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006 失ったもの
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その日、いつもと違って中々起きてこない母に気付いた。
どうやら風邪を引いたようだ。
熱もあるため今日はゆっくりと休ませなければと滋養に効く食べ物を森で採って帰ってきた。
ご飯の準備をして風邪に効く薬草を混ぜた薬草入りの卵粥を作る。
ご飯を食べさせた後はゆっくりと体を休めて貰おうと布団を整える。
そんな中、母にお客が尋ねてきた。
「シュラ、出て行きなさい。」
「でも母様、熱が……。」
「これが私の仕事なの。大丈夫だから、外に行って来て。」
帰ってもらおうとしたシュラを引き止めて外に出るように促すミュリエル。
「行っていらっしゃいシュラ。」
「行ってきます母様。精の付く食べ物と風邪に効く薬草を取って来ます。なるべく無理はしないで下さいね。」
譲らない母様にシュラは折れるしかなかった。
これは母の生き様なのだ。
邪魔をする訳にはいかない。
その分体に良い物を沢山取って来ようといつも通り森に出かける。
肉や卵、山菜に薬草を籠いっぱいに集めていく。
だが、その日はなんだか不安な気持ちが消えなくてそわそわして集中できない。
いつもよりずっと時間が掛かってしまったのは集中が続かなかったからだ。
不安な想いが心を占めて家に帰るのを急がせる。
「母様!」
息を切らして帰ったシュラが見たものは、布団の上で真っ赤な血を散らした母の姿。
ばさりと音を立てて籠が手から滑り落ちる。
「あ、え?母様……。」
一瞬何がどうなっているのか分からなくなった。
ふらふらと動かない母の元へ歩いていく。
「ねぇ、母様?起きて……。かあさま?」
ゆさゆさと揺り起こそうとするが、すでに息絶えたミュリエルは動かない。
冷たい体がすでに生きているものではない事を証明している。
「あ、なんで…どうして……?」
朝いつも通りに送り出してくれた母の姿が脳裏を過ぎる。
熱があっても構わずに仕事を受けた母。
「う、うぁああ!嫌だ、母様…僕を……置いていかないで。」
泣き叫ぶ声は届かない。
生まれてすぐに捨てられてやっと、幸せに暮らせる場所を見つけたとそう思っていた矢先、なぜこうなったのかと何度も反芻する。
疑問の答えは出ることはない。
理不尽に奪われた命、家族を失った悲しみがシュラの心を抉る。
ここまで育ててもらった恩も十分に返せていない。
「必ず、必ず母様を殺した奴を見つけ出してこの手で復讐を果たします。」
ぎりっと奥歯を噛み締めたシュラはミュリエルの遺体を優しく抱きしめる。
そして丁重に布団へ休ませると魔力を使ってミュリエルの遺体を優しく大地に返す。
ゆっくりと燃え上がる炎は青から白へと変化する。
一瞬で燃えて遺体は大地に還っていく。
だが、魔力で燃える炎は意思を持っているかのように他のものは一切燃やさなかった。
灰がふわりと巻き上がりシュラの頬を優しく撫でて空へと登っていく。
シュラの頬には一筋の涙が流れていた。
――――…
しんと静まり返る家の中、シュラは風に意識を乗せて母を殺した男を捜していた。
やがて遠くから声が届く。
だがそれを聞いたシュラは怒りで我を忘れなかった自分を褒めてやりたい気分だった。
「しかし頭、どうしてあの別嬪さんを殺っちまったんですかい?」
「ふん。抱いてやったのに金をせびるからだ。」
「ですが、娼婦はそれで金を稼いでいるんじゃ……。」
「だまれ。俺様のやったことにケチをつける気か?」
「め、滅相もないです。ですが、あの女には息子が居たじゃないですか。放っておいたら報復に来るかもしれません。」
「はっ!ガキが俺様を報復するってか。笑えるぜ。」
がははと大声で笑うゴロツキ共の頭と呼ばれた男。
母を殺したことを微塵も悔やんでいない。
酒を飲んで笑っている。
それがシュラには許せない。
沸々と怒りが湧き起こる。
だが、以前のような爆発的な怒りではなく静かな怒りだ。
居場所を突き止めたシュラはそのままの姿で歩き出した。
母の血がべったりと付いた服を着たままゴロツキの根城に向かっていく。
ゆらりと体から立ち上る湯気のようなもの。
それが夜の闇に青白く光って見えてシュラの姿を見た者たちが恐れをなして逃げていく。
金の瞳は猫の目のように瞳孔が細くなっており、それはどちらかと言うと猛禽類や爬虫類の瞳のようにも見える。
白い肌と黒い髪が相まって血に染まった服が更にそれに拍車をかける。
まるで幽鬼のような姿だ。
がたんと音を立てて扉を蹴破る。
中に居たゴロツキ達は怪訝な顔をして進入してきた子供を見る。
明らかに子供の力ではないそれと湯気のように立ち上る闘気に何人かのごろつきは腰を抜かした。
「なんだ?ガキがここをどこだと思っている。」
一番奥に居た男が立ち上がり睨みつけてきた。
「お前が母様を殺したのか?」
「はっ!何だ?お前、あの娼婦の息子かよ。そうだと言ったらどうす…?」
そういった男の言葉はそこから続かなかった。
シュラの手が上から下に振り下ろされただけで男の腕が切り落とされる。
「なっ、お…俺の……腕が!」
「ひぃ!」
血飛沫が上がり側に居た男たちが腰を抜かす。
それを冷めた瞳で見ながらゆっくりと足を進めるシュラ。
「く、来るな!い…いや待て……俺様と手を組もう。そうすればあんな女に養われていた以上にいい暮らしをさせてやるぞ。」
「黙れ!母様を侮辱するな。」
底冷えするような低い声に覇気を伴った威圧が加わり誰もが押し黙る。
そこに別の男が駆けつけてきた。
「何があった!」
青い髪に淡い緑の瞳を持った男は部屋の中を見て唖然とする。
「子供?」
シュラはちらりと後ろを振り向くとどうでも良いとばかりに再び歩みを進める。
ゆっくりと近づくシュラに腕を庇いながらじりじりと後ろに下がるゴロツキたちの頭。
ある一定の距離を保ちその場で歩みを止めるシュラは自然な動作で手をぐっと握り締めて横に払う。
すると見えない刃が頭を肩から斜めに切り裂いた。
かひゅと息を吸う音が聞こえた瞬間、ずるりと体が横にずれる。
そしてぐしゃりと音を立てて頭だった男は物言わぬ骸へ成り果てた。
「ひっ!」
その異常な光景に周囲の男達は固まって動けない。
だが、一人だけ動けるものが居た。
最後に入ってきた男だ。
扉の側で腰を抜かしている男に詰め寄って何があったのかと再度尋ねる。
「ルイさん。じ、実はか、頭が娼婦に金を払いたくないと事が終わってから殺してしまったんです。それが、あのガキの母親だったらしくて。いきなり扉が破られたと思ったら、腕を振るだけで頭の腕が飛んで…。」
しどろもどろに答える男の言葉に頭を抱えるルイ。
そして、目の前の子供が次の動きをとる前に先手を打つ。
「許してくれ。」
がばりと頭を下げて許しを請うルイ。
その様子にシュラはキョトンとした表情で首を傾げる。
「何を許せと?」
会話ができるだけの冷静さを持っている事にほっとしつつシュラの前で跪く。
「頭がやったことは許されない事だ。だがこいつらは殺さないでやってくれ。」
「……関わっていない者まで殺すつもりはありません。」
そう言って立ち去ろうとするシュラに待ってくれと呼び止める。
「まだ何か?」
「頭を殺したものが次の頭になる決まりだ。俺達はもうすでに家族だ。」
言われた言葉に意味が分からないと首を傾げる。
そしてそんなものになるつもりはないと立ち去ろうとするシュラにルイはなおも食い下がる。
「家族を見捨てるのか?」
「家族じゃない。」
ムッとしてルイを見上げるシュラ。
ルイの言い分にだんだんと苛立ってきた。
「貴方達のルールなんて知らない。僕には関係のないことだ。」
「だが、俺達は頭に守られて生きてきた。ここにいるのは世間ではうまく生きられない奴らばかりだ。それを見捨てると言うのか?」
「だから、僕には関係ないじゃないか。大体頭の後なら貴方が継げばいいだろ。」
ルイの訳の分からない言い分に冷たく突き放すシュラ。
だが、ルイは諦めなかった。
どうやら風邪を引いたようだ。
熱もあるため今日はゆっくりと休ませなければと滋養に効く食べ物を森で採って帰ってきた。
ご飯の準備をして風邪に効く薬草を混ぜた薬草入りの卵粥を作る。
ご飯を食べさせた後はゆっくりと体を休めて貰おうと布団を整える。
そんな中、母にお客が尋ねてきた。
「シュラ、出て行きなさい。」
「でも母様、熱が……。」
「これが私の仕事なの。大丈夫だから、外に行って来て。」
帰ってもらおうとしたシュラを引き止めて外に出るように促すミュリエル。
「行っていらっしゃいシュラ。」
「行ってきます母様。精の付く食べ物と風邪に効く薬草を取って来ます。なるべく無理はしないで下さいね。」
譲らない母様にシュラは折れるしかなかった。
これは母の生き様なのだ。
邪魔をする訳にはいかない。
その分体に良い物を沢山取って来ようといつも通り森に出かける。
肉や卵、山菜に薬草を籠いっぱいに集めていく。
だが、その日はなんだか不安な気持ちが消えなくてそわそわして集中できない。
いつもよりずっと時間が掛かってしまったのは集中が続かなかったからだ。
不安な想いが心を占めて家に帰るのを急がせる。
「母様!」
息を切らして帰ったシュラが見たものは、布団の上で真っ赤な血を散らした母の姿。
ばさりと音を立てて籠が手から滑り落ちる。
「あ、え?母様……。」
一瞬何がどうなっているのか分からなくなった。
ふらふらと動かない母の元へ歩いていく。
「ねぇ、母様?起きて……。かあさま?」
ゆさゆさと揺り起こそうとするが、すでに息絶えたミュリエルは動かない。
冷たい体がすでに生きているものではない事を証明している。
「あ、なんで…どうして……?」
朝いつも通りに送り出してくれた母の姿が脳裏を過ぎる。
熱があっても構わずに仕事を受けた母。
「う、うぁああ!嫌だ、母様…僕を……置いていかないで。」
泣き叫ぶ声は届かない。
生まれてすぐに捨てられてやっと、幸せに暮らせる場所を見つけたとそう思っていた矢先、なぜこうなったのかと何度も反芻する。
疑問の答えは出ることはない。
理不尽に奪われた命、家族を失った悲しみがシュラの心を抉る。
ここまで育ててもらった恩も十分に返せていない。
「必ず、必ず母様を殺した奴を見つけ出してこの手で復讐を果たします。」
ぎりっと奥歯を噛み締めたシュラはミュリエルの遺体を優しく抱きしめる。
そして丁重に布団へ休ませると魔力を使ってミュリエルの遺体を優しく大地に返す。
ゆっくりと燃え上がる炎は青から白へと変化する。
一瞬で燃えて遺体は大地に還っていく。
だが、魔力で燃える炎は意思を持っているかのように他のものは一切燃やさなかった。
灰がふわりと巻き上がりシュラの頬を優しく撫でて空へと登っていく。
シュラの頬には一筋の涙が流れていた。
――――…
しんと静まり返る家の中、シュラは風に意識を乗せて母を殺した男を捜していた。
やがて遠くから声が届く。
だがそれを聞いたシュラは怒りで我を忘れなかった自分を褒めてやりたい気分だった。
「しかし頭、どうしてあの別嬪さんを殺っちまったんですかい?」
「ふん。抱いてやったのに金をせびるからだ。」
「ですが、娼婦はそれで金を稼いでいるんじゃ……。」
「だまれ。俺様のやったことにケチをつける気か?」
「め、滅相もないです。ですが、あの女には息子が居たじゃないですか。放っておいたら報復に来るかもしれません。」
「はっ!ガキが俺様を報復するってか。笑えるぜ。」
がははと大声で笑うゴロツキ共の頭と呼ばれた男。
母を殺したことを微塵も悔やんでいない。
酒を飲んで笑っている。
それがシュラには許せない。
沸々と怒りが湧き起こる。
だが、以前のような爆発的な怒りではなく静かな怒りだ。
居場所を突き止めたシュラはそのままの姿で歩き出した。
母の血がべったりと付いた服を着たままゴロツキの根城に向かっていく。
ゆらりと体から立ち上る湯気のようなもの。
それが夜の闇に青白く光って見えてシュラの姿を見た者たちが恐れをなして逃げていく。
金の瞳は猫の目のように瞳孔が細くなっており、それはどちらかと言うと猛禽類や爬虫類の瞳のようにも見える。
白い肌と黒い髪が相まって血に染まった服が更にそれに拍車をかける。
まるで幽鬼のような姿だ。
がたんと音を立てて扉を蹴破る。
中に居たゴロツキ達は怪訝な顔をして進入してきた子供を見る。
明らかに子供の力ではないそれと湯気のように立ち上る闘気に何人かのごろつきは腰を抜かした。
「なんだ?ガキがここをどこだと思っている。」
一番奥に居た男が立ち上がり睨みつけてきた。
「お前が母様を殺したのか?」
「はっ!何だ?お前、あの娼婦の息子かよ。そうだと言ったらどうす…?」
そういった男の言葉はそこから続かなかった。
シュラの手が上から下に振り下ろされただけで男の腕が切り落とされる。
「なっ、お…俺の……腕が!」
「ひぃ!」
血飛沫が上がり側に居た男たちが腰を抜かす。
それを冷めた瞳で見ながらゆっくりと足を進めるシュラ。
「く、来るな!い…いや待て……俺様と手を組もう。そうすればあんな女に養われていた以上にいい暮らしをさせてやるぞ。」
「黙れ!母様を侮辱するな。」
底冷えするような低い声に覇気を伴った威圧が加わり誰もが押し黙る。
そこに別の男が駆けつけてきた。
「何があった!」
青い髪に淡い緑の瞳を持った男は部屋の中を見て唖然とする。
「子供?」
シュラはちらりと後ろを振り向くとどうでも良いとばかりに再び歩みを進める。
ゆっくりと近づくシュラに腕を庇いながらじりじりと後ろに下がるゴロツキたちの頭。
ある一定の距離を保ちその場で歩みを止めるシュラは自然な動作で手をぐっと握り締めて横に払う。
すると見えない刃が頭を肩から斜めに切り裂いた。
かひゅと息を吸う音が聞こえた瞬間、ずるりと体が横にずれる。
そしてぐしゃりと音を立てて頭だった男は物言わぬ骸へ成り果てた。
「ひっ!」
その異常な光景に周囲の男達は固まって動けない。
だが、一人だけ動けるものが居た。
最後に入ってきた男だ。
扉の側で腰を抜かしている男に詰め寄って何があったのかと再度尋ねる。
「ルイさん。じ、実はか、頭が娼婦に金を払いたくないと事が終わってから殺してしまったんです。それが、あのガキの母親だったらしくて。いきなり扉が破られたと思ったら、腕を振るだけで頭の腕が飛んで…。」
しどろもどろに答える男の言葉に頭を抱えるルイ。
そして、目の前の子供が次の動きをとる前に先手を打つ。
「許してくれ。」
がばりと頭を下げて許しを請うルイ。
その様子にシュラはキョトンとした表情で首を傾げる。
「何を許せと?」
会話ができるだけの冷静さを持っている事にほっとしつつシュラの前で跪く。
「頭がやったことは許されない事だ。だがこいつらは殺さないでやってくれ。」
「……関わっていない者まで殺すつもりはありません。」
そう言って立ち去ろうとするシュラに待ってくれと呼び止める。
「まだ何か?」
「頭を殺したものが次の頭になる決まりだ。俺達はもうすでに家族だ。」
言われた言葉に意味が分からないと首を傾げる。
そしてそんなものになるつもりはないと立ち去ろうとするシュラにルイはなおも食い下がる。
「家族を見捨てるのか?」
「家族じゃない。」
ムッとしてルイを見上げるシュラ。
ルイの言い分にだんだんと苛立ってきた。
「貴方達のルールなんて知らない。僕には関係のないことだ。」
「だが、俺達は頭に守られて生きてきた。ここにいるのは世間ではうまく生きられない奴らばかりだ。それを見捨てると言うのか?」
「だから、僕には関係ないじゃないか。大体頭の後なら貴方が継げばいいだろ。」
ルイの訳の分からない言い分に冷たく突き放すシュラ。
だが、ルイは諦めなかった。
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