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60❻

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刀と刀が合わさり合う。合わさった鉄はぐいと加わったチカラに圧され弾かれ。

ぼたぼたと額から顎、伝う汗は赤い地に滴り落ち。ながれるような激しい連剣を受け止めた彼女は大きく息を乱し肩で呼吸をしている。それでもまだその細める瞳は決してかなわない黒紫となびく白を捉えていた。

「ハァハァはぁはぁっ……」

「かほり」

「はぁはいっ……!」

「何故そこまで頑張る、私はお前が音を上げるまでつづけていたのだぞ」

「ハァハァはぁッ……! ……」

「いくら才とウツワがあっても昨日今日でただの娘が戦士の身体と精神に化けろ、というのは理不尽だと思わないか」

「はぁは、私はっ…………」

「エンジも私もお前のためを思いあぁ言ったが無理に修行をつづける必要はない、別の道もあるエンジと私ならお前のお守りをしつつ敵と戦うことぐらいかの」
「舐めないでくださいッッ」

「ハァハァなんだって! 理不尽で夢でも幻でもッ! 戦うとっ、気付いたんですっ剣を振っていると……私じゃない何かに……! いつもの私じゃ、きっと満足なんてっ……しないのッ!」

突然、吐き出されたかほりの思い、まだ見た事のなかったかほりの熱い一面に桔梗は呑まれ驚いた。

「あ…………すみません……わたしなにいって」

「……いや、そうだな。そうだった、若さか……ふ」

「人と人、学べることはまだまだたくさんある、私もかほりや女神、ぬりかべにヤツ、エンジ。御伽噺と現世の差異を埋め合わす事ばかりを考えていた、若さと女として胸に秘めていたあの頃の情熱……私たちは共に高め合っていくべきだかほり!」

「え、えっと……はいッ! よろしくお願いしますッ! 私はただの女にも足手纏いにも、器用貧乏にも、なりたくないんです……!」

「ふ、ふふ可愛らしいな……それに殻が破れると欲深いなかほり。昨日の盗み見もそういう精神からか……」

「え、ええ!? ええっと、えええ、あ、ちが、そんな……アレは!!!! あぁっ……ごめんなさいい!!!!」








修行は終わり、2人は赤い草っ原に座り肩が触れる距離で並んでいた。刃と刃で語り合いヒートアップし冷めていつの間にか縮まっていた距離。

「ただの女、そんなに嫌なのか?」

「それは……はい、決められているみたいでタイムリミット、焦燥感が……」

「ふふタイムリミット? 見合いがただの女で焦燥感か……私もそんな事があったな」

「え、桔梗さんも?」

「何を言っている、私たちの共通点じゃないか」

「……共通点?」

「とても美しい」

「……え!?」

「何を驚く? 私は自慢じゃないがこれでもかなり世の男どもに言い寄られたのだぞ? 厄介な金持ち貴族に、どこぞの豪族やら断るのも大変でな」

「だからそう、女が美しいのは武器ではあるが枷でもあるぞかほり」

「はいそれは思います……私は、自分の事を美しいとは思わないですけど……」

「ふ謙遜していても知らず妬まれ恨まれる事もある、道が見えているようで違っていたり」

「だがッ」

「正しいのはいつもこれだ」

握られていた月無。おもむろにそれは隣のかほりへと受け渡された。

「かほりもこれで斬り拓いていけばいい」

受け渡されたくすみところどころ塗装の剥げた黒紫の鞘。それを少し握りしめて。

「……ハイっ!!」

「それとせっかくこんなにも美しいんだ、女を捨てる必要はない」

「え、えっと……」

「何故そんなに自信がない? 忍んで覗く程好きなのだろう?」

「え、えぇちがいまアレはッ!!」

「ふふ、まぁいい。ウブなのも可愛らしい」

「は、はぁ……」

「あぁ、そうだこれからの修行についてなんだが一つ壁があってな────」








我炎斬がえんざん!!」

刀は炎を纏い宙を切り払った。袈裟斬り、その腕を下げた体勢のまま数秒フリーズし。

「ぐぎぎがぎィィィィ…………はぁはぁ、……っぱダメかァァ」

ぎりぎりと軋むように、体にチカラを込めて息を乱し何とか自由を取り戻し普通の体勢に戻る事が出来た。

「はぁはぁァァァ……」

コイツを使うとバグったように硬直しやがる、しかも超ぉぉ疲れる……。身炎浄化乃武は一応すっと扱う事が出来て試験運用も何回もして制御実用レベル単純なパワーアップになったんだが、コイツはどうやったって駄目だ。

「ハァァ……やっぱバグかぁ? 予期していない物を無理矢理詰め込んだそんな挙動だよな……はぁぁつかれたッ」

「何をやっているんだエンジ」

そのどことなくおかしな様子に気付いた桔梗は父親に声をかけた。

「おう桔梗か……アグニって炎神の親戚っぽいやつから習った技なんだが」

「俺のレベルじゃ全く使いこなせないようだ」

びゅびゅんと2度素振りをし刀身から天に上る白煙を見つめた。どうにも納得いっていない男はそんな表情で。

「ふむ……どうやらそれは違うみたいだぞ」

「えなにがだ」

「お前の刀だ。お前のチカラについていけていない」

「俺!? 白蜜が!?」

「そうだ、もちろんそのシロミツは素晴らしい刀だ。私の月無にも引けを取らない」

「だがお前だ、おそらくお前の成長と炎のチカラについて来れなくなったのだろう。なんとかチカラをセーブして粘り保たせているが……前に一度ソイツを見せてもらったときにも少し気になってはいた」

「うそ、だろ…………いや、薄々気付いてはいた……てかぶっちゃけそうだろうと……」

父親は白煙をあげる刀身をこすり確かめるように撫で上げた。
幾度も父親の炎をノセて敵を斬り払ってきた名刀を、

「そうか、なら今まで通り全力を出すことはやめるんだな、相棒を失ってからでは遅いぞ」

「ハハ……そうさせてもらうぜ……」








父親パーティーは各々の修行を終えてまだ外に集まっていた。

一面の赤い草原のステージを進み見つけた周囲よりへこんだ窪地。辺りは赤草がなく土地は枯れ禿げており土色が剥き出しになっていた。

「エンジ風呂とは言ったがヤケになれとは言っていないぞ」

「あの……無理を言ってすみませんそのエンジさん……これは……」

女神石像は肩に抱えたかめにまりょくを流し水をジャブジャブと豪快に流し落とし窪地にそそいでいる。

「いや、すまないさすがにパーティーリーダーとして気付くべきだった。そしてヤケでも無理でも無茶でもない」

電子の荷から取り出された。

「【爆炎斬】」

紅く染まった白蜜は張られた水面に突き刺され。

「焼けてはいるけどな、はは」

男は半笑いの表情で口をあけ水面を見つめ、コントロールされた炎の出力。じんわりと水温を上げていく。

このゲーム世界で見つけた裏技、その名も爆炎斬女神温泉……地味にこれも修行だったりしたのかもな。多過ぎる爆炎斬に身炎浄化乃武に神座を使えたのもこれのおかげだったり!

「炎神の子孫……刀で湯を沸かすヤツは、ふ、初めてだ……な」

「…………えっと……沸いてきてる……」

半分あきれ半分は驚き、予想もしなかったその光景を眺める2人の女性。
逆手で持ち突き刺した白蜜により白い湯気が辺りを包んだ。何も無かった窪地に人工のインスタントな魔法温泉が出来上がった。

「湯加減は入れないほど熱くはしてないつもりだ、ぜ?」

ちゃぷちゃぷと手を突っ込み各々はその手で湯加減を確認して頷いた。

「エンジ先に入れ」

「あ? 俺からでいいのか? 入りたかったんだろ?」

「当然だ、一番風呂は一番偉い男からだ」

「お、おう……なんか古き良き慣習って感じだが……すでに先客がいるようだぞ」

ざっぱーん。勢い良く何かが飛び込んでいった。
見つめた先、女神と石の板が出来上がったばかりの魔法温泉に肩まで浸かり込んでいた。
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