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54.ドニ
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ドニはグエンを送り届けた後、部屋まで戻ってきてくれた。
それで、今は書庫室に向かって二人で廊下を歩いているわけなんだけど……
ポメラニアンの姿のときはもう少し距離感が近かった気がするんだけど、人間の姿になってからはすごく素っ気ないというか、他人行儀というか……もしかしたら、ドニはポメラニアンになったり人になったりするオレとの接し方に戸惑っているのかもしれない。いや、普通は戸惑うよな。しかもこの世界にはポメがバースは存在しないんだから。
「……えーっと。ドニって、いつからグエンと一緒に居るの?」
沈黙に耐えきれなくなって、オレはそう切り出した。
ドニからはオレに話しかけてこない。オレも何を話したらいいかわかんないから黙っていたんだけど、ぎこちない雰囲気をとにかくどうにかしたいと思ったんだ。
「一緒、とは……?」
とりあえず、返事がもらえたことにホッとする。
「ええと。グエンの従者をいつからやってるのかなって思って」
ドニはいつもグエンの側に居る。仕事のサポートをしたり、身の回りの世話をしたり……
その業務は多岐に渡っていて、なんでもできてすごいなと思っているのだけど。
「ちょうど10年前からですね」
「10年!!」
ということは、グエンが10歳のときからドニは従者をしているのか。
「子供の頃のグエンかぁ……きっと、可愛かったんだろうなぁ……」
天真爛漫な様子で笑っている幼いグエンを想像しかけて、思い留まる。いやいや、もしかしたらグエンは大人びた子供だったかもしれない。今みたいに、誰に対しても冷たい態度の子供……うーん、ありえなくもないな……
「ねぇ、子供の頃のグエンってどんな感じだったの? 今みたいに、クールだった? それとも……」
思ったままに口に出したら、ドニの表情が曇った。
「……グエナエル様は子供の頃は人懐っこくて、とても明るい方でした」
「へぇ……そうだったんだ。じゃあ、なんで『氷の王子』なんて呼ばれるようになったんだ?」
人懐っこいグエンなんて、今の姿からじゃ想像もつかない。
最近、オレといるときは随分表情が和らいできたけれど、仕事をしているときに冷酷王子はまだまだ健在だ。
「……元々、グエナエル様の従者は私の兄でした。しかし、不慮の事故で死んでしまったので、かわりに私が務めさせていただくことになりました」
「え……? それって、まさか……」
一時期、グエンの周りで不審な出来事が多発していたことを思い出す。もしかして、そのことと関係あるのか?
ちょっと前にも、誘拐事件だったり、食べ物に毒物が混ぜられたり、植木鉢が降ってきたりということは立て続けにあったわけだし。もっと小さな嫌がらせレベルのことまで入れたら、結構色々あるんじゃないかと思う。
この前の婚約披露パーティーで毒を仕込んできたのは、ジェレール王子だったけれど……
「って、そうだ!! あの時……ジェレール王子の婚約披露パーティーで……」
「犯人はまだ見つかっていません」
「でも!! あのデザートに」
「犯人は、見つかっていないのです!」
ドニがオレを遮って、言葉を発した。視線が『それ以上は何も言うな』と言っている。
ああ……こんなところで『犯人はジェレール王子だ!』なんて言うのは、確かにあまり良くないかもしれない。そのことにようやく思い至って、オレは慌てて口を噤んだ。
この様子だと、もしかしたらドニは犯人が誰なのか気付いているのかもしれない。いや、気付いているのだろう。グエンだって、ジェレール王子が食べ物に毒を仕込んでいると知っていた。止めさせたいのなら、証拠を集めて告発すればいい。だけど、グエンはそうせず、毒入りの食べ物を全部で食べていた。自分には、毒が効かないからといって。
なんでそんなことをするのかと思ったけれど、グエンは告発しないのではなく、できないのだとしたら……?
もしかして、ジェレール王子の他にも、グエンを害そうとする存在が居るということなんだろうか。嫌な考えに、背中を冷たい汗が流れた気がした。
「……ビジュ様と出会ってから、グエナエル様はとても楽しそうです」
不意に、ドニが話題を変えた。
「そ、そーなの……?」
「以前はもっと冷めた目をされていました。何事にも執着されることがなく、気が付いたら居なくなってしまうのではないかと不安になるくらいだったのですが……」
執着がない……?
グエンは、オレに対しては執着の塊のようだけど……それって、オレが番だということに関係あるのだろうか?
以前のグエンの様子を知らないオレは首を傾げた。
「ビジュ様が倒れた時の取り乱した様子は……あんなグエナエル様を見たのは初めてです」
「あ、ああ……ごめん……」
治療してくれたときのグエンの辛そうな様子を思い出して、オレは再度反省した。
「お身体はもうよろしいのですね」
「うん、すっかり元気だよ」
「しかし、いったいあんな状態からどうやって……」
「それは……まぁ、いろいろあって……」
オレは言葉を濁した。
グエンはドニにも、治癒の力のことは伝えていないようだったから……
「お願いです、ビジュ様。どうか、グエナエル様の側にずっと居てください」
「う、うん……」
グエンのことは、好きだ。自覚した恋心は誤魔化しようがない。
だけど、グエンとずっと一緒に居るということは、元の世界を諦めなきゃなんないということだ。
元の世界に帰る方法は、あるのかもしれないし、ないのかもしれない。
この世界に来たばかりの頃は、元の世界に帰りたいと思ってた。でも、今は……
書庫室についてしまったので、オレたちの会話はそれで終わってしまった。
それで、今は書庫室に向かって二人で廊下を歩いているわけなんだけど……
ポメラニアンの姿のときはもう少し距離感が近かった気がするんだけど、人間の姿になってからはすごく素っ気ないというか、他人行儀というか……もしかしたら、ドニはポメラニアンになったり人になったりするオレとの接し方に戸惑っているのかもしれない。いや、普通は戸惑うよな。しかもこの世界にはポメがバースは存在しないんだから。
「……えーっと。ドニって、いつからグエンと一緒に居るの?」
沈黙に耐えきれなくなって、オレはそう切り出した。
ドニからはオレに話しかけてこない。オレも何を話したらいいかわかんないから黙っていたんだけど、ぎこちない雰囲気をとにかくどうにかしたいと思ったんだ。
「一緒、とは……?」
とりあえず、返事がもらえたことにホッとする。
「ええと。グエンの従者をいつからやってるのかなって思って」
ドニはいつもグエンの側に居る。仕事のサポートをしたり、身の回りの世話をしたり……
その業務は多岐に渡っていて、なんでもできてすごいなと思っているのだけど。
「ちょうど10年前からですね」
「10年!!」
ということは、グエンが10歳のときからドニは従者をしているのか。
「子供の頃のグエンかぁ……きっと、可愛かったんだろうなぁ……」
天真爛漫な様子で笑っている幼いグエンを想像しかけて、思い留まる。いやいや、もしかしたらグエンは大人びた子供だったかもしれない。今みたいに、誰に対しても冷たい態度の子供……うーん、ありえなくもないな……
「ねぇ、子供の頃のグエンってどんな感じだったの? 今みたいに、クールだった? それとも……」
思ったままに口に出したら、ドニの表情が曇った。
「……グエナエル様は子供の頃は人懐っこくて、とても明るい方でした」
「へぇ……そうだったんだ。じゃあ、なんで『氷の王子』なんて呼ばれるようになったんだ?」
人懐っこいグエンなんて、今の姿からじゃ想像もつかない。
最近、オレといるときは随分表情が和らいできたけれど、仕事をしているときに冷酷王子はまだまだ健在だ。
「……元々、グエナエル様の従者は私の兄でした。しかし、不慮の事故で死んでしまったので、かわりに私が務めさせていただくことになりました」
「え……? それって、まさか……」
一時期、グエンの周りで不審な出来事が多発していたことを思い出す。もしかして、そのことと関係あるのか?
ちょっと前にも、誘拐事件だったり、食べ物に毒物が混ぜられたり、植木鉢が降ってきたりということは立て続けにあったわけだし。もっと小さな嫌がらせレベルのことまで入れたら、結構色々あるんじゃないかと思う。
この前の婚約披露パーティーで毒を仕込んできたのは、ジェレール王子だったけれど……
「って、そうだ!! あの時……ジェレール王子の婚約披露パーティーで……」
「犯人はまだ見つかっていません」
「でも!! あのデザートに」
「犯人は、見つかっていないのです!」
ドニがオレを遮って、言葉を発した。視線が『それ以上は何も言うな』と言っている。
ああ……こんなところで『犯人はジェレール王子だ!』なんて言うのは、確かにあまり良くないかもしれない。そのことにようやく思い至って、オレは慌てて口を噤んだ。
この様子だと、もしかしたらドニは犯人が誰なのか気付いているのかもしれない。いや、気付いているのだろう。グエンだって、ジェレール王子が食べ物に毒を仕込んでいると知っていた。止めさせたいのなら、証拠を集めて告発すればいい。だけど、グエンはそうせず、毒入りの食べ物を全部で食べていた。自分には、毒が効かないからといって。
なんでそんなことをするのかと思ったけれど、グエンは告発しないのではなく、できないのだとしたら……?
もしかして、ジェレール王子の他にも、グエンを害そうとする存在が居るということなんだろうか。嫌な考えに、背中を冷たい汗が流れた気がした。
「……ビジュ様と出会ってから、グエナエル様はとても楽しそうです」
不意に、ドニが話題を変えた。
「そ、そーなの……?」
「以前はもっと冷めた目をされていました。何事にも執着されることがなく、気が付いたら居なくなってしまうのではないかと不安になるくらいだったのですが……」
執着がない……?
グエンは、オレに対しては執着の塊のようだけど……それって、オレが番だということに関係あるのだろうか?
以前のグエンの様子を知らないオレは首を傾げた。
「ビジュ様が倒れた時の取り乱した様子は……あんなグエナエル様を見たのは初めてです」
「あ、ああ……ごめん……」
治療してくれたときのグエンの辛そうな様子を思い出して、オレは再度反省した。
「お身体はもうよろしいのですね」
「うん、すっかり元気だよ」
「しかし、いったいあんな状態からどうやって……」
「それは……まぁ、いろいろあって……」
オレは言葉を濁した。
グエンはドニにも、治癒の力のことは伝えていないようだったから……
「お願いです、ビジュ様。どうか、グエナエル様の側にずっと居てください」
「う、うん……」
グエンのことは、好きだ。自覚した恋心は誤魔化しようがない。
だけど、グエンとずっと一緒に居るということは、元の世界を諦めなきゃなんないということだ。
元の世界に帰る方法は、あるのかもしれないし、ないのかもしれない。
この世界に来たばかりの頃は、元の世界に帰りたいと思ってた。でも、今は……
書庫室についてしまったので、オレたちの会話はそれで終わってしまった。
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