20 / 21
019 乙女ゲームは始まらない
しおりを挟むエスティアがまず行ったのはルビーに伝達魔法で通信を行うことだった。
魔力を使ってルビーの気配を探り出す。一度魂の状態で繋がった事があるルビーと連絡をとるのは簡単なことだった。
【ルビー聞こえる?】
【うん?久しいの、エスティアではないか。元気だったか?】
【元気だよ!目が覚めたら10年も経っていてびっくりしたけど。】
【10年?それは驚くじゃろ。なるほど、それでこっちへの連絡も8年なかったわけじゃ。】
【へ?8年も……?じゃあルビーたちの所からこっちまでそんなに時間がかかるんだ。】
【……それだけではない気がするがの。】
【ねぇ、エスティア?先程父上の所にエスティアの魔力で転移してきた者がいたんだけど、その件で話があるのではないかな?】
【その声はルフェルス?】
【久しぶりだねエスティア。元気そうで何よりだよ。】
【ありがとう。えっと、こっちとそっちの状況を相互に伝えるようなものを考えたんだけど、片方だけでは成り立たないから協力して欲しくて。】
【協力はいいけど、何をやりたいの?】
【えっとね。ラジェット王国って所に住んでいるんだけど、その国の王様がね、アレイスター様とお話したいんだって。】
【つまり会談って事だね。父上に伺って来るよ。】
この日、ラジェット王国の国王と魔王国の魔王による会談が秘密裏に行われた。
互いの情報の齟齬なども含めて改めて国交を結び友好条約を締結した。
それはすぐ国内に広められることはできない。
魔族という相手に対する偏見は根強く、簡単に覆すことが出来るものではないからだ。
少しずつ情報を開示して偏見をなくしていく事がラジェット王国に求められる事であり、同時に魔王国にも求められる事だった。
――――…
会談に出席していたエスティアはそれが終わるとへにゃりと体をフィルシークに預けた。
慣れない事ばかりでクタクタだ。
ただでさえパーティへの参加とあって疲れている上に王子の誘拐事件やら魔王国との繋ぎやらで目覚めて1年ぽっちのエスティアには荷が重い。
そんなエスティアの想いなど知りもしない相手が扉を開けて部屋に入ってきた。
「エスティア・シェイズって貴方の事かしら?」
突然声をかけられてエスティアは顔を上げて相手を見た。
そこに居たのは真っ赤な瞳を持った金の髪を持つ女の子。
豪華なドレスに身を包んだエスティアと同じ位の歳の少女。
「そうですけど、それが何か?」
「なんで生きているの?」
「は?」
エスティアとフィルシークの声が重なる。
唖然と少女の顔を見た。
自分自身で言っておきながらとんでもない事を口走ってしまったシェリルは二人の顔を見て自分の失態を悟った。
「だって、死んだって聞いたから。」
「誰にでしょう?それに貴方は?」
「私はシェリル・ラジェット・メジエル。この国の第一王女ですわ。」
「それで、王女様はどなたに私が死んだなんて事を聞いたのでしょう?」
「それは……。」
誰から聞いたなんて事もなく、ゲームの内容として知っているとは言えないシェリル。
思わず口篭ってしまう。
その様子を見たエスティアは王女相手だというのに大きく溜め息を付いた。
「貴方もアリス・ヤンバーナと同類?」
「えっと。」
あからさまにびくりと肩が揺れる。
エスティアにはそれだけで十分過ぎるほど分かりやすい反応だ。
「ゲームと現実をごっちゃにしないで欲しいね。巻き込まれる方は堪ったものじゃない。」
「う、ごめんなさい。」
「もういいよ、終わった事だし。」
シェリルは明らかに不機嫌なエスティアに王女である身分を忘れてしょんぼり項垂れた。沈黙を破ったのは新たに表れた人物だった。
「エスティアお嬢様、此方に居られましたか。」
「あ、サラさん。」
さっきまでの不機嫌はすぐに吹き飛んでサラに笑顔を向けるエスティア。
その名を聞いてシェリルは再び目を瞬いた。
ゲームでは殺されているはずのサラが目の前に表れたから当然とは言えるがそれ以前にエスティアが生きている時点で気づくべき事だ。
「あの、エスティアさん?ちょっと聞いてもいいかしら。」
もはや王女の威厳なんてどこにもないシェリル。
今の彼女を見て王女だ何て思う人は居ないだろうと思えるほど動きがおかしかった。
「何かしら?」
「どうやって生き延びたのか伺っても?」
「………。」
その話を蒸し返すのかという視線にシェリルは思わず仰け反った。
しかし、この先もこの事で煩わされるのを面倒だと考えたエスティアは思いのほかすんなりと許可した。
もはやエスティアは王女を相手にしている事さえ忘れているようだ。
「何から聞きたいの?」
「えっと全部?」
「何で疑問系?ま、いいけど。そうだね、何から話そうか。」
エスティアは魔王城に魂が飛んだところから話を始める。
そしてアリス・ヤンバーナが行った事や巻き込まれたフィルシークとサラの事も。
「つまり、屋敷に戻ってきたサラさんに罰として生涯仕える事を命じたのね。」
「そうだよ、サラさんが思い悩んでいたようだったから。」
「どちらかっていうとご褒美みたいね。」
「生涯仕えるって私は大変だと思うけどね。」
エスティアの事を聞いてよりゲームと違うことを認識したシェリル。
「アリス・ヤンバーナも投獄されたって事は、乙女ゲームなんてもう始まらないのね。」
「そもそもゲームじゃなくて現実だし。でもそうだね、主人公が投獄された時点でゲーム通りなんて起こしようがないわね。そもそも前提が間違っているけど。」
「前提?」
「魔族の侵攻がない時点でゲームはそもそも始まる事なんてないわ。でもそれに近い行動をカルタロフが起こしていたのは事実。つまり、カルタロフを止めない限り真実の平和は訪れないって事かもしれないね。」
「それは、今後も気を付けなければいけないことね。」
「いや、それ程でもないと思うけど。」
「へ?」
間抜けな表情で固まったシェリルにエスティアは笑った。
「バロンという鍵を手に入れたから、そう遠くない未来にカルタロフの事は片付くと思うよ?」
「あ、それもそうね。」
カルタロフにはバロンがこちらの手に渡ったことなど伝わっていない。
今もきっと目標を達成したかの報告を待っているはずだ。
バロンを悟られないように過激派の中に潜り込ませて一気に殲滅を図るか、それとも拘束に留めるのかはまだ分からない。
だが、こうした事件はこの先早々起こらないだろうとエスティアは考えている。
互いに歩み寄り始めたラジェット王国と魔王国。
二つの国の融和がこの先の未来を明るく照らしてくれるはずだ。そしてその架け橋と成れれば良いなとエスティアは願う。
それはかつて魔王城でマルーン様が望んだこと。そんな事はとっくに忘れているエスティアだが、自然とそんな気持ちが沸いてきていた。
エスティアにとっては魔王城での生活も掛け替えのない思い出だ。
ある意味もう一つの家族だと考えているくらいなのだ。
いつかの約束はエスティアにとって大切な果たすべき約束となっていた。転移で向かうのではない。旅をして魔王国に向かう事。それがエスティアの夢。
その為に必要なのは体を自由に動かせるようになることだ。
魔力に頼ってばかりではいけない。
エスティアはこの日からリハビリを強化して更に旅も出来るように準備を整えていく事になる。
乙女ゲームは始まらない。
それは、ゲームではなく現実の始まりの音。
牢獄に繋がれたアリスは絶望した。
これではゲームどころか人生がお先真っ暗だ。
もはや命さえ危ういかもしれない。王族を狙った時点で極刑は免れない。
アリスの命はもはや風前の灯だ。
「一体、何が悪かったって言うの?だって私主人公なのよ!こんなの間違っているわ。」
哀れなゲームの主人公であったはずの者の叫びが牢に木霊した。
0
お気に入りに追加
460
あなたにおすすめの小説

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。

【完結】地味令嬢を捨てた婚約者、なぜか国王陛下に執着されて困ります
21時完結
恋愛
「お前とは釣り合わない。婚約は破棄させてもらう」
長年の婚約者であった伯爵令息に、社交界の華と称される美しい令嬢の前でそう告げられたリディア。
控えめで地味な自分と比べれば、そちらのほうがふさわしいのかもしれない。
――いいわ、だったら私は自由になるだけよ。
そうして婚約破棄を受け入れ、ひっそりと過ごそうと決めたのに……なぜか冷酷と名高い国王陛下が執着してきて!?
「やっと自由になったんだろう? ならば、俺の隣を選べ」
「えっ、陛下!? いえ、あの、私はそんな大それた立場には——」
「俺のものになればいい。お前以外に興味はない」
国の頂点に立つ冷酷な王が、なぜか地味なはずの私にだけ甘すぎる……!?
逃げようとしても、強引に腕を引かれ、離してくれない。
「お前を手に入れるためなら、何だってしよう」
これは、婚約破棄をきっかけに、なぜか国王陛下に異常なほど執着されてしまった令嬢の、予想外の溺愛ラブストーリー。
【完結】魔王様、溺愛しすぎです!
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「パパと結婚する!」
8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!
拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。
シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
挿絵★あり
【完結】2021/12/02
※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過
※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過
※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位
※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品
※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24)
※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品
※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品
※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる