10 / 15
10話 熱
しおりを挟む
「ふ、ざけるな……って、あれ!?」
突き飛ばしたのは僕の方なのに、よろめいて床に倒れたのも僕の方だった。相手を押しやった衝撃に踏ん張ることができず、カクンと膝から力が抜けて床に崩れ落ちてしまう。
こんな奴の前で醜態を晒したくなくて、なんとか身体を起こしたけれど、立ち上がることはできなかった。
「おまえ……まさか、魔女の媚薬を……!?」
「は……?」
聞き慣れない単語が聞こえて顔を上げたら、相手が怖い顔で僕を見下ろしていた。
唇に赤い血が浮かんでいるのは、僕が嚙みついたからだ。自分の唇を舐めたら微かに錆た味がした。
その瞬間、ぶわっと身体の奥から熱がこみ上げてくるのを感じた。
「ユリエル様……!!」
テオの声が遠くに聞こえた。
目の前が真っ赤になって、息が上がる。
頭がグラグラと湯だったみたいだ。
「なん……で……」
この熱の籠り方は、あの時の感じに似ている。発情期だ。でも、まだ時期じゃない。
なんでこんなタイミングで……って、もしかして……
……こいつのせいか!?
僕は目の前の相手を睨みつけた。
さっき、薬って言っていたので、近づいた瞬間に何か盛られたのかもしれない。
色々な可能性を考えようとするけれど、身体の火照りのせいで、うまく思考がまとまらない。
腹立たしいほどの飢餓感に僕は唇を嚙み締めた。
それに……
「ユリエル様、すぐに馬車を裏口に回します。立てますか!?」
「あ、ああ……」
テオの言葉に頷こうとしたら、ふわりと身体が浮いた。
「なっ……!?」
黒髪の男が僕を抱き上げていたのだ。
身体が密着すると、彼からとてもいい匂いがしていることに気付いた。
「部屋を貸せ」
「それはできません!!」
「こんな状態のこいつをいつまでも、ここに居させる気か!?」
「それでもこの方は……」
「ほぉ……こいつが誰か、知っているのか?」
男と娼館の主人が言い合っている声がする。
僕は自分の身体を抱きかかえる男を見た。
甘くていい匂いが僕を包み込んでいる。
もっと彼の匂いを……体温を感じていたい、と本能が叫んでいる。
「それ、は……」
彼の声以外は、雑音のように耳障りだ。
もっと彼に近づきたくて、僕は自分から彼の首に抱き着いた。
首筋に顔を埋めると、彼の体温を直に感じることができた。
僕は何か大事なことを忘れているような……
頭の片隅でそう思ったけれど、それが何なのかはわからなかった。
「ねぇ、エッチしよ……?」
言葉は勝手に口から飛び出してきた。
そうだ。僕はここに、この人とエッチをしに来たんだ。
口に出したら、もうそのことしか考えられなくなってしまった。
他のことなんて、どうでもいい。なんでもいいからこの人とエッチしたい! 今すぐエッチしたい! めちゃくちゃエッチしたい!!
「そうだな……ほら、さっさと案内しろ」
「ユリエル様!!」
彼が主人に向かってそう言ったとき、テオの声が割り込んできた。
「これを飲んでください。そして、早く馬車へ……」
なんだよ、邪魔しないでよ……そう言おうとしたとき、何かが口に突っ込まれた。
痺れるような苦さの、とても不味い液体だ。
ああ、緊急抑制剤か……しかも、僕が知っている中で、一番強力なやつじゃないか……
薬のせいで少しだけ冷静になった頭で考えられたのは、そこまでだった。
身体は飢餓感を埋めるために目の前の男を求めていたが、冷静になった頭は彼を拒絶した。
そして、相反する意識の中で僕は意識を失ったのだった。
突き飛ばしたのは僕の方なのに、よろめいて床に倒れたのも僕の方だった。相手を押しやった衝撃に踏ん張ることができず、カクンと膝から力が抜けて床に崩れ落ちてしまう。
こんな奴の前で醜態を晒したくなくて、なんとか身体を起こしたけれど、立ち上がることはできなかった。
「おまえ……まさか、魔女の媚薬を……!?」
「は……?」
聞き慣れない単語が聞こえて顔を上げたら、相手が怖い顔で僕を見下ろしていた。
唇に赤い血が浮かんでいるのは、僕が嚙みついたからだ。自分の唇を舐めたら微かに錆た味がした。
その瞬間、ぶわっと身体の奥から熱がこみ上げてくるのを感じた。
「ユリエル様……!!」
テオの声が遠くに聞こえた。
目の前が真っ赤になって、息が上がる。
頭がグラグラと湯だったみたいだ。
「なん……で……」
この熱の籠り方は、あの時の感じに似ている。発情期だ。でも、まだ時期じゃない。
なんでこんなタイミングで……って、もしかして……
……こいつのせいか!?
僕は目の前の相手を睨みつけた。
さっき、薬って言っていたので、近づいた瞬間に何か盛られたのかもしれない。
色々な可能性を考えようとするけれど、身体の火照りのせいで、うまく思考がまとまらない。
腹立たしいほどの飢餓感に僕は唇を嚙み締めた。
それに……
「ユリエル様、すぐに馬車を裏口に回します。立てますか!?」
「あ、ああ……」
テオの言葉に頷こうとしたら、ふわりと身体が浮いた。
「なっ……!?」
黒髪の男が僕を抱き上げていたのだ。
身体が密着すると、彼からとてもいい匂いがしていることに気付いた。
「部屋を貸せ」
「それはできません!!」
「こんな状態のこいつをいつまでも、ここに居させる気か!?」
「それでもこの方は……」
「ほぉ……こいつが誰か、知っているのか?」
男と娼館の主人が言い合っている声がする。
僕は自分の身体を抱きかかえる男を見た。
甘くていい匂いが僕を包み込んでいる。
もっと彼の匂いを……体温を感じていたい、と本能が叫んでいる。
「それ、は……」
彼の声以外は、雑音のように耳障りだ。
もっと彼に近づきたくて、僕は自分から彼の首に抱き着いた。
首筋に顔を埋めると、彼の体温を直に感じることができた。
僕は何か大事なことを忘れているような……
頭の片隅でそう思ったけれど、それが何なのかはわからなかった。
「ねぇ、エッチしよ……?」
言葉は勝手に口から飛び出してきた。
そうだ。僕はここに、この人とエッチをしに来たんだ。
口に出したら、もうそのことしか考えられなくなってしまった。
他のことなんて、どうでもいい。なんでもいいからこの人とエッチしたい! 今すぐエッチしたい! めちゃくちゃエッチしたい!!
「そうだな……ほら、さっさと案内しろ」
「ユリエル様!!」
彼が主人に向かってそう言ったとき、テオの声が割り込んできた。
「これを飲んでください。そして、早く馬車へ……」
なんだよ、邪魔しないでよ……そう言おうとしたとき、何かが口に突っ込まれた。
痺れるような苦さの、とても不味い液体だ。
ああ、緊急抑制剤か……しかも、僕が知っている中で、一番強力なやつじゃないか……
薬のせいで少しだけ冷静になった頭で考えられたのは、そこまでだった。
身体は飢餓感を埋めるために目の前の男を求めていたが、冷静になった頭は彼を拒絶した。
そして、相反する意識の中で僕は意識を失ったのだった。
15
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説

ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。

孤独を癒して
星屑
BL
運命の番として出会った2人。
「運命」という言葉がピッタリの出会い方をした、
デロデロに甘やかしたいアルファと、守られるだけじゃないオメガの話。
*不定期更新。
*感想などいただけると励みになります。
*完結は絶対させます!


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる