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本編
【27】桜の木の下で
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普段は乗らない電車を乗り継ぎ、終着駅でバスに乗った。10分程バスに揺られて、メモに書かれたバス停で降りる。
都心から離れた場所にあるニュータウンは、何もかもが広くて新しかった。
大通りには、青々と生い茂った街路樹。大型公園には子供たちの笑い声。
バス停から地図の通りに歩くと、カントリー調でかわいらしい造りの一軒家が現れた。従弟の名字が書かれた表札がかかっている。インターホンを押したら可愛らしい声が応えてくれて、中へと通された。
木のぬくもりを感じられるリビングに、花柄のティーカップはお嫁さんの趣味だろうか。
新居のお祝いにと持って行ったクッキーは、香りの良い紅茶と共に、可愛い小皿に乗せられて振舞われた。
お礼を言って口にしたけれど、まるで砂を噛んでいるような気分だった。
結婚して、従兄はちょっと変わったように思う。愛し合う人と結ばれて、その相手を守り支えていく。そんな決意を結婚式で表明して、さらに男らしくなった気がする。それはたった一人、愛する人のためだ。この人は、愛する人のために生きていくんだ。そんな姿を見せつけられた気になった。
二人が並んでいるのは絵になる。ピースがぴったりと嵌ったパズルみたいだ。
結婚式参列のお礼と新居の住所を知らせるはがきに「ぜひ遊びに来てください」と書かれていたのはただの社交辞令だった。そんなことにも気づかず、ノコノコとこんなところまで来てしまった自分の間違いをまざまざと思い知らされる。あまりに場違いな自分の存在が居たたまれない。
帰るのに時間が掛かるからとなんとか言い訳をして、オレは出された紅茶を喉に流しこむと、早々に二人の新居から逃げ出した。
オレはいったい何をしに来たのだろうか。
心から二人を祝福しに?
それとも、二人が愛し合っているのを承知で、オレともプレイを続けて欲しいと従弟に縋るつもりだったのだろうか。
何の考えも覚悟もなしにここに来てしまった自分を、オレは恨んだ。
来た道を引き返したハズだった。
だけど、ぼんやりしていたせいでどこかで道を間違えてしまったらしく、オレは見知らぬ小さな公園の前に立っていた。
遊具は小さなすべり台と砂場しかない公園には、桜の木が一本だけ植えられていて、その下にベンチがあった。
引き寄せられるように、オレはフラフラとそのベンチに座った。
見上げると、散りかけの桜の隙間から、ぽつぽつと若葉が顔を出している。
強い風が吹いて、一斉に桜の花びらが舞い散る。
風に流されていく花びらを眺めながら、オレもこのまま消えてしまいたいと思った。
あの人のことが好きだったのだと、その時ようやく気づいた。だけど、今更気づいたところでどうしようもない。あの人は好きな人と結婚して、これからこの街で幸せな家庭を築いていくのだ。
いつの間にか視界に桜の花びらはなく、寒くて昏い空間に意識が閉じ込められたような感覚に陥っていた。
「あの、キレーっスね……」
どのくらいの時間が経ったのか。それとも、意外と短い時間だったのか。
不意に掛けられた声と共に、何か暖かな空気に包まれた気がして、オレは現実に引き戻された。
目の前には、金髪に染めた短髪をツンツンに逆立てた、小柄な少年が立っていた。
「……小学生……?」
うっかりと、思っていたことを口にしてしまう。
「中学生っス……」
「ああ、それは……ごめん……」
「いえ。お兄さんは?」
「高校生だよ」
「じゃ、歳、近いっスね」
「そ、……そうだね」
……近い、か? 今度は疑問をそのまま口に出すようなことはせずに、とりあえず同意しておいた。
「隣、座っていいッスか?」
訊ねられて、オレは頷く。
精一杯背伸びした髪型とは真逆の、中学生にしては低めの身長と幼い顔立ち。ぶっきらぼうな口調はむしろ人懐こく感じる。言葉遣いに険はなく、元々は優しい気質なのだと窺えた。髪型は自分の幼さを胡麻化すための精一杯の虚勢なのだろう。
張りつめていた心はいつの間にか緩んでいた。その時には、自分が泣いていたことすら、すっかり忘れていた。
少年はオレの隣に座ると、手を伸ばしてオレの頭を撫でた。たどたどしくも優しい手つきだ。
不意なスキンシップに、驚きで固まる。
「お兄さん、Subですよね? 隣に座らせてくれたご褒美です」
「えっと、なんで……?」
DomとかSubとかは、外見的な特徴があるわけではないので、当然見ただけでわかるものではない。
「なんか、わかるんッスよねー……理由はわかんないんですけれど、第六感っていうか。オレの特技なんです。今のところ、百発百中っスよ!」
自信を持って言う相手の目はキラキラとしていた。
都心から離れた場所にあるニュータウンは、何もかもが広くて新しかった。
大通りには、青々と生い茂った街路樹。大型公園には子供たちの笑い声。
バス停から地図の通りに歩くと、カントリー調でかわいらしい造りの一軒家が現れた。従弟の名字が書かれた表札がかかっている。インターホンを押したら可愛らしい声が応えてくれて、中へと通された。
木のぬくもりを感じられるリビングに、花柄のティーカップはお嫁さんの趣味だろうか。
新居のお祝いにと持って行ったクッキーは、香りの良い紅茶と共に、可愛い小皿に乗せられて振舞われた。
お礼を言って口にしたけれど、まるで砂を噛んでいるような気分だった。
結婚して、従兄はちょっと変わったように思う。愛し合う人と結ばれて、その相手を守り支えていく。そんな決意を結婚式で表明して、さらに男らしくなった気がする。それはたった一人、愛する人のためだ。この人は、愛する人のために生きていくんだ。そんな姿を見せつけられた気になった。
二人が並んでいるのは絵になる。ピースがぴったりと嵌ったパズルみたいだ。
結婚式参列のお礼と新居の住所を知らせるはがきに「ぜひ遊びに来てください」と書かれていたのはただの社交辞令だった。そんなことにも気づかず、ノコノコとこんなところまで来てしまった自分の間違いをまざまざと思い知らされる。あまりに場違いな自分の存在が居たたまれない。
帰るのに時間が掛かるからとなんとか言い訳をして、オレは出された紅茶を喉に流しこむと、早々に二人の新居から逃げ出した。
オレはいったい何をしに来たのだろうか。
心から二人を祝福しに?
それとも、二人が愛し合っているのを承知で、オレともプレイを続けて欲しいと従弟に縋るつもりだったのだろうか。
何の考えも覚悟もなしにここに来てしまった自分を、オレは恨んだ。
来た道を引き返したハズだった。
だけど、ぼんやりしていたせいでどこかで道を間違えてしまったらしく、オレは見知らぬ小さな公園の前に立っていた。
遊具は小さなすべり台と砂場しかない公園には、桜の木が一本だけ植えられていて、その下にベンチがあった。
引き寄せられるように、オレはフラフラとそのベンチに座った。
見上げると、散りかけの桜の隙間から、ぽつぽつと若葉が顔を出している。
強い風が吹いて、一斉に桜の花びらが舞い散る。
風に流されていく花びらを眺めながら、オレもこのまま消えてしまいたいと思った。
あの人のことが好きだったのだと、その時ようやく気づいた。だけど、今更気づいたところでどうしようもない。あの人は好きな人と結婚して、これからこの街で幸せな家庭を築いていくのだ。
いつの間にか視界に桜の花びらはなく、寒くて昏い空間に意識が閉じ込められたような感覚に陥っていた。
「あの、キレーっスね……」
どのくらいの時間が経ったのか。それとも、意外と短い時間だったのか。
不意に掛けられた声と共に、何か暖かな空気に包まれた気がして、オレは現実に引き戻された。
目の前には、金髪に染めた短髪をツンツンに逆立てた、小柄な少年が立っていた。
「……小学生……?」
うっかりと、思っていたことを口にしてしまう。
「中学生っス……」
「ああ、それは……ごめん……」
「いえ。お兄さんは?」
「高校生だよ」
「じゃ、歳、近いっスね」
「そ、……そうだね」
……近い、か? 今度は疑問をそのまま口に出すようなことはせずに、とりあえず同意しておいた。
「隣、座っていいッスか?」
訊ねられて、オレは頷く。
精一杯背伸びした髪型とは真逆の、中学生にしては低めの身長と幼い顔立ち。ぶっきらぼうな口調はむしろ人懐こく感じる。言葉遣いに険はなく、元々は優しい気質なのだと窺えた。髪型は自分の幼さを胡麻化すための精一杯の虚勢なのだろう。
張りつめていた心はいつの間にか緩んでいた。その時には、自分が泣いていたことすら、すっかり忘れていた。
少年はオレの隣に座ると、手を伸ばしてオレの頭を撫でた。たどたどしくも優しい手つきだ。
不意なスキンシップに、驚きで固まる。
「お兄さん、Subですよね? 隣に座らせてくれたご褒美です」
「えっと、なんで……?」
DomとかSubとかは、外見的な特徴があるわけではないので、当然見ただけでわかるものではない。
「なんか、わかるんッスよねー……理由はわかんないんですけれど、第六感っていうか。オレの特技なんです。今のところ、百発百中っスよ!」
自信を持って言う相手の目はキラキラとしていた。
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