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14話 発情(ヒート)
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「もしかして、お二人は『運命の番』だったりするんですか? だから、ユリエル殿は、婚約者であるアシュリー様をそっちのけで、あの男性と……」
「ハリー!」
とんでもないことを言いだしたハリーを思わず遮ったけれど、貴族たちのざわめきが、どよめきに変わっていく。
そんな話は全くの事実無根だが、ここで貴族たちに真実だと思われるのはとてもまずい。
「そんなわけ、ないだろう? 僕は用事があるから……これで失礼するよ」
これ以上、ハリーの近くに居ても良いことは何一つなさそうだ。とんでもない噂でも広められたりでもしたら、たまったもんじゃない。
それより、少しでも早くアシュリーのところへ……そう思っていたのだけれど。
「あ……あの……ユリエル様、お久しぶりですね……」
ハリーの前から立ち去ろうとしたとき、ジョン先生が僕のところにやって来た。
流石に無視するわけにもいかず、僕は足を止めた。
「お元気でいらっしゃいましたか?」
「ああ、まあ……先生も、お元気そうで……」
挨拶としてそう口にしたものの、なんだか顔色が悪い気がする。
目の下にはクマができ、頬はこけている。肩まであるこげ茶色の髪はパサついていた。
体調が悪いのか……それとも、何か心配なことでもあるのかな?
すでに職を解かれているはずの先生が、今ここに居るのはとても不自然なんだけど、いったい何のために……
聞きたいことは色々あるけれど、こんなところで話せることはそう多くない。
「……あの、こちらをどうぞ」
「ありがとう」
会話に詰まってどうしたものかと逡巡したとき、白ワインが注がれたグラスを差し出された。
先程のハリーとのやりとりで、乾いた唇を潤すのにちょうどいい。
そう思って、僕はグラスを受け取り、ワインを飲んだ。
「あれ……何か、甘い匂いがしないかしら?」
「いい匂いだ。これは、オメガのフェロモンか……」
「誰だ!? 発情期なのにこんなところに来たのは!!」
喉を流れる液体を飲み干した瞬間、身体が熱くなった。
心臓がバクバクいって、カクンと膝から床に崩れ落ちる。手から落ちたグラスが割れる音が聞こえた。
なんで!?
吹き出してきた大量の汗が、絨毯の色をポタポタと変えていく。
……あの時と同じだ。僕は、娼館でのことを思い出す。
「オメガの発情期だ!!」
「アルファの皆様はこちらへ……!!」
おかしい。時期はまだ先だし、こんな頻繁に起こるはずなんてないのに……
「ああ! 愛しの人が近づいただけで、こんなになってしまうなんて……ユリエル殿は、本当に運命を手に入れたのですね!」
混乱の中、芝居がかった口調のハリーの声が響いた。
……なにを言ってるんだ……?
いい加減黙れよと怒鳴りつけたいところだけれど、とにかく気持ちが悪い。
おぼろげに見えたハリーの表情は、醜く歪んでいた。
なんとかこの場から逃げ出したくて、這うようにして出口を目指した。
「あっ!! おい!! おまえ、何を……!!」
「オメガだ……!! おい、俺を誘ってるんだろ!!」
衛兵の声に顔を上げたら、中年の貴族が血走った目で僕を見ていた。
「ひっ……!!」
あと一歩で手が届くといったところで、力強い腕に引き寄せられ、後ろから強い力で抱きしめられる。
僕をふわりと包んだ匂いには、覚えがあった。
「ハリー!」
とんでもないことを言いだしたハリーを思わず遮ったけれど、貴族たちのざわめきが、どよめきに変わっていく。
そんな話は全くの事実無根だが、ここで貴族たちに真実だと思われるのはとてもまずい。
「そんなわけ、ないだろう? 僕は用事があるから……これで失礼するよ」
これ以上、ハリーの近くに居ても良いことは何一つなさそうだ。とんでもない噂でも広められたりでもしたら、たまったもんじゃない。
それより、少しでも早くアシュリーのところへ……そう思っていたのだけれど。
「あ……あの……ユリエル様、お久しぶりですね……」
ハリーの前から立ち去ろうとしたとき、ジョン先生が僕のところにやって来た。
流石に無視するわけにもいかず、僕は足を止めた。
「お元気でいらっしゃいましたか?」
「ああ、まあ……先生も、お元気そうで……」
挨拶としてそう口にしたものの、なんだか顔色が悪い気がする。
目の下にはクマができ、頬はこけている。肩まであるこげ茶色の髪はパサついていた。
体調が悪いのか……それとも、何か心配なことでもあるのかな?
すでに職を解かれているはずの先生が、今ここに居るのはとても不自然なんだけど、いったい何のために……
聞きたいことは色々あるけれど、こんなところで話せることはそう多くない。
「……あの、こちらをどうぞ」
「ありがとう」
会話に詰まってどうしたものかと逡巡したとき、白ワインが注がれたグラスを差し出された。
先程のハリーとのやりとりで、乾いた唇を潤すのにちょうどいい。
そう思って、僕はグラスを受け取り、ワインを飲んだ。
「あれ……何か、甘い匂いがしないかしら?」
「いい匂いだ。これは、オメガのフェロモンか……」
「誰だ!? 発情期なのにこんなところに来たのは!!」
喉を流れる液体を飲み干した瞬間、身体が熱くなった。
心臓がバクバクいって、カクンと膝から床に崩れ落ちる。手から落ちたグラスが割れる音が聞こえた。
なんで!?
吹き出してきた大量の汗が、絨毯の色をポタポタと変えていく。
……あの時と同じだ。僕は、娼館でのことを思い出す。
「オメガの発情期だ!!」
「アルファの皆様はこちらへ……!!」
おかしい。時期はまだ先だし、こんな頻繁に起こるはずなんてないのに……
「ああ! 愛しの人が近づいただけで、こんなになってしまうなんて……ユリエル殿は、本当に運命を手に入れたのですね!」
混乱の中、芝居がかった口調のハリーの声が響いた。
……なにを言ってるんだ……?
いい加減黙れよと怒鳴りつけたいところだけれど、とにかく気持ちが悪い。
おぼろげに見えたハリーの表情は、醜く歪んでいた。
なんとかこの場から逃げ出したくて、這うようにして出口を目指した。
「あっ!! おい!! おまえ、何を……!!」
「オメガだ……!! おい、俺を誘ってるんだろ!!」
衛兵の声に顔を上げたら、中年の貴族が血走った目で僕を見ていた。
「ひっ……!!」
あと一歩で手が届くといったところで、力強い腕に引き寄せられ、後ろから強い力で抱きしめられる。
僕をふわりと包んだ匂いには、覚えがあった。
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