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38.例のモノ
しおりを挟む「そうだったな。……それが例のモノか?」
男がジェレール王子の言葉に頷いて、何かを手渡した。ジェレール王子は受け取ると目の前に掲げて確認する。茶色のガラスでできた小瓶のようだ。中に入っているのは……ここからだとよくわからないけれど、瓶に蓋がついているので液体だろうか。
「今度のは本物なんだろうな?」
「酷いなぁ……前、渡したものもちゃんと本物だったんですけど……」
ジェレール王子の低い声に、男は肩を竦めてみせた。あんな低い声を出しているってことは、絶対、ジェレール王子が怖い顔で睨みつけてると思うんだけど……あの男の人、心臓強いなぁ。
「前もそう言っていたな。『効き目は確かだ』と。だが、あいつはたった一日寝ていただけだったぞ」
……一日、寝ていた?
なんか嫌な感じの話の話流れになってきた。
「それはすみません。もしかしたら、あの薬には耐性があったのかもしれませんね。今回のは新しいものなので、きっと毒慣らしはされていないはずですよ」
ちょちょちょ、ちょっと待って。これ、何の現場なの!? オレ、何の現場に居合わせちゃってるの!?
ドキドキという音が、オレの小さな体から漏れ出してしまうんじゃないだろうかというくらい、オレの鼓動は早くなった。
「ふん。……解毒薬は?」
「存在しません」
「……まぁいいだろう」
そう言って、ジェレール王子は服の中にその小瓶をしまった。
「効かないのであれば、効くものが見つかるまで探すだけだ」
その言葉に、男は声を立てずに笑ったような気がした。
「ちなみに、次はそれをどのように使うおつもりで?」
「そうだな。確実なのは……」
ジェレール王子はしばらく考えるような仕草をしてから、口を開いた。
「今度の婚約披露パーティーだな。オレからのプレゼントということで、デザートにでも混ぜることにしよう」
「毒見がいるのでは? 普通の人がそれを一滴でも口にすれば、すぐに倒れてしまうので気付かれますよ。まぁ、毒に強い体質のあの人であれば、しばらく気分が悪くなるくらいで、本格的に調子を崩すのはその後かと思われますが……」
つまり、ジェレール王子が今受け取ったのは毒ってことだよね!? それを、一体誰に使おうと……いや、この話の感じからして、恐らくは……
「十分だ。グエナエルはオレからの贈り物には毒見をさせない。オレから贈られたものは全て自分のものにしたいそうだよ。いったいどういうつもりなのかは知らんがな」
吐き捨てるように、ジェレール王子が言う。……やっぱり、グエンに使おうとしているのか……
「それは好都合ですね」
「胡散臭いんだよ。オレが何をしてもいつもニコニコ笑って。昔、わざと馬から突き落としたときだって……」
わざと馬から!? ジェレール王子、過去にそんなこともしていたのか……
でも、そこまでしてくる相手に対して「特別な存在だ」と言うグエンの感情はとても不自然な感じがする。
グエンは本当はジェレール王子のことをどう思ってるんだろうか。
「いや、なんでもない。もしかしたら、あのビスケットも食べたフリをしただけで、こっそりと捨てていたのかもしれん。やはり、口に入れるのを見届けるべきだったな」
ビスケットって……!!
以前、お土産に持って来たヘンな匂いのするビスケット!! やっぱりあれにはジェレール王子が毒を仕込んでいたんだ!!
ジェレール王子に渡されたビスケットをグエンはしっかり食べていたぞ!? オレに一口も分けてくれなかったんだから。普段は美味しそうなものはいつも分けてくれるのに……
その時、オレはとあることに気付いてしまった。
「流石に、大勢の目があるところで、オレからの物だと言われれば食べないわけにもいかないだろう」
──────もしかして、あの時ビスケットを食べていたら、オレは死んでた?
ブルっと震えたときに爪が床に引っかかり、カリっと音を立ててしまった。
「誰か居るのか!?」
ヤバイ!! こんなところでジェレール王子に見つかったら、きっと殺される……!!
オレは全速力でその場を走り去った。
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