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貴族令嬢誘拐事件
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社交シーズンともなれば、貴族の令嬢はこぞってパーティーへ参加をしては様々な噂を仕入れたり、流行のドレスに身を包み出会いを探したりというのは恒例行事となっている。
その日、ロンダート子爵家の長女であるジェシカは侍女を連れ立って馬車で王都の町を駆けていた。
パーティーに遅れてはならないので早めに出ようと支度をしてきた彼女達は目的の場所へ辿り着く事は無かった。
周囲を盗賊のごとき風貌の屈強な男達に囲まれて侍女と共に連れ去られた為だ。
マイルズ・ロンダート子爵は怒りに手が震えていた。
娘のものと思われる髪が一束と手紙が子爵の元へ届けられたのは失踪から1日たってのこと。攫われたのが王都であったのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。
その分速く動けるのだから。だが、その失踪が世に知れ渡る事はなかった。
手紙の指示に従った事も一つだが、このような事態が明るみに出れば娘の将来に響く。マイルズは手紙に従う他に手は無かったのだ。
――――…
母であるクレアが居なくなった穴は大きい。ましてやヴァネッサを表に出すなどもはやできる事ではない。
レインフォード辺境伯爵家では、社交を担当できる女性が不足していた。それを埋めて頑張っているのがミリーナ姉様だ。
母に連れられて社交経験が多少あるミリーナ姉様は、失った母達の分も背負って社交を行っている。
社交とはいえ、ミリーナ姉様もまだ子供だ。私と3歳違いでしかない。
つまり、8歳になったばかりの私と11歳になったばかりのミリーナ姉様でその穴を埋める事になるのだが、どう頑張っても埋める事など出来ないのが現状だ。
ただ、親戚筋や断れない系のパーティーには参加が必須となる為、無理にでも出向かなければならないのだが、こればかりは仕方がない。
貴族の勤めと言うやつだろう。ましてや、我々に対する世間の目は冷たかった。
王宮で大事を起こした女の娘、方や魔力が平民程度しかない上に出来損ないと評判の第三王子の婚約者。
これでちやほやされるなど有り得ない。ミリーナ姉様と私はパーティーに参加する度に溜息をついた。パーティは勿論、針のむしろだ。
挫けずに参加し続けたミリーナ姉様と私を褒めてもいいと思う。
そんな中、一つ問題が起きた。どうしても外せないパーティーがなぜか2つ舞い込んだのだ。それも同時に。
仕方がないので私とミリーナ姉様が別々のパーティーに顔を出すという社交経験も禄に無い状態で放り込まれることになった。
よりにもよって女性のみの内輪のパーティー。いやな事態は予想できる。
不安を抱えたまま当日にパーティーへ参加した私だったが、意外と問題なく過ごす事ができて拍子抜けしてしまっていた。
だが、嫌な予感は大抵当たるものだ。
帰ろうとした際に、面識がない上このパーティーに参加しているはずの無い人物に呼び止められ、困惑する事になる。
しかし、殿下に関する大事な話と聞いては付いて行かざるを得ない。
何だか嫌な予感が一瞬過ぎったが、大人しく付いていく事にした。
「急に呼び止めて悪かったね。私はマイルズ・ロンダートという。」
声をかけてきたのはロンダート子爵家の当主様だった。
青い髪は利己的な雰囲気を醸し出している。
だが、彼の緑の瞳はなぜだか揺らいでおり、何かを躊躇っているような感じがする。
「いいえ、殿下に関する事と伺いましたし。はじめまして、リーフィア・レインフォードと申しますわ。それで、一体どんなお話なのでしょう?」
嫌な予感が消えないまま、王都にある喫茶店の個室へ案内されたのだが、護衛も付けずに二人だけで内密の話と聞いてリックも馬車で待たせている状態だ。
できれば速やかに話を聞いてこの場から離れたかった。
「ま、まぁ、せっかく店に来たのだから、お茶でもどうかな?」
そういって、予め準備してあったかのように注文も聞かずにお茶とお菓子がテーブルに並べられる。
「…………。」
目の前に置かれたものを見て思わず息を呑んだ。
「さぁ、遠慮しないでどうぞ。」
笑顔で進めるロンダート子爵。だが、その目は全くと言っていいほど笑っていない。
そして、今もまた緑の瞳が揺らいでいるのが見える。
「これは、随分と美味しそうなお茶ですね。」
「そうかい?なら、良かった。」
「えぇ、とっても香ばしいポイズンマッシュの香りがします。」
「…………。」
にっこりと笑顔をロンダート子爵へ向けると、カップを手に取る。
手に取った瞬間に無詠唱で魔力をカップとカップの中身に浸透させて毒物を排除するイメージで解毒を行う。
初めて使うからぶっつけ本番だけど、ちゃんと解毒できているかしらと思いつつも、そのカップの中身を一気に飲み込んだ。
「なっ!や、やめろ!!」
慌てた子爵がカップを払いのける。だが、中身はすでに飲み干している。
そして、再びロンダート子爵に向き直った。
「ポイズンマッシュの毒は傘に多く含まれています。その傘を刻んだものをお湯で煮出して濾したものが毒として使われます。これは、矢じりやナイフなどに塗って獲物を仕留めるときに使うものです。その毒は、即効性があり3分もしない内に毒は全身に回って死にいたります。」
「分かっていて、なぜ……。」
「こうしないと、きちんとお話が出来ない気がしましたから。」
「…………。」
「無粋ですが、なぜこんな事を?」
「……娘が、攫われた。手紙に君を始末すれば娘は返すと。」
「それを信じたのですか?」
「どうしようもなかった。知らせれば娘は殺される。」
髪を掻き毟るように頭を抱えた子爵を見て、一体誰がこんな事をしでかしたのかと思いに耽る。
私を殺したいほど憎んでいる人物が居るとすれば、正妻様の父親くらいかな?
どこからか私が追い詰めた事がばれたのだろうか。
うーん。考えても分からないので、スパイ・テントウ君の情報網を確認する。
あ、攫われているところもしっかりと記録している。偉いな。
何々、あぁ、侍女もグルだったわけだ。
へぇ…それで黒幕はやっぱりあの人か。全く、親子揃って迷惑な事で。
「はぁ、それで子爵。これから如何されるお積りですか?」
「どうって、君が死んだら連絡を取って娘を返してもらう他ないのだが。」
「無事に返してくれればいいですけど、無理だと思いますよ?」
「……それでも私は……。」
「このお店出た瞬間、貴方は殺される。」
「え?」
口調を変えた私に驚いて顔を上げる子爵。
スパイ・テントウ君の情報で敵の情報をすでに集めている。
「店の前にある宿屋。刺客が数名潜んでいるし、ここ見張られているみたいなんだよね。」
「そんな、馬鹿な……。」
キョロキョロと辺りを見渡す子爵に呆れた視線を向ける。
「無駄にキョロキョロしないでくれる?それで、出たら殺されるわけだけど、貴方は死んで、その娘さんは無事に返して貰えるのかな?」
「どうしろと言うのだ!すでに君は毒を飲んだ。もはや私にできる事など…。」
「ふふ、確かに。では私と取引しませんか?ロンダート子爵。」
にやりと不適に笑う私に奇妙なものを見るような目で見ている。
「な、なにを。」
「毒の事ならご心配なく。さて、私を毒で殺せなかった貴方は直接武力行使を行うか、私の取引に応じるか、それとも外の刺客に殺されるかの3択だね。どうする?」
「な、君は一体……。」
「さて、悩んでいる暇は無いと思うよ?不審に思った刺客がこの店を見に来る前に決断して貰わないと。」
「……何を望む。」
「子爵は中立派だったよね?」
「そうだが、それがどうしたのだ。」
「では、エドワード殿下を通して第一王子を支援していただきたい。」
「どういうことだ?エドワード殿下を支援しろではないのか?」
「エドワード殿下は王位を求めてはいない。第一王子を支える事こそ彼の望み。それを叶えるには誰かさんのお陰で悪い噂が大きすぎますからね。それを払拭する必要があるのですよ。」
「だが、私一人では大して役には立たないぞ?」
「いいんですよ、小さな事を積み重ねていく事の方が大事ですから。」
「いいだろう。だが、どうやってこの場を凌ぐのだ?」
「それは貴方が知る必要のない事だね。私が戻るまでこの場所で待機。娘さんの無事を祈る事くらいかな。それが今の貴方にできる唯一の事だよ。」
個室から出て周囲に人影が居ない事を確認して、クラウス様に連絡を取る。
そして、そのまま許可を得て王宮の一室を空けてもらった。
その場所を確認してからすぐに服と姿を変えてロンダート子爵の娘が誘拐されている現場に転移する。
突然現れた侵入者に向かってくる者たちを一気に電気ショックで気絶させ、イスに括りつけられていた女性に声をかけた。
「ジェシカ・ロンダートさんですか?」
「はい。あの、あなたは?」
「助けに来ました。今日ここで見た事は他言無用に願います。」
「……お約束いたします。」
こくりと頷くジェシカ様を縄から解放して差し上げる。
青い瞳は涙が溜まっており、怖い目に合っても気丈に耐えていたらしい。
隣には裏切った侍女が殺されていた。仕方がないので、死体も連れて行くことにする。
血が飛び散らないように布に包んでから不埒な誘拐犯たちを縄で拘束して全員まとめて王宮の一室に転移した。
すぐに、クラウス様に連絡。
すると、喫茶店前の宿屋に居た刺客たちを全員取り押さえたという報告が入った所だった。
素早い対応に驚きつつも、後は任せて服を着替えて姿を戻し、喫茶店に戻ってきた。
無事に王宮で保護された事を伝えるのもおかしいので、クラウス様待ちだ。
お迎えが来て、王宮で娘と抱き合うロンダート子爵を見てほっと一息ついたのだった。
「それで、本当に良かったのか?」
クラウス様が問いかける。何の事はない。毒を盛られたのに何も訴えずともよいのかと言う事だろう。
今回の報告をした時はもう小一時間ほどの説教に加えて、毎日の日課に日々の報告書の提出が加えられた。
あぁ、なんで毒の事がばれてしまったのか。
ロンダート子爵はいい意味で正直な人だった。まさかあの場で暴露してくれるとは思わなかったよ。
硬い抱擁の後でクラウス様に向き合ったロンダート子爵は洗いざらい要らぬことまで言ってくれた。
まぁ、本当のことなので言い訳も何もないのだが。
「礼の件、約束して貰いましたから。それに今回はきちんと犯人も処罰できましたし特にこれ以上は。」
「だが、毒を自ら飲むなどもうしないと約束してくれ。」
「だ、大丈夫ですよ。クラウスお兄様、それに必要があれば飲まざるを得ません。なので、お約束は出来かねますわ。」
「……なぜそういうところは潔いのか。全く。」
「それに、解毒薬は常に持ち歩いておりますので平気です。」
「平気の基準がおかしいと思うのは俺だけか?」
乾いた笑い声が響く。そんなクラウス様の執務室に突然割り込んできたものが居た。
「クラウス殿!先程の事説明していただこうか。」
バンと机を叩いて抗議の声を上げたのは、長い緑の髪を横に流し、宮廷魔法使いの衣装を身に纏った人物だった。
紫紺の瞳は剣呑な色を帯びている。
「先程の事とは、何の事でしょうか魔法師長殿?」
「誤魔化すのも大概にして頂こうか。王宮にここ最近登録されていない魔力が頻繁に検出されているのだ。それも、君の所ばかりに、だ!」
「ほう、それで?」
「それで、ではない!王宮で魔力に関することは私の管轄だ。白を切らずに白状したまえ。先日から出入りしている者は一体何者だ。」
「あー、悪いがその件は陛下によって口止めされている。」
「な、陛下だと!なぜ私に知らせが来ないのだ。」
「機密なので申し訳ありませんね。」
「……では陛下に確認を取ってくる。許可を得たら洗いざらい話して貰うからな。」
くるりと踵を返すと、ドアを開け放ったまま出て行った。
「あの、クラウスお兄様。先ほどの方は?」
「宮廷魔法使いの長でハーベス子爵家当主、リューイ・ハーベス殿だ。強力な魔力を王宮内で感知したらしくってな。この前からしきりに訪ねてくる。」
「それは、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
「仕方がないさ。転移が自在に出来るなんて知れたら……あいつ、暴走しそうだ。」
「なんだか、近いうちに再会しそうな予感がしますね。」
「ま、悪い奴じゃないんだが、集中すると周りが見えなくなる性質でな。」
「そのようですね。」
後日、陛下の許可を得たリューイ様とアシュレイが引き合わされる事になった。
無詠唱で魔法を使う自称魔術師を名乗るアシュレイにあれやこれやと質問を投げ掛けて困惑させる事になるのも仕方がない事だったかもしれない。
言ってみれば宮廷魔法使いとは学者気質を拗らせたような者なのだ。
魔道具に関しても魔法に関しても興味が尽きないアシュレイの知識に貪欲に食いつくリューイ様。
弟子であるカイル・メイスンを引き連れて会わせる事も、新知識について熱い討論をすることになるも時間はかからなかった。
カイル様は西方のメイスン準男爵の息子で紫の髪にオレンジ色の瞳の2属性持ちだった。
2属性といえば、師匠であるリューイ様も同様だ。属性を複数持つものは珍しいらしい。
なので、当然全属性を扱う私は格好のカモだったわけで、あれやこれやと質問攻めに合う日が続いた。
「リューイ様を止めて下さいよ、カイル。」
「こうなった師匠は止まらない。許せアッシュ。」
「むぅ。僕、いい加減に帰りたいんだけど。」
「そう言わないでくれ、頼む。後1つ魔法を見せて欲しい。無駄のないこの魔法、あぁ、なんて美しいんだ。」
恍惚とした表情でうっとりと私の魔法を眺めている。
うーん、こんなキャラだったかなリューイ様。最近こういった表情が標準装備されてきた。かなり変態度が増してきている気がする。
気持ち悪いです!離れてください。
ぞわぞわする背中。涙目でカイルに助けを請う。
「師匠、アッシュが困っています。あんまりしつこいと魔法見せてくれなくなりますよ。」
「そ、それは困る!研究の為だが仕方がない。また次の機会に頼むとしよう。」
「そういう訳だから、次のとき頼むなアッシュ。」
「あのね、カイル!その投げやりな表情で言わないでよ。」
「無茶言うな、お前の魔法が師匠のツボにはまったがいけないんだろうが。無駄のそぎ落とされた魔法、そんなもの使えるのは人族じゃお前くらいなものだからな。」
「知るか!魔力操作を磨けば誰だって使えるだろうが。もっと研鑽して僕の身代わりになれ。」
「断る。断固拒否だ。俺の平穏の為にも頑張ってくれ。」
「うぅ、この薄情者!」
ニッコリと黒い笑顔で押し付ける宮廷魔法使いの弟子のカイルは自分さえ良ければ平気で人を盾にするような鬼畜だった。
だが、さりげなく助け船を出してくれるカイル。ギャップが激しい上に計算してやっている感がある。
同い年のはずなのになんだろうこの敗北感は。
しかし魔法の講義と魔道具の講義を頼まれて悲惨な日々から開放されるのに1年も掛かったのだ。教会に行く以外は缶詰状態。
なんだか思いっきり暴れてすっきりしたいなと考える私は随分とイライラが溜まっているらしい。
ちょっとくらい暴れてもいいよね。そう自分に言い聞かせて暴れる算段をつける。
以前から気になっていたけど中々行くチャンスがなかった場所へこっそり向かう事にした。
その日、ロンダート子爵家の長女であるジェシカは侍女を連れ立って馬車で王都の町を駆けていた。
パーティーに遅れてはならないので早めに出ようと支度をしてきた彼女達は目的の場所へ辿り着く事は無かった。
周囲を盗賊のごとき風貌の屈強な男達に囲まれて侍女と共に連れ去られた為だ。
マイルズ・ロンダート子爵は怒りに手が震えていた。
娘のものと思われる髪が一束と手紙が子爵の元へ届けられたのは失踪から1日たってのこと。攫われたのが王都であったのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。
その分速く動けるのだから。だが、その失踪が世に知れ渡る事はなかった。
手紙の指示に従った事も一つだが、このような事態が明るみに出れば娘の将来に響く。マイルズは手紙に従う他に手は無かったのだ。
――――…
母であるクレアが居なくなった穴は大きい。ましてやヴァネッサを表に出すなどもはやできる事ではない。
レインフォード辺境伯爵家では、社交を担当できる女性が不足していた。それを埋めて頑張っているのがミリーナ姉様だ。
母に連れられて社交経験が多少あるミリーナ姉様は、失った母達の分も背負って社交を行っている。
社交とはいえ、ミリーナ姉様もまだ子供だ。私と3歳違いでしかない。
つまり、8歳になったばかりの私と11歳になったばかりのミリーナ姉様でその穴を埋める事になるのだが、どう頑張っても埋める事など出来ないのが現状だ。
ただ、親戚筋や断れない系のパーティーには参加が必須となる為、無理にでも出向かなければならないのだが、こればかりは仕方がない。
貴族の勤めと言うやつだろう。ましてや、我々に対する世間の目は冷たかった。
王宮で大事を起こした女の娘、方や魔力が平民程度しかない上に出来損ないと評判の第三王子の婚約者。
これでちやほやされるなど有り得ない。ミリーナ姉様と私はパーティーに参加する度に溜息をついた。パーティは勿論、針のむしろだ。
挫けずに参加し続けたミリーナ姉様と私を褒めてもいいと思う。
そんな中、一つ問題が起きた。どうしても外せないパーティーがなぜか2つ舞い込んだのだ。それも同時に。
仕方がないので私とミリーナ姉様が別々のパーティーに顔を出すという社交経験も禄に無い状態で放り込まれることになった。
よりにもよって女性のみの内輪のパーティー。いやな事態は予想できる。
不安を抱えたまま当日にパーティーへ参加した私だったが、意外と問題なく過ごす事ができて拍子抜けしてしまっていた。
だが、嫌な予感は大抵当たるものだ。
帰ろうとした際に、面識がない上このパーティーに参加しているはずの無い人物に呼び止められ、困惑する事になる。
しかし、殿下に関する大事な話と聞いては付いて行かざるを得ない。
何だか嫌な予感が一瞬過ぎったが、大人しく付いていく事にした。
「急に呼び止めて悪かったね。私はマイルズ・ロンダートという。」
声をかけてきたのはロンダート子爵家の当主様だった。
青い髪は利己的な雰囲気を醸し出している。
だが、彼の緑の瞳はなぜだか揺らいでおり、何かを躊躇っているような感じがする。
「いいえ、殿下に関する事と伺いましたし。はじめまして、リーフィア・レインフォードと申しますわ。それで、一体どんなお話なのでしょう?」
嫌な予感が消えないまま、王都にある喫茶店の個室へ案内されたのだが、護衛も付けずに二人だけで内密の話と聞いてリックも馬車で待たせている状態だ。
できれば速やかに話を聞いてこの場から離れたかった。
「ま、まぁ、せっかく店に来たのだから、お茶でもどうかな?」
そういって、予め準備してあったかのように注文も聞かずにお茶とお菓子がテーブルに並べられる。
「…………。」
目の前に置かれたものを見て思わず息を呑んだ。
「さぁ、遠慮しないでどうぞ。」
笑顔で進めるロンダート子爵。だが、その目は全くと言っていいほど笑っていない。
そして、今もまた緑の瞳が揺らいでいるのが見える。
「これは、随分と美味しそうなお茶ですね。」
「そうかい?なら、良かった。」
「えぇ、とっても香ばしいポイズンマッシュの香りがします。」
「…………。」
にっこりと笑顔をロンダート子爵へ向けると、カップを手に取る。
手に取った瞬間に無詠唱で魔力をカップとカップの中身に浸透させて毒物を排除するイメージで解毒を行う。
初めて使うからぶっつけ本番だけど、ちゃんと解毒できているかしらと思いつつも、そのカップの中身を一気に飲み込んだ。
「なっ!や、やめろ!!」
慌てた子爵がカップを払いのける。だが、中身はすでに飲み干している。
そして、再びロンダート子爵に向き直った。
「ポイズンマッシュの毒は傘に多く含まれています。その傘を刻んだものをお湯で煮出して濾したものが毒として使われます。これは、矢じりやナイフなどに塗って獲物を仕留めるときに使うものです。その毒は、即効性があり3分もしない内に毒は全身に回って死にいたります。」
「分かっていて、なぜ……。」
「こうしないと、きちんとお話が出来ない気がしましたから。」
「…………。」
「無粋ですが、なぜこんな事を?」
「……娘が、攫われた。手紙に君を始末すれば娘は返すと。」
「それを信じたのですか?」
「どうしようもなかった。知らせれば娘は殺される。」
髪を掻き毟るように頭を抱えた子爵を見て、一体誰がこんな事をしでかしたのかと思いに耽る。
私を殺したいほど憎んでいる人物が居るとすれば、正妻様の父親くらいかな?
どこからか私が追い詰めた事がばれたのだろうか。
うーん。考えても分からないので、スパイ・テントウ君の情報網を確認する。
あ、攫われているところもしっかりと記録している。偉いな。
何々、あぁ、侍女もグルだったわけだ。
へぇ…それで黒幕はやっぱりあの人か。全く、親子揃って迷惑な事で。
「はぁ、それで子爵。これから如何されるお積りですか?」
「どうって、君が死んだら連絡を取って娘を返してもらう他ないのだが。」
「無事に返してくれればいいですけど、無理だと思いますよ?」
「……それでも私は……。」
「このお店出た瞬間、貴方は殺される。」
「え?」
口調を変えた私に驚いて顔を上げる子爵。
スパイ・テントウ君の情報で敵の情報をすでに集めている。
「店の前にある宿屋。刺客が数名潜んでいるし、ここ見張られているみたいなんだよね。」
「そんな、馬鹿な……。」
キョロキョロと辺りを見渡す子爵に呆れた視線を向ける。
「無駄にキョロキョロしないでくれる?それで、出たら殺されるわけだけど、貴方は死んで、その娘さんは無事に返して貰えるのかな?」
「どうしろと言うのだ!すでに君は毒を飲んだ。もはや私にできる事など…。」
「ふふ、確かに。では私と取引しませんか?ロンダート子爵。」
にやりと不適に笑う私に奇妙なものを見るような目で見ている。
「な、なにを。」
「毒の事ならご心配なく。さて、私を毒で殺せなかった貴方は直接武力行使を行うか、私の取引に応じるか、それとも外の刺客に殺されるかの3択だね。どうする?」
「な、君は一体……。」
「さて、悩んでいる暇は無いと思うよ?不審に思った刺客がこの店を見に来る前に決断して貰わないと。」
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「そうだが、それがどうしたのだ。」
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「だが、私一人では大して役には立たないぞ?」
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個室から出て周囲に人影が居ない事を確認して、クラウス様に連絡を取る。
そして、そのまま許可を得て王宮の一室を空けてもらった。
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「はい。あの、あなたは?」
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「……お約束いたします。」
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すぐに、クラウス様に連絡。
すると、喫茶店前の宿屋に居た刺客たちを全員取り押さえたという報告が入った所だった。
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無事に王宮で保護された事を伝えるのもおかしいので、クラウス様待ちだ。
お迎えが来て、王宮で娘と抱き合うロンダート子爵を見てほっと一息ついたのだった。
「それで、本当に良かったのか?」
クラウス様が問いかける。何の事はない。毒を盛られたのに何も訴えずともよいのかと言う事だろう。
今回の報告をした時はもう小一時間ほどの説教に加えて、毎日の日課に日々の報告書の提出が加えられた。
あぁ、なんで毒の事がばれてしまったのか。
ロンダート子爵はいい意味で正直な人だった。まさかあの場で暴露してくれるとは思わなかったよ。
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「ほう、それで?」
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言ってみれば宮廷魔法使いとは学者気質を拗らせたような者なのだ。
魔道具に関しても魔法に関しても興味が尽きないアシュレイの知識に貪欲に食いつくリューイ様。
弟子であるカイル・メイスンを引き連れて会わせる事も、新知識について熱い討論をすることになるも時間はかからなかった。
カイル様は西方のメイスン準男爵の息子で紫の髪にオレンジ色の瞳の2属性持ちだった。
2属性といえば、師匠であるリューイ様も同様だ。属性を複数持つものは珍しいらしい。
なので、当然全属性を扱う私は格好のカモだったわけで、あれやこれやと質問攻めに合う日が続いた。
「リューイ様を止めて下さいよ、カイル。」
「こうなった師匠は止まらない。許せアッシュ。」
「むぅ。僕、いい加減に帰りたいんだけど。」
「そう言わないでくれ、頼む。後1つ魔法を見せて欲しい。無駄のないこの魔法、あぁ、なんて美しいんだ。」
恍惚とした表情でうっとりと私の魔法を眺めている。
うーん、こんなキャラだったかなリューイ様。最近こういった表情が標準装備されてきた。かなり変態度が増してきている気がする。
気持ち悪いです!離れてください。
ぞわぞわする背中。涙目でカイルに助けを請う。
「師匠、アッシュが困っています。あんまりしつこいと魔法見せてくれなくなりますよ。」
「そ、それは困る!研究の為だが仕方がない。また次の機会に頼むとしよう。」
「そういう訳だから、次のとき頼むなアッシュ。」
「あのね、カイル!その投げやりな表情で言わないでよ。」
「無茶言うな、お前の魔法が師匠のツボにはまったがいけないんだろうが。無駄のそぎ落とされた魔法、そんなもの使えるのは人族じゃお前くらいなものだからな。」
「知るか!魔力操作を磨けば誰だって使えるだろうが。もっと研鑽して僕の身代わりになれ。」
「断る。断固拒否だ。俺の平穏の為にも頑張ってくれ。」
「うぅ、この薄情者!」
ニッコリと黒い笑顔で押し付ける宮廷魔法使いの弟子のカイルは自分さえ良ければ平気で人を盾にするような鬼畜だった。
だが、さりげなく助け船を出してくれるカイル。ギャップが激しい上に計算してやっている感がある。
同い年のはずなのになんだろうこの敗北感は。
しかし魔法の講義と魔道具の講義を頼まれて悲惨な日々から開放されるのに1年も掛かったのだ。教会に行く以外は缶詰状態。
なんだか思いっきり暴れてすっきりしたいなと考える私は随分とイライラが溜まっているらしい。
ちょっとくらい暴れてもいいよね。そう自分に言い聞かせて暴れる算段をつける。
以前から気になっていたけど中々行くチャンスがなかった場所へこっそり向かう事にした。
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