魔法使いの条件

叶 望

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魔法使いの条件

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 暗い夜空にひとつの星が流れ、目映く光る白い線を描き空の闇から飛び出した。

 その光は次第に強さを増してとある場所に飛来する。静かに降り立ったそれは目的の為に活動を始めた。

 魔法、それは人類の憧れであり夢そのものであった。超自然現象とも言われる魔法が実現可能になったとある研究施設で非公式の実験が行われた。
 人類の希望になりうる計画は多くの協力者を得て実行される。その内容は具体的に明かされてはいない。未だ最たる結果が出ていない為だ。それはそのはず。結果が出るとするならば、それは16年以上先の話なのだから。
 結局一時期世間で話題となるも忘れ去られて行く。時は常に流れ留まることはない。人の成長もまた同じ。違いがあるとするならば、人は能力も成長速度も、どれもが十人十色である事だろう。

 世界には地図に載らない離島が存在する。あまりにも小さくいつ沈むか分からないそれは様々な目的で使われる。今回の計画でもそれは活用された。小さな離れ島であるそこを研究者はこう呼んでいる。
 箱庭、魔法使い養成所と。計画が始まった時期から16年の歳月が経っていた。小さな学び舎が建てられてそこに魔法の素養を持った者を集めるのだ。計画が成功すれば、ここは魔法使いの発祥の地となることになる。
 それは世界が待ち望んだことだ。ここを作り出した研究所の所長である男は一人ほくそ笑んだ。

 トウヤは生まれた時からこの場所へ来ることが決まっていた。両親はトウヤが生まれてすぐに手放した。トウヤは両親の顔はおろか、名前さえ授けられずとある孤児院で育った。108番目の子供として。名前が番号にちなんでいるのは孤児院側が管理しやすいようにだろう。孤児院では多くの子供たちと共に育つ。
 ここにいる全員が島の小さな学院に入れられることが決まっていたのだが、トウヤは幼いころに事故にあって死の淵を彷徨ったことがありそれ以降、とある後遺症がある為入学できるか危ぶまれていた。
 しかし、体には異常はないためぎりぎりで学院への入学が決まったのだ。
 学院の寮へと入り、トウヤはほっと息を吐いた。簡素な机とベッド、そしてクローゼットと一通り用意されている。おまけに孤児院では個人の部屋など貰えなかったがここは個室だ。ちょっとだけうれしい。
 部屋に置かれている姿見を見てトウヤは部屋に置いてあった学院の制服に袖を通した。黒髪に茶色の瞳はごくありふれた色で顔立ちは少々幼い。女の子と間違えられることもある彼は小柄な身長も少し気にしていた。

「うん。これからきっと伸びるよね。」

 鏡に向かってトウヤはちょっとだけ希望を口にする。
 すると頭の中でふわりと笑う気配を感じた。

「あ、ビャクヤ笑っただろ今!言っておくけど同じ体を共有しているんだからお前も同じなんだぞ。」

 トウヤは拗ねたように鏡に話しかけている。そう、これが入学できるか分からなかった理由の一つだ。彼は幼いころに事故に遭ってからというもののこうして見えない相手に向かって話しかける姿が目撃されているのだ。
 そして、もうひとつの理由として挙げられるなら、彼は時折自分のやっていることを認識していないことがあったからだ。それは彼の言葉を借りればビャクヤがやったということになるのだが、それを信じる者はいなかった。
 俗にいう二重人格というやつだろうか。孤児院の先生はそう結論付けた。
 不自然に体の動きが止まり、トウヤがすっと目を閉じる。
 するとそこにいるのはトウヤではなくビャクヤだ。先ほどの子供っぽさがまるでない冷たい笑みを持った青年の姿が鏡に映る。

「まったく、身長なんて気にするなんてお子様だなトウヤは。」

 鏡の自分をそっと撫でてビャクヤは目を細める。トウヤをからかっている時の表情とはまるで違う無機質な表情に変わる。

「始まるのか……。」

 呟いた言葉は何を示唆しているのか誰にも分らない。ビャクヤの表情は冷たい。だが、その瞳は僅かに揺れて何かを慮っているかのようにも見える。すっと瞳を閉じてビャクヤはトウヤへその体の支配権を返した。
 ぱちりと目を開いたトウヤは自分が一瞬何をしていたのか分からなかった。時計を見ると先ほどよりも5分進んでいる。

「あれ?またか。」

 記憶が飛ぶことはよくあるトウヤだ。もはやそれをなぜと問うこともなく学院の資料を読みだした。16歳になり高校生となったトウヤだが、孤児院の方針ですでに高等学校の教育内容はすでに学び終えている。
 それは孤児院にいる全員がそうだ。英才教育を受けてきた彼らはここの学院で学ぶのは普通の学校では学ばないことだ。

「えっと、早朝は体づくりで昼からは座学か。」

 内容的にみると体作りがメインになっていて、座学においては瞑想なんてものもあり一体何をさせたいのかと首をかしげる内容になっている。
 手当や応急処置の仕方、衛生管理などもある。武器を使った実技もありどう見ても普通の学校ではない。

「まるで軍人でも育てているみたいだ。」

 トウヤの言葉はある意味正しい。ただの軍ではなく魔法使いの養成であるという点を除けば概ね間違いではないのだ。
 そして、トウヤの学院生活が始まった。始まったといってもメンツは孤児院のメンバーであって特に代わり映えすることはない。そう思っていた。学院に入って2年が経って最終学年ともなるとそれも変わる。生徒の様相がおかしくなっていった。
 まるで別人みたいに一人一人と変化していく。表情の抜け落ちた機械的に動く何か。トウヤはそう感じた。それは正に奇妙な光景だった。
 いつもの瞑想の時間、38番目の子であるサヤがガタリと立ち上がった。ふわりと長い黒髪が舞う。茶色の瞳は動揺に揺れて体はガタガタと震えている。

「わたし、じゃない。あれは……私はやってない!何よ、こんなのは知らない。」

 叫ぶような声にトウヤは驚いた。サヤとトウヤの目が合う。

「トウヤ、あんた無事なの?」

「な、何が?サヤ……?」

 掴みかかるようにしてサヤはトウヤに詰め寄った。

「逃げるわよ、トウヤあんたも一緒に……。」

「サヤ?何を……っ。」

 掴まれた腕が痛くてトウヤは思わず呻いた。ふわりと視界に白い綿のようなものが入る。それはまるで意思があるかのようにふわふわと浮いて移動していった。

「早く!」

 サヤの言葉で我に返ったトウヤは訳が分からないまま走った。サヤに手を掴まれたままトウヤは島唯一の船着き場にたどり着いた。荒い息を整えてサヤを見つめる。

「ねぇ、サヤ……何があったの?」

「トウヤ…私、殺してない……。私じゃなかった。」

「サヤ。君は一体、何を言っているの?」

「トウヤ……私、私の体が勝手に動いて誰かを殺したの。任務だって…。」

「任務?何のこと?」

「操られて、体は自由に動かせなくなって……私。」

 泣き出したサヤをそっと抱き寄せてトウヤは困ったように固まる。
 しかしそれは長くは続かなかった。島にサイレンが鳴り響いて拡声器から声が流れる。

「脱走者が2人、すぐに連れ戻せ。」

 繰り返される言葉に我に返った二人は小さなボートに乗り込んで漕ぎ出した。島が見えなくなり、ほっと息を吐いてそのまま海を進む。
 どこに向かっているのかも分からないが、トウヤはなぜかそちらが正しいと本能で感じ取っていた。

「あっ……。」

 サヤが指をさす方向には宙に浮いた一人の男性。白衣を着た研究者のような姿をしている。白い髪に黒色の瞳。肌はまだ若いように見える。不敵に笑うその男にトウヤはぞっと背筋が凍るような気がした。

「あれは……何で人が宙に?」

「魔法よ!操られていた時に私も使っていたわ。」

「え?」

 サヤの言葉に間抜けな声を上げるトウヤ。
 しかしゆっくりとする時間はなかった。ふわりとボートに降り立った男にトウヤはサヤを庇うようにして立ち上がった。

「と、トウヤ?」

「逃げろサヤ。ここは僕が食い止める。生き延びろ。」

「あ、必ず助けを呼んでくるから。待っていて。」

 サヤはそう言って海へと飛び込んだ。トウヤはじっと男に向き合ったまま動かない。

「ふむ、君は実に奇妙な状態だね。」

「何を…。」

 唐突にしゃべりだした男に困惑するトウヤ。何を言われているのか全く分からない上に観察されているかのような視線に嫌気がさす。
 だが、サヤが逃げ切るまではと目を逸らさずにいる。どれだけそうしていただろうか。
 そんなに時間が経っていないはずなのに物凄く時間が過ぎたような気分になる。男はちらりと海へと視線を向ける。

「どうやら彼女は逃げてしまったようだね。一応、抜けた後ではあるがどのような変化があるのか調べなくてはいけないな。」

 後を追おうとする男にトウヤは掴みかかろうとするが、何かよく分からないものに跳ね返された。ボートの中にどさりと叩き付けられて見上げた時にはすでに男は宙に浮いている。
 その手にはまるで糸のようなものが光っておりその先に彼女がいるのだろうと感じ取る。

「や、止めろぉおおお!」

 泣いた彼女の顔が脳裏にちらついてトウヤは叫んだ。ピキリと頭のどこかで音がする。じんわりと暖かな何かが溢れ出す。

 その何かを思いっきり男に向けて放った。

「これは……?」

 驚いたような男はとっさにそれを避けた。ぷつりと糸が断ち切られ糸のようなものが消失する。

「しまった。追跡ができなくなったぞ。」

「彼女を、追わせるわけにはいかない。」

 荒い息を吐きながらトウヤは男を睨み付ける。
 そんなトウヤを興味深そうに男は見た。次の瞬間にはトウヤの目の前に男が現れる。

「面白い、人格を保ったままそれを操るか。」

「ぐっ……。」

 腕を捕られてあっという間にボートの上で組み敷かれたトウヤは苦し気に呻いた。そして先ほどの力を引き出そうとしたのだが、ぶすりと首筋に何かが刺さり途端に体が麻痺する。

「くっ、ぁ……。」

 視界がじんわりと白く霞んで意識が遠のく。笑った男の表情を最後にトウヤの意識は完全に闇へと落ちていった。
 ぐったりと体の力が抜けた青年を抱えようとその体に触れようとした時、膨れ上がった殺気に男はその場から遠のいた。ボートが砕けて海へと散らばる。
 意識がないはずの青年の体はふわりと浮き上がってゆっくりとその瞳を開いた。

「馬鹿な、意識があるはずが……。」

「………トウヤに、触れるな。」

「お前は……。」

 鋭い視線を受けて男は青年を驚くように見る。冷たい表情を浮かべている青年はしかし学院の生徒達と違ってしっかりとした意識を持っている。

「目覚めていたというのか。しかし、それならなぜ……。」

「トウヤを傷つけたら、許さない。」

 はっきりと口にしてその体はぐらりと傾ぐ。慌てて男はトウヤの体を抱きとめた。すでにその体に意識はなく、完全に沈黙している。

「驚いたな、まさか共存しているというのか。」

 トウヤを抱きかかえたまま男は島へと戻っていった。

「被検体108番、意識の制御を奪うことに成功しました。これより、侵蝕を開始します。」

 機械的な声がトウヤの口から洩れる。トウヤに表情はなくそれは正に機械のようだ。何が起こっているんだとトウヤは口にしたかったのだがそれは叶わない。
 まるでテレビでも見ているかのような状況。
 じわりと黒い何かが自分の中に入り込んでくる。それはトウヤの体を縛りずぷりと深い闇の中にトウヤは引きずり込まれていく。闇の中に沈んでトウヤは強制的な眠りに落ちていった。
 誰かが叫ぶ声がしたがトウヤはそれを聞くことはできなかった。

「あっ。」

 浮上した意識にトウヤは声を上げた。目の前に並ぶのは真っ赤な大地。

「何が?」

 足元に転がるそれはかつて孤児院で共に過ごした仲間たちの躯。血に塗れてバラバラに切り裂かれた彼らの姿。

「あ、あぁああああ!」

 トウヤは叫んだ。何が起こったのか、全く分からない。頭痛と吐き気で目の前が真っ暗になる。島は血に染まって誰一人として生き残りは居なかった。とぼとぼとかつてサヤと逃げた船着き場へと歩く。海は青く透き通るように輝いていた。
 水面に映る自分の姿を見てトウヤは息をのんだ。血に塗れた自らの姿。髪は真っ白に変化して瞳からは血の涙が流れていた。

「あれは、僕が……?」

 心の声が答える。

「違う、俺がやった。トウヤは何もしていない。」

「ビャクヤ?」

「そう、俺だ。だからお前は誰も殺していないよ。」

「………。」

 ビャクヤの声を聴いてトウヤは頭を振った。

「違う、ビャクヤがやったことは僕がやったのと同じ。僕たちは一心同体なんだから。」

 そう言ってトウヤは目を瞑った。そして脳裏に流れる映像を受け止める。

「そうか、あの後……。」

 意識を失って連れ戻されたトウヤは頭に何かを埋め込まれた。
 それは、あの時視界に入り込んだ白い綿のようなもの。それによって眠りについていたトウヤとビャクヤの意識はそれに取り込まれてしまった。
 そのあとは、学院の彼らと同じように生活を始めた。
 そして任務と称して魔法を使った暗殺や性能テストを受けていたのだ。
 そんな状態が続く中、ビャクヤがトウヤの体を操っている相手と戦って吸収し体の支配権を奪い返した。その後は怒りのままに島の研究員を殺して回ったのだが、それを阻止するために学院の生徒達とも戦うことになった。
 そして、すべてが終わった後ビャクヤがトウヤへ意識を返したのだ。

 ゆっくりと瞳を開いてトウヤは空を見上げた。青い空には雲一つない。遠くを見つめるようにしていたトウヤだが、砂浜に寝そべって大の字になった。

「侵略者か。でも、良かったの?ビャクヤだけになっちゃったけど。」

 宿主を失ったそれは主の死とともに命を失う。つまり、この世界に残っているのはビャクヤただ一人だ。

「ふふ、そうだね。僕たちは一心同体。一人じゃない。」

 くすぐったい返答にトウヤは微笑む。しばらくそのままの状態でいたのだが、遠くに船が見えて驚く。

「あれは?」

 船の先頭に立っているのはかつてこの島から逃げ出したサヤだ。血まみれのトウヤを見てぎょっと目を見開いているのが見えた。
 ゆっくりと船が船着き場について、サヤが飛び降りてくる。どさりとトウヤの上に落ちた。

「ちょ、サヤ……いきなり酷いよ。」

「無事なの?トウヤ。」

 トウヤの体を確かめるようにサヤはあちらこちらとトウヤの体に触れる。

「だ、大丈夫だからさ……あの、上から降りてくれると助かる。」

 トウヤに馬乗りになっている状態のサヤに苦笑する。武装した集団が船から降りてきたところでトウヤはサヤに告げる。

「生き残りは僕だけだ。全員、殺したよ。」

 トウヤの言葉が終わると同時に炎が立ち上がる。すべてを燃やし何も残さない。それはまるで星の終わりを告げるような強烈な劫火。炎が鎮火したころには、全てが焼き尽くされて何も残っていなかった。水場を探して身を清めたトウヤはその後サヤとともに本土へと連行された。
 その後、いろいろな検査を受けて制限はつくものの自由の身となった。二人はずっと連れ添っていたので、そのまま夫婦となる。
 その子供たちには不思議な力が宿った。その子供たちはいずれ、魔法使いと呼ばれるようになる。

 魔法使いの条件、それは他の星からの侵略者だった。だが、共存を選んだ一つの意思が滅亡に向かっていた種を存続させることになった。
 それは、まさに奇跡と呼べる条件が重なった結果だった。
 幼いころから話をしていたトウヤとビャクヤ。二人がいなければ結果はまるで変わっていたに違いない。

 魔法使いの子孫たちは今もひっそりと生きている。

-END-
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