捨てられオメガは純情ビッチ~王太子に婚約破棄されたら隣国の騎士団長に溺愛されるなんて聞いてませんが?~

夏芽玉

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10話 熱

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「ふ、ざけるな……って、あれ!?」

 突き飛ばしたのは僕の方なのに、よろめいて床に倒れたのも僕の方だった。相手を押しやった衝撃に踏ん張ることができず、カクンと膝から力が抜けて床に崩れ落ちてしまう。
 こんな奴の前で醜態を晒したくなくて、なんとか身体を起こしたけれど、立ち上がることはできなかった。

「おまえ……まさか、魔女の媚薬を……!?」
「は……?」

 聞き慣れない単語が聞こえて顔を上げたら、相手が怖い顔で僕を見下ろしていた。
 唇に赤い血が浮かんでいるのは、僕が嚙みついたからだ。自分の唇を舐めたら微かに錆た味がした。
 その瞬間、ぶわっと身体の奥から熱がこみ上げてくるのを感じた。
 
「ユリエル様……!!」

 テオの声が遠くに聞こえた。
 目の前が真っ赤になって、息が上がる。
 頭がグラグラと湯だったみたいだ。

「なん……で……」

 この熱の籠り方は、あの時の感じに似ている。発情期ヒートだ。でも、まだ時期じゃない。
 なんでこんなタイミングで……って、もしかして……
 ……こいつのせいか!?

 僕は目の前の相手を睨みつけた。
 さっき、薬って言っていたので、近づいた瞬間に何か盛られたのかもしれない。
 色々な可能性を考えようとするけれど、身体の火照りのせいで、うまく思考がまとまらない。

 腹立たしいほどの飢餓感に僕は唇を嚙み締めた。

 それに……

「ユリエル様、すぐに馬車を裏口に回します。立てますか!?」
「あ、ああ……」

 テオの言葉に頷こうとしたら、ふわりと身体が浮いた。

「なっ……!?」

 黒髪の男が僕を抱き上げていたのだ。
 身体が密着すると、彼からとてもいい匂いがしていることに気付いた。
 
「部屋を貸せ」
「それはできません!!」
「こんな状態のこいつをいつまでも、ここに居させる気か!?」
「それでもこの方は……」
「ほぉ……こいつが誰か、知っているのか?」
 
 男と娼館の主人が言い合っている声がする。
 僕は自分の身体を抱きかかえる男を見た。
 甘くていい匂いが僕を包み込んでいる。
 もっと彼の匂いを……体温を感じていたい、と本能が叫んでいる。

「それ、は……」

 彼の声以外は、雑音のように耳障りだ。
 もっと彼に近づきたくて、僕は自分から彼の首に抱き着いた。
 首筋に顔を埋めると、彼の体温を直に感じることができた。

 僕は何か大事なことを忘れているような……

 頭の片隅でそう思ったけれど、それが何なのかはわからなかった。

「ねぇ、エッチしよ……?」

 言葉は勝手に口から飛び出してきた。
 
 そうだ。僕はここに、この人とエッチをしに来たんだ。
 
 口に出したら、もうそのことしか考えられなくなってしまった。
 他のことなんて、どうでもいい。なんでもいいからこの人とエッチしたい! 今すぐエッチしたい! めちゃくちゃエッチしたい!!

「そうだな……ほら、さっさと案内しろ」
「ユリエル様!!」

 彼が主人に向かってそう言ったとき、テオの声が割り込んできた。
 
「これを飲んでください。そして、早く馬車へ……」

 なんだよ、邪魔しないでよ……そう言おうとしたとき、何かが口に突っ込まれた。
 痺れるような苦さの、とても不味い液体だ。

 ああ、緊急抑制剤か……しかも、僕が知っている中で、一番強力なやつじゃないか……

 薬のせいで少しだけ冷静になった頭で考えられたのは、そこまでだった。

 身体は飢餓感を埋めるために目の前の男を求めていたが、冷静になった頭は彼を拒絶した。

 そして、相反する意識の中で僕は意識を失ったのだった。
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