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封じられた銀月
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死んだ女の腹から生まれた銀月はそれ以上の言葉を持たないのだ。
死者から生まれた時点で人でとは言えない。
しかし、角がないので鬼でもない。
幽鬼というには実体があるのでそれこそあり得ない。
当の銀月がそんなことは一番理解している。
そもそも、帝が禁忌を犯して姫巫女と番ったなど城内でもわずかな人間しか知らない上に、ただ一度の過ちで子を成すなど誰が知り得るだろうか。
自刃した姫巫女の首にかけた首飾りの力で腹の子が生かされたなど奇跡に他ならないのだから。
「銀月、その話を聞きたいという人がいるの。一緒に来てくれる?」
「…話すことは……もうない。俺は行く。」
「悪いが、そうはいかない。」
二人の会話に割って入ったのは燈火だ。
死人から生まれた存在でしかも姫巫女から生まれたのであれば先ほどの治癒の力も理解できる。
「異形であることを認めた相手に、もはや容赦など必要ない。」
バラバラに散らばっていた数珠が光を放つ。
封術師と対峙したことのない銀月はその意味が分からなかった。
知っていたのならその場からすぐに動いただろう。
しかし、そういった知識を持たない銀月はその術から逃れることは出来なかった。
「魂縛!」
光の数珠が四方八方から銀月の動きを封じる。
光の縄が銀月に絡みついて縛り上げられた。
「な、に?」
宙吊りになった銀月は見たこともない術に驚き目を見開いた。
燈火の持つ錫杖からはしゃんしゃんと金属の音が鳴り響く。
光の筋が銀月の周囲を包み込むように広がりピンと音を立てて収束する。
その光は銀月の心臓の辺りを貫いてその瞬間に銀月の意識は闇へと閉ざされた。
ふらりと傾いだ銀月を抱きとめた燈火は珠に封じ込めた銀月の魂をそっと懐にしまった。
「な、何をしたのですか!燈火様!」
「眠ってもらうだけです。抵抗されては敵いませんので。」
銀月が油断していたからこそ捕らえることが出来たが、先ほどのように力を向けられれば燈火ではとても抑えきれる自信がなかった。
姫巫女から生まれた鬼のような存在をそのままにしておくことは出来ないし、傍に控えていたという鬼の姿もない今捕らえておくのが最善だと考えたのだ。
こうして封術師の手に落ちた銀月はそのまま日輪の国の首都である日山にある城へと運ばれた。
「して、その者が姫巫女から生まれた鬼だと申すのか。」
帝の問いに燈火はそうだと答えた。
魂を封じられた銀月はまるで眠っているかのように静かだ。
銀の髪はさらりとして白い肌をしている。
顔立ちはまるでこの世のものではないかのように美しく整っている。彼が身に纏っていた着物が先代姫巫女の物であることが分かり、姫巫女から生まれたことが半ば事実であると捉えられる中、帝はその扱いをどうすべきか迷ってしまった。
年月から言って自らの子でもある可能性を否定できないからだ。
しかし、それを認めることはできない。
人ではない異形を身内として数えることはできないのだ。
かといって、野放しにしてよいかと言えば、それもできない。
治癒の力は惜しい。
結局結論を出すことが出来ないまま地下の牢に繋いでいるしかなかった。
「銀月、ごめんなさい。」
地下牢に一つの影が落ちる。
淡い茶色の髪を持つ娘小夜だ。
彼女は姫巫女代理の役を果たし城に戻ってからは姫巫女の下女へと逆戻りしていた。
しかし、以前のような悲痛な表情は浮かべていない。
小夜は銀月を何とかこの牢からだそうと考えていたのだが未だ力が及ばず何もできていない。
銀月の魂を取り戻すことも、この場所から連れ出すこともできずにあれからすでに3年の月日が経っていた。
「那佳国が日輪の国を攻めようとしているのですって。国力が違いすぎてこの国が負けるのは明白だって女官たちが噂していたわ。」
小夜は日常に起こったことや女官たちの噂話など毎日のように銀月に話しかけていた。
それは一方的に話しかけているだけではあったが、それでも何も言わないではいられなかったのだ。
「……必ず助けるから。」
くるりと踵を返して地下から出ていく。
牢を任されている者はこの場には居ない。
この地下牢の存在を知るものは少ないのだ。
小夜は銀月が地下牢に封じられてからこうして毎日のように通っている。
封印されているのにも関わらず少しずつ成長する銀月はすでに大人の身体へと成長し髪も伸びきっている。
体が成長するならばきっと魂もいつか。
そう信じて小夜はこうして足を運んでいるのだ。
封じられた魂が成長してその封印を破るその時を。
そして一緒に逃げようと小夜の心は決まっていた。
暗い闇の中、影が動いた。
それは人の形を成してその場に姿を現す。
二本の角を持つ黒髪の鬼。
闇影は鎖に繋がれたまま眠っている銀月に触れようとしたが、それは叶わなかった。
「封術師の結界か。ちっ、面倒な。」
舌打ちして壁を強く叩き付けた。
しかし、封じの施されている牢の壁はびくともしない。
「人の世を見てみたいと言って3年。どこに行ったかと思ったら何でこんな場所に繋がれているんだ。」
銀月から言葉はない。
しかし、それでも闇影は湧き上がる感情のままに呟いた。
「ずっと、探したんだぞ?銀月。無茶をしていたのは俺じゃなくてお前の方だろうが。」
影を纏った闇影は再びその場から姿を消した。
彼もまた銀月の封印が解かれるのを待つ者の一人だった。
ぴしりと何かに罅が入る音が聞こえた。
燈火は複雑な思いを浮かべながら罅の入った数珠を手に取った。
3年前に封じたまだ少年であった異形の魂を封じたそれはたった今破られた。
それだけ力が増したという事を意味している。
那佳国が日輪の国を攻めようというこの時に封じが破られるのはこの国にとって幸運となるのか、それとも厄災となるのか。
遠い東の方にある日輪の城を思い出して燈火は封術師としての役割を果たすためにゆっくりと動き出した。
できれば、国に幸ある結果が生まれることを願って。
ゆっくりと霞がかった視界が開けていく。
暗闇の中であっても銀月の瞳にはその場所は昼間のようにしっかりと見えている。
じゃらりと金属の擦れる音がして自身が繋がれているのが分かった。
その鎖を力の限り引き千切って自由になった手足でゆっくりと立ち上がる。
しかし、長い間眠っていたことと、背丈が変わっていることで上手く立ち上がることが出来ずに倒れた。
「あぁ、なんだか以前にもこんな事があったな。」
暫くぶりに声を出せば若干掠れた声が地下牢に響く。
何度も試して体の動きを確かめる。
視界が高くなっている事に驚きつつもキョロキョロと辺りを見渡した。
見たこともない場所ではあるが、自分と近しい魂の気配と、以前に知った娘の気配を感知して銀月はゆっくりと牢屋から外へ脱出した。
城内は当然大騒ぎになった。
見知らぬ異形が姿を現したのだから当然ではあるが、そんな中一人だけ銀月の姿を見て駆け寄ってくる姿があった。
「小夜。」
銀月が呼べば泣きたいような嬉しいような複雑な表情の入り混じった小夜がその胸に飛び込む。
「銀月、銀月…ごめっ……。」
小夜の言葉は銀月の軽い口づけで止められる。
目を見開く小夜に苦笑した銀月は困ったような表情のまま小夜の頭を撫でた。
「もう、ごめんは聞き飽きた。」
「え?」
「ずっと声をかけてくれていたのは知っているんだ。だから、聞きたいのはそれじゃない。」
ぎゅっと唇を噛むように小夜は銀月を見上げる。
以前は同じくらいの背丈だったのに今では小夜が見上げないといけないほどに銀月は成長していた。
「会いたかった。銀月。」
「うん。ありがとう小夜、君が声をかけ続けてくれたおかげで俺は狂わずに済んだよ。」
そっと小夜を抱き寄せて銀月は暖かい小夜の身体をぎゅっと抱きしめた。
死者から生まれた時点で人でとは言えない。
しかし、角がないので鬼でもない。
幽鬼というには実体があるのでそれこそあり得ない。
当の銀月がそんなことは一番理解している。
そもそも、帝が禁忌を犯して姫巫女と番ったなど城内でもわずかな人間しか知らない上に、ただ一度の過ちで子を成すなど誰が知り得るだろうか。
自刃した姫巫女の首にかけた首飾りの力で腹の子が生かされたなど奇跡に他ならないのだから。
「銀月、その話を聞きたいという人がいるの。一緒に来てくれる?」
「…話すことは……もうない。俺は行く。」
「悪いが、そうはいかない。」
二人の会話に割って入ったのは燈火だ。
死人から生まれた存在でしかも姫巫女から生まれたのであれば先ほどの治癒の力も理解できる。
「異形であることを認めた相手に、もはや容赦など必要ない。」
バラバラに散らばっていた数珠が光を放つ。
封術師と対峙したことのない銀月はその意味が分からなかった。
知っていたのならその場からすぐに動いただろう。
しかし、そういった知識を持たない銀月はその術から逃れることは出来なかった。
「魂縛!」
光の数珠が四方八方から銀月の動きを封じる。
光の縄が銀月に絡みついて縛り上げられた。
「な、に?」
宙吊りになった銀月は見たこともない術に驚き目を見開いた。
燈火の持つ錫杖からはしゃんしゃんと金属の音が鳴り響く。
光の筋が銀月の周囲を包み込むように広がりピンと音を立てて収束する。
その光は銀月の心臓の辺りを貫いてその瞬間に銀月の意識は闇へと閉ざされた。
ふらりと傾いだ銀月を抱きとめた燈火は珠に封じ込めた銀月の魂をそっと懐にしまった。
「な、何をしたのですか!燈火様!」
「眠ってもらうだけです。抵抗されては敵いませんので。」
銀月が油断していたからこそ捕らえることが出来たが、先ほどのように力を向けられれば燈火ではとても抑えきれる自信がなかった。
姫巫女から生まれた鬼のような存在をそのままにしておくことは出来ないし、傍に控えていたという鬼の姿もない今捕らえておくのが最善だと考えたのだ。
こうして封術師の手に落ちた銀月はそのまま日輪の国の首都である日山にある城へと運ばれた。
「して、その者が姫巫女から生まれた鬼だと申すのか。」
帝の問いに燈火はそうだと答えた。
魂を封じられた銀月はまるで眠っているかのように静かだ。
銀の髪はさらりとして白い肌をしている。
顔立ちはまるでこの世のものではないかのように美しく整っている。彼が身に纏っていた着物が先代姫巫女の物であることが分かり、姫巫女から生まれたことが半ば事実であると捉えられる中、帝はその扱いをどうすべきか迷ってしまった。
年月から言って自らの子でもある可能性を否定できないからだ。
しかし、それを認めることはできない。
人ではない異形を身内として数えることはできないのだ。
かといって、野放しにしてよいかと言えば、それもできない。
治癒の力は惜しい。
結局結論を出すことが出来ないまま地下の牢に繋いでいるしかなかった。
「銀月、ごめんなさい。」
地下牢に一つの影が落ちる。
淡い茶色の髪を持つ娘小夜だ。
彼女は姫巫女代理の役を果たし城に戻ってからは姫巫女の下女へと逆戻りしていた。
しかし、以前のような悲痛な表情は浮かべていない。
小夜は銀月を何とかこの牢からだそうと考えていたのだが未だ力が及ばず何もできていない。
銀月の魂を取り戻すことも、この場所から連れ出すこともできずにあれからすでに3年の月日が経っていた。
「那佳国が日輪の国を攻めようとしているのですって。国力が違いすぎてこの国が負けるのは明白だって女官たちが噂していたわ。」
小夜は日常に起こったことや女官たちの噂話など毎日のように銀月に話しかけていた。
それは一方的に話しかけているだけではあったが、それでも何も言わないではいられなかったのだ。
「……必ず助けるから。」
くるりと踵を返して地下から出ていく。
牢を任されている者はこの場には居ない。
この地下牢の存在を知るものは少ないのだ。
小夜は銀月が地下牢に封じられてからこうして毎日のように通っている。
封印されているのにも関わらず少しずつ成長する銀月はすでに大人の身体へと成長し髪も伸びきっている。
体が成長するならばきっと魂もいつか。
そう信じて小夜はこうして足を運んでいるのだ。
封じられた魂が成長してその封印を破るその時を。
そして一緒に逃げようと小夜の心は決まっていた。
暗い闇の中、影が動いた。
それは人の形を成してその場に姿を現す。
二本の角を持つ黒髪の鬼。
闇影は鎖に繋がれたまま眠っている銀月に触れようとしたが、それは叶わなかった。
「封術師の結界か。ちっ、面倒な。」
舌打ちして壁を強く叩き付けた。
しかし、封じの施されている牢の壁はびくともしない。
「人の世を見てみたいと言って3年。どこに行ったかと思ったら何でこんな場所に繋がれているんだ。」
銀月から言葉はない。
しかし、それでも闇影は湧き上がる感情のままに呟いた。
「ずっと、探したんだぞ?銀月。無茶をしていたのは俺じゃなくてお前の方だろうが。」
影を纏った闇影は再びその場から姿を消した。
彼もまた銀月の封印が解かれるのを待つ者の一人だった。
ぴしりと何かに罅が入る音が聞こえた。
燈火は複雑な思いを浮かべながら罅の入った数珠を手に取った。
3年前に封じたまだ少年であった異形の魂を封じたそれはたった今破られた。
それだけ力が増したという事を意味している。
那佳国が日輪の国を攻めようというこの時に封じが破られるのはこの国にとって幸運となるのか、それとも厄災となるのか。
遠い東の方にある日輪の城を思い出して燈火は封術師としての役割を果たすためにゆっくりと動き出した。
できれば、国に幸ある結果が生まれることを願って。
ゆっくりと霞がかった視界が開けていく。
暗闇の中であっても銀月の瞳にはその場所は昼間のようにしっかりと見えている。
じゃらりと金属の擦れる音がして自身が繋がれているのが分かった。
その鎖を力の限り引き千切って自由になった手足でゆっくりと立ち上がる。
しかし、長い間眠っていたことと、背丈が変わっていることで上手く立ち上がることが出来ずに倒れた。
「あぁ、なんだか以前にもこんな事があったな。」
暫くぶりに声を出せば若干掠れた声が地下牢に響く。
何度も試して体の動きを確かめる。
視界が高くなっている事に驚きつつもキョロキョロと辺りを見渡した。
見たこともない場所ではあるが、自分と近しい魂の気配と、以前に知った娘の気配を感知して銀月はゆっくりと牢屋から外へ脱出した。
城内は当然大騒ぎになった。
見知らぬ異形が姿を現したのだから当然ではあるが、そんな中一人だけ銀月の姿を見て駆け寄ってくる姿があった。
「小夜。」
銀月が呼べば泣きたいような嬉しいような複雑な表情の入り混じった小夜がその胸に飛び込む。
「銀月、銀月…ごめっ……。」
小夜の言葉は銀月の軽い口づけで止められる。
目を見開く小夜に苦笑した銀月は困ったような表情のまま小夜の頭を撫でた。
「もう、ごめんは聞き飽きた。」
「え?」
「ずっと声をかけてくれていたのは知っているんだ。だから、聞きたいのはそれじゃない。」
ぎゅっと唇を噛むように小夜は銀月を見上げる。
以前は同じくらいの背丈だったのに今では小夜が見上げないといけないほどに銀月は成長していた。
「会いたかった。銀月。」
「うん。ありがとう小夜、君が声をかけ続けてくれたおかげで俺は狂わずに済んだよ。」
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