天界の門

叶 望

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天界の門

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 天界の門

 それを見つけ、手に入れた者は全てを手に入れる。あらゆる願いと、英知が与えられん。
 この地へ訪れる事の出来る者は天界の証をもつ者。
 あらゆる試練を受け、それでもなお、求める者。
 裁定者の眼に適う者なり。

 我々の住む世界とは違う別の次元。数多に存在する世界の1つに、「天魔界」と呼ばれる世界があった。
 この地には神族(天界の者)・魔族(地界の者)・人間・魔物と4つの種族が存在する。
 その始まりは神代の時代に遡る。

 大昔より存在する「古の書」にはこうある。

 神話の時代と呼ばれる時代があった。

 その昔、神は荒れ果てた星に降り立ちまず、空と海を創った。
 次に陸地を創り、大地を緑で茂らせ、美しい星に作り変えた。
 そして、その地に住む者『人間』を生み出した。神は暫らくの間、その地で人間を慈しみ、慈愛の心で見守った。
 しかし、人間は欲深く他人のモノも欲しがった。人々は神の愛を忘れ、自らの欲を満たすために、奪い合い憎しみあう。

 神は嘆き悲しんだ。

 ある時、神は人間の中から一部の者たちに特殊な力を与えた。争いを止めさせ、人々が平穏に暮らせるようにと願った。
 その者たちは、人々を守るために力を使い、平和が訪れたかのように見えた。
 しかし、時が経つと、人間は特殊な力を持つものを恐れ、その力を妬み、別離した。人間は彼らを差別し、彼らもまた自らを守るため戦った。
 そうして、人間と特殊な力を持つ者「神の使い」という2つの種族に分かれた。

 暗黒の時代と呼ばれる時代があった。

 人間の中には自分も特殊な力をと求める者も現れた。
 力を求め、実験に実験を繰り返し、狂い、更に繰り返す。人間のそういった狂気や憎しみが募っていった。
 その思いは神をも狂わせ、世界に歪んだ力を齎した。神は苦しみの末、自らを善と悪の2つに分け、悪の分身を封じ、眠りについたのだった。
 こうして、世界にもたらされた歪んだ力は封じられたが、完全ではなかった。人間の強力な思いによって、封印からもれ出た歪んだ力はその願いに呼び寄せられた。
 その力は人間に強力な力を与えたが、代わりに人ではないものに変えてしまった。

 それは人々に『魔物』と呼ばれた。

 歪んだ力はあまりに強力で、自我も崩壊させてしまい、人を襲うようになるのだ。人間は「神の使い」と共に魔物を退治しようという動きがでてきたが、神の使いの中では、意見が分かれていた。
 人間は彼らの力を恐れ、差別の対象としていたからだ。意見は決して纏まることなく、神の使いは分裂の時を向かえ、人間を守ると誓った神族と人間に復讐を誓った魔族(地界の者)に分かれた。
 それ以降、神族は人間に友好的だったため、崇められることとなる。逆に魔族は人間の畏怖の対象となり恐れられ続けたのだ。魔物の中には新たな自我を生み出すのに成功した者も現れ、彼らは魔族に付き従うことで生き残る術を見つけていった。
 こうして、神族・魔族・人間・魔物と4つの種族が誕生したのだ。

 光の時代と呼ばれる時代があった。

 時は流れ、神族は相変わらず人間を守り、魔族は決して人間に自ら歩み寄ることはなかったが、人間に対する憎しみは大分薄れていた。
 しかし、人間も魔族に対しては相変わらず冷たく、お互いに干渉しあわないようにしていた。
 中には好戦的で人間を落としいれようとする愚かな魔族も存在したが、それは魔物の成り上がりで知性を身につけ始めた赤子のような者たちだった。

 かくしてこの世界には平和な時代が訪れた。今やかつての古の時代を知る者はなく、親族も魔族も人も魔物もそれぞれの道を歩み始めた。
 しかし平和な時代は長くは続かない。それを望むものがいる限りは。

 闇が蠢く。

 それは己の分けた分身。

 それは神の忘れたかったモノ。

 かつて神より力を授かり神の御使いとして存在していたはずの彼らは二つに分かれた。
 天界と人を守る天使族と人を守る事を止めた魔族。
 そして魔族には天使族さえ知らないものを守っていた。

 それは神の半身。

 神が嘆き善と悪に分かれたその悪の半身は神が最も忘れたかったもの。
 人を作り慈しむだけでは綺麗な世界を守る事は出来なかった。悲しみの半身は封じられ今も魔界にその身を沈めている。
 だが、封印だけでは神の力を留めておくことが出来なかった。それによって漏れ出た悪意は魔物を生み出し続けている。

 世界をリセットするために。

 そしてそれを抑えているのが魔族の王の役目。
 しかし、この日それに綻びが生じる事となった。

 赤い髪が炎のように揺らめく。瞳の色は黒く染まり何物も映していない。暗い闇の祭壇で女性が封印に剣を突き立てる。

「アモネットやめるんだ!」

 かの声は空しく彼女には届かない。漏れ出た悪意に操られた彼女はもうかつての彼女ではない。
 長い黒髪を振り乱し、必死で止めようとしたかの王の手はアモネットには届かなかった。
 甲高い破裂音と共にこれまで必死に守ってきた物は崩された。黒い靄が噴出してアモネットと黒髪の王を覆い隠す。
 扉の向こうで声が聞こえるがその扉を開くわけには行かない。
 そしてもう一つの封印の鍵をこのまま渡す事も出来ない。
 かの王は自らの半身に心の中で謝罪して自らの短剣で己が心臓を貫いた。

「がふっ……。」

 血を吐いて崩れ落ちたかの王は妻であったはずのアモネットの姿を最後に見て微笑んだ。

「アモネット、愛している。我が妻よ。」

 ゆっくりと閉じられる瞼。

 その言葉にアモネットと呼ばれた女性の瞳に僅かな光が戻る。涙が一筋流れ出たが、それも僅かな事。
 その涙を気にもかけずに黒い闇と共にその場を掻き消えるようにして立ち去った。

 ガタンと音がして扉が破られる。

 その場に残されたのは破壊された祭壇と魔族の王たる亡骸のみ。王の半身である王弟は嘆く暇もなく対応に追われることになった。長きに渡って封じられていたモノが解き放たれたのだ。

 だが、封印はあとひとつ。

 それが破られればもはや手の打ちようがない。
 しかし、残念な事にそれを見つけるのは難しい。魔族の王には大切な役割がある。それは自らの魂にかけられた封印。
 それを破られることは神の半身にその身を明け渡す事になる。
 そしてその先は暗黒だ。世界を崩壊に向けて動き出すだろう。魔族の王はこれまで継承の儀式を行うことで次の世代に継いできた。
 だが、今回はそれをする間もなかった為、どこにその魂が向かったのかが分からない。

 世界は広い。

 その中から探さねばならないのだ。神の半身に操られて消えた王の妻も捜さねばならない。

「エンリッヒ兄さん、俺はどうすれば…。」

「リューゲルト様、黒き影が南方に向かって飛んで行くのを見た者がおります。如何されますか?」

「……すぐに向かうぞ。ハイディ供をせよ。」

「はっ!」

 ハイディと呼ばれた青年はすぐにリューゲルトの後を追う。銀の髪を一つに束ね歩む姿は悠々としている。
 その姿がふいにぶれて変化する。黒髪の青年を追うように銀の狼がその後に従った。突き進む主の後を更に二つの影が付きそう。
 大柄な男と線の細い男が自然とその位置に納まり一行は巨大なドラゴンの背に乗って飛び立った。
 その後、黒き靄のような存在は世界のあちらこちらに出没するようになる。
 だが、その影も未だかの魂を持つ存在を見つけられないままだった。

 時は過ぎて、とある村の夫婦の間に男の子が生まれた。
 その子は魔の証を持って生まれた。身に覚えのない妻は夫と喧嘩になり結局最終的にその子の両親は子供を教会に捨てる事にした。
 その後、子供は教会の子として育ったが、魔の証を持つものが受け入れられるはずもなく一人ぼっちで過ごすことが多かった。
 だが、ただ一人そんな子供に近付いた子がいた。その子は教会の愛し子として大切にされていた子だ。天の証を持った女の子。金の髪に青い瞳を持っていた。
 絵に描いたような天使の如き容姿は教会で崇められるには十分だった。逆に魔の証を持つ男の子は銀の髪に赤い瞳を持っていた。
 まるで対のように二人は一緒に過ごすことが増えていく。
 女の子の名はエンジュ。男の子の名はアークと言った。二人は同い年で同じ時期に教会に預けられた。
 いや、預けられたというのは語弊がある。一人は捨てられ、一人は教会に望まれた子だ。
 そんな彼らは8歳の歳を向かえ、時折村のはずれにある丘に薬草を採りに来ることがあった。
 その日も二人でいつも通り薬となる薬草を集めにその場所に来ていた。
 薬草を集め終わりそろそろ帰ろうかという時、ごうっと風が吹き抜けて二人は思わず立ち止まった。

「こんにちは、今日はとてもいい日だわ。」

 声をかけられ後ろを振り返る。赤い髪を持つ美しい女性が夕日を背に立っていた。突然現れた人物に二人は目を瞬いた。

「こ、こんにちは。」

 驚きながらも返事を返したのは流石エンジュと言ったところか。その後でおずおずとアークが挨拶を重ねる。

「こんにちは。お姉さん。」

 にっこりと微笑んだ女性の瞳はエンジュに見向きもしない。その視線はただ一点に集中していた。
 アークをまじまじと見つめるその女性はアークの瞳からその深淵を覗いているかのようにも見えた。
 あまりの視線に思わずアークが一歩後ろへ後退る。

「ふふ、見つけた。やっと、やっとだ。これで我が願いがついに叶う。」

 急に笑い出した女性に二人は怖くなったが、なぜか体は思うように動かなかった。
 どろりと女性の体から黒い靄のようなものが立ち上がる。

「な、何よこれ。」

 エンジュはあまりの状況に泣きそうになっている。アークはその後ろで体を震わせた。
 ぞくりと背筋が冷たくなってここに居ては危険だと直感が告げている。
 それなのに女性の黒い瞳から目が離せない。

「あ、やっ……。」

 何かが体の中に入り込んでくるような感覚にアークは思わず声を上げる。木の根が張るようにじわじわと侵食してくるそれに幼い子供が抗う術はない。
 女性の体から噴き出した黒い靄はまっすぐにこちらに向かってくる。

「アーク!」

 動かない体を無理やり動かしてエンジュはアークを守ろうと抱きついた。
 だが黒い靄はそんな事は関係ないとばかりにエンジュの体を突き抜けた。その衝撃でエンジュの意識は暗闇に捕らわれ、二人の体は重なったまま地面へと沈む。
 二人に黒い靄が向かった瞬間、女性の体がざらりと崩れまるでガラスのように砕けたが二人の意識はすでに途切れていた。

「遅かったか。」

 黒い靄を追っていた魔族の4人がその場所に着いた時にはすでに黒い靄の影も形もなく、ただガラスの破片のようなものが地面に残っていた。
 少し離れた場所に二人の子供が倒れており、その片方に魔族の王が持つ独特の鍵の気配を感じ取ることが出来た。
 王弟であるリューゲルトは銀狼であるハイディにその監視を命じる。ここで何が起こったのかは全く分からないが、兄の愛する人が消えた事だけは残っていた魔力の残り香が教えてくれた。
 黒い靄の行方は知れず、ただ漠然とした不安だけがその場に残る。今は手掛かりとなる二人の子供だけが頼りだ。
 リューゲルトはいずれ鍵を持った魔族の少年が大きくなったなら魔族の元へと自ら来るように仕向けるようハイディに告げた。

「かしこまりましたリューゲルト様。」

 ハイディは狼の姿のままでその場に待機し3人が姿を消すのをずっと見送っていた。
 しばらくしてようやく少年が目を覚ます。

「あ、あれ?さっきのは……エンジュ?ねぇ、起きて。」

 気が付いたアークがエンジュを揺さぶるが一向に目を覚まさない。その隣に巨大な狼が座っておりそれに気が付いたアークは叫びそうになるのを必死で堪えた。
 その後、エンジュを守ろうと奮闘するといった事態になったのだが、ハイディがぺろりとアークの顔を舐めて敵意はないことを示す事で何とか無事に乗り切ることが出来た。
 その後、ハイディが喋りかけてさらに驚かれることになったのだが、会話ができることで意思疎通が図れたのは幸いだった。アークはハイディの背にエンジュを乗せて村へと戻っていった。
 その後アークの傍にはハイディが付き添っておりアークの環境は劇的に良い方へ変化したのだが、エンジュはその後もずっと眠ったままだった。
 いつまでも一向に目覚めないエンジュを救うためにアークは旅に出ることを決意する。

「本気で行くのか?」

 狼であるハイディと何度このやり取りを交わしただろうか。エンジュが眠りについてからすでに7年の歳月が経った。
 大きな町から呼び寄せた医者も高位の神官でさえも結局エンジュを眠りから覚ますことはできなかった。

「行くよ。だってエンジュが眠ったままもう7年も経ったし、やっと僕も15になって村から出ていける年になった。」

 出ていけるというのはちょっと旅行に行ってくるという意味での出ていくではない。村とは関係なく外に出ることができる。
 孤児であるアークは村の人間として生きるという選択は元々考えていなかった。何せ生まれた時から魔の印を持つアークが受け入れられるはずもなかったのだから。
 疎まれて育ったアークにとってエンジュは唯一の拠り所だった。その彼女が眠ったまま目覚めないのだからアークの取る手段は決まっている。エンジュを目覚めさせるのに必要なものを集めるのだ。
 以前高位の神官が漏らした言葉をアークはしっかりと聞き取っていた。
 精霊の泉の水で汲んだ聖なる水に月天の花の蜜、神霊樹の実の汁を混ぜ合わせてできた秘薬があればもしかすると目覚めるかもしれないと。
 しかし、それらがある場所は危険な魔物が多く精霊の泉に関しては、辿りつく事さえ不可能だと言われていた。魔の証を持つアークは元々身体能力が普通の人よりも高かった。
 だからこそ、無茶な冒険に身を投じて目的のものを集めるという決断ができたのだ。
 いや、そんなものがなくてもアークは同じ結論を出したに違いない。エンジュがアークの唯一であるのは確かなのだから。
 眠り続けるエンジュ。不思議な事に年はアークと同じようにとっており成長している。

「必ず僕が助けるんだ。」

 決意をもってアークは村を飛び出していった。それから瞬く間に銀色の狼を携えて妖精の森を巡り、満月にしか咲かないという月天の花の蜜を採取し、巨大な木の魔物である神霊樹から果実を手に入れる。
 どれもアーク一人では成しえなかった事。ハイディが居たからこそ移動が速く、鼻が利くからこそ獲物を見つけ出すことが出来た。
 そして秘薬の材料はアークの手元に集まった。秘薬を調合しエンジュの元へ戻ったアークはそれを口移しでエンジュに与える。

【アーク!ダメ!】

 頭に響いた懐かしいエンジュの声。しかしその声が届いた時にはすでに手遅れだった。
 とろりとした秘薬がエンジュへと流れるその瞬間、かつてアークを襲った悪寒が全身を震え上がらせた。

「あ…れ……?」

 どろりとした何かがエンジュから流れてアークの体を侵食する。秘薬を飲ませたアークは一歩後ろに下がる。

「うぁ?」

「どうした!」

 ハイディが焦ったようにアークに尋ねるがそれに応える余裕はなく冷汗が体を伝う。
 瞳は揺れて何かを懸命に飲み込もうと体を抑える。

「ぐっ、あぁああああ!」

 アークの体がびくりと跳ねて叫びをあげる。かつて追っていた黒い靄がアークの全身を包みあげた。

「アーク!」

 ハイディの声は空しくアークに届くことは無い。ぱきりと何かが壊れる音がしてその瞬間に巨大な力が溢れ出る。
 それが収まったとき、アークの様子がいつもと違う事にハイディは気が付く。
 いや、違うなんて生易しい。別物だ。

「ふ、長かった。やっと手に入れたぞ。」

 くすくすと笑うようにアークは自らの体を少しずつ確かめていく。
 そして気が付いたようにハイディに視線を向ける。

「どうしたんだいハイディ?私を威嚇するなんていけない子だ。」

「だ、誰だ!」

「くすっ。私はアークだよ。知っているだろう?」

 何を当たり前のことをとでも言いたげな表情でアークの姿をしたものは答える。
 明らかな違和感にハイディは全身の毛を逆立てた。

「違う。お前は何だ?アークを返せ。」

「いやだな。私もまたアークだというのに。ずっとアークの奥底で眠っていたけど私も君の知るアークも全て私という存在なのだよ。あぁ、君にはこういった方が分かりやすいかな?前魔王であるエンリッヒもその前の魔王もすべて私だ。ずっと私を封じていたのだから、魂に影響が出るのは当然だろう?」

「なっ!馬鹿な。」

「バラバラになっていた私はこれで一つになった。さぁ、天界の門を開きかつての半身に会いに行こう。私を封じて全能だと信じている愚かな我が半身よ。」

 そう言ってアークは姿を消した。

 そして暫くすると天に光が走りその後、雷が鳴り響いた。まるで神の怒りを表すかのようにそれは3日3晩続いた。
 そして、いつもの日々が戻ってくる。ふらりとアークもエンジュとハイディの元へと戻って来た。
 随分と性格は変わってしまっていたがエンジュを大切に扱うところやハイディへの触れ方はかつてのアークそのもの。
 天界の門で何があったのか。アークは決して答えようとはしなかったが、ただ一つ二人に告げたのはもはやこの先、天界の門が閉じられることは無いだろうという事だけだった。
 その後、エンジュを連れて魔族の国へと旅立った。
 だが魔王となってもこの先封じられるべき存在は無い。受け継がれてきた儀式も不要となった魔族は新たな王としてアークを迎え新たな体制を作り出すべく代理を務めていたリューゲルトの元、改革が始まった。

 天界の門、それはすべてが叶う場所。

 しかしそれは真実ではない。

 門への試練も、その場所に行く術も持つ者は一人しかいない。

 それを知るのは神そのものなのだから。

-END-
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