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悪用された隷属契約

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 やはり昨夜のクリステルは本調子とはかなりかけ離れていたらしい。本調子とは違っても少しでも剣から身を守り通した自分を褒めてやりたい。

「はっ!」

 鋭い剣筋が閃く。繰り出される勢いのある剣を避けるのが精一杯な状況だ。クリステルは強かった。今の私からすると遠く及ばないほどの実力差がある。

「っ!……う、ひゃあ。」

 ドスンと尻餅をついた私を見て、クリステルは木刀を納めた。汗まみれの私と涼しい顔をしているクリステル。差は歴然だ。

「やっぱ騎士様は強いね。」

「いくらなんでも6歳の子供に負けていては騎士とは名乗れませんよ。」

 苦笑気味のクリステル。

「騎士と言っても諜報系の人だから何とかなるかもって思ったのに。」

「なっ!なぜそれを……。」

「あれ、やっぱり王家の影って諜報機関のことだったのか。」

「……カマをかけましたね。リーフィア様。」

「ふふ。簡単に乗せられちゃうなんてダメだよ。」

 くすくすと笑う私に真剣な表情で怒り出すクリステル。

「国の重要機密です。下手に首を突っ込めば命の危険がありますよ。」

「でももう手遅れじゃない?ここにあなたが居る時点で。」

 ぐっと唸って口をぱくぱくと何か言いかけていたが今はそれに付き合っている暇は無い。

「さて、獲物のお出ましだ。実験に協力してもらおうか。」

 不適に笑う私を見てクリステルは瞑目した。

―――…

 さて、ゴブリン3匹が襲ってきたのを死なないように返り討ちにして、風の結界にそれぞれ閉じ込めた。
 そして隷属魔法?の文字を鎖のように書き込んでいく。まず実験その1を開始する。

「お手。」

 そう言うと、クリステルが私の手に手を重ねる。クリステルの顔は羞恥に染まっている。

「ふむ。」

「あの。ふむじゃなくて、なんでこんな事を。」

 今ので大事なことが分かったのにクリステルは気付かないらしい。

「良かったね。」

「え?」

「ほら、聞こえないと反応しない。」

「あっ。本当ですね。」

 結界を解除して実験その2を開始する。クリステルの周りに風の結界を張る。

「跪け。」

 ゴブリンたちは3匹とも跪いて動かない。成功。次に1匹ずつ分断して確認する。
 1匹目は隷属魔法の解除を試みる。念じても解除できない。
 次に魔力を通して解除を念じる。これも解除できない。
 では次に魔力を通しつつ文字を解くイメージで解除を念じる。
 すると、ゴブリンを縛っていた文字が消えて再びゴブリンが襲ってきた。これを風の結界で閉じ込める。
 次に、2匹目のゴブリンの隷属魔法の文字を強制的に破壊してみる。魔力を文字に叩き込んでみる。すると、ゴブリンは目が虚ろになり、口から涎を垂らして動かなくなった。
 そのゴブリンに再び隷属魔法をかけて命令してみる。成功。どうやら隷属魔法は廃人状態でもかけられるらしい。
 次に3匹目といきたいところだが、まずはクリステルの結界を解き隷属魔法を完全に解除した。

「どうですか、違和感とかないです?」

「大丈夫みたいですね。ありがとうリーフィア様。」

「さて、次の実験です。」

 3匹目に向き合う。再び立ち上がるように命じる。剣を差し出して、死を命じる。するとゴブリンはあっけなく自害した。
 次に2匹目のゴブリンに向き合う。すでに廃人となっているが、動くなと命じる。暫くするとゴブリンは完全に止まっていた。命すらも。
 そして、1匹目に移る。隷属魔法を再びかけて、息をして動くなと命ずる。今度は問題ないようだ。
 最後に心臓を止めろと命じる。当然2匹目と同じように死んでいった。

「これは、危険だね。」

「ええ。隷属魔法でこういったことが出来ることは知っていましたが、知らずにかけられていたとはいえ、怖いですね。」

 結果を見て隷属魔法の恐ろしさを感じた私はとんでもない人物に悪用されている状況でこの国の行く末を案じた。
 そして気になることもある。なぜ母が狙われたのか。その理由が分からない。
 正妻様の望みをかなえる利が側室であるメザリント様にあるのだろうか。問題はそれだけではない。知られずに隷属契約をクリステルにどうやってさせたのかも不明のままだ。
 分からない事だらけで不安になる。隷属魔法の件に危機感を抱いたのはクリステルも同じらしい。
 最も、リーフィアが一人考え込んでいる傍で、クリステルは隷属魔法を呪文も媒体も無しにかける目の前の人物に対しても別種の危うさを感じていた。
 だが、それを悪用する素振りは無い為ひとまずこれから傍で見張って居れば大丈夫だと自分に言い聞かせるしかなかった。

―――…

 隷属魔法に使われたはずの媒体は何だったのか。何の変哲も無い書類。サインをしたクリステル。かけられた隷属魔法。
 ふと、前世の世界にあった消えるインクや炙り文字について思いつく。見えない文字で契約がなされたのなら、知らずに契約を交わしてしまっても気付かない。
 だが、この世界に消えるインクなんてあるのだろうか。
 そこで商業ギルドのメリンダに契約魔術に使われたインクについて聞いてみることにした。活用するのはカフスの形をした連絡用の魔道具。

「あら、アーシェちゃんじゃない。これ便利ね。他の子にも持たせたいわ。」

「こんにちは、メリンダさん。聞きたいことがあるのですが、今大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。聞きたいことって何かしら。」

「この前使った契約魔法用のインクですけど、あれってどこで作られているんですか?」

「あぁ、あれね。あのインクは調合師なら誰でも作れるわよ。」

「へ?作れるんですか。調合師って……。」

「あぁ、調合師は一般的に広まっていないものね。薬師って言ったら分かるかしら。」

「えと、インクってお薬なんですか?」

「ふふ。違うわよ!薬師の仕事は調合なの。ポーションばかり作っているわけではないのよ。」

「なるほど。」

「薬師の作った契約液とインクを混ぜて使うのがあのインクなのよ。」

「参考になりました!ありがとうメリンダさん。」

「いいのよ。インクが必要ならいつでも言ってね!安くするわよ。」

「必要になったらお願いしますね。」

 通信を切った私は、以前から試してみたかったポーション作りも含めて薬師に弟子入りしなければと思った。

―――…

 リーベルの町にある一軒の薬屋。リーフィアが以前から目をつけていた場所だ。
 ここにはジェミニーと言うお婆さんが一人で切り盛りしている。
 薬屋であるのに多少の医療行為も受けることが出来るとあって町では重宝されているのには理由がある。教会にいって怪我を治して貰うためのお布施よりも格段に安価であるからだ。
 よほどの怪我で無い限りはジェミニーの薬屋に来て治療を受けたりしている。
 高齢ではあるのだが、なかなかしっかりとしたお婆さんで、皆にも慕われている。
 私も偶に顔を見せによく来ている。いずれ調合を学ぼうと言う思惑もあっての事だが。
 ここへ来る時は普段良く使っている銀髪で青い瞳のアシュレイではない。
 リディと名乗り、金の髪に緑の瞳の女の子の姿だ。服装も至って平凡で簡素なワンピースを纏っている。

「おや、リディ。こんにちは。」

「ジェミニーさん。こんにちは!」

 いつもなら挨拶して通り過ぎるだけのリディが店の前に留まっているので声をかける。

「今日はどうしたんだい?」

「ジェミニーさんにお願いがあって。」

「私にかい?どんなお願いなんだい?」

「私に調合を教えてください!」

 勢いよく頭を下げる。突然のお願いにジェミニーは戸惑っている。

「急にどうしたんだい?調合を教えて欲しいなんて。」

「私、家で薬草を少し育てているんです。いつかポーションとか作れるようになれたら良いなってずっと思っていて。でもなかなか言い出せなかったの。だって、こういうものって簡単じゃないし、いきなり教えてくれって言われても困るでしょう。」

「それはそうだけど、ポーションを作ってどうしたいんだい?」

「友達が冒険者だから力になりたくて。作ってあげられたら良いなって。ポーションは高いでしょう。だからお願いします!」

「友達のためにかい?そうだねぇ、リディの作っている薬草を見せてもらっても良いかい?」

「はい。持って来ました。これです!」

「ほう。よく出来た薬草だね。品質もよさそうだ。大切に育ててきたんだねぇ。」

 私の育てた薬草を見て、あっさりと調合を教えてくれると言ってくれた。

「教えるけど、私は厳しいから覚悟するんだよ。」

「はい!よろしくお願いしますジェミニー師匠。」

 こうして、無事に調合を学ぶことが出来るようになったリーフィア。薬草の知識などは予めある程度あったおかげか知識よりも実践で教え込まれた。
 まずは分量を量ることを徹底的に仕込まれ、煮込む時間、どの程度攪拌するのか、素材を刻むのはどれくらいやれば良いのか。様々なことを学ばせて貰った。
 そして、ポーション以外のものも教えて貰う事が出来るようになった。
 勿論、例の契約魔術に使うインクと混ぜる契約液の作り方も。
 そこで、契約液自体が透明であることを知った私は、隷属契約の謎を解くことに成功したのだった。

 ポーション作りを学び始めて段々と店に置けるくらいの品質を出せるようになった頃、レインフォード辺境伯爵の屋敷では父であるジェイクが執務室でとある書類と睨めっこをしていた。
 その書類とはレインフォードの従属貴族であるドーラング男爵に任せていた件の報告書だ。
 川に架けた橋が河川の増水に耐え切れず一部が壊れてしまった為、橋の補強工事が必要となり決済をしたのだが、実際に出来てみると元の工事費とはかけ離れた額の請求が届いていたのだ。
 ある程度の増減はよくある事だが、金額がここまで離れてしまうと一体何があったのかと疑問になる。増額の申請はきていないので意味が分からない。
 そこで、結局ドーラング男爵に状況を確認するため視察を兼ねてジェイクは数日かけた遠出することになった。
 朝の朝食時にその件を伝達する。今日はリーフィアと母であるクレアも本邸に泊まっている。ジェイクを皆で送り出して、リーフィアは教会のお勤めに出かけていった。
 特に何事もなくその日を終えたリーフィア。せっかくの本邸に泊まる日に父が居ないのが残念だが、視察であれば仕方がない。
 夜、皆が寝静まり今日もリーフィアは映像チェックと言う名の勉強会を一人で行っていた。ふと、父の言っていたドーラング男爵に任せていたという橋の件が気になって、スパイ・テントウ君が集めた情報を精査していた。
 ちょっと面倒な事になりそうな内容だったため調べなければ良かったと後悔している。
 まぁ、貴族にありがちだよね。こういうの…。きっと父がドーラング男爵と話をして解決してくれるだろう。
 そう思ってさて眠りに付こうと布団に潜り込んだ時の事。以前にも感じた違和感が私の魔力の網に引っかかった。
 姿を隠しているクリステルに目配せする。すぐにスパイ・テントウ君を使って屋敷内を確認する。屋敷への侵入者は2人。
 そして、今日もなぜか少なくなっている警護の数。明らかな警護の穴。
 またかと溜息をつきたくなる衝動を抑えて、すぐに侵入者の元へ向かった。黒い装束に身を包んだ侵入者。
 そして体に絡みつく隷属魔法を見て、内容も同じである事を確認した私は、クリステルが二人を相手取って剣を止めた瞬間に背後に回って雷属性の魔法で一気に片をつけた。
 もちろん手加減しているので、二人は無事だ。
 騒ぎになる前にと崩れ落ちた二人をクリステルと共にスライム工房の私室へと連れて行く。すぐさま隷属魔法を解除すると、二人の顔を確認したクリステルがやはりと呟いた。
 どうやらお知り合いだったらしい。一人は小柄な橙色の髪で身軽そうな青年。名をランドール・ベイグという。実家は南方でベイグ子爵家の次男。扱う魔法属性は風。
 もう一人はがっしりとした体躯で青い髪、そして背が高い。名をネイド・グラニスという。扱う魔法属性は火。実家は北方のグラニス男爵家で末の五男らしい。
 気がついた二人に事情を説明してすぐには戻れない事を理解してもらう。
 クリステルが二人を説得している最中、リーフィアは王家の影が3人も付くという異常な環境の中で、せっかくの諜報員をただ抱えているだけというのは勿体ないなぁとのんきな事を考えていた。
 そして、ランドールとネイドが身を隠すようにと数々の規格外な魔道具を渡されて、様々な魔法を見せ付けられ頭を抱えたのはもはやいつもの流れだ。
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