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第172死 コウタくんの家

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 天の明かりはつけられた。照らされて明らかになったのは、奇妙な妖怪ではなく長身の美しい女性にしか見えなかった。つい数刻前どこかで見たことのある。

 学生の死の予感を感じたという……今まさに死の薬を試していたところに現れた死神。

 そんな謎の彼女に対して多少の冷静さを取り戻した学生との話し合いは行われていた。

 窓際の学習机の前、青い椅子へと座った。すらりと長い脚を伸ばして、敷布団から上体を起こして向かい合ったぼさっとした黒髪の学生と。

 彼がなぜ死のうとしたのかをその理由を聞き出そうと──


「私の見た限り昼間はあれだけ明るく踊っていたじゃないですか、ハイスクールダンシングタイム」

「合わせただけだろ!」

「合わせる?」

「そんな事をやりたくないんだよ合わせて合わせて何が楽しいんだよッこんな高校にいても俺の人生意味はない!」

「どういう人生をお望みだったのでしょうか」

「え? それは色々……」

「はっきりとしたビジョンが何もないのになにかいい学校に入れば何かあると? たかが高校ですよ? 周りに合わせていれば過ぎます、それなりの努力をしてそれなりの大学に行けば」

「だからいくら努力しようがこれから先はそれなりなんだよ! ビジョン? そりゃ賢い奴らは色々と就職とか、生きてる中の優越感とかあるだろ! こんなところからだとSNSでも偉い奴らに馬鹿にされつづけてもう生きる意味がないんだ。今死んだ方が! トータルで幸せなんだよ! それが分かるんだよ!」

 椅子に座る彼女に対して遠慮しながらもぶち撒けるように、本音に近いものを捲し立て話していた。

 いたって冷静な語り口だった彼女も少し面を食らったのか。半開きの口元がやがて微笑い出し。


「……ふふ、なるほど。それは盲点でした」

「なにわらってんの!」

「失礼しました。ええ、では今この瞬間トータルで幸せを上回ればいいんですね」

「はぁ!? そんなので、できるかよ!」

 いつの間にか座っていた白ジャージが彼の視界に居ない。

 気付いた気配とその、かしゃかしゃ──と鳴った音に。

「あっ!?」

「なんですかこれ? うすい何もない味がします」

 薄い容器をかしゃかしゃと揺らすがもうない。全てがその女に味わい尽くされていた。

「な、馬鹿なにやって!?」

 おもむろに取り出した白いスパホ、そしてもう一つ黒いスパホ。器用に両手で2つ操作していき──黒いスパホの起動したネットバンクアプリの残高画面を見せつけた。

「ではあなたには──送金しました」

「1000万円ぶんのしあわせを」

「どうです優越感は感じますか」

「な、な、なァァァ!? いっせんま!?」

 矢継ぎ早の事態に開いた口の選ぶ言葉が追いつかない。手に入れたユメマクラを全て平らげて平然とする女性、そして彼の残高は1003万円、大金を送金してしてやったりと微笑んでいる。

 今、死んだ方が幸せという学生の悩み苦しみ熟考した末の幸せを、即興でパパッと熟考したプランがトータルで上回ったと彼女は思っていた。

 この人は訳が分からない……白いクールな美しい死神からのサプライズプレゼントに呆気にとられて動けない。

 優越感を感じているのは彼女ではないかと……。

『ちょっとどうしたの孝太!?』

 帰って来た母親は我が子の異常事態の声に気付き、さわがしい足音を立て開かれた戸に──すらり背の高い女性を見上げる孝太がいた。

「どちら……さま……?」

「バぁックダンサーのえいこです。──お水、ください」

 口角をくいっと、自己紹介。唖然とする母親にコロッケの入った袋を手渡した。



▼▼▼
▽▽▽



 学生の後ろめたさの残る状況も作用し親子ともども全く関係のない栄子という異物にまんまと丸め込まれてしまい。



▼コウタくんの家(ダイニングルーム)▼



「コロッケとおにぎりとナポリタン、日本三強がここにそろいましたね、ええ、このナポリタンしっかり炒められていて好きです。醤油と唐辛子でしょうか? 食べ飽きない味になっています、ええ、おにぎり……あ、これ昨日の肉炒めのヤツですね! ええ、焼肉のタレを絡めた濃い味付けでひじょうに好きなやつです!」

「ええー! めちゃくちゃ褒められてる! すごーいしかもなんで昨日の肉炒めなの知ってるのーえいこさんちゃん」

「ええ、私もこれが美味しいのを知っているので多めに炒めて次の日の弁当にするので、そうかと」

「やだぁー思考読まれてるぅー、料理でっきるぅー」

 卓上に並ぶ、コロッケ、おにぎり、ナポリタン。少し早めの晩飯として十分すぎるほど豪華な面子だ。

 黙々と食す孝太をよそに、すっかり打ち解けた栄子と孝太ママ。孝太ママの手料理に対して味わいすかさず詳細なレビューを語る。死のダンジョンの吐い信者としてのテクニックを駆使して褒めよく食べる。コレをされ気を悪くする母親などいないのだ。

「ずるるる────ええ、実はハイスクールダンシングタイムという番組に出させてもらいました、コウタくんの高校で教育テレビで今日生放送で、ええ。それから一緒に踊ってひじょうに仲良くなったコウタくんに地元を案内してもらっていたので」

「ええ!? それまたすごい巡り合わせね、孝太にこんなお友達ができたとはねぇすごい背が高くて美人さんで」

「ええ、ふふ、舞台役者ですので」

「ええ! 舞台役者すごぉい! そりゃそうよねこんなに綺麗ならっ! で何の舞台!? 観に行くみにいく!」

「現代版石川五右衛門という────」



▼▼▼
▽▽▽



▼コウタくんの家(コウタくんの部屋)▼



「ユメマクラ?」

「ユメマクラっていうんだそれ。お前がゼンブ飲んだのは」

「ユメマクラ?」

「なんで2回言うんだよ!」

「ええ、説明不足ですので、ちゃんとコウタくん説明してください」

「だから! ゆ、ゆるやかに死ぬための薬なんだよ、裏のネットで13錠飲んだら寝てる間に死ぬって言われてんだ!」

「……20ほどでしょうか? 死にませんでしたよ?」

「うっ……疲れないの? 1錠だけでめちゃくちゃ俺身体だるいんだけど……」

 たしかにさっきから彼は黙りっぱなしであったと、栄子は気付いた。青い椅子から立ち上がり──

「そうなのですか? それは、大変ですね? 私はとくに、何か抗体の出来ていない今時の子供には有害なものなのかもしれませんね」

 ゆっくりと近づいてきた手のひらが熱をはかる。

 そして、おでことおでこを当てて計っていく。

 なぜか動けなかった。彼女のその行為に細い手の冷たさに──人生史上極限まで接近した美しい顔に────慌てて退きカーペットに倒れ崩れた。


「で、でででででいっせんまんだけど! 返すから!」

「ん、なぜですか? 優越感は?」

「優越感なんてあるか、こっ、こわい!」

「ではまたユメマクラを買って死ぬのですか?」

「……死ぬチャンスがあればね、今日はもう……しばらくはハライッパイで、ないよ……はぁ」

「死んで終わりだといいですね、ふふ」

 意味ありげな言葉を返した栄子の表情に少しぞくりとした孝太。彼女はまた青い椅子へと座り、そこらにあった漫画本の13巻を適当に手に取りパパッと開いた。

「それと、にせんまんえん」

「えなに?」

「調べたことはありますか、大学卒業までの養育費がだいたい2000万円です」

「……それが?」

「人生ひとしくマイナススタート、私は死のダンジョンでひとやま当てました、なので1000万は──5分の1ぐらいですね?」

「え! ええ! 死のダンジョン!?」

「あれ? それだけ死にたいというのにあまりご存知ないのでしょうか? 死にたい方におすすめのスポットのようですよ、私は生きてしまいましたが」

「俺高校生だし! 観れないから! 機械も高いし! 一応、調べたよ調べた! SNSでわざと病みアカウント作ってDM来たユメマクラの方が安価だから! それに死のダンジョンそんなとこで顔晒して死んでもスパコンカタカタしてる安全圏の連中に笑われて結末ってスクショされて最悪にサイアクなんだろ!?」

「ふっ、コウタくんしっかりしているのですね、ふふ、ええ、その通りです」

 ひらいただけの漫画本は閉じられ、今日イチバンの笑いを浮かべていた。そんな彼女の仕草表情を見た彼は何故か両耳から発熱していく。


 なんか……やってられない。こっちは真剣に死のうと頑張っていたのに、怒るでも叱るでもなしに……笑われるなんてさ……。

 今週はもう……死ぬのはちょっとおあずけ…………。

 だからもうすこしこのいっせんまんを……。

「笑うな! っていつまで居んの! ここ俺の部屋なんだけど!」

「さぁ? 死の予感が消えるまででしょうか、死なれたらコウタくんママが悲しいですよ」

「だから今は死なないって母さんも関係ない! あと死の予感ってなに!? ほんとうは死神?」

「失礼ですね死神ではなく、ええ、舞台役者です」
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