17 / 19
十七話
しおりを挟む
「ねぇ、私も聞いていいかな。どうして、纐纈君は私が右耳聞こえないことを覚えていてくれたの?」
公園を出てバス停に向かいながら問いかけると、纐纈君は一度こちら見て、少しぶっきらぼうに答えた。
「一学期の初めに自己紹介で言ってたから」
「そうだけど、片耳難聴のことなんて、あんまり話さない人はすぐ忘れちゃうものだよ。なのに、纐纈君は色々気にかけてくれたでしょう?」
「特に理由は……。」
「もしかして、纐纈君には片耳難聴の知り合いがいる?」
だとしたら、ものすごく納得できる。
私は片耳難聴の人に会ったことはないけれど、世の中には結構な数いるらしい。できることなら一度くらい、会って話をしてみたいなぁなんて思うのだけれど。
「もしそうなら」
「いや、いない!」
期待するような言い方がよくなかったのか、纐纈君は焦ったようすで強く否定した。
大きな声に頭がキンとして、思わず耳を塞いでしまう。
そんな私を見て、纐纈君は「ごめん」とつぶやき頭を下げた。
「格好悪い話だから、あんまり突っ込まれたくなかったんだ」
「今日の私より格好悪い話なんてそうそうないよ?」
我ながら捨て身な言い方だなと思いつつ覗き込むと、纐纈君は狙い通り複雑な表情を浮かべていた。
角を曲がりバス停が視界に入ったせいか、歩調が緩やかになる。
話してくれる気になったようだ。
「十二月頃、下駄箱のところでパスケースを落としたの、覚えてる?」
「落としもの? あ、誰かが拾って職員室に届けてくれたやつ?
拾ってくれたのって纐纈君だったんだ? ありがとう」
「ああ……」
どうにも歯切れが悪い。不思議に思い「何か問題があった?」と踏み込むと、纐纈君は辛そうに眉を顰めた。
「あの時さ、本当は手渡そうと思ったらすぐにできたんだ。
だけど、落ちてたのが苗木の足元だったから、拾うよりは教えた方がいいと思って「落としてるよ」って声を掛けたんだ。そうしたら、苗木は一瞬こっちを見たんだけど、すみませんって言って気まずそうな顔をしてそのまま逃げるようにその場を立ち去ってさ」
「うわぁ、ごめん。多分、靴を取るのに邪魔だから声を掛けられたと思ったんだ……」
話している内に思い出してきた。
あの日、帰宅時間が遅くなったこともあって下駄箱には誰もいなかった。だから、私は周りを気にすることせずにその場で鞄を漁っていた。
ふと、何か聞こえたような気がして振り向いたら、違うクラスの人が真後ろに立ってたんだ。じっとこっちを見ていたから、長い時間待たせてしまったんだと焦った。無言の圧力を感じて、怖かったからつい……。
「今思うとそうだよな。
だけど、あの時オレはどうしてああいう態度を取られたのかわからなくて、追いかけることもしなかったんだ。どう考えたって、状況的に落ちていたパスケースは苗木のものだったのに」
全然悪いことなんかしてないのに、纐纈君は申し訳なさそうに肩を窄めた。
「後から苗木の耳のことを知って、自分の想像力の無さが情けなくなった」
「いやいや、それは纐纈君の反応が普通だと思う。モヤモヤさせちゃってごめん!
私がちゃんと聴き返すべきだったよ」
「オレも、呼び止めてもう一回話せばよかったと思う。
だから、同じクラスになった時、苗木が困ってたら今度はちゃんと助けようって思ったんだ。それが、オレが苗木のことを気にし出したきっかけだよ」
「そうなんだ……」
しつこくせがんでおいて、碌な感想が言えない自分に腹が立つ。
自分のほっぺたを触ると、また熱くなっていた。
纐纈君にとっては思い出したくないことのようだけれど、私はうれしい。
格好悪くなんかない。後悔をやさしさに変えられる人は素敵だ。
言葉が途切れたまま、私たちはバス停に辿り着いた。
纐纈君が乗るバスと私が乗るバスは行き先が違う。どちらが先に来るかなと時刻表を見ていたら、ちょうど私が乗るバスが遠くに見えた。
「あ、バス来た。じゃあね。今日は本当にありがとう!」
「苗木」
パスケースを手に一歩踏み出すと、急に後ろから手を引かれた。
振り返った瞬間、纐纈君の顔が近付く。
彼は私の右耳に向かって、何かを囁いた。
「え? なんでこっち」
「文化祭が終わったら、もう一回言うよ」
くるりとターンさせられると、そこにはもうバスが到着してた。仕方なく、開いているドアから乗り込む。
席に座ってバス停に視線を向けると、後ろからバスが来ていたらしく纐纈君の姿はもう見えなかった。
公園を出てバス停に向かいながら問いかけると、纐纈君は一度こちら見て、少しぶっきらぼうに答えた。
「一学期の初めに自己紹介で言ってたから」
「そうだけど、片耳難聴のことなんて、あんまり話さない人はすぐ忘れちゃうものだよ。なのに、纐纈君は色々気にかけてくれたでしょう?」
「特に理由は……。」
「もしかして、纐纈君には片耳難聴の知り合いがいる?」
だとしたら、ものすごく納得できる。
私は片耳難聴の人に会ったことはないけれど、世の中には結構な数いるらしい。できることなら一度くらい、会って話をしてみたいなぁなんて思うのだけれど。
「もしそうなら」
「いや、いない!」
期待するような言い方がよくなかったのか、纐纈君は焦ったようすで強く否定した。
大きな声に頭がキンとして、思わず耳を塞いでしまう。
そんな私を見て、纐纈君は「ごめん」とつぶやき頭を下げた。
「格好悪い話だから、あんまり突っ込まれたくなかったんだ」
「今日の私より格好悪い話なんてそうそうないよ?」
我ながら捨て身な言い方だなと思いつつ覗き込むと、纐纈君は狙い通り複雑な表情を浮かべていた。
角を曲がりバス停が視界に入ったせいか、歩調が緩やかになる。
話してくれる気になったようだ。
「十二月頃、下駄箱のところでパスケースを落としたの、覚えてる?」
「落としもの? あ、誰かが拾って職員室に届けてくれたやつ?
拾ってくれたのって纐纈君だったんだ? ありがとう」
「ああ……」
どうにも歯切れが悪い。不思議に思い「何か問題があった?」と踏み込むと、纐纈君は辛そうに眉を顰めた。
「あの時さ、本当は手渡そうと思ったらすぐにできたんだ。
だけど、落ちてたのが苗木の足元だったから、拾うよりは教えた方がいいと思って「落としてるよ」って声を掛けたんだ。そうしたら、苗木は一瞬こっちを見たんだけど、すみませんって言って気まずそうな顔をしてそのまま逃げるようにその場を立ち去ってさ」
「うわぁ、ごめん。多分、靴を取るのに邪魔だから声を掛けられたと思ったんだ……」
話している内に思い出してきた。
あの日、帰宅時間が遅くなったこともあって下駄箱には誰もいなかった。だから、私は周りを気にすることせずにその場で鞄を漁っていた。
ふと、何か聞こえたような気がして振り向いたら、違うクラスの人が真後ろに立ってたんだ。じっとこっちを見ていたから、長い時間待たせてしまったんだと焦った。無言の圧力を感じて、怖かったからつい……。
「今思うとそうだよな。
だけど、あの時オレはどうしてああいう態度を取られたのかわからなくて、追いかけることもしなかったんだ。どう考えたって、状況的に落ちていたパスケースは苗木のものだったのに」
全然悪いことなんかしてないのに、纐纈君は申し訳なさそうに肩を窄めた。
「後から苗木の耳のことを知って、自分の想像力の無さが情けなくなった」
「いやいや、それは纐纈君の反応が普通だと思う。モヤモヤさせちゃってごめん!
私がちゃんと聴き返すべきだったよ」
「オレも、呼び止めてもう一回話せばよかったと思う。
だから、同じクラスになった時、苗木が困ってたら今度はちゃんと助けようって思ったんだ。それが、オレが苗木のことを気にし出したきっかけだよ」
「そうなんだ……」
しつこくせがんでおいて、碌な感想が言えない自分に腹が立つ。
自分のほっぺたを触ると、また熱くなっていた。
纐纈君にとっては思い出したくないことのようだけれど、私はうれしい。
格好悪くなんかない。後悔をやさしさに変えられる人は素敵だ。
言葉が途切れたまま、私たちはバス停に辿り着いた。
纐纈君が乗るバスと私が乗るバスは行き先が違う。どちらが先に来るかなと時刻表を見ていたら、ちょうど私が乗るバスが遠くに見えた。
「あ、バス来た。じゃあね。今日は本当にありがとう!」
「苗木」
パスケースを手に一歩踏み出すと、急に後ろから手を引かれた。
振り返った瞬間、纐纈君の顔が近付く。
彼は私の右耳に向かって、何かを囁いた。
「え? なんでこっち」
「文化祭が終わったら、もう一回言うよ」
くるりとターンさせられると、そこにはもうバスが到着してた。仕方なく、開いているドアから乗り込む。
席に座ってバス停に視線を向けると、後ろからバスが来ていたらしく纐纈君の姿はもう見えなかった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~
海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。
そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。
そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。
人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?
石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。
ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。
ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。
「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。
扉絵は汐の音さまに描いていただきました。
イケメン御曹司、地味子へのストーカー始めました 〜マイナス余命1日〜
和泉杏咲
恋愛
表紙イラストは「帳カオル」様に描いていただきました……!眼福です(´ω`)
https://twitter.com/tobari_kaoru
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は間も無く死ぬ。だから、彼に別れを告げたいのだ。それなのに……
なぜ、私だけがこんな目に遭うのか。
なぜ、私だけにこんなに執着するのか。
私は間も無く死んでしまう。
どうか、私のことは忘れて……。
だから私は、あえて言うの。
バイバイって。
死を覚悟した少女と、彼女を一途(?)に追いかけた少年の追いかけっこの終わりの始まりのお話。
<登場人物>
矢部雪穂:ガリ勉してエリート中学校に入学した努力少女。小説家志望
悠木 清:雪穂のクラスメイト。金持ち&ギフテッドと呼ばれるほどの天才奇人イケメン御曹司
山田:清に仕えるスーパー執事
雨桜に結う
七雨ゆう葉
ライト文芸
観測史上最も早い発表となった桜の開花宣言。
この年。4月に中学3年生を迎える少年、ユウ。
そんなある時、母はユウを外へと連れ出す。
だがその日は、雨が降っていた――。
※短編になります。序盤、ややシリアス要素あり。
5話完結。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる