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『おしどり夫婦のマルクと瑠璃』▼
広大な平野を剣を構えたひとりの男が駆ける。彼の視線は目の前のただ一点を見据えていた。呻き声を上げながらいずこかへと奔走していく巨大な爬虫類の怪物……狙いはそれあるのみだ。
「逃がすかよお!」
彼はスピードを上げた。この際スタミナ切れなんて無視してしまえ。こいつを倒す事だけに集中しろ。
「おらあああっ!」
モンスターに追い付くと彼はすぐに持っていた大剣を振るった。刃先はのこぎりの様なギザギザした形状になっており、他の剣に比べて一撃で大きなダメージを与える事が出来るのが特徴だ。
尾を傷付けられたモンスターは痛みから咆哮し動きを一瞬だけ止めた。その機を逃さず彼は斬撃を浴びせていく。
「おらっ! おらっ!」
耐えきれなくなったモンスターは長い尾をしならせ反撃してくる。彼は防御せずにギリギリまで攻撃を続けた。体力が大きく削れるが、痛みは感じない。この世界では痛覚は存在しないのだ。
直後に彼の頭上に光が降り注ぐ。回復魔法だ。
「サンキューライラ!」
後方に杖を構える女性キャラクターに礼を告げ、男はモンスターのそばを走り回りながらダメージを与えていった。こちらが攻撃を受けたら即座にライラが回復を行う。当面の間はほぼ無敵状態だ。
与えたダメージが一定量を越えるとモンスターの動きが激しくなった。最後のあがき。ここからこのトカゲの攻撃力がぐんと跳ね上がる。ここが正念場だ。
「!」
しかし機敏になった敵の動きを完全に読む事が出来ず、勢いよく伸ばされた右前足を彼は正面から受ける形になってしまった。
「のわっ!」
もちろん痛みは無い。しかし反射的に声が出た。しかも、よりにもよってクリティカル・ヒットだ。
「鉄平!」
心配したライラが彼の名前を叫んだ。鉄平というのが彼のアカウント名───この世界での名前───だ。
鉄平は飛ばされ、受け身も取れず平野に転がった。
「おいおい、そろそろヤベーんじゃねーの、これ……ライラ! 早く回復うっ!」
トカゲのモンスターは照準を変え、鉄平に見向きもせずにひとりぽつんと佇むライラの元へと向かい始めた。
「ちょっ! ちょっと無理~! 防御に使っちゃいます!」
呪文を詠唱した彼女が構えた杖の先から光の粒が次々と現れ、その前面に魔法陣が壁の様に描かれた。モンスターは光の壁にぶつかり行く手を阻まれる。だが少しも諦める気配は無く依然としてライラに迫っていた。
「ひいっ! 助けて~鉄平!」
「んな事言ったってこっちももうスタミナが無えんだよ……! とりあえず耐えろ!」
鉄平は起き上がり走り出すが決して早いとは言えない。たどたどしい動きだ。
「ちょいちょいちょいちょい~! こっちも魔力がどんどん無くなってるって~……!」
「とりあえず一旦壁消して攻撃受けろ! 一撃ぐらいじゃまだ死なねーから! お前の魔力はまだ欲しい!!」
ライラの職業はヒーラー。回復要員なのである。
「ひえええっ! わっかりました~っ……!」
彼女が防御魔法を解きかけたその時、火炎球がトカゲの顔面を襲った。
「!」
モンスターはギロリと目を鋭くし、首をぐいと左に動かす。攻撃の目標を変えたのだ。光の魔法陣を解除したライラはへなへなとその場に座り込む。
「たっ、助かった~……!」
「おっまたせ~!」
火炎球を撃ち込んだ少女、瑠璃が目元にピースサインを作って陽気な声をかけた。別のエリアにいたふたりの仲間だ。
「ルリルリッ! おっせーぞお前ら!」
「ごっめ~ん!」
可愛く叫ぶと瑠璃は動き回り一定の距離を保ちながら魔法による攻撃を自分に向かってくるモンスターに浴びせていく。彼女はメイジ。魔法攻撃がメインの職業だ。
「ほいほいほいほい! こんがりいい色が付いた所で……ダーリン!」
瑠璃の声に呼応して遅れて到着したもうひとりの仲間がモンスターに飛びかかる。瑠璃の魔法のグラフィックが消えるのと同時に彼の長い剣がトカゲの肉を削いだ。
「ウオオオオオン!」
モンスターは断末魔の叫びを上げて倒れた。そして二度と動く事は無かった。
「……これだけか……」
一撃で終わってしまった事を残念がり、少年はぽつりと呟く。彼の名はマルク。黒い髪に白い肌の爽やかなビジュアルだ。
クエスト達成の音楽が流れる。依頼されたモンスターの討伐を達成したからだ。
「やったあダーリン!」
瑠璃が嬉しそうにマルクの背後から抱き付く。
「ダーリンかっこよかったよ!」
「一撃しかくらわせてないけどな」
「いやあ見事にいい所持ってかれたわ……ほんとお前って奴は……」
鉄平とライラも彼の元へ歩み寄ってくる。
「ふたりが耐えていてくれたからだよ。ありがとう」
「ねえダーリン、私も頑張ったでしょ~?」
「ああ、お前もよく頑張ったよ瑠璃」
瑠璃の頭にポンとマルクは手を置く。
「相変わらず息ピッタリだったね」
仲が良さそうにしているふたりを見てライラが言った。鉄平も羨ましそうに続く。
「見せつけやがって」
マルクと瑠璃といえば四人が拠点にしている界隈ではなかなか有名なふたり組だった。腕の立つ剣士の美少年とその戦いを魔法でサポートする美少女。ふたりはいつも一緒にいて、いつもふたりでひとつ。
そしてただのコンビではなく、彼らは夫婦なのだ。きちんと町の役所にて手続きを行った、正真正銘の夫婦なのである……この世界では。
とにかく「おしどり夫婦のマルクと瑠璃」といえば、巷では評判なのであった。
広大な平野を剣を構えたひとりの男が駆ける。彼の視線は目の前のただ一点を見据えていた。呻き声を上げながらいずこかへと奔走していく巨大な爬虫類の怪物……狙いはそれあるのみだ。
「逃がすかよお!」
彼はスピードを上げた。この際スタミナ切れなんて無視してしまえ。こいつを倒す事だけに集中しろ。
「おらあああっ!」
モンスターに追い付くと彼はすぐに持っていた大剣を振るった。刃先はのこぎりの様なギザギザした形状になっており、他の剣に比べて一撃で大きなダメージを与える事が出来るのが特徴だ。
尾を傷付けられたモンスターは痛みから咆哮し動きを一瞬だけ止めた。その機を逃さず彼は斬撃を浴びせていく。
「おらっ! おらっ!」
耐えきれなくなったモンスターは長い尾をしならせ反撃してくる。彼は防御せずにギリギリまで攻撃を続けた。体力が大きく削れるが、痛みは感じない。この世界では痛覚は存在しないのだ。
直後に彼の頭上に光が降り注ぐ。回復魔法だ。
「サンキューライラ!」
後方に杖を構える女性キャラクターに礼を告げ、男はモンスターのそばを走り回りながらダメージを与えていった。こちらが攻撃を受けたら即座にライラが回復を行う。当面の間はほぼ無敵状態だ。
与えたダメージが一定量を越えるとモンスターの動きが激しくなった。最後のあがき。ここからこのトカゲの攻撃力がぐんと跳ね上がる。ここが正念場だ。
「!」
しかし機敏になった敵の動きを完全に読む事が出来ず、勢いよく伸ばされた右前足を彼は正面から受ける形になってしまった。
「のわっ!」
もちろん痛みは無い。しかし反射的に声が出た。しかも、よりにもよってクリティカル・ヒットだ。
「鉄平!」
心配したライラが彼の名前を叫んだ。鉄平というのが彼のアカウント名───この世界での名前───だ。
鉄平は飛ばされ、受け身も取れず平野に転がった。
「おいおい、そろそろヤベーんじゃねーの、これ……ライラ! 早く回復うっ!」
トカゲのモンスターは照準を変え、鉄平に見向きもせずにひとりぽつんと佇むライラの元へと向かい始めた。
「ちょっ! ちょっと無理~! 防御に使っちゃいます!」
呪文を詠唱した彼女が構えた杖の先から光の粒が次々と現れ、その前面に魔法陣が壁の様に描かれた。モンスターは光の壁にぶつかり行く手を阻まれる。だが少しも諦める気配は無く依然としてライラに迫っていた。
「ひいっ! 助けて~鉄平!」
「んな事言ったってこっちももうスタミナが無えんだよ……! とりあえず耐えろ!」
鉄平は起き上がり走り出すが決して早いとは言えない。たどたどしい動きだ。
「ちょいちょいちょいちょい~! こっちも魔力がどんどん無くなってるって~……!」
「とりあえず一旦壁消して攻撃受けろ! 一撃ぐらいじゃまだ死なねーから! お前の魔力はまだ欲しい!!」
ライラの職業はヒーラー。回復要員なのである。
「ひえええっ! わっかりました~っ……!」
彼女が防御魔法を解きかけたその時、火炎球がトカゲの顔面を襲った。
「!」
モンスターはギロリと目を鋭くし、首をぐいと左に動かす。攻撃の目標を変えたのだ。光の魔法陣を解除したライラはへなへなとその場に座り込む。
「たっ、助かった~……!」
「おっまたせ~!」
火炎球を撃ち込んだ少女、瑠璃が目元にピースサインを作って陽気な声をかけた。別のエリアにいたふたりの仲間だ。
「ルリルリッ! おっせーぞお前ら!」
「ごっめ~ん!」
可愛く叫ぶと瑠璃は動き回り一定の距離を保ちながら魔法による攻撃を自分に向かってくるモンスターに浴びせていく。彼女はメイジ。魔法攻撃がメインの職業だ。
「ほいほいほいほい! こんがりいい色が付いた所で……ダーリン!」
瑠璃の声に呼応して遅れて到着したもうひとりの仲間がモンスターに飛びかかる。瑠璃の魔法のグラフィックが消えるのと同時に彼の長い剣がトカゲの肉を削いだ。
「ウオオオオオン!」
モンスターは断末魔の叫びを上げて倒れた。そして二度と動く事は無かった。
「……これだけか……」
一撃で終わってしまった事を残念がり、少年はぽつりと呟く。彼の名はマルク。黒い髪に白い肌の爽やかなビジュアルだ。
クエスト達成の音楽が流れる。依頼されたモンスターの討伐を達成したからだ。
「やったあダーリン!」
瑠璃が嬉しそうにマルクの背後から抱き付く。
「ダーリンかっこよかったよ!」
「一撃しかくらわせてないけどな」
「いやあ見事にいい所持ってかれたわ……ほんとお前って奴は……」
鉄平とライラも彼の元へ歩み寄ってくる。
「ふたりが耐えていてくれたからだよ。ありがとう」
「ねえダーリン、私も頑張ったでしょ~?」
「ああ、お前もよく頑張ったよ瑠璃」
瑠璃の頭にポンとマルクは手を置く。
「相変わらず息ピッタリだったね」
仲が良さそうにしているふたりを見てライラが言った。鉄平も羨ましそうに続く。
「見せつけやがって」
マルクと瑠璃といえば四人が拠点にしている界隈ではなかなか有名なふたり組だった。腕の立つ剣士の美少年とその戦いを魔法でサポートする美少女。ふたりはいつも一緒にいて、いつもふたりでひとつ。
そしてただのコンビではなく、彼らは夫婦なのだ。きちんと町の役所にて手続きを行った、正真正銘の夫婦なのである……この世界では。
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