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3話 彼の人生
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今日は、オレの退職日だった。
長年勤めた会社での最後の仕事は、挨拶と後片付けだけ。
午前中ですることがなくなってしまったので、時間いっぱい雑用をした。そして定時になったら、同じ部署で働いた仲間たちに最後の挨拶をして、会社を出た。それでオレのサラリーマン人生は終わった。
プライベートでなにか用事があるわけでもないのに定時で帰るだなんて、入社して以来な気がする。
家に帰っても、とくにすることはない。
まだ陽が落ちきらない時間に会社を出ると、退職したことで社会との大きな繋がりを失ってしまったことを実感した。なんだか、今まで張り詰めていた糸がプツリと切れてしまったような感覚になる。虚無感を抱きながら、ただ駅前でぼんやりとしていた。
そんなオレに声を掛けてきたのが彼だった。
成り行きでこの後の時間を一緒に過ごすことになったわけだけど、オレは年甲斐もなく浮かれていた。食事のことも、彼を逃さないためのその場の思いつきだった。最近、食欲がなかったけれど、この子となら美味しく食事ができそうな気がする。せっかくだから豪華な食事でもしようと思った。
若者が好みそうな小洒落たレストランでは、幸い待たされることなく、イイ感じの個室に通してもらうことができた。制服姿の彼は最初は緊張していた面持ちだったけれど、コース料理が運ばれてくると見慣れない盛り付けに戸惑いながらも、美味しそうに食べていた。一口食べるごとに、表情が綻んでいく。それを見ているだけでも幸せな気分になれた。
食事をしながら、オレは彼から色々と聞き出した。
彼の名前は八代晴希。来月、高校三年生になるらしい。母子家庭で育ち、高校卒業後は就職するつもりだったこと。だけど、母親には大学に進学するように言われていること。それならせめて、学費の足しになるような割りの良いバイトはないかと探していたこと。それで、昔から同性しか恋愛対象にならないこともあって、出会い系サイトで会ってくれそうな人と待ち合わせをしたこと。それらを、オレの質問に答える形で、ポツリポツリと話してくれた。先程の金額は、相手の方から提示してきたようだった。
先程見た男を思い浮かべる。こんな若くてキレイな子と出会って、いったいナニをする気だったのだろうか。いや、出会い頭の台詞が「ホテル」だなんて。間違いなく、良からぬことをするつもりだったのだろう。
あんな小汚い男の毒牙から彼を護れた行幸に、今日は良い日だと心を弾ませる。
オレがもっと若ければ、彼に積極的にアプローチしていたことだろう。いや、こんな歳の離れたジジイからアプローチされても彼は困っただろうけれど。
そのくらい、彼は好みだった。というか、オレは彼に完全に一目惚れしていた。
だけど、その日はあくまで紳士的に接した。
レストランで一緒に食事をし、彼の話を聞いて相槌を打つ。最初はオレにどう接していいのか分からずぎこちない様子だった彼も、次第にはにかむような笑顔を見せてくれるようになった。それだけで、オレの心は満たされた。
別れ際、名残惜しそうな表情をされたけれど、あえて連絡先は交換しなかった。
長年勤めた会社での最後の仕事は、挨拶と後片付けだけ。
午前中ですることがなくなってしまったので、時間いっぱい雑用をした。そして定時になったら、同じ部署で働いた仲間たちに最後の挨拶をして、会社を出た。それでオレのサラリーマン人生は終わった。
プライベートでなにか用事があるわけでもないのに定時で帰るだなんて、入社して以来な気がする。
家に帰っても、とくにすることはない。
まだ陽が落ちきらない時間に会社を出ると、退職したことで社会との大きな繋がりを失ってしまったことを実感した。なんだか、今まで張り詰めていた糸がプツリと切れてしまったような感覚になる。虚無感を抱きながら、ただ駅前でぼんやりとしていた。
そんなオレに声を掛けてきたのが彼だった。
成り行きでこの後の時間を一緒に過ごすことになったわけだけど、オレは年甲斐もなく浮かれていた。食事のことも、彼を逃さないためのその場の思いつきだった。最近、食欲がなかったけれど、この子となら美味しく食事ができそうな気がする。せっかくだから豪華な食事でもしようと思った。
若者が好みそうな小洒落たレストランでは、幸い待たされることなく、イイ感じの個室に通してもらうことができた。制服姿の彼は最初は緊張していた面持ちだったけれど、コース料理が運ばれてくると見慣れない盛り付けに戸惑いながらも、美味しそうに食べていた。一口食べるごとに、表情が綻んでいく。それを見ているだけでも幸せな気分になれた。
食事をしながら、オレは彼から色々と聞き出した。
彼の名前は八代晴希。来月、高校三年生になるらしい。母子家庭で育ち、高校卒業後は就職するつもりだったこと。だけど、母親には大学に進学するように言われていること。それならせめて、学費の足しになるような割りの良いバイトはないかと探していたこと。それで、昔から同性しか恋愛対象にならないこともあって、出会い系サイトで会ってくれそうな人と待ち合わせをしたこと。それらを、オレの質問に答える形で、ポツリポツリと話してくれた。先程の金額は、相手の方から提示してきたようだった。
先程見た男を思い浮かべる。こんな若くてキレイな子と出会って、いったいナニをする気だったのだろうか。いや、出会い頭の台詞が「ホテル」だなんて。間違いなく、良からぬことをするつもりだったのだろう。
あんな小汚い男の毒牙から彼を護れた行幸に、今日は良い日だと心を弾ませる。
オレがもっと若ければ、彼に積極的にアプローチしていたことだろう。いや、こんな歳の離れたジジイからアプローチされても彼は困っただろうけれど。
そのくらい、彼は好みだった。というか、オレは彼に完全に一目惚れしていた。
だけど、その日はあくまで紳士的に接した。
レストランで一緒に食事をし、彼の話を聞いて相槌を打つ。最初はオレにどう接していいのか分からずぎこちない様子だった彼も、次第にはにかむような笑顔を見せてくれるようになった。それだけで、オレの心は満たされた。
別れ際、名残惜しそうな表情をされたけれど、あえて連絡先は交換しなかった。
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