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9話 先客

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 重厚な扉をくぐって建物の中に入ったら、意外にも先客が居た。

 貴族街の店の正面で立ち止まれば、店員さんのほうからドアを開けてくれる程度には、僕の顔は知られている。
 第一王子の婚約者に商品を気に入ってもらいたいという商人は結構多いんだ。だけど、今日はこの娼館の正面で僕がキョロキョロしていても、誰も出てこなかった。
 それは、どうやらロビーに居た先客が原因だったようだ。

 こんな時間から娼館に通う熱心な人も居るんだな、なんて思わず感心してしまう。ここの娼婦さんたちは、よっぽど人気があるのか、それともあのお客さんの性欲がとても強いのか……
 
 「ああ……これはお出迎えもせず、大変失礼いたしました」

 娼館の主人らしき初老の男性が、僕の存在に気付いたようで、慌てて駆け寄ってくる。

「おい、さっきまでと随分態度が違うな」

 その後ろから声を掛けてきた人物を、僕はじっと見た。
 パーマがかった黒髪はワイルドに整えられ、鋭い目つきも相まって、全体的には狼を彷彿とさせる容姿だ。
 背が高く、体つきはがっしりしているので相当鍛えているのだろう。シャツ越しに、むっちりした筋肉が身体を覆っているのが分かった。
 今はシャツにズボンといった格好だけど、鎧なんかが似合いそうだ。
 そして、低い声は小さくてもしっかりと耳に届くほど力強い。

「ようこそお越しくださいました。ところで、このたびはどのようなご用件で」
「さっきは、まだ営業時間外だと言っていたような気がするが?」
 
 僕に擦り寄ってくる勢いで話しかけてきた主人に、彼がツッコミを入れた。
 なるほど。やはり、娼館に来るにはまだ早い時間だったのだろう。この様子だと、この男性が娼館の主人に営業時間外だと断られているところに僕がのこのことやってきてしまったようだ。
 
 この客と僕に対する娼館の主人の態度が違うのは……まぁ仕方ないことだと思う。
 
 成人したばかりだけど、曲がりなりにも僕は公爵家の長男で、宰相の息子で、王子の婚約者だったのだから。
 娼館の主人とは初めて会うけれど、僕が誰なのかはどうやらわかっている様子だ。

 社交界では、僕とアシュリーは相思相愛だと認識されている。
 婚約破棄されたのはたった今なので、噂に敏感そうな娼館の主人も流石にその情報は手に入れていないはずだ。
 
 だから、こんなところに僕が居る理由を知りたいのだと思う。主人は探るような視線を向けて……いや、実際、探っているのだろう。社交界で生き抜くには、情報戦が不可欠だ。
 でも、そんな主人の態度より、僕にはもっと気になることがあった。

 ……この人は、誰だ?

 相手の素性を探ろうとしたら、僕に近づいてきた彼が、ブルーサファイアの目で見下ろしてきた。

「……なにか?」

 僕より背が高い相手に上から覗き込まれると、鍛え抜かれた体形もあって威圧的でとても怖い。
 
「なんだ。ここに、ちょうどいい奴が居るじゃないか。お前でいいから、ちょっと相手をしろ」
「はぁっ!?」
「お客様!?」

 にぃっと唇をゆがめたかと思ったら、強い力で腕を引かれた。
 バランスを崩して、相手の腕の中に倒れ込んでしまう。

 二人の身体が密着すると、ふわりととてもいい匂いがした。
 その次の瞬間、相手の顔のドアップと唇に触れた柔らかい感触……

 初めてのキスをこいつに奪われたんだ、と気づいた瞬間、僕は力いっぱいその唇に噛みついて相手を突き飛ばしていた。
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