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第一章 神殺しと巫女

特訓(4)

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 六日目は、フェンリルを喚び出し夏目との連携だ。

 これまでの特訓の成果だろうか、夏目の影からフェンリルを召喚できるようになった。



「えっと、来い、フェンリル」



 足元の影が一層に暗く淀み、そこからフェンリルが姿を見せる。喚ばれ影から這い出てきた大きさは大型犬。

 残り二日の特訓メニューは、連携とコンビネーションを鍛えること。



「フェンリルにだけ攻撃させても多勢に無勢です。夏目も強くなりつつある今、コンビによる攻撃が有効なこともあります」



 指を立て、夏目とフェンリルに説明をする美哉。今日も今日とて、巫女服だ。



「フェンリルの攻撃は何故か、単調で防ぎ易く躱され反撃を受けやすい。あの有名な神喰い狼が、です」



「「…………」」



 夏目もフェンリルも黙ってしまう。現に、美哉の指摘通り使徒との戦闘でフェンリルはむやみに突っ込みただ攻撃を当てようとするだけ、夏目はその際に受ける傷を全て負い意識を失い倒れた。



「そこで、フェンリルにもただ攻撃を仕掛け受けるのではなく、夏目との意思疎通を頭に入れお互いの戦闘時の行動に組み込んでもらいます」



 と、美哉に指示された内容は一緒に散歩だった。

 フェンリルに首輪をつけて散歩に出かける。五日ぶりの外の空気を肺に吸い込み、大きく息を吐く夏目と、首輪にリードと明らかに犬扱いに不服なフェンリル。



「何故、我輩がこのような扱いを受けなければならないっ……!」

「いや、だってどう見ても大型犬にしか見えないし。それに、首輪とリードなしで出歩くと俺が警察のご厄介になるから」

「くっ……。神にすら恐れられた我輩がこんな惨めな思いをする羽目になるとは……!」

「まあ、森に行くまでの辛抱だから」



 夏目の言うように、森の方へ向かう。これには、フェンリルの指示だ。人のいないかつ邪魔されない場所と。

 人気のない静かな空気が澄んだ森へと足を踏み入れる。その道中に、夏目とフェンリルは会話を重ねお互いのことを話す。



「俺は、事故で家族を失って、その際にフェンリルを喚んだんだよな」

「うむ。契約時のことは、我輩も知っている」

「そっか。今は、両親が残してくれた遺産で学園にも通えて生きている」

「あの娘、確か美哉と言ったか」

「ああ。俺の幼なじみだ。あの事故にも深く関わっているというか、なんというか……」

「…………」



 歯切れの悪い答えにフェンリルは、夏目に思ったことをそのまま問う。



「主。娘、美哉に対して負い目を感じているのではないか?」

「…………っ」



 森の獣道を歩きながら、その問いに息を呑み押し黙った。

 図星だと判断したフェンリルは言葉を続ける。



「何に負い目を感じている?」

「……あの事故で俺は、何もできず両親をただ助けたいって燃え盛る炎の中に無謀にも飛び込もうとしたんだ。危険だって分かっていたのに……。それを美哉が止めてくれて、でもその時に俺は振り払おうとして美哉の肩を、手に持っていた破片で傷つけた……」



 本音を語る。その話に口を挟むことなくただ聞いてくれるフェンリル。



「今でもあの時の傷跡が深く残って、肩を出す服とか肌が見える水着とか着れず、お洒落や遊びが何もできなくなってさ……。何より、その傷を見た相手が美哉のことを嫌な目で見たり酷いこと言ったりして、美哉がもっと傷ついたらって考えると。全部、俺のせいなのに……」



 美哉の左肩にはくっきりと深い傷跡がある。破片を夏目が刺して引き裂いたことで、手術で何針も縫い完治したとしても傷跡は消えなかった。



 鎖骨から肩にかけて残っているため、美哉は肩や鎖骨が見える服を着ない、水着は以ての外だ。夏目はそう思い込んでいる。



「……そうか」



 フェンリルはただその一言。一拍置いてこちらも語った。



「我輩が好きなのは、肉全般だ。嫌いなのは神。縛りつけ、最期は剣で貫かれ死んだ、と思いきや勝手に蘇らせ悪神を殺すためにまた縛りつける。あまりにも、身勝手な言動だ!」



 と怒りを滲ませ吐き捨てる。



「だがまあ、主を恨むことも殺そうとも思わぬが。ただ、扱き使われるのは癪だ」

「そうなのか?」

「うむ。我輩にだって、自由に世界を渡り歩き腹一杯に肉が食べたいのだ。好きに生きていたい、と思う」



 フェンリルが口にした望み。

 この語り合いで何もかも理解したわけではないし、そこまで自惚れるつもりはないがその望みを知った今、夏目の中でふいに思うことがあった。



「この戦いが終わったら、一緒に旅とかしないか? 行ってみたい場所とか、美味しいものを食べ歩く旅を……」



 少し遠慮がちに、でもフェンリルを真っ直ぐ見つめ口にする。

 その提案にフェンリルは豪快に笑ってみせた。



「……ふっ、ふはははははっ!」

「えっ、そこ笑うとこか⁉」

「主よ、そんなことを言ってきた人間は主だけだ」

「だからって、そんなに笑うなよ」

「くくっ。そうか、旅か。うむ、主。この戦いが終われば、我輩を世界と美味いものを食べ歩く旅に連れて行ってはくれぬか?」

「ああ、必ず。約束だ」

「ああ。楽しみだな」



 夏目の提案がよほど嬉しいのか尻尾を振り乱し、表情も柔らかく笑みをこぼすフェンリル。お互いにとって何があっても違えぬことのない約束が交わされる。
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