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王宮舞踏会

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 王都に集う貴族の数々。馬車での移動なのでかなり余裕を持って移動しなければならない。シーズンになると集まってくる貴族に王都の住民はもう慣れてしまっている。
 王都に向かう長い行列。様々な家の紋章が入った馬車、この時期は貴族専用の王都の門が開かれる。長時間待たされる事になるが、これは仕方がないことだ。
 外の景色も殆ど変わらないまま時間だけが過ぎていく。ゆっくりと亀の歩みよりも遅い馬車の列で、リーフィアは忍耐を試されることになった。
 何せ、家族の大移動。両親に加え正妻様も子供達も乗っているのだ。何とも気まずい空気の中で黙って座っているなんて拷問に近い状況だ。
 睨む暇があれば別の事をすればいいのに。そんな風に思ってしまうほど空気が殺伐としている。こうなると分かっているのになぜ馬車を分けないのか不思議でならない。
 きっと、父が正妻様と一緒にいる時間が耐えられないだけなのだろうけど。
 巻き込まれる私達。せめて子供だけでも別にして欲しかった。
 王都に入り、貴族区域に入る。王都にある屋敷に向かうわけではない。期間中は王宮に泊まる事になるのだ。できれば遠慮したいのだが決まっているので仕方がない。
 西洋のお城だと言われてもおかしくないほど雄大な王宮に入り荷物を片付ける。正妻様のお陰で私と母には侍女がギリギリの数しかいない。
 自分でできる事は自分でやらなければいつまでたっても休めないのだ。
 馬車での長旅、初めての場所での疲労はピークを向かえ、その日はぐっすりと眠りに付くのだった。

―――…

 煌びやかな王宮で優雅な音楽が流れている。テーブルには各地から取り寄せられた果物やお菓子、様々な料理が並んでいる。
 ワイン片手に談笑するご婦人方や領の売込みをかける者などもいる。
 この国の国王であるレガード・セインティア・ハルネリアスの入場と共に全員が静まり返った。王族が入場を終えて国王の挨拶が終わると同時に、全員が列を作って挨拶をする。
 これには順番が決まっている。爵位の高いものから順だ。
 そして今年デビューする者たちがそれぞれのパートナーを連れて着飾った姿を現す。音楽が鳴りダンスが始まると爵位の高い順からダンスに入っていく。
 社交界には沢山の決まりごとがある。
 そして私は挨拶を一通り終えた後、家族と離れ休憩と称して壁際に移動する。
 父は母を連れまわしているし、正妻様はミリーナ姉様とエルンお兄様を親戚に会わせに行っている。
 兄は兄で交友関係がある友人のところに行った。学院に入るまでにある程度の交友関係を築く事は大切らしい。
 壁際で子供用のジュースを飲みながらぼんやりとしていると急に視界を遮るものが現れた。

「ねぇ、あなたがリーフィア・レインフォード?」

「………。」

「ちょっと、聞いているのに答えなさいよ!」

 黙っていると同年代らしい女の子が癇癪を起こした。それでも黙っているのをいいことにどんどん身勝手な事をしゃべってくれる。
 先程も言ったが、社交界にはルールがある。ルールを破るものを相手にするつもりはない。だが、その少女は聞き捨てなら無い言葉を口にした。

「おじい様が言っていたわ。あなた、魔力が平民程度しかないんですって。」

「おじい様が……ですか?」

 やっと口を利いた私に、少女は更に口を滑らせる。

「そうよ、私のおじい様は教会の偉い人なのよ。そのおじい様が言っていたのよ。」

 得意げに話す少女は自分が何を口にしているのか分かっていない。目を引いてしまったらしく周囲はかなり困惑している。

「ところで、あなたはどこのどなたでしょう?」

「何を言っているの?目下のものが先に挨拶するのが常識でしょう。」

「えっと、それ本気で言っています?」

「あなた、辺境伯爵の子なんでしょう。辺境なんだから私のマグナス伯爵家よりも下じゃない。」

 その言葉に唖然とする周囲と私。伯爵家より辺境伯爵家の方が爵位は当然上だ。

「あ、マグナス伯爵家のお嬢さん。言葉は気をつけたほうが良いと思いますよ。」

「ふん。私の方が偉いんだからあなたが先に名乗るべきでしょう。」

「……もう名前は結構ですわ。マグナス伯爵家のお嬢さん。ところでこれは貴方のお家の総意なのですか?」

「当然じゃない。みんな貴方の事を笑っていたわ。魔力が少ないなんて貴族として失格だって。」

「貴方のおじい様が魔力の事を話されたのですよね。」

「そうよ!おじい様は何でも知っているんだから。」

 得意げに話すマグナス伯爵家のお嬢さんを冷たい瞳でみる。
 あまりの愚かさに目を細めた私に、少女はびくっと恐れをなしたようにひるんだ。

「秘密が戸をあけて広がってしまうなんて口さがない鳥はどうなってしまうのでしょうね。」

「何を言っているのか分からないわ。」

「自身で口に出された事は責任が伴う事を覚えた方がいいですよ。」

「な、なによ!私より下の癖に。」

「愚かな方。お勉強はきちんとしないと恥をかくことになりますよ。出直して来られては如何かしら。では失礼しますわ。」

 しれっとその場から離れる。こちらに気づいて近づいてきた人物がいたからだ。

「大丈夫かフィア。」

「平気です。クラウスお兄様。」

 交わされた言葉で親密さが伝わる。公爵家の時期当主と言われているクラウスから気をかけられるという先程よりも目を引く状況だ。

「さっきのは、わざとか?」

「さて、何の事でしょう。」

 しらばっくれる私にクラウスが笑う。

「教会が荒れるぞ。」

「ご家族の総意らしいですから粛々と受け止めれば良いと思いますわ。」

「ニコラウスが喜びそうだ。」

「えぇ。すばらしい手土産になります。」

 この会話に真実に気がついた者と未だに分かっていない者がいる。
 そしてクラウスとこういった会話をこなすリーフィア・レインフォードという子供がデビューしたばかりとは思えない油断ならない人物だと気づいた者はごく僅かだ。

―――…

 デビュー当日に絡まれると言う残念な経験をしたリーフィアだが、事はそれだけに終わらなかった。クラウスと共にいると、騒ぎを聞きつけた父が母と共に駆けつけてきた。

「これは、クラウス様ではありませんか。娘がご迷惑をおかけしませんでしたか?私はジェイク・レインフォードと申します。いつも娘がニコラウス様にお世話になっています。」

「こんにちは。ジェイク殿。迷惑なんてとんでもない。それよりも娘さんを気にかけて差し上げてください。」

 軽い挨拶を交わした両親とクラウス様。

「フィア大丈夫だったか?」

「大丈夫です。ご心配おかけしました。」

 そう話した時に、王宮の若い騎士が一人こちらに向かってきた。
 そしてちらりと私達を一瞥すると私に視線を向ける。
 長い金の髪を軽く結び、ゆるりとおろしている。赤い無機質な瞳が私を捉える。

「君がリーフィア・レインフォードか?」

「はい。あの、あなたは?」

「私はメザリント様付きの近衛騎士。リーフィア・レインフォード、メザリント様がお呼びだ。付いて来ていただく。」

 有無を言わさぬ騎士の様子にクラウス様が歯噛みする。王族の命にはいくらクラウス様といえども逆らえないからだ。そして、相手が相手だけに警戒する。

「あの、父上、母上、クラウスお兄様。行って参りますね。」

 そういって、騎士に着いて行く。側妃でも王族である彼女がいるのは上座だ。
 騎士に連れ立たれる私はかなり目立っていた。そして、メザリント様の前に出される。

「はじめまして、メザリント様。リーフィア・レインフォードお呼びと伺い参上いたしました。」

 貴族の令嬢らしくふわりとドレスを持ち上げて挨拶をする。その私をメザリント様はニヤリといやらしい笑みを浮かべて見た。

「あなた、魔力が平民程度しかないんですって?本当かしら。」

「あの、それは……。」

 目の前に出されたのはかつて教会で見たものと同じ装置だ。

「手を載せて試して頂戴。」

「あっ!」

 騎士が無理やり手を載せる。今日も魔力はほぼ空状態。結果は以前と同じだ。

「まぁ!まぁ。本当に魔力が少ないのねぇ。可哀想だわ。」

 にやりと笑うメザリントの視線は別のところを向いている。

「ねぇ、そう思うでしょう。エドワード王子殿下。」

 言葉に詰まるエドワード王子。彼も今日デビューを迎えたばかりの7歳の男の子だ。
 それでも悪意の篭った言葉くらいは分かる。
 金色の髪に青い瞳。髪の色は父である国王様に似ている。柔らかい青の瞳は王妃様に似ており、とても優しい雰囲気を出している。
 だが、彼はメザリント様の言葉にぐっと拳を握りこんで何かから耐えているようにみえる。メザリント様はそんな王子の様子に構わずに続ける。

「魔力が少ないこの子は結婚なんて出来ないかもしれないわ。ねぇ、無能な王子の貴方ならこの子の結婚相手にピッタリじゃないかしら。無能同士でお似合いだわ。」

 くすくすと笑うメザリント。その周囲も同調するかのように笑う。

「やめないか、見苦しい。」

「ですが、陛下。可哀想じゃありませんか。出来の悪い王子は婚約者に立候補するものなどおりませんし、ちょうど良いと思いますわ。」

 いやらしい笑みを隠そうとしないメザリント。王妃は悔しさに耐えている。
 何も言わないのはまるで母を見ているようでリーフィアは複雑な心境になった。
 魔力の件はいつでもどうとでもなる。私の事は良い。
 だが、このエドワード王子はこのままだと潰されてしまいそうだ。

「婚姻についてはレインフォード辺境伯爵の意思もある。」

「陛下が命じればいいではありませんか。」

「エドワードやリーフィアの気持ちもある。」

「あら、そんなの関係ありませんでしょう。」

 いつまでも引かないメザリントに溜息をつきつつ、レインフォード辺境伯爵を呼ぶように言いつける国王。
 ジェイクが呼ばれ、婚約の意志を問う。返答は簡単だ。陛下のお心のままに。臣下である以上それ以外言えない。リーフィアはどうだと国王は問う。

「私は、殿下のお気持ちに従いますわ。それに、お揃いなのでしょう。」

 努めてにっこりと笑う私に周囲は驚く。馬鹿にされている事に気づいていないと笑う者もいたが、そんな理由な訳が無い。
 だが、けなげに耐えていると勘違いしたのだろうか。
 エドワード殿下は決意をした顔になった。そして、私の前で跪いて手を取った。

「リーフィア。私と婚約してください。」

 どよめく周囲をよそに、私は殿下の青い瞳を見てニッコリと微笑む。

「喜んでお受けいたしますわ。」

――――…

 ミュートリー伯爵は焦っていた。2度に渡る暗殺の失敗、3度目を失敗でもすれば次は無いだろう。
 そして、3度目の正直というわけではないが、最終手段として娘の手を使って目的を果たすことを決めたのだ。
 メザリント様が手配したという者と会うようにといった手紙を託し、自身はその終わりを見届けようと考えていた。
 どんな手段であるかなど、もはや問題ではない。何をしてでも成功させる。そう意気込んでいた。

――――…

 波乱の王宮舞踏会が終わった後は、社交シーズンに入り様々なパーティーに借り出されていく。
 そしてシーズンの終わりと共に皆、それぞれの領地へと帰っていくのだ。
 レインフォード辺境伯爵家の面々は第三王子であるエドワードとリーフィアの婚約式のため王宮に留め置かれていた。
 婚約式といっても陛下の前で誓いを交わし契約するといったちょっとした儀式だ。
 だが、あれほど大勢の者たちの前で魔力の件が暴露され、そのまま勢いで王族と婚約するという大きな騒ぎになったのもあって、貴族達が帰還してから落ち着いて婚約式を執り行うことになったのだ。
 これも全て陛下の配慮のお陰だ。メザリント様はどうやら第一王子であるアルバート殿下を追い落としたいがガードが固いためそれが叶わない。
 そこで同じ母を持つエドワード殿下にその矛先が向いているのだ。魔力が少ないという私を殿下に嫁がせる事で貶めているのだ。
 ちなみにアルバート殿下は金色の髪に赤い瞳というレガード国王陛下と同じ色を纏っている。能力も高く有能な人物だという。
 我がレインフォード辺境伯爵家もこのアルバート殿下を時期国王に推す第一王子派だ。私が第三王子と婚約してもこれは変わらない。
 恙無く婚約式を終えた私はエドワード殿下の自室に招かれている。
 どうやら親睦を深める為にというのは歴然としているのだが、この現状は一体どうしたらいいのだろうか。

 ガチャンと茶器が音を立てて割れ、紅茶が舞う。

「も、申し訳ありません。」

 目の前で平謝りしているのは侍女であるマリアだ。茶色の髪は肩で切り揃えてあり、侍女服を纏っている。
 これで何度目だろうか。ドレスが紅茶色の染みを作る。

「ねぇ、あなたはもういいわ。別の方にやって貰うから。」

 5回も同じことを繰り返されれば流石に私も庇いきれない。
 はじめは仕方がないと思っていたのだけれど、これは明らかに故意に行っていることが分かる。それも悪びれていないのが明白な表情だ。
 言っても仕方がないので別の者に変えるよう言ったのだが…。
 しかし、返ってきた言葉は思いもよらないものだった。

「ひどい!私が平民だからってそんな意地悪を言うのですね。殿下、婚約者様に言ってください。私、ちゃんと謝っているのです。悪くありません。」

 ポカンと周囲のものが呆気に取られるも、マリアは構わずに言い続ける。

「だって、私は選ばれたのです。平民で殿下のお世話をするほど優秀な者として。ちょっと躓いて失敗してしまった程度で人を変えてなんて酷いじゃありませんか。」

 うるうると茶色の瞳が揺れる。
 あ、この子駄目なやつだ。そう思った瞬間、私は彼女への哀れみの気持ちを切り捨てた。

「ねぇ、いつまでそこにいるつもりかしら。出て行ってくれる?」

「なっ、なんでですか!私は悪くないのに。」

「そこの護衛、突っ立ってないでそこの子をさっさと追い出してくださる?」

 護衛に引きずられるマリア。部屋から出された彼女は未だ何か叫んでいるようだ。

「ごめんね、リーフィア。」

 エドワードが申し訳なさそうに謝る。

「殿下は悪くありません。謝罪は不要ですわ。ねぇ、そこの侍女さん。」

 急に振られた侍女は静かに私の傍に立つ。

「お呼びでしょうか、リーフィア様。」

「あなたは?」

「シイナと申します。リーフィア様。私はエドワード殿下の身の回りを世話する侍女達を纏めるものです。」

「そう、侍女長ね。お願いがあるのだけれど。」

「何でございましょう。」

「さっきの、マリアって言ったかしら。」

「はい。」

「貴方が指導しているのよね。」

「その通りでございます。」

「なら、どこまで指導したのか、何をしたのか今後、殿下に報告をしてくださる?」

「え?」

 言われた事が思っていたことと違っていたのか侍女長は思わず声を上げた。

「あら、何を驚いているのかしら。まさか、私があの程度の事で侍女をどうこうするとでも思った?」

「恥ずかしながら。申し訳ございません。」

 そもそも、リーフィアが王宮の侍女の人事に介入できるわけが無い。

「いいわ。だって無意味でしょう?本人が知らない事を怒るなんて時間の無駄。でも、知っている事を2度ならず3度、4度と繰り返すならそれは問題だわ。」

「……左様でございますね。」

「私は殿下の婚約者になったのです。いずれ夫となる殿下に悪意のある者を許しておくほど寛容じゃないわ。」

「………。」

 この言葉は何処まで指しているのか分からない。侍女長は沈黙する以外ない。
 子供だと思っていたリーフィアがこのような言葉を口にするのだ。
 侍女長の背中に冷たいものが走った。
 リーフィアはニッコリと微笑むと、殿下に向き直る。

「殿下、あんなに分かりやすい悪意のある者がいるのです。これは利用して差し上げるべきですわ。」

「え?」

 突然の言葉に驚くエドワード殿下。てっきり排除するように言うのかと思ったら違うし、リーフィアの言葉の意図がよく分からない。
 まだ7歳の殿下には難しい問題だった。

「あのマリアと言う侍女に与える情報は気をつけてくださいね。」

「あ、うん。分かった。」

 くすりと笑うリーフィア。ちょっと難しかったかなと反省しつつ先程から探っていたものを再度確認してエドワードに向き合う。

「殿下は愛されていますね。」

「え?」

「だって、今ここにいる者たちは陛下と兄上が付けてくれたのでしょう?」

 キョトンとするエドワード殿下と動揺する周囲。

「そうなのかな……。」

「えぇ。そうですわ。ところで、殿下は将来どうなさるおつもりですか?」

「えっと。それは……。」

 周囲に緊張が走る。

「どう、したいのでしょう。それによって私も色々と考えなければなりません。」

「僕は、……アルバート兄様を支えたい。」

 その言葉にほっとする周囲の者たち。

「では、国王であるお父様とアルバート兄様にそれを言わないといけませんね。」

「どうして?」

「臣下として仕えるのなら学ぶ事も変わりますから。」

「そうなの?」

「それと、今つけてもらっている先生は変えてもらうべきですわ。」

「どうして?」

「アルバート兄様に付いている先生なら、補佐として必要なものを判別しやすいでしょう?お願いしてみてはいかがかしら。」

「うん。やってみる。」

 当面の問題はこれで何とかなるだろう。メザリントの息のかかった者が傍にいればそれだけこちらの情報が漏れる。何に使われるか分かったものじゃない。
 まだ殿下が7歳で良かったよ。こんな悪意にさらされていては性格が曲がってしまうわ。これが13歳とかだったら取り返しが付かないところだった。
 私は、小さく溜息をついた。
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