転生少女の暇つぶし

叶 望

文字の大きさ
上 下
17 / 17

016 エピローグ

しおりを挟む
 かつて男爵の養子になり第二王子暗殺未遂を引き起こす原因となったカーラ嬢は平民へ戻り放逐されたが、貴族としての生活を知った彼女がただの平民に戻ることは出来なかった。

 事件から1年も経たないうちに彼女の姿はとある娼館にあった。

夢から覚めたはずの彼女だったが結局は何も変わらない。

変わったのは彼女の身分だけだ。

 娼館はお客様に夢を見せる場所。

だが彼女は夢を見せるよりも変わらぬ夢を見ていた。

「いつかきっと私の王子様が助けに来てくれるんだから。」

 一時は呆然と抜け殻のようになった彼女だったが、それもまた物語の山あり谷ありの一つに過ぎないと考えた。

いや、そう考えなければ生きられなかったのだ。

 彼女は覚めることのない夢の中に溺れていた。

 あれから3年の年月が経ち、無事に学院を卒業できたリズレットとレオナードは結婚式の3日前に現れた人物によって貴重な時間を拘束されていた。

 その人物とは隣国のアリアナ王国から第二王子の結婚式に出席するという名目で現れた王太子フレイル・アリアナ・ドラグルである。

アリアナ王国はフォレスタ王国と同じくらいの大きさの小国ではあるが、ドラゴンの住まうラグール山脈に囲まれている。

 ドラゴンは危険な生き物ではあるが、かの王国のシンボルにもなっているほど親しまれている。

それはアリアナ王国の王族がドラゴンの言葉を理解できる不思議な能力が代々受け継がれてきているからだろう。

 ドラゴンは知能が高い魔物だ。

だが、無暗に人を襲うことは無い。彼らの領域を犯さない限り無関心でもあるのだ。

「結婚式の前にこうして時間を作って貰った事、感謝する。」

「いえ、私たちの式に参列頂けると伺っております。遠いところからお越しいただきこちらこそ感謝申し上げます。」

 レオナードはまるで値踏みでもされているかのような視線を受けてぐっと居住まいをただした。

 フレイル王太子の視線はレオナードの横にいたリズレットに向けられた。

「君がリズレット・レスターか。」

「はい。お初にお目にかかります王太子殿下。」

 ふわりとドレスを摘まんで挨拶をするリズレットにフレイル王太子から感嘆の息が漏れ出た。

「聞いていた噂とは随分と様子が違うのだな。」

「そうでしょうか?どのような噂なのかは存じませんがあまり変わらないかと。」

「いや、そうは思えぬ。貴方は美しい。いっそ、ドラゴンを呼び寄せてこのまま浚ってしまいたいくらいには。」

 フレイルの赤い瞳が熱を帯びてリズレットに向けられる。

それを遮るようにレオナードがリズレットを庇う。

「冗談はその位にしてくださいフレイル王太子殿下。」

「ふっ、冗談ではないかもしれぬぞ。」

 レオナードとフレイル王太子の視線が交わり火花が散る。

だが、フレイル王太子の方は遊び心を隠す気がないのかレオナードを揶揄っているのが見て分かる。

 他国の王族がこれほどまでにレオナードを揶揄うのは通常ではありえない事だ。

しかし、レオナードが幼い頃の姿を知るフレイル王太子は親戚でも見るような目でレオナードを見ている。
 勿論、レオナードが知る由もない事だが。

「それで、何をお知りになりたいのでしょう。」

 埒が明かないと感じたリズレットが口を開く。

結婚前の忙しい時間を割いてこの場にいるのだ。

無駄な事に時間を使いたくないというのがリズレットの心情だ。

「うむ。使者から話は聞いたのだが、どうしても納得が出来なくてな。先日レスター辺境伯爵の領地を見てきた。」

 アリアナ王国の知りたかった情報はきっちりと使者によってもたらされたはずなのだが、やはり民の力でそれが達成されたという結果に納得できなかったようだ。

「偽りなく事実でしたでしょう?」

「そのようだ。だが、それを先導したのは君だと聞いた。ゆえに、リズレット嬢の力を借りたいと思ってな。」

「それはアリアナ王国でも同じように町を整えてほしいという事でしょうか。」

「そうだ。それで民が豊かになるのであれば率先して取り入れるのが良いだろう?」

 民の為と言いながら、国としては動きたくないというのが伝わってくる。

お金をかけずに町の整備など出来るはずがないのに。

「アリアナ王国が無くなってしまっても良いというのであれば引き受けましょう。」

 リズレットの言葉にフレイルは眉を顰める。

「それはどういう意味だ。」

「そのままですわ。だって、民が民の力で自分たちの生活を豊かにする。そこには貴族も何も関与していない。それって支配者が必要ないと言っているのと同じことですよね。」

 つまりは国という形が崩れることになる。

自治区のような形の町や村が溢れることになるだろう。

当然、王族も貴族も必要なくなってしまう。

「だが、君はそれを成したではないか。」

「私は貴族ですし。領主の娘ですもの。」

 当然の言葉が返されて言葉に詰まるフレイル王太子。

 民によって整備された町を主導したのは領主の娘であるリズレット。

しかもクランである輝く星に依頼という形で出しているので何の問題もなかったのだ。

 リズレットがアリアナ王国でそれをすればある意味他国を侵略するに等しい行為だ。

それを依頼するという事は国が無くなることを推奨しているようなものだ。

 聞こえのいい事ばかりに気を取られて当たり前のことを指摘されたフレイル王太子は思わず声を上げて笑い出した。

「ふ、ははは。言われてみればその通りだ。私は目先の事に囚われ過ぎていたらしい。」

 漆黒の髪を掻き上げてフレイル王太子はひとしきり笑った後にそう告げた。

「やはりズルは出来ないという事だな。」

ふうと息を吐いて再びレオナードに視線を向ける。

「レオナード殿下はレスター辺境伯爵の跡を引き継ぐ予定なのかな?」

「そのつもりです。」

 レオナードがリズレットと結婚した後、第一王子であるフリードが王太子として正式にお披露目となる予定だ。

そしてレオナードは臣下に下り公爵となる。

 レスター辺境伯爵の領地もその際に公爵領として扱われることになるのだ。

「では、その後に期待しよう。」

 フレイル王太子の口にしなかった言葉をレオナードはしっかりと読み取っている。

「ご期待に沿うつもりはありません。私はフォレスタ王家に連なる者ですから。」

 レオナードははっきりとそう口にする。真っすぐなレオナードの瞳を見てフレイル王太子はふっと口元を緩めた。

「そうか。残念だ。」

 残念と言いながらも大して何も感じていないのだろう。

特に引き留めもせずに素直に引き下がった。

 その後は特に問題もなくリズレットとレオナードは結婚した。

 そして二人はレスター辺境伯爵領に戻っていた。

その姿は輝く星の拠点にある。

二人の目の前にはなぜと顔にありありと書かれたナイアスの姿があった。

「あの、私は辺境の警備に回されたはずなのですが。」

「間違いなく辺境だな。」

 レオナードの傍にはもう居ることは出来ないだろうと考えていたナイアスは二人の姿を見て驚いていた。

罰として辺境にと言われたが、これでは罰と言えるのか分からない。

 結婚したのでレオナードがここにいるのは特におかしな事ではないのだが、常々兄の力になりたいと言っていたレオナードは王都に残るものだと考えていたのだ。

「貴方には輝く星によって創設された自警団と騎士団との連携をより良くするために、彼らの窓口になって貰うわ。」

「ま、窓口ですか?」

 リズレットの言葉にナイアスはそもそも自警団が何なのか分からず首を傾げている。

「貴族と平民の橋渡し役だもの。かなり大変だと思うけど頑張ってね。」

 未だどれ程大変な事なのか理解できていないナイアスはきょとんとした表情のままだった。

後に橋渡し役として苦労し、罰というよりもリズレットの検証に付き合わされたのだと知ったナイアス。

 しかしそれに気付きながらも将来の為と率先して自警団と騎士団における連携や規律の整備などに奔走することになる。

 その裏にリズレットとレオナードの姿がちらほら目撃されていたのだが、誰も気に留める者は居なかった。

 リズレットの暇つぶしは国を動かすほど壮大なものになっていた。

その波は徐々に国中へと広がっていく。

 退屈を嫌うリズレットはその後もレオナードと共に、飽きることのない日々を過ごした。

-END-
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

異世界転生モノの主人公に転生したけどせっかくだからBルートを選んでみる。

kaonohito
ファンタジー
俺、マイケル・アルヴィン・バックエショフは、転生者である。 日本でデジタル土方をしていたが、気がついたら、異世界の、田舎貴族の末っ子に転生する──と言う内容の異世界転生創作『転生したら辺境貴族の末っ子でした』の主人公になっていた! 何を言ってるのかわからねーと思うが…… 原作通りなら成り上がりヒストリーを築くキャラになってしまったが、前世に疲れていた俺は、この世界ではのんびり気ままに生きようと考えていた。 その為、原作ルートからわざと外れた、ひねくれた選択肢を選んでいく。そんなお話。 ──※─※─※── 本作は、『ノベルアップ+』『小説家になろう』でも掲載しています。

過程をすっ飛ばすことにしました

こうやさい
ファンタジー
 ある日、前世の乙女ゲームの中に悪役令嬢として転生したことに気づいたけど、ここどう考えても生活しづらい。  どうせざまぁされて追放されるわけだし、過程すっ飛ばしてもよくね?  そのいろいろが重要なんだろうと思いつつそれもすっ飛ばしました(爆)。  深く考えないでください。

惜別の赤涙

有箱
ファンタジー
シュガは、人にはない能力を持っていた。それは人の命を使い負傷者を回復させる能力。 戦争真っ只中の国で、能力を使用し医者として人を治しながら、戦を終わらせたいと願っていた。 2012年の作品です(^^)

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

そよ風と蔑まれている心優しい風魔法使い~弱すぎる風魔法は植物にとって最高です。風の精霊達も彼にべったりのようです~

御峰。
ファンタジー
才能が全てと言われている世界で、両親を亡くしたハウは十歳にハズレ中のハズレ【極小風魔法】を開花した。 後見人の心優しい幼馴染のおじさんおばさんに迷惑をかけまいと仕事を見つけようとするが、弱い才能のため働く場所がなく、冒険者パーティーの荷物持ちになった。 二年間冒険者パーティーから蔑まれながら辛い環境でも感謝の気持ちを忘れず、頑張って働いてきた主人公は、ひょんなことからふくよかなおじさんとぶつかったことから、全てが一変することになる。 ――世界で一番優しい物語が今、始まる。 ・ファンタジーカップ参戦のための作品です。応援して頂けると嬉しいです。ぜひ作品のお気に入りと各話にコメントを頂けると大きな励みになります!

異世界に降り立った刀匠の孫─真打─

リゥル
ファンタジー
 異世界に降り立った刀匠の孫─影打─が読みやすく修正され戻ってきました。ストーリーの続きも連載されます、是非お楽しみに!  主人公、帯刀奏。彼は刀鍛冶の人間国宝である、帯刀響の孫である。  亡くなった祖父の刀を握り泣いていると、突然異世界へと召喚されてしまう。  召喚されたものの、周囲の人々の期待とは裏腹に、彼の能力が期待していたものと違い、かけ離れて脆弱だったことを知る。  そして失敗と罵られ、彼の祖父が打った形見の刀まで侮辱された。  それに怒りを覚えたカナデは、形見の刀を抜刀。  過去に、勇者が使っていたと言われる聖剣に切りかかる。 ――この物語は、冒険や物作り、によって成長していく少年たちを描く物語。  カナデは、人々と触れ合い、世界を知り、祖父を超える一振りを打つことが出来るのだろうか……。

ある男の回顧録《完結》

アーエル
ファンタジー
ここに、ある男の遺した回顧録がある。 彼らは何を思っていたのだろうか。 (見事に男しか出てませんが、BL作品ではありません)

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

処理中です...