転生少女の暇つぶし

叶 望

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001 辺境伯爵家の問題児

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 リズレット・レスターは転生者だ。

転生という言葉が正しいのかは甚だ疑問ではあるが、前世の知識を有しているという点においては転生という言葉がしっくりくる。

 生まれてから3歳くらいになったころ、ぼんやりとしていた意識がクリアになり自分が転生していることに気が付いたのだ。気が付いてからは苦痛だった。

 前世の記憶らしいものは知識でしかなく、どのような人物で、どんな生き方をしていたのかなどはさっぱりと思い出すことは出来ない。

ただ漠然とどういった生活をしていたのかとか、どういう物があったとかは浮かんでくるのだ。

 それが苦痛とどう繋がるかというと、単純なことだ。暇なのだ。娯楽らしいものはろくにない。ネットもない、テレビもない。

一体何をして過ごせというのか。

 3歳という幼子に許されることは限られている。

屋敷から出ることも叶わず、何をするにも使用人の助けが必要なのだ。

 あまりにも堅苦しい上にあらゆる制限がかかり過ぎていた。

リズレットの原点はここにある。暇が大嫌いなのだ。

 だからこそ、あらゆる事を吸収し自ら学んできた。

同時に普通の幼子らしいフリも。

あまりに長い間演技を続け、フリはいつしかリズレットの中で本物になった。

 どちらも自分だと最近では思う。それは別の弊害も齎していた。

「今月いっぱいでお暇頂くことになりました。」

 ここ最近よく聞く言葉だとリズレットは心の中で呟く。

 先日はダンスの教師。あまりに失敗ばかりのリズレットにとうとう音をあげてしまったらしい。

その前は礼儀作法の教師。

 こちらも失敗ばかりで成長しない生徒に嫌気がさしたのだろう。

今日、これですべての教師がリズレットから離れることになる。

教師たちには申し訳ないと思いつつも彼らと自分とでは勉強の概念が異なっているのだ。

これは仕方が無い事だと笑う。

「まぁ、では今後は教師としてではなくお友達としてお話してくださるのね!」

 声高々に満面の笑みを浮かべてリズレットは教師の手を両手で包み込んだ。

相手の顔には苦い笑みが浮かんでいる。多分、悪いのは自分なのだとリズレットは理解している。

 だが、これまでもそうであったように、この先もこれを改めるつもりは毛頭ない。

ばたりと扉が閉じられてリズレットは部屋にぽつんと取り残された。

 侍女が一人部屋には残っていたが明らかにその目は呆れ果てている。

それも当然の事。

教師の言葉などまるで聞かずに自分の聞きたいことばかり質問していては当然の結果と言える。

 それも聞いていれば呆れるようなどうでもよい事だ。

授業をまともに受ける気のない相手を教えようなど教師とて思わないだろう。

教師は未だリズレットが文字一つ書けないと思い込んでいるのだ。

 だからこそ、リズレットは申し訳ないと思いつつもそれを表情に出しはしない。

にっこりと微笑んで侍女の方を見れば、この先を予感したらしい侍女が引きつった表情を浮かべていた。

「じゃあ、今日もかくれんぼをしましょうか。私を見つけてね?ガネット。」

「お、お待ちくださいお嬢様!」

 ガネットと呼ばれた侍女の制止の言葉も聞かずに淡いピンクのドレスを翻してリズレットは部屋から駆け出した。

 それをまたかといった顔で見送る使用人たち。

リズレットはこうしてよく侍女とかくれんぼをする。

見つかることはないと分かっているのでガネットにはいつも心の中で謝罪しているのだが、無邪気な子供のように駆けまわっているリズレットからそれを読み取ることなど出来ないだろう。

 かくれんぼ。

それは陣地から出ないのが鉄則だ。リズレットは陣地が屋敷だけだと宣言した覚えなどない。

何よりかくれんぼ自体この世界にはない概念なので説明したとしても意味はない。

 こうして、今日もまたリズレットは反則であると理解しつつもその身を隠した。

その身は当然屋敷には無い。陣地はリズレットにとって領地全体。

下手したら国全体にも及ぶ。壮大なかくれんぼだ。見つかるわけがない。

 レスター辺境伯爵家の屋敷から飛び出したリズレットはエバンスホルムの町へと降りて来ていた。

その姿は先ほどまでのドレス姿の令嬢とは真逆の格好をしている。

 栗色の長い髪は一括りにして服の中に入れ込み、魔物討伐をする冒険者の旅装のような恰好だ。腰にはポーチと短剣が提げられている。

 小さな水筒も括りつけられており、どう見ても貴族の令嬢とは思えない格好だ。

ベレー帽のような帽子を被り、町中を歩けばあちらこちらから声がかかる。

「おや、アル。今日は随分と早いじゃないかい。」

「こんにちは、マーサさん。今日は予定していたのが急に空いて時間が余ったのさ。」

 肩をすくめて答えればふくよかな女性は笑ってリズレットの肩を叩いた。

「なんだい、また女の子に振られちゃったのかい?安心おし、アルは人気があるからすぐ次があるよ。」

「あはは…。」

 勝手に振られたことにされてしまったが、曖昧に笑ってその場を去っていく。

今日はいつもより早く来られたおかげで、普段とは違う町の様子を見られてなんだか嬉しい。

 教師が辞めることを告げられた事で落ち込むよりもリズレットは新しい事にチャレンジできる時間が出来たことを喜んだ。

 リズレットはこうやって町へと降りているときはアルと名乗っている。

別に父の名前がアルフォンスだから借りているという訳ではない。

始まりのαを意味するアルのつもりだ。

 こうして道行く人々に声をかけられ、時には質問したり相談したりしながら目的の場所へと向かっていく。

 それは情報収集の一環。

町の状況を確認して暇つぶしの材料を探しているに過ぎない。

最近建てられた住宅地がある場所の一角にリズレットはゆっくりと向かっていった。

 見た目は普通の建物だが、中にいるのはなんとも言えない雰囲気を纏う者たちばかりだ。

「アル。来たのか。」

 その奥で椅子に座って何やら書類を書いていたらしい男が顔を上げて声をかけて来た。

濃い茶色の髪を掻き上げて一息ついた青年はリズレットに席を譲った。

「ん?この書類は…。」

 書きかけの書類を見てリズレットが顔を上げた。

見上げると青年の深い緑の瞳が揺れてばつの悪そうな表情を浮かべていた。

「あぁ、さっき伝言が飛んできたから清書していたんだ。」

「へぇ、フレッドにしては珍しく気が利くね。」

「珍しくは余計だ!一応、重要そうだったからな。」

 叫んだフレッドを放ったまま、リズレットは書類に書かれた内容に目を走らせた。

「…うーん、確かに緊急性はない内容だけど、問題だろこれ。」

 リズレットはその内容を見て思わず溜息をつく。

「やっぱり問題だよな。」

「なんで王族がいちクランの『輝く星』をわざわざ調べに来る。しかも、よりによって第二王子。確かまだ12になったばかりだっただろうに。」

「それはアルも同じだと思うが…まぁ、何ていうか。ここが他の領地と比べて活気があるからじゃないか?」

 フレッドの言い方はかなり控えめだ。

リズレットも少しやり過ぎた感はあるが、他の領地に迷惑はかけていない。

少なくとも家に関わらない場所に情報の網や協力者はいるものの、わざわざ王族が出張ってくるような問題ではないだろうと考えていたのだ。

 それも年も変わらない位の子供だ。

同じ王族であれば先月成人した第一王子が動くならまだしも、なぜ第二王子が動くのか。

護衛付きで堂々と輝く星の事を調べて回っている。

 どう調べても普通のクランであることしか分からないだろうに。クランを調べる目的は一体何なのか。

「嫌な予感しかしない。」

「同感だな。」

 リズレットとフレッドは互いに顔を見合わせて大きく息を吐いた。
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