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第一章 神殺しと巫女

使徒襲撃(4)

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 美哉は、自身のスマホで雪平の者を呼び家へ引き返す。



「お祖父様!」

「ん? どうしたんじゃ……っと、夏目くん⁉ すぐ、医者を呼ぶんじゃ! 急げ!」

「は、はい!」



 夏目を背負い、戻ってきた美哉を見てすぐに事態を察した玄也は雪平家の専属医師を呼び寄せるよう指示を出す。



「美哉、部屋に運べ。手の空いている者は包帯、ガーゼ、消毒を用意せい!」



 玄也の指示に慌ただしく動く。車を出した者が医師を連れ戻り、夏目を寝かしている部屋へと案内する。



 巫女や神殺しに関係する者を、一般の病院へ連れていくのは何かと面倒ごとが起きる。そのため、雪平家には専属の医師を用意させ何かあれば呼び寄せるようにしている。



 脇腹の傷が深く酷い有様、義足は壊れ見る影もなく。だが、医師からは神殺しのお陰かすでに肉体再生が始まっており命に別条はないとのこと。

 その後、医師は役目を終え帰り玄也は美哉に事情を訊く。



「美哉、何があった?」

「……使徒の襲撃を受けました。私は大丈夫でしたが、夏目はフェンリルを喚んだようなのですが、主の命令を聞く気はなくただ敵を殺そうと。そのあと、夏目が意識を失うとフェンリルもその場から消えてしまい……」

「ふむ……」



 美哉も傷を診てもらい治療を受けている。玄也は腕を組み、顎に指を当て考え込む。



「まず、使徒の襲撃は続くじゃろうて。それと、夏目くんの傷はおそらくフェンリルが受けるはずじゃったものを全て負うようになっている、と見るべきじゃろうな」

「それはどういう意味ですか? お祖父様」



「フェンリルは神の子じゃ。その力を容易に扱える代物ではない、何かしらの代償を支払う必要があるのかもしれんな。フェンリルが受ける傷は、契約者である夏目くんが代替わりとして負う。命令を聞かないのは、夏目くん自身に問題があるとしか言えんのう。こればかしは、本人同士の間で解決せねばならん」



「具現化が解けたのは、夏目の意識が切れたからと?」

「ああ。強制的に解除されるのじゃろう。夏目くんが持つ、神殺しの能力を扱い切るには彼自身の問題を解消せねば使徒にも勝てぬ。それどころか、同じ神殺しと殺り合えば確実に死ぬ。美哉、しばらく夏目くんに付き添うがよい。いいな?」

「はい、分かりました」



 美哉は頭を下げ、玄也は部屋をあとにする。襖が閉まり、面を上げ眠る夏目の額に触れる。



「夏目……」



 弱々しく呟く。まだ戦えず力の扱い方も知らない夏目を護れなかった、と唇を噛む美哉だった。



 美哉と玄也の会話を知らない夏目は、白と黒が入り交じる夢の世界にいた。

 左足の義足を失いその場に座り込んでいた。以前は目の前にはフェンリルがいたが、今回はいないようで辺りを見渡すと背後から影が覆う。振り返り見上げれば、そこには捜していたフェンリルが夏目を見下ろしている。



『だから言ったであろう。――小僧とは神がもたらす契約によって一心同体。そのように、いつまでも我輩に恐怖心を抱き向け縛られていれば小僧の想いには応えぬつもりだ。肝に銘じろ、と。故に命令を聞く道理もなく、我輩が負うはずだった傷も小僧へ伝わる』

「………………」



 夏目は、傷のことを言われても黙ったまま。フェンリルは、責めるだろうと思い込んでいたが見上げたままの状態で口にする言葉に固まった。



「あれは、俺の弱さが引き起こしたことだ……。フェンリルのせいじゃない。責めるなんてことしない」

『……………………』



 予想とは違う返答に驚くフェンリル。見下ろしたままだったが、腰を下ろし夏目の背後に座り込む。夏目もフェンリルの方へ向き直り言葉を続けた。



「正直、俺はまだ怖い……。事故の時のことを思い出すんだ。血の海、咀嚼する音と姿、死体を見ることが……」



 そんな思いを吐露する夏目にフェンリルは告げる。



『だが、力を望み欲したのは小僧自身であろう? そして、その力に頼らなければ何もできなかったのではないか』

「ああ、そうだ……。フェンリルの言う通り」



 膝の上に拳を握りしめ肯定する夏目。あの時、望み欲したのは己自身。



『小僧。本当に怖いのは、小僧が言うことではなく、目の前で大切な人を失うことではないのか? だからこそ、神殺しの力を望み欲しいと我輩を喚び出したはず。それと同時に、その力に飲まれることが真の恐怖ではないのか?』

「――――っ!」



 フェンリルの言葉に息を飲む。言葉を発することはなくとも、アホ毛が上下に揺れ肯定を表す。



 夏目が心に、恐怖を抱くのは望み欲し手にした力が制御できず結果的に美哉を失うことに繋がってしまうこと。だから、フェンリルに対しても神殺しの力にも恐怖心が芽生え消えないのだ。

 フェンリルは、そんな夏目の本心に気づいており問う。



『小僧。何を求め、何を得て、何を成したいのか?』

「……俺はただ、護られてばかりは嫌だ。もう、大切な人を失うのも……」

『ならば、受け入れろ。我輩を、神殺しとなった己を。いくら時間が掛かっても構わぬ。求め手に入れた己を受け入れ望みを叶えろ。そうすれば、我輩は――主が死ぬその時まで力になろう』

「…………っ!」



 初めて、主と呼ばれフェンリルを見つめる夏目。

 夢が覚める瞬間が訪れ、夏目はフェンリルに向かってこちらも初めて笑みを見せた。



「……んっ」



 夢から覚め上体を起こす夏目。畳に敷かれた布団と部屋を見渡し、ここが美哉の実家だと理解する。襖から差し込む日差しで一夜が開け今までずっと眠っていたことも。

 スッ、と襖が開きトレイに包帯やガーゼなどを乗せ手に持つ美哉と目が合う。



「美哉……」

「夏目……!」



 布団のそばに寄りトレイを置き、起き抜けの夏目に抱きつく美哉。彼女から伝わる温もり、心臓の鼓動が、迷い逃げていた夏目に決心させる。



「良かった……! 本当にっ……!」

「ごめん。心配かけて」

「もう本当にですよ」



 しばらく抱きしめられたままでいたあと、美哉から眠っていた間の話を聞かさせれる。このままでは、使徒にすら勝てず同じ神殺しとぶつかれば確実に死ぬだろうと。

 美哉は、そうならないよう護り抜くと言うが今のままでいいはずがない。



「美哉。お願いがある」

「お願いですか?」

「ああ。フェンリルとのことはたぶん大丈夫だ。問題なのは俺自身。俺には戦うための知識、体力、力があってもそれの扱い方を知らない。だから、教えて欲しい。全部」

「夏目……」



 夏目の申し出に驚きつつも、顔には出さないが嬉しさが込み上げてくる。やっと、強くなりたいと思ってくれたことに。



「それなら、私が特訓をつけます」



 そう笑顔で夏目の思いに応える美哉だった。
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