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『どっちらけの新婚旅行(中編)』▼
日は既にてっぺんまで昇り、灼熱の砂浜を焦がす。大きな麦わら帽子を被った金髪の少女がソフトクリームをふたつ手に持ち、賑わう人々の合間を歩いていた。時折男達から声をかけられるが、彼女はそれを笑顔でかわしていく。
「お待たせダーリン」
パラソルの下、ビーチ・チェアーで雑誌を読んでいたマルクは瑠璃に気が付き、顔を向けた。
「はい、いちご味。もーう、可愛い味が好きだねえ、ダーリンは」
「……ああ」
彼はソフトクリームを受け取るとぺろりと一度舐め、また雑誌に目を移した。クエストやダンジョン、モンスターなどの情報が載っている攻略雑誌の様だった。
「……ほんと好きだねえ、ダーリン……こういう時くらいファッションとかトレンド雑誌読んでてもいいんじゃない? そっちの方が絵になるし」
彼は(瑠璃のコーディネートで)着替え、今はポロシャツにハーフパンツ、サンダルとかなりラフな出で立ちになっていた。顔にはサングラスを着用している。一方の瑠璃はビキニの上にTシャツを重ねているだけだ。服装も雰囲気を味わうための重要なファクターになるのだとコー助は考えている。
「戻ってくるまでに何人かに声かけられちゃった。えへへ」
「……そうか」
彼はページをめくる。
「ダーリンも結構逆ナンとかされたんじゃない?」
「……まあな」
「……」
瑠璃は抹茶味のソフトクリームに舌を付ける。当然ながら味覚は無い。だが現実と同様、時間が経つにつれどんどんグラフィックは溶けていく。
「いや~それにしても陽射しが強いね~ここは。こりゃ日焼けもしちゃうね。帰った時には真っ黒かも」
「日焼け止めを塗ればいいだろ」
「……」
ソフトクリームをぺろり。
「ていうかダーリンサングラス付けててよく雑誌読めるね。読みづらくない?」
「確かに読みづらいがこれはこれでいい。誰かと話す時に目を合わせる必要が無いからな」
「もしかして、ダーリンって人混み苦手?」
「……」
はあ、と彼女は溜め息をつく。
ホテルにチェックインした後、ふたりはアルカディアのマップを見ながら今日の予定を組んでいった。まずは屋内のアトラクション施設で遊び、夜が明けると軽くショッピングをして現在海水浴場に来ていた。もちろん予定の中には食事のためのリアルでの休憩も間に挟んでいる。
アルカディアに来て十二時間。マルクは相変わらず口数がリアルで会う以前よりもかなり少なく、瑠璃がほとんどひとりで喋っている状態だった。コー助は見知らぬ土地をそこそこ楽しめているのだが、彼を見てしまうとやはり少し気分が下がる。気まずさは消えず、ふたりの間に流れる空気は微妙だった……まあ、楽しめないのはわかるけどよ、も少し頑張ってくれてもいいんじゃねえの……? よっぽど嫌われてんのかな、俺。
その後も会話は一方通行が続き、初日の夜が訪れた。瑠璃はバーのカウンターでひとり、味のしないワインを嗜んでいた。
夜はお互いフリータイムにしようとホテルで決めており、マルクは今ジムで自分を鍛えているはずだ。
この新婚旅行は週末を使い、土、日曜にそれぞれ十二時間ずつプレイする事にしている。もうすぐ半分が終わろうとしているのに、マルクとの距離をいまいち縮められない。あの日リアルで会ってから、ふたりの距離は大きく開いてしまっていた。この旅行を通して少しでも元に戻れたら……なんてコー助は思っていたのだが、マルクはそんなつもりなど全く無いのだろうか。
「はあ……」
彼女はまた大きく溜め息を吐いた。めんどくせーなー、あいつ。
その時、カウンター越しにバーテンダーが色鮮やかなカクテルを差し出してきた。不審に思って瑠璃は尋ねる。
「あの……頼んでませんけど」
「あちらのお客様からです」
「え?」
カウンターの奥の方を見ると、アロハシャツを着た老齢の男性が微笑を浮かべてこちらを見つめているのだった。
「嬢ちゃんが浮かない顔してたからよ。俺からのサービスだ」
「はあ……ありがとうございます」
ナンパか? 瑠璃はめんどくさそうに思いながらももらったカクテルを一口飲んだ。
「よかったらおじさんに話してみなよ。何があったんだい」
「……最近夫と上手くいかなくって」
「そーかそーか、倦怠期か」
「……」
いや、違う。そうじゃない。
「いいかいお嬢ちゃん、愛ってのは花の水やりと一緒さ。足らなくても、注ぎ過ぎても花は枯れちまう。難しいよなあ」
「……そうですね」
適当に話を合わせた。
「おっと、そろそろ時間だ。兄ちゃん、お代だ。釣りはいらねえ。大丈夫、嬢ちゃんならきっと綺麗な花を咲かせられるさ」
そう言い残して男は店を出ていった。え、それだけ……? 何もアドバイスしてなくね? 何か上手い事言っただけで根本的解決に全く尽力してくれてなくね? 何だったんだじいさん……。
「あの……私もそろそろお支払いを……」
彼女も帰ろうとしてバーテンダーに声をかける。
「その必要はありません。先ほどのお客様が支払われていきました」
カッケエエエエ~~~~ッ! よくわかんなかったけどじいさんカッケエエエエ~~~~ッ!
日は既にてっぺんまで昇り、灼熱の砂浜を焦がす。大きな麦わら帽子を被った金髪の少女がソフトクリームをふたつ手に持ち、賑わう人々の合間を歩いていた。時折男達から声をかけられるが、彼女はそれを笑顔でかわしていく。
「お待たせダーリン」
パラソルの下、ビーチ・チェアーで雑誌を読んでいたマルクは瑠璃に気が付き、顔を向けた。
「はい、いちご味。もーう、可愛い味が好きだねえ、ダーリンは」
「……ああ」
彼はソフトクリームを受け取るとぺろりと一度舐め、また雑誌に目を移した。クエストやダンジョン、モンスターなどの情報が載っている攻略雑誌の様だった。
「……ほんと好きだねえ、ダーリン……こういう時くらいファッションとかトレンド雑誌読んでてもいいんじゃない? そっちの方が絵になるし」
彼は(瑠璃のコーディネートで)着替え、今はポロシャツにハーフパンツ、サンダルとかなりラフな出で立ちになっていた。顔にはサングラスを着用している。一方の瑠璃はビキニの上にTシャツを重ねているだけだ。服装も雰囲気を味わうための重要なファクターになるのだとコー助は考えている。
「戻ってくるまでに何人かに声かけられちゃった。えへへ」
「……そうか」
彼はページをめくる。
「ダーリンも結構逆ナンとかされたんじゃない?」
「……まあな」
「……」
瑠璃は抹茶味のソフトクリームに舌を付ける。当然ながら味覚は無い。だが現実と同様、時間が経つにつれどんどんグラフィックは溶けていく。
「いや~それにしても陽射しが強いね~ここは。こりゃ日焼けもしちゃうね。帰った時には真っ黒かも」
「日焼け止めを塗ればいいだろ」
「……」
ソフトクリームをぺろり。
「ていうかダーリンサングラス付けててよく雑誌読めるね。読みづらくない?」
「確かに読みづらいがこれはこれでいい。誰かと話す時に目を合わせる必要が無いからな」
「もしかして、ダーリンって人混み苦手?」
「……」
はあ、と彼女は溜め息をつく。
ホテルにチェックインした後、ふたりはアルカディアのマップを見ながら今日の予定を組んでいった。まずは屋内のアトラクション施設で遊び、夜が明けると軽くショッピングをして現在海水浴場に来ていた。もちろん予定の中には食事のためのリアルでの休憩も間に挟んでいる。
アルカディアに来て十二時間。マルクは相変わらず口数がリアルで会う以前よりもかなり少なく、瑠璃がほとんどひとりで喋っている状態だった。コー助は見知らぬ土地をそこそこ楽しめているのだが、彼を見てしまうとやはり少し気分が下がる。気まずさは消えず、ふたりの間に流れる空気は微妙だった……まあ、楽しめないのはわかるけどよ、も少し頑張ってくれてもいいんじゃねえの……? よっぽど嫌われてんのかな、俺。
その後も会話は一方通行が続き、初日の夜が訪れた。瑠璃はバーのカウンターでひとり、味のしないワインを嗜んでいた。
夜はお互いフリータイムにしようとホテルで決めており、マルクは今ジムで自分を鍛えているはずだ。
この新婚旅行は週末を使い、土、日曜にそれぞれ十二時間ずつプレイする事にしている。もうすぐ半分が終わろうとしているのに、マルクとの距離をいまいち縮められない。あの日リアルで会ってから、ふたりの距離は大きく開いてしまっていた。この旅行を通して少しでも元に戻れたら……なんてコー助は思っていたのだが、マルクはそんなつもりなど全く無いのだろうか。
「はあ……」
彼女はまた大きく溜め息を吐いた。めんどくせーなー、あいつ。
その時、カウンター越しにバーテンダーが色鮮やかなカクテルを差し出してきた。不審に思って瑠璃は尋ねる。
「あの……頼んでませんけど」
「あちらのお客様からです」
「え?」
カウンターの奥の方を見ると、アロハシャツを着た老齢の男性が微笑を浮かべてこちらを見つめているのだった。
「嬢ちゃんが浮かない顔してたからよ。俺からのサービスだ」
「はあ……ありがとうございます」
ナンパか? 瑠璃はめんどくさそうに思いながらももらったカクテルを一口飲んだ。
「よかったらおじさんに話してみなよ。何があったんだい」
「……最近夫と上手くいかなくって」
「そーかそーか、倦怠期か」
「……」
いや、違う。そうじゃない。
「いいかいお嬢ちゃん、愛ってのは花の水やりと一緒さ。足らなくても、注ぎ過ぎても花は枯れちまう。難しいよなあ」
「……そうですね」
適当に話を合わせた。
「おっと、そろそろ時間だ。兄ちゃん、お代だ。釣りはいらねえ。大丈夫、嬢ちゃんならきっと綺麗な花を咲かせられるさ」
そう言い残して男は店を出ていった。え、それだけ……? 何もアドバイスしてなくね? 何か上手い事言っただけで根本的解決に全く尽力してくれてなくね? 何だったんだじいさん……。
「あの……私もそろそろお支払いを……」
彼女も帰ろうとしてバーテンダーに声をかける。
「その必要はありません。先ほどのお客様が支払われていきました」
カッケエエエエ~~~~ッ! よくわかんなかったけどじいさんカッケエエエエ~~~~ッ!
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