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第一章 神殺しと巫女

使徒襲撃(3)

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 空中に生み出された剣と光る矢は真っ直ぐこちらに切っ先を向けて飛来。



「死ね!」



 そう叫ぶ男。



「ちっ」



 舌打ちと同時に美哉の能力で創り出された氷壁がどちらも防ぐ。が、剣の何本か軌道を変えて氷壁を躱し襲い掛かる。



「――っ!」



 左手で氷壁を創り、右手を伸ばし軌道を変えて襲う剣を瞬時に凍てつかせ地面に落とす美哉。それをただ見ているだけの夏目。何もできないでいた。



(な、何が起きているんだ……。急に襲われて、それを美哉が防いで……)



「さすが、雪平の巫女だな!」



 パチパチ、と拍手を送りながら高笑いをする男は自ら名乗り上げ、美哉との対戦を望む。



「俺は里見だ。巫女、俺と殺り合おうぜ!」

「私は七海。必然的に君と殺り合うことになるわね」



 隣にいる女も名乗る。そして、相手は夏目となる。



「夏目。私が片づけるまで耐えてください」

「えっ……⁉ お、俺、戦えないぞ⁉」

「逃げ回るだけでいいですから」

「ええっ⁉」



 美哉と夏目の会話など気にも留めず、里見は七海から数本の剣を受け取り駆ける。氷壁を脚力だけで飛び越え、美哉に向かって剣を振り下ろす。

 それに美哉も応戦。氷壁を崩しその欠片を操り里見へ攻撃の手に移った。



 里見は、剣で氷の欠片を斬り落とし着地と同時に体勢を整え真正面から突っ込む。美哉は、両手に冷気を纏わせ上下左右に振り下ろされる剣を受け流し躱す。

 時に、腕を横に振り冷気が里見の体に当たる瞬間、氷の塊となって打撃に変わる。

 里見も、負けじと剣戟を繰り広げる。斬り込み、氷の打撃に耐え、塊を刀身で砕く。



「やるじゃねえか!」

「そちらも」



 目の前で起こる戦闘に呆然と突っ立て、ただただ眺めるだけの夏目。そんな彼に、七海は隙だらけと笑みを浮かべて容赦なく、空中へ新たに生み出した無数の光の矢を一斉に切っ先を向け降らす。



「――――っ⁉」



 七海の攻撃に数秒、遅れて気づいた時には頭上に切っ先を下に向けられた矢たち。それに本能が警告する。

 逃げろ! と。それに従いその場から逃げ出す。間一髪で、降り注ぐ矢から難を逃れた夏目だったが七海の追撃は終わらない。



「ちょっ、嘘だろ⁉」

「まだまだ、これからよ!」



 次から次へと生み出される光の矢に翻弄される夏目。雨の如く、夏目を狙い降り注ぐ矢から逃げ回る。しかし、貰ったばかりの義足では上手く立ち回れず何度も転び、その度に地面に突き刺さる矢が衣服を掠めていく。



 それでも横に転がっては立ち上がり、逃げ回り続けるのが精一杯。



「く、くそっ! な、なんでこんなことになるんだよ!」

「あはははっ! 逃げ回るだけとかダサいわね!」



 と高笑いしながらも攻撃の手は止めない七海。



 一方、美哉と里見も接近戦を繰り広げていた。

 里見は、両手に剣を持ち連続で斬り込み、美哉も氷で形成した槍を手に応戦。

 華奢な体とは思えない軽やかな動きで里見を翻弄しつつ、槍術で攻撃を入れ相手の剣戟を受け止め流し躱しカウンターを入れて見せる。



「このアマッ! その細い体のどこに力があるんだよ! くそ楽しいじゃねえか! 斬り刻んで殺したいな!」



 一旦、距離を取りその戦闘時の姿にますます美哉へ闘争心を燃やす里見は、地面に転がった氷漬けの剣を足で蹴り拾い上げ宙へ投げる。



「なにを?」



 投げられた剣を見てこぼす美哉。見つめる剣は、切っ先をあらぬ方向へしかし糸に引っ張られるかのように柄がこちらに飛んでくる。一直線に飛来するそれを数歩、後退し体を左へ逸らし避ける。なにも難しいことはない、簡単に避け切れるものと思っていた美哉の背中、死角から斬りつけられた。



「なっ⁉」



 傷は深くないが痛みが全身に伝わる。



「どういうことですか⁉」



 普段から冷静を欠かないよう振る舞っていたが、今ばかりは驚きを隠せない美哉の中で焦りが出る。

 背中を斬りつけた剣は弧を描きながら、またしても死角から飛来する。全方向に警戒し、里見から距離を取る美哉。



「くくくっ!」



 笑いながら両手に持っていた剣を宙へ投げ放つ里見。落ちることなく、重力に逆らって二本とも切っ先を向け襲う。



「面倒ですね!」



 叩き落とそうにも軌道を変えられ槍が当たらない。死角からの飛来に翻弄される美哉とその頃の夏目はというと。

 逃げ続けるのにも体力の限界が訪れたようで肩で息をしへばっていた。



「はあっ……はあっ……はあっ……」

「あら~? もう逃げるのも終わりかしら? それとも逃げ続ける体力が底をついたのかな?」



 と小馬鹿にする笑みを浮かべながら言う。



「じゃあ、そろそろ終わらせてあげるわ」



 情けも容赦もない無数の光の矢が頭上に生み出され、避けられる体力がない夏目には絶望的だった。死ぬのは嫌だ、という気持ちが強くなる。すると、全身の奥から熱が生まれ一瞬だけ息が詰まり、視界に映る時が止まったかのように感じた次の瞬間、眼前には灰色のくすんだ毛並みの狼が姿を現す。



「――フェ、フェンリル……」

「グゥォォオオオオオオオオオオオオッ――!」



 頭上から降り注ぐ矢の雨、咆哮を上げ前足で薙ぎ払うフェンリル。その衝撃波は周りにまで影響を及ぼし夏目の体も二メートルほど吹き飛ぶ。



「おわぁあああああっ⁉」



 フェンリルは、目の前にいる七海へ威嚇し飛び掛かる。体長三メートルをゆうに超える巨躯が地面に大穴を開け右の前足を横へ振る。



「な、なにこの犬は⁉ どっから現れたわけ⁉」



 距離を取り、フェンリルからの攻撃を避けた七海も反撃と言わんばかりに矢を飛ばし脇腹に突き刺し引き抜く。

 が、その痛みと傷はフェンリルが負うことはない。無傷、血すら流さないことに驚愕と怒りを滲ませる七海。



「はあっ⁉ どうして効かないのよ! そんなこと聞いてないんだけど!」



 フェンリルが負わない痛みと傷がどこへいったかと言うと後ろで、吹き飛ばされたあと上体だけ起こし座り込み見守る夏目の方だった。



「がはっ……。あっ、いつっ……。な、なんだ……?」



 突如として襲う痛みに血を吐き、脇腹を押さえ苦悶の声と表情の夏目。己の体に何が起きているのか理解が追いつかない。



「――っ! 夏目!」



 その姿を見た美哉が叫ぶ。



 フェンリルは、脇腹を押さえ血が滲み出し苦悶の主を無視し七海への攻撃を止めない。爪を出し引き裂かんと前足を振り払う。

 動きが単純で分かりやすいと気づいた七海は悠々と避ける。フェンリルの背後に回り込み、地面から矢の先端だけを突き出しこちらへ来いと見え見えの罠へ誘う。



「これなら効くでしょ!」



 それに何の警戒も、罠だと分かっている見え見えの奥にいる七海の攻撃に馬鹿みたいに突っ込むフェンリル。



「あはっ! バカみたいに突っ込んできたわよこのワンコ!」



 後ろ足に突き刺さろうが、肉体を斬ろうがお構いなしのフェンリルは七海を執拗に襲い掛かるだけ。

 その痛みも傷も全て夏目へ伝わり悲痛な声がもれる。



「あぐっ⁉ うぅんっ……!」



 バキッ、バチッ、と義足は誰にも触れられていないにも関わらず音を立て砕かれ壊れた。



 七海へ噛みつこうと大きな口を開けるフェンリルだが、空を切り逆に耳辺りを射抜かれむろんその傷も夏目の頬を深く斬り血が流れていく。



「このワンコ、能無しじゃないの。さっきからバカみたいに攻撃を受けるんだけど!」



 と笑いが我慢できない七海はフェンリルを見ながら腹を抱える。



「いいっ、あああっ……!」



 脇腹から流れる血の量が増え、指の隙間からも血が溢れ返り手も赤く染め倒れ込む夏目。

 さすがの美哉もこれ以上、フェンリルに七海へ襲い掛からないで欲しいと叫ぶ。



「フェンリル! これ以上はダメです!」



 しかし、フェンリルは美哉の言葉など無視してまだ七海を襲おうとする。



「……っ! こうなれば!」



 言うことを聞かないフェンリルに対して、美哉は地面に触れ足元から凍てつかせ動きを封じる手に出た。

 地面が一気に凍り両足とも氷漬けとなり動きを封じられたフェンリル。



「ここまでだな」

「そうね」



 それを見ていた里見と七海の両名は余裕の笑みを作り、



「腕試しはここまでだ」

「また今度、殺しに来るから待ってて」



 そう言い残しこの場を去る。二人を追うよりも、倒れ動かない夏目の方が心配で駆け寄り抱き起こす。



「夏目! 夏目、しっかりしてください! 夏目!」



 氷漬けになったはずのフェンリルもいつの間にか姿を消し、その場に残されたのは血だらけの傷まみれで意識を失った夏目と何度も名を呼ぶ美哉だけだった。
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