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本編
【2】Glare
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注文を聞き終えてカウンターに戻ろうとしたら、カウンターのほうからわずかだがGlareを感じた。
聞いてはいたけれど、ここまでとは……苦笑しながら、フロアで今のGlareに中てられたっぽい人に声を掛けていく。カウンターからこちらまでは距離があったのと、L字型をした店内の造りのおかげで、少しクラッとした程度の人が何人か居たくらいだった。フロアに居るのはプレイ相手がいる人ばかりなので、この程度ならパートナーに任せておけば大丈夫だろう。
ここのバーは普通のバーではない。DomとSub専用のプレイバーだ。入店できるのは、DomとSubのみ。冷やかしが入らないように、入店に際しては店員に第二性が書かれた身分証を提示する必要がある。
カウンター席は待ち合わせか、相手探し専用でプレイは禁止。オープンスペースのフロアはカップルで来店した客か、カウンターで知り合ったペアが使うことができる。フロアで使用できるCommandはKneelのみ。
ボックス席だと、それ以上のCommandも使用したプレイもできる。ただし、服を脱ぐのと性的行為は禁止。ここはあくまでオープンなバーだからだ。
そして、二階にはVIPルームがある。店長の許可があったときのみ使える特別室だ。
わざとカウンターであんなGlareを出したのだとしたら即刻、店を出禁にするのだが、多分、そうではないだろう。オレが有坂と引き合わせるために呼び出したのは、あのGlareが理由なのだから。
カウンターまで戻ると、有坂が誰かと話をしていた。
「オレ、パートナー居るから」
ハイスツールに座っている有坂の足元で大柄な男が正座していた。
これはいったい、どういう状況だ?
この店ではカウンター席でのプレイは許可していない。
それに有坂はSubで、有坂の目の前にいる男はDomのハズだ。一般的にはSubがDomの前に跪くものだ。目の前の様子に、オレは軽く混乱する。
有坂が触れた首元には首輪が嵌められていた。また、オレの心に苦い気持ちが広がる。
首輪はパートナーから送られるものである。本当はオレが有坂に贈りたかったものだ。だけど、今、有坂がつけているのは大学生の時に有坂がテキトーな雑貨屋で買った安物だった。
「その首輪、フェイクですよね? もし貴方がその相手に本気だって言うなら、すぐにでもそのパートナーとは関係を解消してください。貴方のことを全然大事にしていないパートナーなんて、害悪でしかありません。そのかわり、オレが貴方を全力で満たしてあげます。だから……せめて、お試しプレイだけでもさせてもらえませんか?」
酷い言われようだ。なんだかよくわからないけれど、オレが呼び出したもう一人の男は、有坂に一目惚れでもして、言い寄っている最中だったようだ。
元々引き合わせるつもりだったので、相手が有坂に好意を持っているのは都合がいい。
「お試し、いーじゃん。すれば? 部屋は空いてるよ」
「おい、長冨……」
バーカウンターに戻るとオレは二人に声を掛けた。
「それで、今からのお試しプレイで貴方がサブスペースに入ることができたら、パートナーになってくれませんか?」
「おい。お前、何言って……」
サブスペースとは信頼できるDomとプレイをしたときにSubが心から満たされると入ることができるトランス状態のようなものだ。オレも有坂がサブスペースに入っているのを見たことはない。
元々Domに対して苦手意識が強い有坂が嫌そうに顔を顰めた。
「まあまあ、とりあえず立ちなよ」
オレが促すと、男はようやく立ち上がった。
「あ、すみません。ご挨拶が遅れました。オレ、こういうものです」
男はここに来た本来の目的を思い出したらしく、慌ててオレに名刺を差し出す。
受け取った名刺には、『Nagatomi製薬 研究室所属 久我大輝』と書かれていた。
「オレはここの店長の長冨だ。仕事の詳しい話はまた後日でいいよ。その代わり、貸し1つな」
「ありがとうございます」
「おい、何お前ら勝手に……!」
この男──久我をオレに紹介したのは、オレの叔父で久我の上司でもある長冨敏成だ。叔父の所属する研究室では、D/S性とGlareをメインに研究している。今日はその研究に関する手伝いを叔父から依頼されたのだが、叔父の代理でここに来たのが久我だった。『優秀だけど可哀想な部下が行くから、イイヒトが居れば紹介してやって』と言われて、話をよく聞いてみると、久我がGlareが強すぎるというちょっとした特異体質だということが分かった。
逆に、有坂はSubであるにも関わらずGlareを感じにくいという体質で、プレイ相手を探すのに苦労していた。
DomとSubが抱える欲求は、性癖のようなものではなく、食欲や睡眠欲のように本能に則った欲求だと科学的に証明されている。そしてDom性やSub性の欲が発散されないと、人間の三大欲求のバランスも崩れて体調不良になり、最悪、死に至ることもあるとさえ言われている。
この欲を解消できるのが、Glareを介したプレイによるコミュニケーションだ。DomがCommandを出し、Subがそれを遂行することでお互いの欲は解消される。その時に、DomがGlareというフェロモンみたいなものを出すのだが、有坂はそれをほとんど感じることができない。
最近の有坂は、昇級したこともあって仕事のストレスもそこそこ抱えていて、体調不良が続いている。オレとのプレイでも多少はその不調は解消されるけれど、Glareに関しては規格外の男が居ると叔父から聞いて、有坂の不調をどうにかできるのなら……と思ってオレは二人を引き合わせようと思ったのだ。
最終的に久我とのプレイを渋々承諾した有坂にオレはVIPルームの鍵を渡した。
VIPルームを指定したのは、久我のGlareが強すぎて、ボックス席だとフロア全体に被害が出てしまうからだ。元々はこの後、オレが有坂と使う予定だったのだけど、やむを得ない。
もし二人のプレイが上手くいかなくても、後でオレが有坂のことをしっかりケアをすればいい。
呑気なオレは、この時そう考えていた。
聞いてはいたけれど、ここまでとは……苦笑しながら、フロアで今のGlareに中てられたっぽい人に声を掛けていく。カウンターからこちらまでは距離があったのと、L字型をした店内の造りのおかげで、少しクラッとした程度の人が何人か居たくらいだった。フロアに居るのはプレイ相手がいる人ばかりなので、この程度ならパートナーに任せておけば大丈夫だろう。
ここのバーは普通のバーではない。DomとSub専用のプレイバーだ。入店できるのは、DomとSubのみ。冷やかしが入らないように、入店に際しては店員に第二性が書かれた身分証を提示する必要がある。
カウンター席は待ち合わせか、相手探し専用でプレイは禁止。オープンスペースのフロアはカップルで来店した客か、カウンターで知り合ったペアが使うことができる。フロアで使用できるCommandはKneelのみ。
ボックス席だと、それ以上のCommandも使用したプレイもできる。ただし、服を脱ぐのと性的行為は禁止。ここはあくまでオープンなバーだからだ。
そして、二階にはVIPルームがある。店長の許可があったときのみ使える特別室だ。
わざとカウンターであんなGlareを出したのだとしたら即刻、店を出禁にするのだが、多分、そうではないだろう。オレが有坂と引き合わせるために呼び出したのは、あのGlareが理由なのだから。
カウンターまで戻ると、有坂が誰かと話をしていた。
「オレ、パートナー居るから」
ハイスツールに座っている有坂の足元で大柄な男が正座していた。
これはいったい、どういう状況だ?
この店ではカウンター席でのプレイは許可していない。
それに有坂はSubで、有坂の目の前にいる男はDomのハズだ。一般的にはSubがDomの前に跪くものだ。目の前の様子に、オレは軽く混乱する。
有坂が触れた首元には首輪が嵌められていた。また、オレの心に苦い気持ちが広がる。
首輪はパートナーから送られるものである。本当はオレが有坂に贈りたかったものだ。だけど、今、有坂がつけているのは大学生の時に有坂がテキトーな雑貨屋で買った安物だった。
「その首輪、フェイクですよね? もし貴方がその相手に本気だって言うなら、すぐにでもそのパートナーとは関係を解消してください。貴方のことを全然大事にしていないパートナーなんて、害悪でしかありません。そのかわり、オレが貴方を全力で満たしてあげます。だから……せめて、お試しプレイだけでもさせてもらえませんか?」
酷い言われようだ。なんだかよくわからないけれど、オレが呼び出したもう一人の男は、有坂に一目惚れでもして、言い寄っている最中だったようだ。
元々引き合わせるつもりだったので、相手が有坂に好意を持っているのは都合がいい。
「お試し、いーじゃん。すれば? 部屋は空いてるよ」
「おい、長冨……」
バーカウンターに戻るとオレは二人に声を掛けた。
「それで、今からのお試しプレイで貴方がサブスペースに入ることができたら、パートナーになってくれませんか?」
「おい。お前、何言って……」
サブスペースとは信頼できるDomとプレイをしたときにSubが心から満たされると入ることができるトランス状態のようなものだ。オレも有坂がサブスペースに入っているのを見たことはない。
元々Domに対して苦手意識が強い有坂が嫌そうに顔を顰めた。
「まあまあ、とりあえず立ちなよ」
オレが促すと、男はようやく立ち上がった。
「あ、すみません。ご挨拶が遅れました。オレ、こういうものです」
男はここに来た本来の目的を思い出したらしく、慌ててオレに名刺を差し出す。
受け取った名刺には、『Nagatomi製薬 研究室所属 久我大輝』と書かれていた。
「オレはここの店長の長冨だ。仕事の詳しい話はまた後日でいいよ。その代わり、貸し1つな」
「ありがとうございます」
「おい、何お前ら勝手に……!」
この男──久我をオレに紹介したのは、オレの叔父で久我の上司でもある長冨敏成だ。叔父の所属する研究室では、D/S性とGlareをメインに研究している。今日はその研究に関する手伝いを叔父から依頼されたのだが、叔父の代理でここに来たのが久我だった。『優秀だけど可哀想な部下が行くから、イイヒトが居れば紹介してやって』と言われて、話をよく聞いてみると、久我がGlareが強すぎるというちょっとした特異体質だということが分かった。
逆に、有坂はSubであるにも関わらずGlareを感じにくいという体質で、プレイ相手を探すのに苦労していた。
DomとSubが抱える欲求は、性癖のようなものではなく、食欲や睡眠欲のように本能に則った欲求だと科学的に証明されている。そしてDom性やSub性の欲が発散されないと、人間の三大欲求のバランスも崩れて体調不良になり、最悪、死に至ることもあるとさえ言われている。
この欲を解消できるのが、Glareを介したプレイによるコミュニケーションだ。DomがCommandを出し、Subがそれを遂行することでお互いの欲は解消される。その時に、DomがGlareというフェロモンみたいなものを出すのだが、有坂はそれをほとんど感じることができない。
最近の有坂は、昇級したこともあって仕事のストレスもそこそこ抱えていて、体調不良が続いている。オレとのプレイでも多少はその不調は解消されるけれど、Glareに関しては規格外の男が居ると叔父から聞いて、有坂の不調をどうにかできるのなら……と思ってオレは二人を引き合わせようと思ったのだ。
最終的に久我とのプレイを渋々承諾した有坂にオレはVIPルームの鍵を渡した。
VIPルームを指定したのは、久我のGlareが強すぎて、ボックス席だとフロア全体に被害が出てしまうからだ。元々はこの後、オレが有坂と使う予定だったのだけど、やむを得ない。
もし二人のプレイが上手くいかなくても、後でオレが有坂のことをしっかりケアをすればいい。
呑気なオレは、この時そう考えていた。
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