1 / 11
1.もう、これ、絶対アレだろ。アレ。
しおりを挟む
4月の第3金曜日。新しい面子にも慣れてきた頃、職場の歓迎会が開かれた。オレ──水谷尚史の所属する職場の新メンバーは、課長と新入社員。その歓迎を4月中にする……それは理に適っている、タイミングとしては間違っちゃいないと思う。
だけどな。よりにもよってこの日である必要はなかったんじゃないだろうか。
今日は、オレの行きつけのゲイ専用ハプニングバーのイベント日だった。しかも、ずっと楽しみにしていた、乱パDay。この日のために、一年間仕事を頑張ってきたと言っても過言ではないと思う。
好みのネコとかネコとかネコとかネコとか、触り放題、舐め放題、挿れ放題だったのに。
本来なら、歓迎会は先週開催される予定だった。だけど、歓迎会の主賓であるとも言える課長が、その日は出張になってしまったため順延されてしまった。その結果、オレの年に一度の楽しみが潰れたのだった。
歓迎会を欠席するという手もあったけれど、オレは入社三年目。今後、昇級したいなら、今が踏ん張りどころってときに、課長の歓迎会を欠席するという選択肢はなかった。
というのも、異動してきた課長の前の職場はニューヨーク支社。うちの会社では、海外転勤経験者は出世コースに乗っていると言われている。つーことで、とりあえず媚びておくのは悪くない。実際、異動してきてから課長が最初にしたことは課内の体制の見直しで、そのおかげで無駄な作業が減ってすごく働きやすくなった。仕事の仕方はすごく参考になるし、その点は素直に尊敬できる上司だ。
ただこの課長、海外帰りってことでちょっと距離感が近いのが気になるところだ。なんつーか、距離感がバグってるというか、ボディタッチが多いというか。
確かにオレは男が好きだけど、職場で相手を探す気はない。恋人なんて重いのは面倒だし、社内でセフレを探すなんてゲイバレするリスクが格段に上がってしまう。
牧乃課長は33歳、独身。男らしい顔立ちをしているけれど、スレンダーな身体つきで、色気もあって、アリかナシかといえばアリよりのアリだけど、それでも! 課長もゲイだと決まったわけじゃないし、そんな身近で相手探しをしてトラブルにでもなったら、面倒くさい。オレにはハプバーみたいなところで、色んな相手とライトな関係を楽しむほうが性に合っている。
だけど安定した生活を送るには、ほどほどに社畜をしておくことは大事だ。とくにオレみたいに同性愛者で、将来的にパートナーと一緒になる予定のない者は。
ということで、オレは涙を飲んで今年のハプバーのイベント参加は見送ることにした。行きたかったのに……!! まぁ、一次会だけで帰れればもしかしたら間に合うかもしれない、と淡い期待を抱いていなかったこともなくない。だけど、課長が二次会に行くって言った瞬間に、その淡い期待も木端微塵に打ち砕かれた。ちっ。
しかも、二次会に一番乗り気に見えた課長自身は、二次会の途中で会社から呼び出しを喰らって、まさかの途中離脱。オレもその時に抜けられれば良かったんだけど、不運にも酔っぱらった新人に絡まれたりなんかしているうちに、完全に帰るタイミングを逃してしまったのだった。
そして、ようやく二次会もお開きになった頃には、ハプバーのイベントもお開きになる時間になっていた。
あああ、もう、折角の休日前なのに、消化不良、消化不良!! 消化不良だー!!
内心では不平不満の嵐だったけれど、職場の皆の前ではニコニコと笑顔を貼り付けてやりすごした。オレももうイイ大人だからな。
だけど、最寄り駅から自宅に向かう頃には、行けなかったイベントへの未練に、下半身のムラムラとイライラが溜まり始めてきた。
マジでふざけんじゃねーぞ、オレの年に一度の楽しみをどうしてくれる……!!
なんて脳内で文句を言っていると、前方から歩いてくる人影に気付いた。
こんな時間に、住宅街から駅に向かうのか……もう終電は終わってると思うけれど、タクシーにでも乗るのかな。最初はそう思った。最初は。
だけど、距離が近づくにつれて、相手の姿もよく見えるようになってくる。
そうすると、オレのほうに向かってくる相手の格好は違和感だらけというより、やや異様であった。
まず、黒いマスクとサングラスで顔立ちが全くわからねぇ。終電も終わっているような時間に、サングラスは必要か? そして、頭には黒のニット帽を被っている。
つーか、この時点で絵に描いたような不審者だ。
背はオレよりちょっと高い気がする。スラリとしているけど、体格的には男性だろう。黒の小ぶりなボストンバッグを手にぶら下げていた。
彼はロング丈のトレンチコートを着ていた。まぁ、この季節、朝晩は急に寒くなることもあるから、それ自体にはさほど違和感はない。そして、彼は革靴を履いているようだった。まぁ、それも別に悪くない。
ただ、トレンチコートの裾から革靴までの間に問題がある気がする。というか、トレンチコートの裾から覗いているのは、生脚だった。生脚。男の生脚。なんで、オレはこんな時間に男の生脚なんて見せつけられてんだ?
つーか……こいつ、……履いてなくね?
何を、と言われれば、勿論、ズボンをだ。
もしかしたら、コートに隠れるくらいの短パンを履いているかもしれないが。いや、短パンを履くならコートは着ねぇだろ、普通。トレンチコートと革靴に短パンを合わせるセンスがちょっとオレにはわかんねぇ。てことは、これは『履いてない』で確定だな。
この時点で嫌な予感はしてたんだ。もう、これ、絶対アレだろ。アレ。
だけどな。よりにもよってこの日である必要はなかったんじゃないだろうか。
今日は、オレの行きつけのゲイ専用ハプニングバーのイベント日だった。しかも、ずっと楽しみにしていた、乱パDay。この日のために、一年間仕事を頑張ってきたと言っても過言ではないと思う。
好みのネコとかネコとかネコとかネコとか、触り放題、舐め放題、挿れ放題だったのに。
本来なら、歓迎会は先週開催される予定だった。だけど、歓迎会の主賓であるとも言える課長が、その日は出張になってしまったため順延されてしまった。その結果、オレの年に一度の楽しみが潰れたのだった。
歓迎会を欠席するという手もあったけれど、オレは入社三年目。今後、昇級したいなら、今が踏ん張りどころってときに、課長の歓迎会を欠席するという選択肢はなかった。
というのも、異動してきた課長の前の職場はニューヨーク支社。うちの会社では、海外転勤経験者は出世コースに乗っていると言われている。つーことで、とりあえず媚びておくのは悪くない。実際、異動してきてから課長が最初にしたことは課内の体制の見直しで、そのおかげで無駄な作業が減ってすごく働きやすくなった。仕事の仕方はすごく参考になるし、その点は素直に尊敬できる上司だ。
ただこの課長、海外帰りってことでちょっと距離感が近いのが気になるところだ。なんつーか、距離感がバグってるというか、ボディタッチが多いというか。
確かにオレは男が好きだけど、職場で相手を探す気はない。恋人なんて重いのは面倒だし、社内でセフレを探すなんてゲイバレするリスクが格段に上がってしまう。
牧乃課長は33歳、独身。男らしい顔立ちをしているけれど、スレンダーな身体つきで、色気もあって、アリかナシかといえばアリよりのアリだけど、それでも! 課長もゲイだと決まったわけじゃないし、そんな身近で相手探しをしてトラブルにでもなったら、面倒くさい。オレにはハプバーみたいなところで、色んな相手とライトな関係を楽しむほうが性に合っている。
だけど安定した生活を送るには、ほどほどに社畜をしておくことは大事だ。とくにオレみたいに同性愛者で、将来的にパートナーと一緒になる予定のない者は。
ということで、オレは涙を飲んで今年のハプバーのイベント参加は見送ることにした。行きたかったのに……!! まぁ、一次会だけで帰れればもしかしたら間に合うかもしれない、と淡い期待を抱いていなかったこともなくない。だけど、課長が二次会に行くって言った瞬間に、その淡い期待も木端微塵に打ち砕かれた。ちっ。
しかも、二次会に一番乗り気に見えた課長自身は、二次会の途中で会社から呼び出しを喰らって、まさかの途中離脱。オレもその時に抜けられれば良かったんだけど、不運にも酔っぱらった新人に絡まれたりなんかしているうちに、完全に帰るタイミングを逃してしまったのだった。
そして、ようやく二次会もお開きになった頃には、ハプバーのイベントもお開きになる時間になっていた。
あああ、もう、折角の休日前なのに、消化不良、消化不良!! 消化不良だー!!
内心では不平不満の嵐だったけれど、職場の皆の前ではニコニコと笑顔を貼り付けてやりすごした。オレももうイイ大人だからな。
だけど、最寄り駅から自宅に向かう頃には、行けなかったイベントへの未練に、下半身のムラムラとイライラが溜まり始めてきた。
マジでふざけんじゃねーぞ、オレの年に一度の楽しみをどうしてくれる……!!
なんて脳内で文句を言っていると、前方から歩いてくる人影に気付いた。
こんな時間に、住宅街から駅に向かうのか……もう終電は終わってると思うけれど、タクシーにでも乗るのかな。最初はそう思った。最初は。
だけど、距離が近づくにつれて、相手の姿もよく見えるようになってくる。
そうすると、オレのほうに向かってくる相手の格好は違和感だらけというより、やや異様であった。
まず、黒いマスクとサングラスで顔立ちが全くわからねぇ。終電も終わっているような時間に、サングラスは必要か? そして、頭には黒のニット帽を被っている。
つーか、この時点で絵に描いたような不審者だ。
背はオレよりちょっと高い気がする。スラリとしているけど、体格的には男性だろう。黒の小ぶりなボストンバッグを手にぶら下げていた。
彼はロング丈のトレンチコートを着ていた。まぁ、この季節、朝晩は急に寒くなることもあるから、それ自体にはさほど違和感はない。そして、彼は革靴を履いているようだった。まぁ、それも別に悪くない。
ただ、トレンチコートの裾から革靴までの間に問題がある気がする。というか、トレンチコートの裾から覗いているのは、生脚だった。生脚。男の生脚。なんで、オレはこんな時間に男の生脚なんて見せつけられてんだ?
つーか……こいつ、……履いてなくね?
何を、と言われれば、勿論、ズボンをだ。
もしかしたら、コートに隠れるくらいの短パンを履いているかもしれないが。いや、短パンを履くならコートは着ねぇだろ、普通。トレンチコートと革靴に短パンを合わせるセンスがちょっとオレにはわかんねぇ。てことは、これは『履いてない』で確定だな。
この時点で嫌な予感はしてたんだ。もう、これ、絶対アレだろ。アレ。
11
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
待てって言われたから…
ふみ
BL
Dom/Subユニバースの設定をお借りしてます。
//今日は久しぶりに津川とprayする日だ。久しぶりのcomandに気持ち良くなっていたのに。急に電話がかかってきた。終わるまでstayしててと言われて、30分ほど待っている間に雪人はトイレに行きたくなっていた。行かせてと言おうと思ったのだが、会社に戻るからそれまでstayと言われて…
がっつり小スカです。
投稿不定期です🙇表紙は自筆です。
華奢な上司(sub)×がっしりめな後輩(dom)
市川先生の大人の補習授業
夢咲まゆ
BL
笹野夏樹は運動全般が大嫌い。ついでに、体育教師の市川慶喜のことも嫌いだった。
ある日、体育の成績がふるわないからと、市川に放課後の補習に出るよう言われてしまう。
「苦手なことから逃げるな」と挑発された夏樹は、嫌いな教師のマンツーマンレッスンを受ける羽目になるのだが……。
◎美麗表紙イラスト:ずーちゃ(@zuchaBC)
※「*」がついている回は性描写が含まれております。
被虐趣味のオメガはドSなアルファ様にいじめられたい。
かとらり。
BL
セシリオ・ド・ジューンはこの国で一番尊いとされる公爵家の末っ子だ。
オメガなのもあり、蝶よ花よと育てられ、何不自由なく育ったセシリオには悩みがあった。
それは……重度の被虐趣味だ。
虐げられたい、手ひどく抱かれたい…そう思うのに、自分の身分が高いのといつのまにかついてしまった高潔なイメージのせいで、被虐心を満たすことができない。
だれか、だれか僕を虐げてくれるドSはいないの…?
そう悩んでいたある日、セシリオは学舎の隅で見つけてしまった。
ご主人様と呼ぶべき、最高のドSを…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる