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*004 見捨てられた村*
しおりを挟む山から下りながら次第に膨れ上がる不安を拭い去るようにリルは駆けだした。
いつもと違う空気に時折風の運んでくる熱気と血と肉が焼ける臭いが混じりあってその不安を更に強くする。
嫌な汗が流れ出し今にも立ち止まってしまいそうな気持ちを叱咤してリルは村に戻ってきた。
村は焼け落ちてあちらこちらに朝までは生きていたはずの人たちの倒れ伏した姿がある。
男は無残に引きちぎられて女は裸に剥かれて何かしらの液体を体から垂れ流したまま息絶えていた。
気持ちの悪くなる情景にリルはへたり込んだ。
のろのろと家の方に視線を向ける。
そこには他の女達と同じように息絶えた母の姿とそれを庇おうとしたであろう父の姿があった。
「ああぁあ、なん…で…?」
いつも通りの朝のはずだった。
リルはあまりの状況に涙さえ流せない。
ただ現実を受け入れる事が出来なくて地面に縫い付けられたように動けなかった。
「おい、生き残りが居たぞ!」
男の声がしてリルはそちらに視線を向ける。
鎧に身を包んだ騎士の男が駆け寄ってきた。
「この村の者か?」
こくりと頷いたが声は出なかった。
あまりの状況に声を上げる事さえ出来ないのだ。
力なく下を向いたリルは自分の手が震えているのを知った。
騎士に連れられて天幕が張られている場所に辿り着く。
そこにいた人物はリルを見ると騎士に尋ねる。
「その娘はなんだ?」
「は!この村の生き残りの娘です。」
「……この村に生き残りは居ない。ゴブリンどもに村は全滅させられたのだ。」
その言葉に虚をつかれた騎士は一瞬言葉に詰まる。
リルも言葉の意味が分からなくて騎士を見上げた。
だが、騎士の表情を見てリルは自分の状況が良くないものになった事をなんとなく悟った。
「この村には生き残りは居ない。つまりどうすべきか分かるな?」
再びかけられた言葉に騎士は青ざめる。
騎士は小さく返事をするとリルを連れ出そうと引っ張った。
その時、天幕に一人の青年が入ってきた。
リルよりも少し年上だろうか。
赤い瞳が特徴的で漆黒の髪は艶やかで美しい。
とても綺麗な青年だった。
「なんだこの娘は。」
青年はリルを見たが、すぐに興味を失ったように先程対峙していた男の元へと向かう。
「これはアレクシード様お疲れさまでございます。それでいかがでしたか?」
「魔力が尽きた。だが、四分の一は減らせたんじゃないか?」
「それはすばらしい。魔力が回復するまではゆっくりと休憩を。」
「いや、魔力を補充したい。セイルズ伯爵、適当な奴を連れて来い。」
「それは……。」
リルはこのやり取りで先程対峙した男がこの領の領主である事を知った。
そして村長一家が旅行に行くなんてことを言い出した事がそれに重なる。
それはある意味勘違いだったのだが、リルにとっては今それが真実だ。
貴族の戦果の為に村が見捨てられたのだと思っている。
「この村は見捨てられたのね。」
ぽつりと呟いた言葉に青年はまだ居たのかと視線を向けた。
その視線を受けて慌てて騎士がリルを連れ出そうとするが、リルはアレクシードと呼ばれた青年をしっかりと見た。
「魔力があれば仇をとってくれる?」
「な!はやく連れて行かんか。」
伯爵の声が遮るがアレクシードはリルの言葉に興味を示したようだ。
「平民の魔力など高が知れているが、お前が俺の糧となるのか?」
魔力を奪われると言うことは命を奪われるのと同義だと貴族たちは教え込まれている。
アレクシードの周囲の人間がどんどん居なくなるのもそれが理由だ。
そして愛を知らずに育ったアレクシードはすでに何人かの死人を出していた。
魔力を奪われたショックで死んだものが居た事で命を奪われると言うことが事実だと錯覚している。
だが、リルにはそんな知識はない。
魔力は使えば使うほど鍛えられ、減っても戻ると体感で知っている。
リルに恐れはなかった。
「私はここから出して貰えそうにない。貴方が仇をとると約束してくれるなら好きなだけ持っていって。」
「ほう。」
アレクシードは今まで同意の元で魔力を得た事はない。
接触していればどこからでも奪える。
だが、大抵の場合は恐怖に歪んだ顔を見せられ、その魔力も恐れや苦しみの味が混じったものだった。
だからこそ、リルの真っ直ぐな恐れのない表情を見て凍りついた心に一つの変化を齎した。
「お前、名前は?」
「リル。」
「そうか、リル。お前の魔力貰うぞ。」
アレクシードはリルの体を抱き寄せてその唇に自らのそれを重ねる。
魔力を貰うと言われてもどうするのか分からないリルはアレクシードの行為をそのまま受け入れる。
ゆっくりと口を通して魔力が流れていくのを感じる。
「んぅ…。」
アレクシードはリルの柔らかな唇の感触と濃厚な甘い魔力に目を瞬いた。
あまりの甘さに貪欲に吸い上げてしまう。
だが、リルの魔力が尽きる事はなく濃密な魔力が自分の体に充満するのを感じる。
はじめての感覚にアレクシードは戸惑う。
いつもの苦い魔力ではない。
純粋な想いのまま与えられるそれはアレクシードの心を掴んで離さない。
これ以上奪えば命を奪ってしまうかもしれない。
今まで考えた事もない想いが沸きあがる。
とそれを止めたのだが、魔力の供給は止まなかった。
奪うのではなく与えられる事など今までにないことだ。
甘い魔力に陶酔しそうになる。
気が付くとアレクシードは自らの舌をリルの口内に差し入れてその中を味わっていた。
夢中になって気が付かなかったが、濃厚なキスに蕩けるような甘さがアレクシードの心を満足させていた。
「っは…ぁ。」
行為の意味が分からずに夢中でアレクシードに身を委ねていたリルは息苦しい行為からやっと開放されて息を付いた。
そしてアレクシードを見つめて願う。
「仇を、とって。」
「………お前も来い。」
「へ?」
リルの手を掴んだままアレクシードは戦場に駆けた。
その姿をセイルズ伯爵とリルを連れてきた騎士が唖然と見送った。
戦場に戻ったアレクシードは向かってくるゴブリンの大軍に向けて詠唱を開始する。
「我が手に集う炎よ。その力で我が敵を焼き滅ぼせ!」
アレクシードの手に炎の魔力が集まり一気に放たれる。
それは全てを焼き尽くす業火。
その先には何も残らない程強力な火力が敵を焼き尽くす。
「これはすごいな。」
今まで大した魔力を得る事が出来なかったアレクシードはリルの魔力を得て強力な力を手に入れていた。
濃密な魔力による炎はアレクシードが今まで使っていた炎とは似ても似つかない。
焼き尽くす力もその範囲も桁外れになっていた。
燃えていくゴブリンの姿を見てリルはなんとも言えない気持ちになった。
仇をとってと言ったが、この想いはゴブリンが例え全滅したとしても癒える気がしなかったからだ。
それでも許す気になれるかと言うとそうではない。
全滅しつくしても足りないだろうという気持ちにリルは自らの心をどこに向けたら良いのか分からない。
ゴブリンの大群は何度焼き尽くしても沸いてくる。
終わりがないように見えたそれはもはや単純な作業と化していた。
そして一際大きなゴブリンが姿を現す。
その大きさは大人3人程重ねたように巨大な魔物。
ゴブリンキングだ。
その瞳には爛々とした怒りが見える。
巨大な敵が表れた事で騎士たちの隊列に乱れが生じた。
恐れを感じ思わず逃げ出そうとした者たちがいたからだ。
通常のゴブリンは討伐ランクで言うところ最低ランクから一つ上がったDに位置する。
最低ランクではないのは一応人型である事と武器を扱うことからきている。
そしてゴブリンキングはというとランクBに相当する。
単騎でBであって集団での評価ではない。
逃げ出そうとする騎士たちを見てリルは自分の力で狩りたてようという気持ちが沸いてきた。
そしてアレクシードの傍から飛び出した。
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