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19 育ちゆく種❷

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真っ二つに裂かれた残骸は地に堕ち、
ココア色の綿は吹き出し舞う。

甘い綿雪は2人に降り注いだ。
オーラビームが扇状にカタチをなしとどまる…高出力の技を放射しつづけ──。
やがて耐久限界を迎えたハンドガンが左手から散りゆくのを確認。彼のオーラが振動するよう唸るその音が止んだ。

見つめられている視線に振り向いた黒髪の青年は、彼女の方を見た。

熱熱クレープグレープ弾の効かない火鼠にはカチコチココアアイスクレープ斬りを…。
それを新技に選んだのは咄嗟ではあったが頭にない訳ではなかった。結果見事に素速い火鼠を威力鋭く迎え撃ち撃破した。
巻く膜クレープグレープ弾で防御に専念すればあの獄炎の槍を海都自身のDSシールド膜だけで耐えられたかもしれないが、繰り返す、結果は撃破返り討ちに成功。
ハンドガンから予期せぬびっくり技を披露し上手く向かってきた敵に刺さり最高の結果を得た。
これはすこし褒められるのではないか…淡い期待感を抱き秘めながら、海都は月山の方を見た。

「ってソレさっき食べた私のヤツううう! 〝何もしてないわけじゃないッ〟ってェ!さっきたまたま思いついたんじゃん! 楽天くん!??」

「え!? あ、はい…いやちがくて!たまたまではぁ……」

しかし月山は突っ込む。
海都を褒めることはない、今となってはずいぶんと前のことをひっぱりだし、突っ込む。

海都の思い描いていた彼女の反応とはちがったものの、半分以上当たっていたので、残りの三分の一だけ面目を保つためやんわりと反論をするものの。

「しかもなんでまた攻撃技にしてんの! メールでもあれこれあんぽんたん相談してたじゃん!」

また間髪入れずに月山は突っ込む。
自称回復役の彼が攻撃技ばかり覚えていくのは突っ込まざるを得ないのだ。
しかも月山は海都が意外に戦闘で銃片手に熱くなりやすく攻撃技を連打しがちなのを初ダンジョンでペアを組み体感しているので。くわえメールで相談やり取りをしていたあの時間はなんだったのかと…披露されたあのような珍妙な新技を目撃しては突っ込まざるを得ない。
しかも先程月山が食べたアイスクレープとほぼおなじ名であった。

月山はむっとした怪訝な顔で、クビ顔をぐっと彼の方に伸ばしにらんでいる。
そんなずっと甘くはなかった美少女の威圧にすこし後ずさる海都は、

「え、だって俺近寄られたらぁ…あの気紛れな盾しかないんで…! 俺ってやっぱりハンドガンしか使えないっすし…先生もシデン・レイラさんも剣よりこっちの方が俺の性に合ってるって…あ、月山さんがいっしょに剣術修行って言ってたんでそれもヒントに…メールでも…あぁなんだろうなんでだろう…? あははみんなの意見をあつめて包んだらなんかこうなっちゃいました!」

出来うるかぎりの言い訳を慌てた様子でずらずらと述べながら、一歩二歩、前歩く彼女と後ずさる自分でステップし踊り、
さいごに頭の黒髪をかき、良くわらいながら誤魔化した。

「くるんだらって……はぁ、ま、まぁスパっとぉ?返り討ちで勝ったからいいけどぉ!(ちょっとかっこよかったし…銃からクレープとか……──イヤっ、やっぱりかっこ! …かっこいい? かっ…ここあ? あれぇ? ……)」

立ち止まった月山は彼の顔をまじまじと観察しながら、もう一度あのドキドキとトキメキを反芻してみる。
顎に右の人差し親指を置き、わかりやすいポーズで考える。
海都は苦笑いを浮かべつつ彼女のかわいく細める目を見てフリーズしている。
そんな学生探索者たちのやけにながったらしいイチャイチャシーンに────

「おいいい誰が勝った負けただあああ負けたのは汚部屋のゴミだあああ俺じゃねえええばねええ隙あり小娘えええええばねええええチュハハーーーーー」

またも勝利の余韻に晒す隙がある。
彼らは学習しない生き物なのか、狡猾な青鼠はその隙を逃さない。
今度はにんげんのオンナに狙いをつけた。
地面にめり込むほど目一杯伸縮し溜め込んでいたバネ脚を解き放ち、チャハハを屠ったオトコに劣るオンナを先ずは確実に消す。

螺旋するバネ鼻でぐるり巻きつけた鉤爪を鼻先に装備し、超速で串刺しにする──今にもその鋭い三本の鉄爪はオンナを貫き────

「だってブロックは潰れてないから、〝超ふんわりドロップ〟」

『チュチュ…これがにんげんのオーラ。…きれいのろいおもしろい──りかい』

いっぴきの女鼠が見つめる──リビングの壁に突き刺さっているS字のオブジェは〝生きている〟。

「チゅ……!?? おッッそ…く────」

「はあああああッッ!!!」

のろのろと直進して今手頃な位置、
とぼとぼとオンナは歩き、剣を上段に振りかぶり構える…バネ鼻を伸ばしたまま間抜けに浮かぶ青い鼠ブロックを──

一刀両断。

溢れんばかりのなないろの万能オーラを乗せた斬撃は、モンスターを二等分に分けた。

赤い舌を突き出し目を見開く、おどけた青鼠の人形。
おもわず噴き出すハラワタをすべて月山雨楽楽の色に染め上げられ──爆散。

また綿雪はふたりに舞う、キラキラと綺麗な彼女のオーラ色が舞っている。

叫び、地に目一杯打ち下ろした剣はダンジョンのルールに則り砕けて散る。
セミロングの黒髪をみぎに掻き上げた仕事終わりの彼女。その勇ましさを発揮した右の横顔──やがてゆるんだ正面を海都は見た。

「月山さんやっぱすごいすね…はは…!」

「楽天くんが守ってくれたからでしょ…! じかん十分だったし、あ、あんがと…」

「あははそすか……たしかに、俺ッ…! 役に立ててよかったっす…!」

「ふふ、ナニソレぇ…ちょっときもいかも」

「あはは…え!? ちょときもいっ!?」

学生探索者はダンジョンでの両者のたたかいぶりを称え合う。
耳をほんのり赤らめながら、



超スピードと狡猾さをもつ厄介なモンスター、汚部屋のチャハハ、押入れのチュハハを撃破した。
緑蜜ダンジョン部楽天海都と月山雨楽楽の快進撃はつづいている。



▽▽
▽▽



若者たちが熾烈なたたかいを繰り広げ奮闘する一方、雷夏とムスイは────



二足歩行するデカブツの顎下に突き刺さった雷剣は、出来上がった電柱から地を這うように流れ出し──付近にいた5体の黒牛と1体の牛人を同時に屠った。

四足で猪突猛進してきた群がってきた黒牛を次々と料理、ここダンジョンでも流水の剣捌きに隙はない。赤髪の間合いに入ったモノはみな等しく黒い三角片へと散り失せた。

「なんだぁ急にテレビのチャンネルがきりかわってダ~ンジョンかぁ? んや、そういやカイト生徒とツッキーがいないな? んやんやとするとこれは夏ちゃん先生へのサプライズプレゼントかァ♡? ははは」

動物型、人型の黒い牛人形を慣れたように平らげた。
一息ついた赤髪と青髪の女剣士たちは暗雲の支配する湿った大地で先を見つめる──
ブロックパーツを積み重ね合わせて、組み上げたような屋敷がある。
全体的に角ばった…妖しさとレトロさファンシーさを感じる黒紫の王城だ。
その遠目にも見上げる程の巨大な城の立派な門から、お行儀よく、続々と出撃してきた牛人形を2人その刃で各々返り討ちにしていたところ。

ついに門を怒りぶち壊し投げつけた。
赤と青の立派に育ったあらたな牛人が跳躍し敵の元へと、舞い降りた。

黒い半ドアが2枚投げ捨てられたご挨拶は、既に消し炭、真っ二つ、となり2人に処理され……聳え立つ2体のモンスターとご対面。

「牛頭ちゃんと梢ちゃんじゃないか、これまた大きく育ったな!」

「ウハハハ巨人を半殺しにしていた馬鹿な小人ってのは貴様らか?」

「シハハハおかげで大きく育ちまシシシ」

「んや? そうと言われればムゥちゃんとのお出かけで泣いて逃げたずんぐりもいたし、そうだなぁ。……──ああー!つまり夏ちゃんの残飯にありついてレベルアップしたってわけだな! はははそんなこんなでずんぐり巨人の次は夏ちゃんをアポなしで呼んで下剋上ってかぁ? まったくぅー、おもしろいぞーダンジョン★!」

「おい雷夏おまえは何普通に喋る牛と話をしている…全く訳がわからんぞ。喋るヤツがいるとは聞かされていないが」

「んや、私もしらん初耳夏ちゃんピースだ!!」

少々困惑する赤髪の女剣士に向けて元気にピースを突き出す雷夏ちゃんがいる。
ムスイはそんなことだろうと短くため息を吐き、

「ウハハハハ……下剋上はそっちだああああ死ねええええ小人オオオ」
「シハハハ足元で騒ぐなよッ死ハハハハハハ」

先程の雷夏の発言がひどく気に障ったのか赤牛は鼻息を荒げ切れ味の悪そうな錆びついた大剣を振り下ろした。
青牛は静かに注意し足元を手にした大槍で豪快に、孤月を描くように薙ぎ払った。

突如、地を打ち砕く巨人級の破壊力が雷夏ムスイを襲う────

「赤いのはキレやすい、青いのはお上品っ!【以下略雷酔斬いかりゃくらいちゅうざん】!!」

「じゃあそのお上品からヤル! よく見れば弱そうで気に入らない牛ヅラ──だッッ! 【流水斬るすいざん】!!」

牛人を斬り裂いた。
轟く雷、赤い図体を飽和させ鳩尾に突き刺さった剣から流れ伝う雷電が巨体を焦がす。
飛沫散る流水は槍持つ手首を鮮やかに奪った。

たのしいチャンバラの最中に知らぬ土地へと飛ばされた雷夏とムスイは大きな2体の、しゃべる知能のある牛人形に挑む。
たのしいたのしいサプライズダンジョンにワラい剣を取りながら────







暗雲の下に、雷光と流水が映える。
巨大な牛人2体を相手取る2人の女剣士がいる、巻き起こった一味違うボス級のバトルは熾烈さを増していった。
赤い巨顔は鼻息荒く大剣を振り下ろし、
青牛はお上品に槍を薙ぎ払う。

赤い瞳をギラつかせ、剣風にひりつく肌触りを感じながら青髪はダンジョンを踊り、
華麗堅実な剣捌きで目を凝らし赤いポニーテールは激しく靡いている。


「おい雷夏、お前…たとえば…この場で眠れる一国の姫のお守りをしながらこの図体2体を同時にヤレる自信はあるか」

ひりつく戦闘の最中に急に変なことを投げかけ語りかけてきたムスイに、雷夏はクエスチョンマークを浮かべながら戦いに集中していた表情をひどく崩した。

「な、なななんだァ??ムゥちゃんダンジョン中にきゅうにぃ? その凝ったヤケクソのシチュエーションはァ。…んや、そだなー1人でってことなら──造作も夏ちゃん! お姫様がぐーすか爆睡♡しようがゾウサも夏ちゃん!!(のぱお~ん)」

ほぼ予想通りの返答がかえってきた。
チラっと雷夏のワラう表情を横目に見つけたムスイは、後ろへとおおきく跳躍してみせ、青牛から打ち付けられた槍の石突を避けた。

「そうか…ならまかせた────」

「はははは、まかされてもいいが♡! 何寝ぼけてるんだムゥちゃんここには肝心の眠れる国のお姫様とやらが────って何自分でぐーすかしてるううううムゥちゃん!!! 立ったママァァァっ!!!」

戦闘の巻き起こったエリアからおおきく離れたムスイはなんと目を瞑り腕を前に組み──棒立ち。つまり、状況と言動的に──彼女は寝ている。
牛人2体を相手取りながらチラッと後ろを確認した雷夏は、あまりの衝撃で予想外な赤髪の取った行動に、ボケとおどけを捨て自らツッコミに回らざるを得なかった。

「私は昨日から寝ていない────」

「寝てない自慢を今するなあああ!!! はぁ…まったくぅ最近は夏ちゃんの方がツッコミガチとは絶対的由々しき事態だぞ……。マ、ダンジョン部の大きい寝坊助新入部員、ルゥスイの国からお越しのお姫様を守り中ボスを相手取るぐらいッ──ゾウサも夏ちゃん!! 【爆雷斬】ノ!! パオーーンン!!! ははは切れ味ッ」

ご執心の赤牛はよそ見をした青髪の小人に、隙ありと、上段から力任せに叩きつけた。

荒い鼻息、青筋をたてていた牛面はながい口端の口角を釣り上げた。
しかしその先走った邪悪な笑みは一瞬で口糸がほつれて曇りゆく──手持つ得物がやけに軽いのだ。
眼下から噴き上がる青いオーラは錆びついた大剣を散り散りに破壊した。
【爆雷斬】、その自称ダンジョン生まれの雷夏の覚えていた初期技は以前よりも格段にレベルアップしていた。
バチバチとチカラ迸る雷剣を片手に…青髪の勇者は──狼狽える赤牛のぬいぐるみの胸元に飛び込んだ。



▽▽
▽▽



「押入れと汚部屋の魂によると──死してもまだまだ飛び跳ね口喧嘩をし元気なようです。フフフフさて、」

「チャハハとチュハハ騒がしいのは特段嫌いではありませんでしたが──しかし困りましたねぇ、予想以上にヤルものです。ニンゲンとは皆こうなのでしょうか? それともこれがレベルアップした舞台…フフフフではお次は──」

相変わらず書斎部屋、その高みからのたまっている丸メガネの鼠がいる。どことなく妖しさ満点のその灰色鼠を、月山と海都は遠目に見上げながら並ではない緊張感を共有していた。

並ぶ月山は敵方を見つめながら海都に聞こえるよう次の作戦を告げる。

「楽天くんいつでも撃つ準備できてる…?」

「え…ええっと」

「あの読書メガネがあっちのリーダーなら、そろそろ来るかも…こっちの切り札の大関級をぶつければ…勝算は──」

「いやちょっとまだ…コイツ……ごめんッ月山さん、ジツはぁ…撃てないかもしれないっす…」

「はぁ? はああ!? なんで撃てないって!?」

また頭を掻きながら彼は気の抜けるポカったことを言う。
勇ましく険しい真剣な顔つきをしていた月山は、隣の海都を見、大口を開け凄んだ。

「えぇっっと最近! どみこさんと部室ビーチにいたときにヤドカリの残党にイッパツ撃ったんでなんか…使いすぎたのか…エネルギーが足りないのかもしれないす…ね…?」

「はぁあ…? なんなのそれぇ…それで肝心な時に撃てなくってェ…あの人ぜんぜん役に立たないじゃん…はぁさいあく…」

「いやそんなことは…どみっ──」

いつの間にかいた──白いポットを手持つ、タキシード姿、足のすらりと長い鼠執事。

少々痴話喧嘩をしていた最中に2人の目の前にソレは音もたてず現れていた。
気を抜いていたからか、邪気や殺気を感じられなかった。ここまで敵の接近に気付かなかった2人は慌てて剣と盾を構えだす────

「フフフフ非戦闘員あいてにそんなに構えないでくださいよ、せっかくすこし静かになったのです。それに…戦いばかりでは芸がないというものです、あなたたちもそうなのでしょう? フフそれにどうやら未だお目にかかれぬ神の魂はお望みです。──ニンゲンと鼠、より素晴らしいレベルの高い舞台にするためヒトツ、ティータイムと洒落込みましょー!」

屋敷の天に珍座する鼠の巨頭飾り、その眼がギラリと光り、周りの景色も変わりゆく────

ゆっくりとはげしく…地鳴る床に、月山は海都の身に捕まりながら…

地が隆起し形作られていくのは────街並みだ。

中世ヨーロッパの世界にでも迷い込んだのか、
殺風景なグレーの荒地から様変わり、
2人の目の前、石畳の敷かれた広場の上にはポツンと丸テーブルとおまけの椅子が二席。

茶器はコトっと置かれていき、タキシード姿が待っている。

地まで揺らしたおどろきに…ニンゲン2人は顔を見合わせ──おそるおそるそこへ歩き出した。








どぽどぽと熱い紅茶は注がれた、見目はスタイリッシュでかっこいい鼠執事であったが…意味もなく高く注ぎメチャクチャこぼしている。

たおやかに一礼し鼠の彼は役目を終え去った。

丸眼鏡の鼠の思惑はわからないが…仕方なく席に着いた2人は、いちおう奇襲と罠を警戒していたが──起こらず。提案され実行されたティータイム…この裏返せばラッキータイムにありがたく少休憩しながら2人話し合っていた。

とりあえず時間を稼げば雷先生とムスイが自分たちが居なくなっている事に気付きいずれ助けに来る。もう〝急ぎ〟来ている最中かもしれない。そんな絵に描いた希望もある。
そして今はまだいいが、地形を変え街並みを作り出したこの謎の大規模なマジックを目の当たりにし……。…そもそも屋敷の戦力全部を相手するとなると自分たちには荷が重いかもしれない…そんな事を話し合い今後の作戦をブラッシュアップさせながら。

「ところでなんでまだ誰も助けに来ないのかなァァ楽天くん…もう結構たってない…!?」
「えと、アッ! そだっシデン・レイラさんがまたあの時みたいに! 駆けつけてくれるかもしれません! グリフォン部隊のピンチに颯爽と現れる…ように! 今は…ま、まぁまぁ…ピンチっすよね…?」
「ナニ言ってんの楽天くんッ!!ピンチもピンチに決まってるからァ!!読書眼鏡鼠のなぞのティータイムとタイマンバトルで助かってるだけなんだからァ!し、シデンレイラ…相対的にまともな人だし、そうだといいけど…あっ、あの人もいるじゃん! 道場の当主の! もうその人でもいいから誰か来てぇ…雷先生おそすぎ…はぁ…いつもダ~ンジョン☆とか絶対的ィィィとかぁ!言ってるのになァんで今日にかぎって来ないの…! そういえば私の初ダンジョンでも来てないじゃん! ララナツの姉で顧問なのに!! たはぁ~……さいあく…」
「そ…そっすね……アッ、あと牛頭さんもいますし! 誰かここに来てくれれば…なんとかあの屋敷も…」
「こずえが来るとは思えないんだけど…あのこ……おそろしく自由だし……牛の世話してないできてくれたらそりゃ大助かりだけどッ……はぁさいあく」

「あはは…すね…」
「ってナニ敵の出した紅茶飲んでんの楽天くん!!!」

「え!? ああ!?? しまっ…──ん!? なんかこれぇ…!? オーラが……回復しているような……」

「──は?」

丸い広場、ちいさく白い丸テーブルで向かい座る。ステージ天からは何故かあたたかい陽気が照らし、中世ヨーロッパ風の街並みにぐるっと囲われ、一本伸びた街道の先にはあの豪華鼠屋敷が聳えている。
攻略すべきその鼠屋敷では紅茶を嗜み茶菓子を齧る鼠の群勢、ちゅーちゅーけらけら…そのうるさいティータイムがつづいていた。

お味は毒かただの紅茶か…判別がつかず放置されていたその善意。
月山の話を聞くうちに海都は間違って白い波打ち模様のカップを手に取り──口に含んでしまった。
しかしその紅茶は、思いもよらない足りないモノが増え満たされる味がしたと海都は言う。
神か仏か鼠かアソビか。
オーラの注がれた味のするらしき…敵の淹れた紅茶をおそるおそるいただきながら、緑蜜高校ダンジョン部の1年生の2人は、頼れる大人たちの救援を願い待つ……。







平日の午後、朝と昼という概念をすっ飛ばし、
ぞんぶんに寝た身はベッドから起床、すこしくしゃついた黒いパジャマのまま…
目やにを軽く払いおめかししたオンナは宇都宮自動車教習所へと向かった。


「カーブはこうです! ハンドルをゆっくりゆっくりたおやかに足していき」

「あー、まろやかにこうっ、テクニカルスピン──」

「ちがちがちがちがちがちがちが!!!!! ダカラ古井戸さんあなた回しすぎいいいい道をミッ────」

回転回転、右の後輪を軸に大回転────冷や汗がどっと湧き出て、絶叫しながらペダルを強く踏んだ。

「────そこらはしってる車って──やぁばいわ、はは、」

助手席教官の緊急ブレーキで車は止まった。

荒れ模様の車内で2人寝癖をつくり、古井戸神子はぐっと目を見開き──笑った。

眠りから覚めたばかりの素人が新たなセカイに足を踏み入れた。
天才的な剣とちがいハンドルと車体感覚を掴むにはまだまだながいながいダンジョンの最中、宇都宮教習所のコースをド神子は攻略中である。








足元から伸びる槍の雨をひょいひょいとおどるように避ける、青い牛人は華麗に雷夏の槍技をいなし品のある微笑い声をあげている。
またも大槍で足元に孤月を描き、地を抉りながら薙ぎ払った。

「シハハハ足元でストローをちゅーちゅー伸ばすなよッ死ハっ────」

品のいい大縄跳びを飛び上がった、ひりつく中ボスとのやり取りにダンジョン中毒者が飽きることはない。

だが、ジャブは存分に見せた。そろそろ次の段階へと、握る柄に一層のチカラがこもる。
バチバチとオーラは滾り手元は唸る、巨体のわりに身軽な牛人を目にしても赤い瞳は焦りはしない──なおワラい狙い澄ました。

放った技、狙ったタイミング、部位、殺気思惑のすべてがバレバレ────オーラを溜め込んだ槍はドタマを貫いた。

ソレは分かっていても並のレスポンスでは避けられない。
Dスキルチップ技【伸槍】
摩訶不思議に柄は伸びゆき、彼女の目に映る置かれていたおおきなぬいぐるみの牛頭は消し飛んでいた。

「やりぃっ! はは──上品な槍捌きでは夏ちゃんは負けられないからな」

消し飛んだクビから噴水のように噴き上げていく品のある青の綿埃の演出に、やがてパリンと爽快な撃破音が鳴る。
聳え立つ牛のぬいぐるみは大槍を手放し、砕け散っていった。

剣には剣、槍には槍を。
図体と小手先だけではその元気な小人は倒せず。まるでレベル違い、雷夏は単騎で赤牛のウハハと青牛のシハハを倒した。
途中課せられた謎のクエスト、眠れる赤髪の姫をお守りしながら……。

「どうだルゥスイの国のお姫様! ──ってほんとにまだ寝てるな! ばくすい……ばくすいの美剣士に改名だなこりゃ(まったくぅ昨日寝付けないほどダンジョンがたのしみだったのかぁ?)はは」

雷夏の戦いぶりがよほど心地良かったのか、赤髪のムスイは直立したままこくりこくりと…ゆっくり頷きながら寝ている。

これにはさすがに珍しくも苦笑いを浮かべた雷夏。
軽くやれやれと、青髪を右手にあそばせ跳ねさせながら、
振り向いた身体はもう一度向き直り、暗雲の彼方に聳える次のおもしろそうな獲物を捉えた。

「さぁて、じゃあどうせならばさいごまでお姫様を起こさないように、華麗なかんじで上品に、しーーっ……(あとで食い物がないとダダを言ってもしらんからな? フフ)このままあのいかにも魔王城にタコ殴りに行くとするか♡。はははははは、サプラァイズっダ~んじょん!!!」


目指すは魔王城、大口を開け構える、美しく組まれ禍々しい黒紫のブロックパーツ。

棲まう魔の玩具の期待感に赤目をギラつかせ、青を靡かせる。
大それた使命はないだが絶対的なハートはある──剣を片手に身勝手な勇者は走り出した。



▽▽
▽▽



紅茶は飲み干された。

立ち並ぶ中世ヨーロッパ風の建物の窓々はパリンパリンと吹く風に割れていき、街が騒々しい。
愚痴を垂れつつも冷静に、彼女は書斎に座る丸眼鏡の鼠から提案された〝聖戦〟を受けて立った。

白いローブを纏った鼠は街並みを身軽に舞いながら襲う、
月山はまたも素速い敵に対しての戦いを強いられていた。

焦りのみえないかろやかな身のこなしから、ゆらり…一気に迫る。
白い影から伸びた──白いキッチンミトンは臆せず振り下ろされた刃を掴む。
──それに対する対処法はこれしかない。たたかいの最中に気付いた感覚を信じ、月山は構えた刃に強く荒いなないろのオーラを纏わせ、なんとかソレを寄せ付けない。

「チュチュン──ぬすめない、りかい」

見えない搦め手に対するオーラでの防御に見事成功。
刃は無事月山の手元に残り、そのまま単純に振り払い、女子高生の全力を用いた膂力で手ぐせの悪い白鼠を弾き返した。
すかさず左ポッケから手に取ったチップからハンドガンを召喚。剣から銃へと切り替えて宙を滑る敵を狙い撃つ。

「【Sショット】!」

「のろい【ぬすむ】」

緑のS字ブロックがミトンに掴まれた瞬間──不思議にもソレが消えたのは予想の範囲内…厄介な技を使う相手にはまだまだ試さなければいけないことがある。今度はまだ見せていない槍を、後ろに溜め目一杯手のひらで押し出すように投げつけた。

「【I字ランス】!」

フォロースルーの張り手の動作から、一直線に飛んでいく水色の槍は素速い鼠の着地タイミングにビタリと合わせ、

「ながい──【ぬすむ】」

両ミトンに掴まれた水色のブロックはぎんいろのオーラを発しながら、先端から目に見えて吸い込まれるように失せていく。赤い屋根に乗り上げた履く白靴下はその場を一歩も動くことなく、投げつけられたオーラブロックを白鼠はやり過ごした。
そして激しい攻防の切り替わるタイミングは訪れた、凶悪なモンスターがにんげんに手を抜くことはない…すかさず、

「そろそろ、【かえす】」

ぎんいろオーラを帯びたどこからともなく顕現した白い冷蔵庫から爆発させるよう開き飛び出た──今まで保存されていたブロック群は月山を襲う。

あわてて避けるも拡散された道端のレンガも邪魔をし────ブロックは突き刺さる。

出し惜しみのない冷蔵庫からの技の大放出。
厳しいオーラと物体の雨霰、降り注いだ轟音は鳴り止み……
なないろに光らせた刃がチラチラと光を遮る粉塵から姿を現し、傷付いた戦士の姿が見えてきた。
乱れた呼吸音が厚い鼠の歓声に呑まれていく──。


状況を考えこれが出来得る限りの最善手。
海都の技でこっそりとシールド値を回復、恵みの紅茶からオーラを補充し、出来得る限り万全に事前の準備を施していた。
そして仕方なく次の取り組みに挑んだ彼女であったが、鼠屋敷から出てきた初顔合わせの相手は月山にとってなかなか相性の悪い敵であった。

(やっぱり何を出しても私のオーラブロックがぜんぶ盗まれる…しかも謎の冷蔵庫のおまけつき……滅茶苦茶相性ッ……じゃん!)

「月山さん…!! いや、今ここで出たら…!」

たたかいを見守る海都は苦しいたたかいを繰り広げている月山を信じるしかない、──信じる。
この聖戦…取り組みにうかつに割り込むことはできない。
事前にほどこした万全の準備にない身勝手な一つの間違いが、彼女の運命を大きく変えてしまうかもしれない…。
役に立ちたい…彼は右手を握りしめながら集中する、激しく削り合う彼女たちの姿を一時も見逃さないように…もどかしすぎるジレンマを抱えながら。

状況は明らかに苦しいと言える。
これはいつもの安全なチャンバラではなくやがて命のやり取りに繋がるものであり、コンティニューの出来ない命綱のない──ゲーム。
敵を消すために放った自分のブロックをすんなり逆に利用され返される。
しかしたとえテトマズブロックが突き刺さり己のその身が重くなろうとも、相手モンスターが自分より格上の番付であろうとも……まだ土俵際でもゲームオーバーでもない。
──のこっている。

技と技をぶつけ合い、初顔合わせのお互いに理解は深まった。広がったまだ無限に思える選択肢の中で、何をやるべきか頭の中で組み上げ、かたちの良い顎に流れ伝う汗粒に意を決した。

月山はまだ見せていない技をいかに見せ、いかに当て、いかに負けるか……それだけに全集中する。汚れほつれた緑ブレザーの少女は剣と銃を敵にむけ構えた。

レベルアップしたモンスター白鼠の眼に映る…白肌から輝かしい汗粒はぽつり滴り落ち──またウチ合い、命と技の盗み合いは始まった。
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