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36.逃走
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「ビジュ……なんでまたその姿に?」
グエンの驚いたような傷ついたような表情に、ズキンと心が痛んだ。
古い文献には、ポメ化した人は『二人が真実の愛を交わしたとき、人の姿に戻る』と書いてあったらしい。
だから『二人の愛が通じ合ったから、オレはポメラニアンの姿から人間の姿に戻った』とグエンは思っている。
それなのに、あんなことをした直後にまたポメラニアンの姿になってしまったら……
「私の愛が足りなかったのだろうか?」
違うんだ。グエンは悪くないんだ。
伸ばされた手を避けて、オレはベッドから飛び降りた。
「ビジュ!?」
冷静になったら、グエンの側に居るのがなんだか悪いような気がしてきた。
グエンからの愛情を疑っただけじゃなく、好きかどうかはわからないなんて言ったのはオレなのに。理性を飛ばして快楽に溺れるオレに、グエンはただひたすら優しかった。
発情期のせいにして無理矢理抱いてくれれば、ちょっとはグエンのことを嫌いになれたかもしれないのに。気が付けば、オレの心の中はグエンのことでいっぱいになっていた。
「こっちにおいで」
ベッドから降りたグエンから、オレはじりじりと距離を取る。
「大丈夫。一緒に居れば、すぐにまた元の姿に戻れるはずだから……」
王太子妃のピアスをもらったけれど、グエンにこんなオレはふさわしくないんじゃないかと思う。
ずっと一緒に居るから、お互いのことが気になるんだ。きっとそうだ。それならしばらく距離をおけばいい。
そしたらグエンだってオレのことを忘れるだろうし、きっとオレだって……
その先を上手く考えることはできなかった。
だから、オレは――――グエンに背中を向けると、走り出した。
「ビジュ!? いったい何処へ!!」
寝室を駆け抜けて隣の部屋まで走ると、オレを追いかけて、グエンも隣の部屋までやってくる。
ドアが閉まっていたので、逃げ場を求めてオレは部屋の中を滅茶苦茶に走り回った。
────────ドターンッ!!
オレの身体は小さいから、テーブルの下でも椅子の下でも、どこにでも逃げることができる。室内を出鱈目に走り回るオレを追いかけているうちに、グエンがぶつかった椅子が倒れた。
────────ガシャンッ!!
捕まえようとするグエンの手から逃れようとしたオレが、花台の脚にぶつかって、上から花瓶が落ちてきた。
「キャンッ……!!」
(わっ……!!)
「ビジュッ……!!」
その時、部屋のドアが開いた。
「グエナエル様、どうされま……うわっ!?」
立て続けてに大きな音がしたことに気づいたドニが、護衛と一緒に慌てて室内に入ってくる。オレは彼らの足元をすり抜けて部屋の外に飛び出した。
後ろでグエンが名前を呼んでいたけれど、オレは振り返ることなく城の廊下を走った。
城内をものすごい速さで駆けていくオレに気付いた人たちが、驚きの声を上げる。だけど、その中にオレを掴まえようとする人は居ない。だって、この城の人たちはオレのことを魔物じゃないかってまだ疑っているから、オレに近づきたくないんだ。勢いよく走るオレのスピードに驚いている隙に、オレはその人たちの横を走り抜けて行った。
あんなにヤりまくったのに腰も尻も意外と無事で、全速力で走れてしまうことになんだか笑いが込み上げてくる。全然、笑える状況なんかじゃないのに。
オレは誰にも会いたくなくて、人のいない方を目指して走り続けた。
普段グエンと歩く場所を避けて走っていると、開いている扉を見つけた。どうやらその奥には通路があるようだ。オレはそこに飛び込んだ。
通路の壁は石が剥き出しになっていて、豪華絢爛な城内とは様子が随分違っていた。燭台はあるみたいだけれど、火は灯されていない。入口からの光がほとんど届かなくなってきた頃、目の前に階段が現れた。隠し部屋か何かだろうか。
埃っぽい廊下は普段ここが使われていない場所であることを表していた。
きっとこんなところまでは誰も追っては来ないはず……
そう思ってオレは石の階段を駆け下りる。
ここは半地下になっているようだ。通路の高いところに嵌め殺しの格子窓があって、採光はそこからの光だけだ。薄暗い上になんだか湿った冷たい空気が身体について気持ち悪い。
そういえば、通路に入ってくるときに扉があったことを思い出す。その扉を閉められてしまったら……オレは、自力ではここから出れなくなってしまう。
そのことに気付いて、オレはブルっと身体を震わせた。
ここに長時間滞在するのは、あまり良くないかもしれない。やっぱり、隠れるなら別の場所にしよう。
そう考えたとき、奥の方から誰かの話し声が聞こえてきた。人がいない方を目指して来たつもりだったのに、先客がいたらしい。
踵を返して来た道を戻ろうとしたとき、「グエナエル」という言葉が聞こえてきて、オレは足を止めてしまった。
グエンから逃げて来たのはオレなのに、名前が聞こえただけで近寄っていくのは自分でもどうかと思うけれど……
このお城でグエンのことを呼び捨てにする存在を、オレは一人しか知らない。
しかも声にも聞き覚えがあったから、多分、間違いないだろう。
足音を立てないように気を付けながら、オレは石でできた廊下を進んでいく。
十分に光が行き届いていない廊下の奥に、一つだけ灯りが漏れている部屋があった。
オレはそっと入口から中を覗いた。
グエンの驚いたような傷ついたような表情に、ズキンと心が痛んだ。
古い文献には、ポメ化した人は『二人が真実の愛を交わしたとき、人の姿に戻る』と書いてあったらしい。
だから『二人の愛が通じ合ったから、オレはポメラニアンの姿から人間の姿に戻った』とグエンは思っている。
それなのに、あんなことをした直後にまたポメラニアンの姿になってしまったら……
「私の愛が足りなかったのだろうか?」
違うんだ。グエンは悪くないんだ。
伸ばされた手を避けて、オレはベッドから飛び降りた。
「ビジュ!?」
冷静になったら、グエンの側に居るのがなんだか悪いような気がしてきた。
グエンからの愛情を疑っただけじゃなく、好きかどうかはわからないなんて言ったのはオレなのに。理性を飛ばして快楽に溺れるオレに、グエンはただひたすら優しかった。
発情期のせいにして無理矢理抱いてくれれば、ちょっとはグエンのことを嫌いになれたかもしれないのに。気が付けば、オレの心の中はグエンのことでいっぱいになっていた。
「こっちにおいで」
ベッドから降りたグエンから、オレはじりじりと距離を取る。
「大丈夫。一緒に居れば、すぐにまた元の姿に戻れるはずだから……」
王太子妃のピアスをもらったけれど、グエンにこんなオレはふさわしくないんじゃないかと思う。
ずっと一緒に居るから、お互いのことが気になるんだ。きっとそうだ。それならしばらく距離をおけばいい。
そしたらグエンだってオレのことを忘れるだろうし、きっとオレだって……
その先を上手く考えることはできなかった。
だから、オレは――――グエンに背中を向けると、走り出した。
「ビジュ!? いったい何処へ!!」
寝室を駆け抜けて隣の部屋まで走ると、オレを追いかけて、グエンも隣の部屋までやってくる。
ドアが閉まっていたので、逃げ場を求めてオレは部屋の中を滅茶苦茶に走り回った。
────────ドターンッ!!
オレの身体は小さいから、テーブルの下でも椅子の下でも、どこにでも逃げることができる。室内を出鱈目に走り回るオレを追いかけているうちに、グエンがぶつかった椅子が倒れた。
────────ガシャンッ!!
捕まえようとするグエンの手から逃れようとしたオレが、花台の脚にぶつかって、上から花瓶が落ちてきた。
「キャンッ……!!」
(わっ……!!)
「ビジュッ……!!」
その時、部屋のドアが開いた。
「グエナエル様、どうされま……うわっ!?」
立て続けてに大きな音がしたことに気づいたドニが、護衛と一緒に慌てて室内に入ってくる。オレは彼らの足元をすり抜けて部屋の外に飛び出した。
後ろでグエンが名前を呼んでいたけれど、オレは振り返ることなく城の廊下を走った。
城内をものすごい速さで駆けていくオレに気付いた人たちが、驚きの声を上げる。だけど、その中にオレを掴まえようとする人は居ない。だって、この城の人たちはオレのことを魔物じゃないかってまだ疑っているから、オレに近づきたくないんだ。勢いよく走るオレのスピードに驚いている隙に、オレはその人たちの横を走り抜けて行った。
あんなにヤりまくったのに腰も尻も意外と無事で、全速力で走れてしまうことになんだか笑いが込み上げてくる。全然、笑える状況なんかじゃないのに。
オレは誰にも会いたくなくて、人のいない方を目指して走り続けた。
普段グエンと歩く場所を避けて走っていると、開いている扉を見つけた。どうやらその奥には通路があるようだ。オレはそこに飛び込んだ。
通路の壁は石が剥き出しになっていて、豪華絢爛な城内とは様子が随分違っていた。燭台はあるみたいだけれど、火は灯されていない。入口からの光がほとんど届かなくなってきた頃、目の前に階段が現れた。隠し部屋か何かだろうか。
埃っぽい廊下は普段ここが使われていない場所であることを表していた。
きっとこんなところまでは誰も追っては来ないはず……
そう思ってオレは石の階段を駆け下りる。
ここは半地下になっているようだ。通路の高いところに嵌め殺しの格子窓があって、採光はそこからの光だけだ。薄暗い上になんだか湿った冷たい空気が身体について気持ち悪い。
そういえば、通路に入ってくるときに扉があったことを思い出す。その扉を閉められてしまったら……オレは、自力ではここから出れなくなってしまう。
そのことに気付いて、オレはブルっと身体を震わせた。
ここに長時間滞在するのは、あまり良くないかもしれない。やっぱり、隠れるなら別の場所にしよう。
そう考えたとき、奥の方から誰かの話し声が聞こえてきた。人がいない方を目指して来たつもりだったのに、先客がいたらしい。
踵を返して来た道を戻ろうとしたとき、「グエナエル」という言葉が聞こえてきて、オレは足を止めてしまった。
グエンから逃げて来たのはオレなのに、名前が聞こえただけで近寄っていくのは自分でもどうかと思うけれど……
このお城でグエンのことを呼び捨てにする存在を、オレは一人しか知らない。
しかも声にも聞き覚えがあったから、多分、間違いないだろう。
足音を立てないように気を付けながら、オレは石でできた廊下を進んでいく。
十分に光が行き届いていない廊下の奥に、一つだけ灯りが漏れている部屋があった。
オレはそっと入口から中を覗いた。
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