け血が滲む。



 今後、この特訓を毎日することに。

 ようやく、特訓漬けの一週間が終わりを迎えた。道場の床に倒れ込む夏目を、ふわふわのモフモフの毛並みがクッションの役割を担う。



「はあ、はあ、はあ……。や、やっと終わった……」

「ふっ。我輩も久々に体を動かせたからな。あのままでは鈍ってしまう」



 と、体を動かせたことが楽しかったらしく張り切っていたフェンリル。

 フェンリルをクッションに休む夏目たちを見て口にする美哉。



「最初に比べれば随分と仲良くなったようですね」



 微笑ましい光景に笑みを受かべる。



「これなら、フェンリルが言うことを聞かず暴走もなさそうですし」



 そう言い残し夕食に取り掛かる。

 最終日の食事はフェンリルの要望で肉祭り。

 夕食を作り終えた美哉が道場まで呼びに来る。



「夏目、フェンリル。夕食ができましたよ」

「おっ。着替えて食事にしよう」

「そうだな」



 夏目は着替え、フェンリルは一足先に向かう。テーブルに並ぶ要望通りの肉祭りに、涎を垂らし尻尾を振る。



「おお! 我輩が注文した通りの肉!」

「ふふっ。好きなだけ、食べてくださいね」

「おお、これはまたすごい肉料理!」

「夏目も戻ってきましたし、食事にしましょうか」



 着替え終えた夏目も混じり夕食を頂く。トンカツ、ハンバーグ、、ステーキ、肉団子と洋和中と何でもありのメニュー。

 肉料理が食べたいフェンリルと、一週間の特訓漬けに頑張った夏目のため腕によりをかけた美哉。



 幼なじみの料理スキルに感服の夏目とフェンリル。

 胃袋からも掴む、という美哉の密かな計画を知らずお腹を満たされ特訓を終える夏目だった。
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