お隣さんは〇〇〇だから

夏芽玉

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2.職場の後輩

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 それから、俺は暇さえあれば「プリンスヘブン」のホームページを見るようになった。
 ハルさんと出会った翌日、「Domキャストのハル」さんの写真がホームページから消えた。でも、名前は残っているので、辞めたわけではなさそうだ。このハルさんと彼が同一人物なのかはわからないけれど、「プリンスヘブンのハルさん」はこの人しか居ない。
 あの日見た彼の写真が掲載されるのだろうか、と毎日欠かさず確認したけれど、なかなか写真が掲載されない。

 それだけじゃない。俺は彼の出勤スケジュールも毎日チェックした。
 だけど、いつ見ても予約満了の表示になっている。写真がなくても予約が埋まるなんて、このハルさんは相当な人気キャストなんだろう。

 次にあのハルさんがお隣さんの部屋にやってきたら、直接話しかけてみよう。そう思って様子を窺っているのに、全然出会えない。
 お隣さんも、彼が人気すぎて予約が取れていない? それとも、相性が悪くて彼のことをもう呼ぶ気がない?
 気になる。とても気になる。

 マンション内で彼に出会えないのだとしたら、お店に問い合わせをするしかない。
 だけど彼の予約ができない場合、他のキャストを勧められても困る。だって、他の人には全く興味が持てないからな……

 会社の昼休み、休憩室に誰も居ないのをいいことに、スマホでプリンセスヘブンのホームページをチェックしていた俺は、画面を見ながら大きなため息をついた。

「市ノ瀬先輩ー、何してるです?」

 不意に後ろから声を掛けられて、ギクリと身体が硬直する。
 慌てて画面を隠そうとしたけれど、遅かった。
 声の主は、俺の手ごとスマホを握って、覗き込んでくる。

「……ゲイの風俗店?」
「小宮、勝手に見るな。プライバシーの侵害だ」

 慌てて隠そうとしたけれど、それより早くスマホを取り上げられてしまった。
 この春からペアを組んで仕事をしている後輩の小宮は、俺よりデカくて体格がいい。しかも後輩のくせに、俺より良くできる男なんだ。中途採用で入社してきたので名目上は俺が指導係ということになっているけれど、教えることなんてほとんどなにもない。
 むしろ、俺のほうが小宮の手際の良さに感心してしまうことが多いくらいだ。歳も二つしか違わないのに、入社したのがちょっと早かっただけの先輩なんて鬱陶しいだけの存在だろう。
 それなのに、小宮は何故か俺に懐いて慕ってくれている。

「仕事中にこんなサイトを見てるなんて……溜まってるんです?」
「そ、そんなことは……」

 小宮が俺のスマホを操作する。他人のスマホを勝手に使うんじゃない。
 なんとか取り返そうとするけれど、子供をあしらうかのようにひょいひょいと避けられてしまった。ああ、もう!! 手足の長さが少し違うだけで、動きにこんなに差が出るなんて!! まったくもって腹立たしい。

「でも、なんでDomキャストの一覧なんて……」
「なあ、もういいだろ! 早くスマホ返せよ!!」
「だって先輩はDomでしょ?」

 俺は小宮の言葉に耳を疑った。

「はっ……!? なんでそれを……」

 確かに、小宮が言う通り俺はDomだ。
 ダイナミクス差別禁止法なんてのが最近できたおかげで、就職の時に自分の第二性を公表する必要がなくなった。それでもなんとなく、DomとかSubとかはわかってしまうことがある。でも、俺が「Domっぽい」とか「Domらしい」なんて言われたことは皆無だ。どちらかといえばSubに間違えられた回数のほうが多い。それなのになんで……

「溜まってるんなら、僕とプレイしましょーよ」
「はぁ!? 何言ってるんだ」

 小宮の突拍子もない提案に、ギョッとする。

「だって。先輩はこの人たちとはプレイできないでしょう?」

 そうだ。だから、俺はどうしてもハルさんの第二性が知りたかったんだ。
 もしハルさんもDomであるなら、プレイをすることは不可能だ。DomがDomの第二性が同じキャストを指名することはできない。そう利用規定に書いてあった。

 あの日見た彼の写真がDomキャスト一覧に掲載されたら彼のことは諦めよう。そう思って毎日ホームページを覗いているのに、ハルさんの写真はずっと「準備中」のまま、更新される気配は全然ない。

「あのな。知ってるとは思うけれど、プレイっていうのはDomとSubがするもので、俺とおまえじゃ……」
「丁度いいじゃないですか。だって、僕、Subですし」
「は……?」

 一瞬、小宮が何を言っているのか理解するのに間が生じた。
 誰が、何だって?

「僕はSubで、先輩はDom。だから、プレイしませんか?」

 体格にも恵まれていて、仕事も良くできる。人の上に立つのが当然であるといわんばかりの様子をしている小宮のことは、Domだと信じて疑っていなかった。

 だけど、彼はSubだって……?

 ポカンとしていると、胸ポケットに小宮が俺のスマホを押し込んできた。そのまま肩を引き寄せられて顔が近づく。睫毛が長いんだな、と思った。今まで極力意識しないようにしていたけれど、そういえば小宮も整った顔立ちをしている。間近でその顔を見ることになって、ドキッとした。

「今夜、ホテル取っておきますから」
「いっ……行くわけないだろっ!!」

 顔に熱が集まっていることに気付かれたくなくて、小宮の身体を押し退ける。

「えー……でも、来てくれないと、僕、先輩が就業時間中にフーゾク店のHPを熱心に見てたって、うっかり誰かに喋りたくなっちゃうかもしれないですよー?」
「おいっ……!」

 小宮はそんなことしない、という気持ちと、もしバラされたら……という気持ちの狭間で心がぐらつく。

「口止めしたかったら、絶対に来てくださいね」

 そう言い残して、小宮は休憩室を出ていった。
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