2 / 10
2.職場の後輩
しおりを挟む
それから、俺は暇さえあれば「プリンスヘブン」のホームページを見るようになった。
ハルさんと出会った翌日、「Domキャストのハル」さんの写真がホームページから消えた。でも、名前は残っているので、辞めたわけではなさそうだ。このハルさんと彼が同一人物なのかはわからないけれど、「プリンスヘブンのハルさん」はこの人しか居ない。
あの日見た彼の写真が掲載されるのだろうか、と毎日欠かさず確認したけれど、なかなか写真が掲載されない。
それだけじゃない。俺は彼の出勤スケジュールも毎日チェックした。
だけど、いつ見ても予約満了の表示になっている。写真がなくても予約が埋まるなんて、このハルさんは相当な人気キャストなんだろう。
次にあのハルさんがお隣さんの部屋にやってきたら、直接話しかけてみよう。そう思って様子を窺っているのに、全然出会えない。
お隣さんも、彼が人気すぎて予約が取れていない? それとも、相性が悪くて彼のことをもう呼ぶ気がない?
気になる。とても気になる。
マンション内で彼に出会えないのだとしたら、お店に問い合わせをするしかない。
だけど彼の予約ができない場合、他のキャストを勧められても困る。だって、他の人には全く興味が持てないからな……
会社の昼休み、休憩室に誰も居ないのをいいことに、スマホでプリンセスヘブンのホームページをチェックしていた俺は、画面を見ながら大きなため息をついた。
「市ノ瀬先輩ー、何してるです?」
不意に後ろから声を掛けられて、ギクリと身体が硬直する。
慌てて画面を隠そうとしたけれど、遅かった。
声の主は、俺の手ごとスマホを握って、覗き込んでくる。
「……ゲイの風俗店?」
「小宮、勝手に見るな。プライバシーの侵害だ」
慌てて隠そうとしたけれど、それより早くスマホを取り上げられてしまった。
この春からペアを組んで仕事をしている後輩の小宮は、俺よりデカくて体格がいい。しかも後輩のくせに、俺より良くできる男なんだ。中途採用で入社してきたので名目上は俺が指導係ということになっているけれど、教えることなんてほとんどなにもない。
むしろ、俺のほうが小宮の手際の良さに感心してしまうことが多いくらいだ。歳も二つしか違わないのに、入社したのがちょっと早かっただけの先輩なんて鬱陶しいだけの存在だろう。
それなのに、小宮は何故か俺に懐いて慕ってくれている。
「仕事中にこんなサイトを見てるなんて……溜まってるんです?」
「そ、そんなことは……」
小宮が俺のスマホを操作する。他人のスマホを勝手に使うんじゃない。
なんとか取り返そうとするけれど、子供をあしらうかのようにひょいひょいと避けられてしまった。ああ、もう!! 手足の長さが少し違うだけで、動きにこんなに差が出るなんて!! まったくもって腹立たしい。
「でも、なんでDomキャストの一覧なんて……」
「なあ、もういいだろ! 早くスマホ返せよ!!」
「だって先輩はDomでしょ?」
俺は小宮の言葉に耳を疑った。
「はっ……!? なんでそれを……」
確かに、小宮が言う通り俺はDomだ。
ダイナミクス差別禁止法なんてのが最近できたおかげで、就職の時に自分の第二性を公表する必要がなくなった。それでもなんとなく、DomとかSubとかはわかってしまうことがある。でも、俺が「Domっぽい」とか「Domらしい」なんて言われたことは皆無だ。どちらかといえばSubに間違えられた回数のほうが多い。それなのになんで……
「溜まってるんなら、僕とプレイしましょーよ」
「はぁ!? 何言ってるんだ」
小宮の突拍子もない提案に、ギョッとする。
「だって。先輩はこの人たちとはプレイできないでしょう?」
そうだ。だから、俺はどうしてもハルさんの第二性が知りたかったんだ。
もしハルさんもDomであるなら、プレイをすることは不可能だ。DomがDomのキャストを指名することはできない。そう利用規定に書いてあった。
あの日見た彼の写真がDomキャスト一覧に掲載されたら彼のことは諦めよう。そう思って毎日ホームページを覗いているのに、ハルさんの写真はずっと「準備中」のまま、更新される気配は全然ない。
「あのな。知ってるとは思うけれど、プレイっていうのはDomとSubがするもので、俺とおまえじゃ……」
「丁度いいじゃないですか。だって、僕、Subですし」
「は……?」
一瞬、小宮が何を言っているのか理解するのに間が生じた。
誰が、何だって?
「僕はSubで、先輩はDom。だから、プレイしませんか?」
体格にも恵まれていて、仕事も良くできる。人の上に立つのが当然であるといわんばかりの様子をしている小宮のことは、Domだと信じて疑っていなかった。
だけど、彼はSubだって……?
ポカンとしていると、胸ポケットに小宮が俺のスマホを押し込んできた。そのまま肩を引き寄せられて顔が近づく。睫毛が長いんだな、と思った。今まで極力意識しないようにしていたけれど、そういえば小宮も整った顔立ちをしている。間近でその顔を見ることになって、ドキッとした。
「今夜、ホテル取っておきますから」
「いっ……行くわけないだろっ!!」
顔に熱が集まっていることに気付かれたくなくて、小宮の身体を押し退ける。
「えー……でも、来てくれないと、僕、先輩が就業時間中にフーゾク店のHPを熱心に見てたって、うっかり誰かに喋りたくなっちゃうかもしれないですよー?」
「おいっ……!」
小宮はそんなことしない、という気持ちと、もしバラされたら……という気持ちの狭間で心がぐらつく。
「口止めしたかったら、絶対に来てくださいね」
そう言い残して、小宮は休憩室を出ていった。
ハルさんと出会った翌日、「Domキャストのハル」さんの写真がホームページから消えた。でも、名前は残っているので、辞めたわけではなさそうだ。このハルさんと彼が同一人物なのかはわからないけれど、「プリンスヘブンのハルさん」はこの人しか居ない。
あの日見た彼の写真が掲載されるのだろうか、と毎日欠かさず確認したけれど、なかなか写真が掲載されない。
それだけじゃない。俺は彼の出勤スケジュールも毎日チェックした。
だけど、いつ見ても予約満了の表示になっている。写真がなくても予約が埋まるなんて、このハルさんは相当な人気キャストなんだろう。
次にあのハルさんがお隣さんの部屋にやってきたら、直接話しかけてみよう。そう思って様子を窺っているのに、全然出会えない。
お隣さんも、彼が人気すぎて予約が取れていない? それとも、相性が悪くて彼のことをもう呼ぶ気がない?
気になる。とても気になる。
マンション内で彼に出会えないのだとしたら、お店に問い合わせをするしかない。
だけど彼の予約ができない場合、他のキャストを勧められても困る。だって、他の人には全く興味が持てないからな……
会社の昼休み、休憩室に誰も居ないのをいいことに、スマホでプリンセスヘブンのホームページをチェックしていた俺は、画面を見ながら大きなため息をついた。
「市ノ瀬先輩ー、何してるです?」
不意に後ろから声を掛けられて、ギクリと身体が硬直する。
慌てて画面を隠そうとしたけれど、遅かった。
声の主は、俺の手ごとスマホを握って、覗き込んでくる。
「……ゲイの風俗店?」
「小宮、勝手に見るな。プライバシーの侵害だ」
慌てて隠そうとしたけれど、それより早くスマホを取り上げられてしまった。
この春からペアを組んで仕事をしている後輩の小宮は、俺よりデカくて体格がいい。しかも後輩のくせに、俺より良くできる男なんだ。中途採用で入社してきたので名目上は俺が指導係ということになっているけれど、教えることなんてほとんどなにもない。
むしろ、俺のほうが小宮の手際の良さに感心してしまうことが多いくらいだ。歳も二つしか違わないのに、入社したのがちょっと早かっただけの先輩なんて鬱陶しいだけの存在だろう。
それなのに、小宮は何故か俺に懐いて慕ってくれている。
「仕事中にこんなサイトを見てるなんて……溜まってるんです?」
「そ、そんなことは……」
小宮が俺のスマホを操作する。他人のスマホを勝手に使うんじゃない。
なんとか取り返そうとするけれど、子供をあしらうかのようにひょいひょいと避けられてしまった。ああ、もう!! 手足の長さが少し違うだけで、動きにこんなに差が出るなんて!! まったくもって腹立たしい。
「でも、なんでDomキャストの一覧なんて……」
「なあ、もういいだろ! 早くスマホ返せよ!!」
「だって先輩はDomでしょ?」
俺は小宮の言葉に耳を疑った。
「はっ……!? なんでそれを……」
確かに、小宮が言う通り俺はDomだ。
ダイナミクス差別禁止法なんてのが最近できたおかげで、就職の時に自分の第二性を公表する必要がなくなった。それでもなんとなく、DomとかSubとかはわかってしまうことがある。でも、俺が「Domっぽい」とか「Domらしい」なんて言われたことは皆無だ。どちらかといえばSubに間違えられた回数のほうが多い。それなのになんで……
「溜まってるんなら、僕とプレイしましょーよ」
「はぁ!? 何言ってるんだ」
小宮の突拍子もない提案に、ギョッとする。
「だって。先輩はこの人たちとはプレイできないでしょう?」
そうだ。だから、俺はどうしてもハルさんの第二性が知りたかったんだ。
もしハルさんもDomであるなら、プレイをすることは不可能だ。DomがDomのキャストを指名することはできない。そう利用規定に書いてあった。
あの日見た彼の写真がDomキャスト一覧に掲載されたら彼のことは諦めよう。そう思って毎日ホームページを覗いているのに、ハルさんの写真はずっと「準備中」のまま、更新される気配は全然ない。
「あのな。知ってるとは思うけれど、プレイっていうのはDomとSubがするもので、俺とおまえじゃ……」
「丁度いいじゃないですか。だって、僕、Subですし」
「は……?」
一瞬、小宮が何を言っているのか理解するのに間が生じた。
誰が、何だって?
「僕はSubで、先輩はDom。だから、プレイしませんか?」
体格にも恵まれていて、仕事も良くできる。人の上に立つのが当然であるといわんばかりの様子をしている小宮のことは、Domだと信じて疑っていなかった。
だけど、彼はSubだって……?
ポカンとしていると、胸ポケットに小宮が俺のスマホを押し込んできた。そのまま肩を引き寄せられて顔が近づく。睫毛が長いんだな、と思った。今まで極力意識しないようにしていたけれど、そういえば小宮も整った顔立ちをしている。間近でその顔を見ることになって、ドキッとした。
「今夜、ホテル取っておきますから」
「いっ……行くわけないだろっ!!」
顔に熱が集まっていることに気付かれたくなくて、小宮の身体を押し退ける。
「えー……でも、来てくれないと、僕、先輩が就業時間中にフーゾク店のHPを熱心に見てたって、うっかり誰かに喋りたくなっちゃうかもしれないですよー?」
「おいっ……!」
小宮はそんなことしない、という気持ちと、もしバラされたら……という気持ちの狭間で心がぐらつく。
「口止めしたかったら、絶対に来てくださいね」
そう言い残して、小宮は休憩室を出ていった。
11
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
好色サラリーマンは外国人社長のビックサンを咥えてしゃぶって吸って搾りつくす
ルルオカ
BL
大手との契約が切られそうでピンチな工場。
新しく就任した外国人社長と交渉すべく、なぜか事務員の俺がついれていかれて「ビッチなサラリーマン」として駆け引きを・・・?
BL短編集「好色サラリーマン」のおまけの小説です。R18。
元の小説は電子書籍で販売中。
詳細を知れるブログのリンクは↓にあります。
俺のパンティーを透視する上司が職権乱用に「抱かせろ」と命令してきます
ルルオカ
BL
たまたま見かけた、部下のピンクのパンティー。
それからというもの、その尻を目で追っかけてむらむらして、とうとう彼を呼びだしたなら・・・。
「俺のパンティーを盗んだ犯人が『抱いてやろうか』と偉そうに誘ってきます」のおまけのBL短編です。R18。
元の小説は電子書籍で販売中。
詳細を知れるブログのリンクは↓にあります。
週末とろとろ流されせっくす
辻河
BL
・社会人カップルが週末にかこつけて金曜夜からいちゃいちゃとろとろセックスする話
・愛重めの後輩(廣瀬/ひろせ)×流されやすい先輩(出海/いずみ)
・♡喘ぎ、濁点喘ぎ、淫語、ローター責め、結腸責めの要素が含まれます。
浮気された顛末が過去イチでウケたあげく、男前にお持ち帰りされて過去イチ気持ちよくしてもらった俺の話。
志野まつこ
BL
【BL全6話】
同棲中のタチに浮気されたきれいめの童貞バリネコがその後どうなったか。
浮気されたけど悲壮感など皆無に等しいタイトル通りのアホエロ。
年上の男前×ご機嫌な酔っ払い。
ムーンライトノベルズさんにも公開しています。
少年野球で知り合ってやけに懐いてきた後輩のあえぎ声が頭から離れない
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
少年野球で知り合い、やたら懐いてきた後輩がいた。
ある日、彼にちょっとしたイタズラをした。何気なく出したちょっかいだった。
だがそのときに発せられたあえぎ声が頭から離れなくなり、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる