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39⑤

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夏が過ぎたら秋がやって来る。秋は読書、読書の秋。学生の秋は読書よりも友人たちとのおしゃべり。時の流れ、青春時代は読み返せない。
一つの四角い机を囲むように。動かされた慣れ親しんだ硬い椅子が3つ。

狭い一室。臙脂色のセーラー服と窓から射す穏やかな夕陽、そこに学園の美少女3人が集まれば絵になる誰もが絵にしたい光景だろう。

放課後といえばミルクティーでしてよ、これは少々甘すぎる気がしますけど逆に一区切り感があっていいですわね。

ずずず────。



「最近ミレーがおかしい気がするぅーう」

「可黒くんが? そうかな……?」

「そうですわね」

「なんかぁミレーの雰囲気が変わった……ような?」

「気のせいじゃないかな」

「……そうですわねぇ」

「可黒くんの変わったところ。道端の石をさりげなく拾い出したりするぐらいじゃないかな」

「その時点でかなり変だとは思いますけど」
「可黒美玲……利き腕を左利きに変えたようですわね」

「ええ!? そうなの!?」

「いつの日からかはハッキリとは存じ上げませんわ。学園での生活をすべて左で、それもとくに不自由なく器用に……正直不気味ですわ」

「可黒くん両利きだったの子春ちゃん?」

「えええミレーからそんなの聞いたことないよー!」

「可黒美玲、握力右78kg左31kg。ソフトボール遠投右63m左19m。これが宴陣学園入学試験で測ったデータの一部にして最新のデータでしてよ、握力はなかなかですが遠投利き手の記録はこの年代の平均ちょうど」

「この結果すこし心配になるぐらい極端に左が使えないのがわかりまして」

「天然の両利きは世界人口1%程……。あのレベルまで器用に……実力を隠していたかどこかで地道にトレーニングでも積んでいたのかしら」

「ミレーは隠したがるとこあるからねー、恥ずかしがりなのかも!」

「そうですわね……やはりフツウじゃないですわ可黒美玲」

「ところでそのデータ大丈夫なの別所さん」

「ええ、間違いはありませんわ。入学試験データは学校側が1年間はしっかりと保管する義務がありましてよ、正確なデータのはずでして」








ココアやっぱりこれ。

ずずず────。



「そういえば可黒くん爪が綺麗になってたような」

「爪え!?」

「それは私も気付いてましてよ令月かほり。実は以前からプリントを回収にくる可黒美玲の手には何故か少しカリスマ性を感じていましたわ。……何か気付きを得て原石を磨きはじめたということかしら……おそろしいわね」

「ミレーがカリスマ!!?」

「手だけですわ」

「可黒くんは爪の形が綺麗。私も気になっていたよ」

「ええ!? しらなかったぁ」

「幼馴染、女子としていただけないわ、虎白子春」

「うーん、わたしだって……美玲はほら強くなったし!」

「体格はそれほど変わってないようですが? 盾捌きには目を見張るものがありますわね」

「うん、なんとなく盾じゃなかったらもっと強いんじゃないかな可黒くんって」

「あ、ミレーは石な……石が一番強いって!」

「石?」

「珍妙石ころ大図鑑……」

「それは何かしら令月かほり」








あつい緑茶がイチバン! 健康にも良いし!

ずずず────。



「あ、そういえば可黒くん休憩時間に1人でじゃんけんしてた。こうやってさりげなく──。これで訓練してたんじゃないかな」

ノーマルな立ち姿両手を腰の下の位置で、下を見ながらじゃんけんを始めた令月かほり。慣れていないのか、あいこが多く可愛らしい動きを見せてしまった。

1年B組クール系美少女のたどたどしいひとりじゃんけんにクスクスと笑いが溢れてしまう。
微笑ましい光景、3人は代わる代わるそれを真似て指を刺し笑い合っていた。


「ふふ可黒美玲……読めない男ねそのうちインドに修行にでも行くつもりかしら」

『さて、今日も一杯』
「アレ……」

勢いよく学園にありふれた白い扉は引き開けられ、臙脂色の学ランはその秘密の花園に踏み込んでしまった。
ついげっとした表情を浮かべてしまう。

「なぜここに委員長が……」

「今日からここはオカルト探偵部、兼、雑談部になりましてよ」

「ざ、ざつだんぶ……。それって部活なんですかね……オカルト探偵部も大概だけど……」

「あら冗談ですわ」
「いきますわ!」

「委員長が冗談!? うおおお!?」

しゅるり、と縦に回転する軌道で真っ直ぐに投げつけられた赤いスティックタイプ。

「投げ返してください可黒美玲」

「え、なんですかそれ……ちょっと理解がぁ、イヤっ危ないですし。角尖ってて」

「早くしなさい」

「ええ……は、はい……?」
「イキマスヨーイインチョー」

手首を柔らかくスナップさせゆるりと放物線を描き投げ返された。
透蘭の優雅に構えていた手の元へと無事キャッチされていた。

「可黒美玲……」

「可黒くん……」

「ミレー……」

女子たちはひそひそと顔を見合わせ話し出した。

「え? なんなの? うおっと!?」

鋭い赤が美玲を襲う、スティックタイプは中央に陣取っていた机を一周し開かれた入り口へと生命を得たかのように飛んでいった。
物理法則を無視したそのブツを慌てて美玲はキャッチした。

「それはあなたのでしてよ、早く座りなさい。1年B組副委員長可黒美玲」

「え……チャイスティックなんだけど……てか軌道えぐ──」

「インド旅行前にそれを飲んでおきなさい」



▼▼▼
▽▽▽



深夜、わざわざ浴びたくない冷たい秋風が流れ怪異がそろりと姿を現すこの時間帯は。

オカルト探偵部、彼女と彼が活動する時間帯だ。
 

やはり石だ。

珍妙石ころ大図鑑、プロ野球選手の投球術、運気アップ美少女の本当におすすめするパワーストーン、サンのオルゴナイト宇宙エネルギー論……。秋は読書、読書は秋。普段本なんて読みやしない俺可黒美玲も広く浅く。

「ミレーーーー、助けてーーええええ」

虎白子春が彼の元へと、商店街のコミュニティ道路を駆け寄って来た。
白い上下ジャージは戦闘開始前とは違い汚れが目立つ、どうやら怪異に狙われて苦戦しているようだ。
アスファルトの無い整備された一体感のあるコミュニティ道路。このヨーロッパ風の商店街が妖しく潜んでいた怪異たちとオカルト探偵部のバトルステージとなっていた。

投球術、速球トレーニング……プロの考えは俺には難しすぎたようだ。

「手投げはダメって言われてもナッ!!」

猫のパンチのように素早いモーションから投げ放たれた石の弾丸。
子春に襲いかかろうと低空飛行してきた巨大な白いフクロウは羽をその弾丸に撃ち抜かれた。

弱点部位にダメージをもらい少しふらついた巨大怪異は上空へと舞い上がり2人を掠め過ぎ去っていく。

「独学はダメっていうけど、それにコントロールなんて……ただ的をロックオンする感覚で投げるだけで良くないカッ!!」

フクロウの後ろを捉えて手ごろな石は向かっていき、

俺の頭がフツウに悪いんだろうな……。さすがプロだ、理論的。

「ま、んなことより怪異相手にはやっぱり石が一番効く、んだろ!!」

石がフクロウを貫く。自由自在、様々な軌道で追尾するミサイルのように空のターゲットに対し次々と両手から投げ放たれた石の連射が収束していった。

実際に石を投げるとなると自分のフォームを確立しないといけない。石切りなんて曲芸じゃなくてとにかく悪意と敵意を持ってぶつける、そうすると命中力がダンチで上がる。モーションは少ない手投げでいい、何も野球をやるわけでもバッターから空振りを取るわけでもないからな。
最後に信じられるのは自分と石だ。

「フツウの俺のレベルに合った投げ方でいいんだ……俺はまだそのレベルにない。石を信じろ」

そして大事なのはパワーより連射力。俺に足りないものは何かと怪異とのバトルで考えてきた。この石投げの技術において野球のノウハウはあまり使えない。

と思っていたけど。

スイッチピッチャー。

俺は気付いてしまった。石投げの連射力を上げるためには両腕が使えるのは必須スキル。つまり、スイッチピッチャーだ。

怪異を相手にせずとも想像に容易いことだったんだ。正しい所作であろう野球投げではパワーとスピードは出せても次弾を投げるのに時間がかかっちまう、これは当然だプロのバッター相手に手加減はできないだろうしな、知らないけど。

右手で投げ続けるラグを改善するには左が玩具のままではもったいない。この考えに行き着くのは至極当然、フツウだ。

でも……独学では無理がある、スイッチピッチャー関連の本を漁ろうとしたんだけど……そんな本はどこにも売ってなかったぜ。プロレベルのそんな選手は1人も存在しないんだってさ。しらなかったなー。

巨大フクロウは攻撃対象を切り替えてきた。石の連射をその身にもろに受けてしまってお怒りのようだ。
巨体特有の鈍臭そうな動きでUターンをし再び空で助走をつけながら可黒美玲に狙いを定めた。

それとステップ。つまりダンスだ。野球と学園の体育の授業では習えないから家に居る間はダンシングアイドル戦記2でひたすら鍛えた足捌き。たまに邪魔な警部がやって来て紅茶を淹れさせられていたが……。
足腰を鍛えろ。なんてプロが言ってたけどほんとそうだな、フットワークが軽い方がこの短期間で習得した付け焼き刃のスイッチピッチャーを活かせて連射力が上がるぜ。

手投げというよりは踊るように投げる。リズムだ。敵のリズムじゃない俺のリズムに乗せれば!!

「こんな風にッッ!!」

可黒美玲は鋭い巨大フクロウの足爪攻撃を軽やかな身のこなしで踊るように避けた。
そして踊りは繋がり踊りつづける。
すぐさま紐の固く結ばれたスニーカーはザラつく小気味の良い音を鳴らしながら、
素早いモーションで投げ続けられた石の連射がフクロウの右の翼に集中的にダメージを与え、ついに巨大ターゲットは地に堕ちた。

 
「これが俺のダンシングマシンガンスイッチ投法…………ってところだ」


「これがフツウの俺の限界だなぁ」

美しい白い右翼はボロボロになりその受けたダメージを物語っていた。

「子春ぅーーはやく仕留めろ。ったく、羽生えてるのは面倒だからほっとけつったろ」

「え……!? う、うん、ミレー!!」

右拳に練り上げられていく青い荒いオーラ。
バチバチと膨れ上がり、地を蹴った。
子春は空というアドバンテージを失った巨大フクロウに向かい一直線、元気よく駆けていった。


「石を愛する者サン……か。愛するのはちょっと無理だけど……石を信じれば……もっと、いけるかもしれない。なんてな」


どこからか取り出された橙色に輝く太陽が。
その左手にひらかれて、また握られた。
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