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10 道場破りな夏ちゃん

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これは緑蜜ダンジョン部のグリーンキャップ討伐日、不在であった雷夏の語られずにいた野暮用の記録……ではなく。

時空を超える剣技神牙流じんがりゅうと秘刀名刀の一振り緑蜜にまつわる、彼女の過去物語である。


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まだ若かりし頃の雷夏は胸に宿る一振りの鼓動をアテに……緑蜜市から少し北へ離れた地、栃木蒼月あおつき市にある、ある道場の元へと訪れていた。

さっそく何故かすぐ道場横にある真新しいコインランドリーへと黒い愛車を止めた雷夏。
そこですぐ目に入り見つけた…なにやら手作り感のある木製の立て看板が目立ちあり、

《夜の道場やってます》

「夜の道場…? んやふむふむ。夜8時から9時半みっちり指導で、子供なら初回2ヵ月無料かそれは太っ腹ですごいな」

コインランドリーDREAMERのすぐ前、中にも、ビラなどの道場の宣伝がありひじょうに熱心である様が窓外から見て取れる。

「ふむ。なぜ夜かはしらんが最近はそういうのも多いときく、まぁ夏ちゃんも先生やっているから子供が1人でもいないことには仕事にならんからな、ははは」

洗濯機や乾燥機にとどまらずやけにピコピコと光る色々な機器があるコインランドリーDREAMERのことも気になったものの、さっそく真新しいコインランドリーからおそらく…今回の目的であろう、すぐとなりの道場の方へと向かった。








今どきそんな風景は珍しい、寺の坊主や神社の息子ぐらいである。
藁箒わらほうきで道場前の敷地を邪気でも払うように掃いている、赤髪を束ねた水色の道着姿の女がいる。
まったく臆しない雷夏は同じような170超えの背丈の女に近付いていった。

「ナニヤツか?」

にこやかな表情で近づいて来ている青髪のオンナがいる。
青髪の知り合いはたくさんいるがそのどれとも違う紫がかっていてすこし暗い、紺色に近い青だ。
そしてギラつく赤い瞳は異様。
赤髪の女は武道家として剣士として鍛え培い凝らした目でその正体を見てみる──やはり見て取れる立ち居振る舞いの情報だけでもどこかこのオンナには妖しげなオーラが微かにある気がする。

(こいつはなんだ? 流水流るすいりゅうにこんなヤツはいなかったが。知り合い? なわけない、いや…なわけない、そうだこんなところには…? あの一家が…来ないともいえない、そうでもない、なわけない────)

じぶんを訝しみ睨む湖のように澄んだ色合いの目がある。ひとこと簡潔に正体を問われた雷夏はノープランであったため少し考え込み…元気に相手の目を見て答えた。

「あぁ、そうだなぁ……? ──うんわかった。道場破りだ」

「は?」

道場破りときこえたが気のせいであると、今どきそんな珍獣はいないと思い、思わず『は?』とひとこと赤髪の女は漏れ出てしまった。
相手の赤髪のリアクションが想定していたものと異なったため、雷夏はクビをかしげる。
そしてもう一度──

「道場破りの夏ちゃんだ」

ぐっと握った左の手の甲をギラつく赤目とともにお相手に見せつけてみた。

「お姉さんそうではなく…」

「道場破りの雷夏ちゃんだ!」

呆れ気味のお相手にもう一度────

「そうでもないッッ!!! 貴様ァなぜ自分で自分をちゃん付けしているッッ!!!」

選択肢を誤りついに赤髪の女が怒りだしてしまったが、怒る部分が独特であったためまた軽く雷夏は首を傾げる。

「イヤ、おそらくそうでもないだろ? そりゃ夏ちゃんは夏ちゃんだからなっ、絶対的に」
「何歳だ言えッ!!!」
「えいえんのにじゅうほにゃらら、夏ちゃんだ」
「そうでもないッッ!!!」
「まっ昼間からうるさいなぁ、とっとと入れてくれよ雨足が早くなってきたぞ」
「ホントッッ…ウだ!!! って道場破りのヘンタイを入れるかァッッ」
「なぜだ衣食住と道場破りの権利は基本的人権で日亜国で保証されているはずだぞ」
「そうでもないッッ! そうであるものかッッ! はぁはぁ……ッ何が人権だ、お前のような不審者は伊達にして表へ追い返すのみだ」
「ダテ? なんだそれ? もしやこの先に…ははーん、伊達政宗がいるのか?」
「その伊達だが伊達じゃないッッ!!! ───独眼竜でもないッッ神牙流の看板も読めないのかッッホントうに巫山戯るなヘンタイオンナー!!!」
「どっちかというと…?」

「なんだその目はァッッ」

「はっはっは、こりゃ元気な道場だ。邪魔するぞ」
「邪魔だぁッッ!」






お相手の赤髪が息を鼻息を荒げながらもテンポ良く会話も弾み、そろそろと門前でこれ以上雨に打たれ藁箒に掃かれないように、青髪は赤髪の左脇をいつの間にやらするりと押し通った。

お邪魔した道場内はいかにも歴史ある古めかしい雰囲気であり、しばしジャージ姿の雷夏は深呼吸したり見渡したりこの古い道場内でしか味わえない成分を子供のように堪能していた。

堪能していたところに────

「おいッ邪魔だと言ったろ!(身のこなし…油断していたとはいえ野良猫のようにするりと)」

赤髪は邪魔な箒を道端に捨て、ぴったりと雷夏のあとについてきていた。
神牙流の門下生になった身として赤髪はこの青髪の不審者を即刻神聖な道場内から退去させねばならない。

「んー、やっぱり元気っ娘のオマエじゃないな。この気配は」

「…なんだと?」

「おいこの道場で一番強いヤツはどこだ? そいつにちょっと私の刀について話がある、おそらく。絶対的にぃ」

青髪の不審者は振り返りながら、そんなことを不躾に尋ねる。
なにがおかしいのか半笑いでだ。


(一番強いヤツだと…? ──)

「巫山戯るなよ…」

さっきまで元気であった赤髪が急に押し黙り遠く壁際へと離れていったかとおもえば────

「──ん! なんだこれは?」

それが何かは分かっている。
びゅんと──、集中せねば常人では取れない程に、勢いよく回転しまっすぐ飛んできた木刀が雷夏の手に収まっていた。

問題は何を意味するのか、道場破りの設定で来た者は燃えるような赤髪の門下生に問うた。

だが言葉にされずとも既に明白である。
燃える色合いとちがい凛と姿勢ただしく木刀を構えるソレは、険しい剣の道をただしく進んだ者の構えだと雷夏は知らなくても見て取れた。そして、じぶんのものとは少し違う赤髪の女剣士に内在する青いオーラの水のような流れに、赤目は思わずにやりとワラう。

「遊びじゃないこれ以上邪魔をするならば伊達にすると言ったろ道場破り」

雰囲気が変わったとはこのこと、さっきまで元気にはしゃいでいた赤髪の姿ではない。
そして一言答えをきいたあともう既に浸っているの気付いた────彼女の発する威圧に、間合いに、殺気に、裸の足裏がひやり濡れている。

「はっはっは、ダテの意味が少し分かってきたようだ…コインランドリーのとなりにしちゃぁおそろしい道場だな。絶対的にぃ」

依然口数の少なくなった赤髪の美剣士は両手で剣を握り基本であり美しい正眼の構えを披露している。眼差しは真剣、なんとも真っ直ぐな性格とも言え、例えどんな悪党や輩が相手であろうとも剣の道に対して紳士であるように見える。

対して青髪の美剣士は挑発するように片手でもった木剣の切っ先を目一杯伸ばし、マッスグ──対峙してくれた赤髪にプレゼントした。そして連想し思いついた名台詞を神妙な面持ちを添えてくれてやった。

「まともでない人間の相手をまともにすることはない」

「? な、なにを言っている貴様は?」

剣を手に取り切り替わったまともな表情で変なことを言う……。
赤髪の美剣士は、向けられた素人木剣の切っ先よりもその台詞の意味がすぐにはわからず、若干柄を握るチカラが自分の表情とリンクしてゆるんでしまった。

「by 伊達政宗」

「言ってない! ──ッ──コロスッッ!!! ────────」

開始を待たず自分のためだけのタイミングで噛みついてきた獣剣を受け止めた。
ニヤリと笑う赤目が近く鬱陶しい、荒々しいイチゲキを受け止めた木剣は軋み…その重いプレゼントに耐え切れずへし折れ砕けてゆく────。

赤髪の美剣士、その湖のように澄んだ瞳は無法者に投じられたイチゲキに激しく波立っている。
散り散りと舞う木っ端と、この世で今まで見たこともない青髪の美剣士、ギラつく赤目を映して────目の覚めるような落雷が生身の右肩口に浴びせられた。






(飛びかかって来た素人の剣を受け止めたはずだった)
(イヤ、素人ではない。それはなんとなく分かっていただからこそこのようなカタチを取った)
(…気に食わないのだ、あたかも大物のようなニオイをただよわせる…それこそ伊達者が)

(私はホンモノたちを知っている、そしてこれは────)



その身に雷を受けた。

痛む、痛烈に撃たれた右肩が。

轟き届いたこの身の芯まで、


「おっとすまない、あまりの殺気についダンジョンが出てしまった」

その身に打ち付けた青い剣士の木剣もまた砕ける──それが幸いしたのか…。

赤い剣士は右肩をぐるりと一度だけじっくりと回し、
両者得物がないことを知り、赤い剣士はおもむろに道場の壁際へとまた歩き出す。


静まりの中、


立て飾られていた木剣を2本────1本渡し、また正眼に構えた。

良いイチゲキ貰ったもののその箇所を抑える素振りもない。顔を少し右にくしゃりと歪ませているだけだ。

「──なにをふざけている…まだ終わってはいないッッ」

その目は死んでいない、むしろその目は、激しく燃え盛っている。
雷夏の赤目を睨み、己の荒れる湖の水面にその得体の知れない赤を今度はよう映し、奥深く染まりゆく。

(プライドを刺激してついでに戦えたらラッキーと思っていたがこれは相当……期待以上のバケモノっ娘だったな。それにオーラだけじゃないコイツは夏ちゃんよりも一層二層は屈強だぞぉ。空気の濃いダンジョンではないとはいえさっきのはそれ程加減はしてないはずだが…打たれ慣れているのか? フフ、ヤバイな)

今度は軽く無言でトスするように投げられた木剣を受け取る。木剣をキャッチするそんなところに実力を問うのはいらんとばかりに。
少し湿っていた柄がゾクリとそこからなじみ雷夏の手を冷やしていく。

「ほぉ…これは伊達じゃないな。神牙じんが流とやら、偶然出会ったワラボウキのお相手様でこれか」

「いちいちおどけてくだらんっ。……だが奥深くで身勝手にもルールを四角く決めつけ油断していたと認めよう」
「だが私は慣れている! 忘れようとしたが思い出したッ、お前のような三者三様の獣どもの相手は特に!」

剣を交え言を交え視線を交え────ハッタリや嘘をつくような人物にも見えない。雷夏のような身勝手な獣剣の相手に慣れているのは本当であり、赤髪の剣士は深く息を吐き出して整えた。

見据えるのはもちろんこの身を打った雷夏ただ1人。
今度は受けてみせる、そう言わんばかりに攻めない動じない。
もう一度さっきのを打って来いという挑発に──

「獣じゃない夏ちゃんだ!」

乗らないのは雷夏ではない。
またもオーラを纏ったイチゲキをさっき披露したのと同じ形同じ剣筋でお見舞いした。
木の乾いた音が高く響く、小細工なしのチカラ勝負を──

「──握りから変えさせてもらった、今度は破れん! 青髪の道場破り!」

「たしかにッな! これはかなりっ練習しがいがある」

「その言葉もう一度言ってみろ、──絶対コロス!!!」

幾合も打ち合い受け止める、鍔迫り合いの果てに、2人の主人には頼りないただの棒切れはメキメキと音を立てひび割れていった。

赤髪は打たせた雷夏の熱にノって、対応する。
相手を引き出し自分も引き出す、それが赤髪の彼女自身が気付かずにいる彼女が流水流で培ってきた万能ノ流水剣。
打つ度に混ざり合う青い飛沫は荒く轟き、眠っていた獅子を叩き起こす。どこで磨いたそのまともでない牙にはまともでない牙を剥いて戯れ合っていく────────。








27合、ルール無用で道場内を激しく踊り舞うこと4分半、互い木剣を勝手に拝借しながら戦いさらに47合。

計74合の打ち合いの末──

道場破りにきた雷夏は赤髪の女剣士に負けてしまった。

「これがルスイッ…ではなく神牙流だ!」

幾度も剣を受け止められ身体に浴びせても赤髪はついに倒れず……最後には雷夏のほうが床に背をついていた。息切らす汗水ながす両者は道場の中央で重なり合う。

「いやぁ参った参った…はははは、はぁはぁ……参ったぞ? 夏ちゃん参った! ──アレ?」

「ハァハァ…伊達にすると言ったろ…その意味を今貴様に教えてやらんっ」

敗北を喫した雷夏の喉元には、ひび割れカタチを保つのがやっとの勝者の木剣の切先がある。
視界一面にはひどく疲れた赤髪がいて、まだ整わない呼吸で恐ろしい事を言っている。

「もしかして最初の1発がそうとう効いてた?」

「…顔面でもイッパツだ、ニハツさんはつ…ろっぱつ」

六発、青髪の道場破りに打たれた数はきちんと覚えていた。
つまり六発、この調子乗りに浴びせないことには神牙流の門下生の彼女の怒りが収まることはないのだという。
冗談か本気か雷夏の赤目はワラうが、その先に映る湖の瞳はワラってはいない。明確な怒りの表情にも見えないが、真剣の延長だ。呼吸音がおおきくいつまでも雷夏の腹に乗りやっと取ったマウントポジションをとりつづけている。

「それはこの道場破り用ジャージも、おとなりのコインランドリーじゃ済まないな、ははは…マジ? 絶対てきぃ? みんなの夏ちゃんせんせいなのにぃ?」

「ふざけるなゼッタイコロ──」

『そうだよ、コインランドリー』

知らぬ声が聞こえてきた。2人のものではない。
道場にあまり似合わないおだやかな声だ。

戦いつかれた2人は振り向き、上体を起こし──その声のする方を見る。

「コインランドリーじゃ落ちないんだわそれ、そことかそことか、──そことか」

現れた丸バツ四角三角の模様がごちゃまぜの黒基調のパジャマ姿は、そこ、そこ、そこと頑固な歴史のシミを指し示す。

「だれ? (天井にも…?)」

「神牙流…当主代行の古井戸神子ふるいどみこ…先輩だ。(アレは秘刀で獣妖の類いの首を撥ねたときのシミらしい…)」

「ごていねいすぎるフルネームで呼ばれちゃったか、そゆこといもうと」

遠目に映る──欠伸しながらも一歩一歩近付いてきた。

黒髪はショートで、すこしあちこち跳ねぼさぼさである。
寝起きなのかと見紛うほどの天然の仕上がりであり、だがこの女が神牙流道場の当主代行。
当主代行だからかその砕けた態度の女から威厳というものを感じない雷夏であったが、一目拝んだだけで────違いないと納得した。

ぎゅっと密度濃く一点、それが四点ある。
このように人体に内在するオーラの塊がそれも4つなどあまり見たことがないからだ。

驚きつつも、ただ者ではないことは分かるが何者であるのか雷夏はまだ分からないので、情報を引き出すためしぜんと尋ねた。

「どゆこと? ──いもうと?」

どういう事なのか、雷夏は鼻先と鼻先がキスしそうなほどひどく近い、
目の前の赤髪のお相手と目を合わせたが、

〝だんっ────〟

「分かりましたイッパツで…仕留めます!」

ふたたび、べたつく青髪を散らし体術で勢いよく床に押さえつけられた雷夏は今度は鼻柱に切先が当たるほどの光景を目にする。


「勝負あり、意味のない剣だよムスイ」

「ぐっ! 意味は──」

「神牙流は──こどもたちのいい汗と悪い足癖だけで十分なんだわ。あんな寝たきり爺さんの話なんざ鵜じゃないんだから」

先程までのほわほわとした感じではなく、当主代行はしっかり腹から声を出した。

門下生は突き刺さる当主代行の声を背に聞き、この道場破りとのたたかいを終着させる機を得た。
冷静になりこれ以上無駄に逆らうことはない。

湖の目からポタリと滴る汗が、赤目の顔を伝い……冷たい道場床にシミていく。

オーラを知らず纏いなんとか保たれていた木剣のカタチは、吐いた息とともに…切先から崩壊し砕けちっていった。

「おぉ五体満足で助かったようだな…ははは! 神牙流か…やはり門前から伊達じゃない気がしていた」

「ふんっ。これに懲りたら帰れッ、神牙流はこんなものじゃないっ、わかったな(なんだ…その手は?)」

「あぁ、わかった。──参った」

青髪の剣士雷夏が伸ばした手を、赤髪の剣士ムスイはまた吐いた息とともに仕方なく取った。
名も知らない一振りの刀の鼓動に導かれ、神牙流の道場に遊びに来た青髪の道場破りは起き上がる。
これにて赤髪の剣士ムスイはこの女のスベテを受け止め勝利し、出し切り負けた雷夏は勝ったお相手の重みのある言葉通りに一礼し道場を去っていった。





▼▼▼
▽▽▽





夜の道場には、神牙流の当主代行である古井戸神子も最初からきちんとした道着姿で顔を見せた。
それはこの剣と無用のご時世で食っていくための彼女の発案であり、発案者であるからには責任を果たしてくださいと門下生のムスイに言われたからだ。

今道場にいる子供たちは小学生の3人、何故か大人の男の方が数が多くなっていた。家族であり子供たちの送り迎え付き添いであってもそのダンディな面子の数が合わない。

大人も子供も当主代行も、赤髪の美人お姉さんのレクチャーにしたがい一緒に木剣を素振りする。

道場としては少し風変わりな光景であるが、完全見切り発車の夜の道場は一応の成功をしているようだ。


そして──


『ちがうぞ、げんぞうくん。そんな気迫じゃ夏ちゃんは1ミリも倒せやしないッ』
『なっちゃんチカラ強くねか!? ハァハァ……びくともせんだ! なんでダァ!!!』
『気迫だ気迫! おおっそうだッイマわずかにオーラを感じたぞぉ! さすが私が見つけたげんぞうゥゥッくんだ!』


「なぜ貴様がいるうううう!!!」


一組だけやかましく、髭面のげんぞうくんと打ち合う雷夏がいる。
耐え切れずついに赤髪のお姉さんはその光景に突っ込んでしまった。

受けとめたげんぞうの剣を弾き飛ばし、雷夏はムスイに向き直りこう言った。

「やはり悔しいからな、フフさっきこの道場のお姉さん剣士としてランドリーの駐車場でスカウトされたしだいだ」

当主代行は髭面30代のげんぞうくんと打ち合いながら、門下生に微笑んでいる。
ちょうどもう1人ぐらいはと募集していたところであったからだ。
それも雷夏の提示したデメリットの無い条件を飲むことでたいへんお安く、ビジュアルの良い色違いの剣士を雇えたので当主代行はご満悦なのである。

「…悔しいだと? (当主代行ナニを…)」

「生きている限り負けたら悔しいのはニンゲン当たり前だろ? 絶対的に。──赤髪の剣士ムスイ」

雷夏は衆目のナカで木剣の切っ先を堂々と向ける。
倒すべきはダンジョンのモンスターだけではない…この赤髪のバケモノと戦えば今よりももっと強くなれることを彼女の中で勝手に確信した、と。


なぜか唸るような歓声が沸きなぜかあちこちで子供大人女たちのチャンバラが勃発している。
これでは神牙流(自分の剣)のレクチャーどころではない──
面を喰らったまま止まった赤髪の剣士ムスイは、無法な木剣の音をききながらまた違う意味の溜息を吐くのであった。






青いジャージ一着を纏いふらりと見知らぬ町へ訪れ──まったくのノープランであったが、夜の道場のお姉さん剣士として神牙流の当主代行、古井戸神子ふるいどみこに雇われ、目的の道場に居座ることに成功した雷夏。

雷夏が勝手にバケモノ認定しライバル設定を設けた赤髪の剣士ムスイとの試し合いをただで雇われる条件と見返りに指定し……。
気が向いたときに押しかけ、自分よりも格上のお相手との剣の稽古修練打ち込みに明け暮れていた。

そしてこの道場で半年……青髪の姿も馴染んできた頃に、ムスイを自分に焚き付けるために見せびらかした刀の名を──秘刀名刀の一振り【緑蜜】と知る。当主代行の古井戸神子に色々とその刀にまつわるエピソードを教えてもらえた。

当主代行の説明によると秘刀名刀とは今の時代では手にしたからといってそこまで珍しくはなく特別なものでもない。1本や2本では意味のない古刀の代物であり古井戸神子の中にも眠っていることを知る。それも4本。

武の才を極めた者に神様から与えられる牙と言い伝えられている、つまりこの道場神牙流の名の由来である。
開祖はなんとその神の牙を12本も持っており、
しかしその天下無双の時空剣術で13本目を謎の剣客から奪おうとしたところ嘘のように敗れたのだとか。

そしてその時の死した開祖の無念の呪いで、散り散りになった剣がまた神牙流に集まりつつあるという。12本集まると逃れられない綺麗な胴真っ二つの斬死が訪れるという、実はとても厄介で恐ろしい代物なのだと。

その神の牙の一振りを雷夏が持っていたのは…天性の才能を持つどなたかさんがいらないから適当に元気そうなやつに押し付けただけ、押し付けられただけという……雷夏が期待していたのとは少し違う……ダンジョンの一部のレアチップのように、なんとも運良くいつの間にか手にしていただけというくだらない評価であった。


ほわっとした現実味のない昔話であったが、地名にもなっている緑蜜という馴染みのありすぎる名を知れただけでも彼女にとっては嬉しいものであり。しかし知れた刀の名やそれにまつわるエピソードよりも雷夏彼女にとって重要なことがある。

当主代行古井戸神子…半年いて願うも一度も刃を交えたことはないものの、

ダンジョンに挑み培った赤目で人間のもつオーラがはっきりと見える雷夏には、このゆるーい皮を被る人物と話すことと言えば今より強くなる方法を聞き出す事と、ダンジョン部にスカウトして戦力を大幅に上げる、2つの他はないのだ。


「────なるほどね。なっちゃん、ただ果てなく強くなりたい? それでむかしのダンジョンを校長ぐるみで隠してて。──バカじゃないなっちゃんそれバカだよなっちゃん」
「バカじゃないよド神子、絶対的に」
「絶対バカじゃん絶対」
「絶対的だ絶対的ド神子当主代行絶対的に」
「なんかなぁーがいわ、ド神子でいいよイヤだけど」
「わかったド神子」

道場内にある仮眠室と称した小部屋のベッドに腰掛ける古井戸神子に、突っ立つ雷夏が包み隠さず話したのは、

①ただ果てなく絶対的に強くなりたいから隠してる神牙流のものすごい秘伝をゼンブ絶対的に夏ちゃんに教えてほしい。
②ダンジョンを緑蜜高校の第イチ体育倉庫に隠していてその管理とお掃除♡を校長に任されている。
③ダンジョン部に入ってくれ、金は即金で100万まで出す。

以上の分かりやすい3点であった。

声も身振り手振りまでうるさい青髪赤目のしゃべくりをぼーっと欠伸を堪えながら聞いていた黒髪黒目、相変わらずどこで売っているのかわからない⚪︎×◻︎△柄のパジャマ姿の古井戸神子は、バカバカと淡々とのたまいながら、

ついに欠伸──

「ほぁあぁ…………ふぅー。……ダンジョンねぇ。まさかそんなところにZETTAITEKIド神子当主代行がスカウトされるなんてね。いいよ、」

「ダ…本当か! はっはっは!!! こっ、これはこれはァァ」

まさかの二つ返事の快諾。

20回以上スカウト行為をしたシデンレーラのときのように強い人物ほど気難しいものと思い込み、今度は逆に半年馴染むまで伏せていたのが功を奏したのか、傑物のダンジョン部へのスカウトに成功。

これにはさすがの雷夏も嬉しさを隠しきれない。彼女雷夏という人物にとって緑蜜のダンジョン部が強くなることは自分が強くなることのように嬉しいのだ。

「でもここでイチバン弱いじゃんなっちゃん」
「はっは! ──…んや?」

これはめでたいっ、と高笑いを浮かべていたところにグサリ。
何かが似合わない柔い声にノセて突き刺さった気がした。

足を組む、ショートカットの後ろ髪を左手で掻く、欠伸明けの黒目の表情と目が合う。
そしてつづけて普通に放たれていく、雷夏の絶対的な強さその根底を揺るがすような言葉が。

「イチバン才能ないじゃん」
「なにがっ?」

「ぽっと出のムスイより弱いぽっと出じゃん」
「9勝してるが」

「49敗のね」
「そうともいえるな」

「そうしかいえないね」
「んややや」

言葉の棘で攻められた雷夏はたじたじである。
雷夏はそういった言葉にあまり慣れていない。
先生である自分がおかしく他人や緑蜜の生徒たちに言う分にはいつものことだが、言われるとなるとそれは違うのだ。古井戸神子と同じく雷夏よりも実力者であるシデンレーラは終始おどけた感じであり、赤髪の剣士ムスイは雷夏と同じく気が強いものの弱い才能がないとはあまり言わない剣の道に紳士であり、こうもド直球に言う人物は今まで彼女の周りにはあまりいなかったからである。

少しぐにゃぁっ………………と、イロイロと歪みおかしくなっている珍しい雷夏の表情を、古井戸神子は鼻で笑い堪能しつつ、腰掛けのベッドを尻横の左右両手で叩いた。

「てことでせっかく神牙流に来たんだし夜の道場もダンディな子供たちが増えたことだしおのぞみのパワーアップイベントあげるよ」
「なにっ! パワーアップだとぉ!」

いばらの鞭の次は飴、まったく同じトーンで突然切り替えた当主代行の言に、雷夏は犬のように飛び付いた。
青い大型犬は目を輝かせ、古井戸神子の両肩をがっちりとつかむ。尻尾があればふりふりしていそうな様子でせっつく。

「そそ、なっちゃんってただオーラでゴリ押して叩いてるだけじゃん」
「んや? Dスキルチップはあるが、ここだと空気がな!」
「その技を脳みそとお尻から抜き取るズルじゃなくてね」
「ズルだと……ぉ?」
「もっとズルいのしらないじゃん、だから外側のキャラなっちゃんが速くても内側の真なっちゃんが遅くて、ようはボタンがなくてチグハグでくそ弱いんだわ」
「もっとズルいボタン…? その4つの内在オーラのことか(え、くそよわい?)」
「ちがうよ、だってわたしより才能ないじゃんなっちゃん(またスケベしてみてんの?)」
「んややややや」
「4つできんの?」
「できるゼッタイ──」
「無理」
「んやああああああ」
「ははは。やっぱいもうとイジんのおもしろいわ、じゃ寝るわ」
「ん? おやすみド神子、ってパワーアップは! 夏ちゃんパワーアップイベントは!」

主人の突っ込みに回らされた大型犬雷夏は、しれっと布団にもぐりこんだ黒髪の餅のように伸びるほっぺをつねる。

つねられた左側のほっぺ、左側の黒目だけをあけ片目は閉じたまま。
仕方なく半分寝てはんぶん起きた古井戸神子は、元気な青犬となぜかお手、ではなく握手。

「あぁそれね。──ほい、寝たきりじじいからの呪い」

その握手で何かをもらえる。きっと神牙流の秘伝にちがいない。
期待に胸を膨らませ、見つめ合う。
微笑む当主代行から、
いつもより一層二層ギラつく赤目へと、

流れてくるのは熱、

あせばむ……

「おおおおおおお」

じんわりと伝わり、硬くむすばれていた手ははなれた。


「?」


「なんか忘れたわ、ごめっ。やばっ。3日寝たら思い出すかも」

「寝る? な、なんだと? はっははは…夏ちゃんが完敗してしまうとは…ヤバイな当主代行…!」

今日はたくさん、盛りだくさん、おしゃべりしすぎたネムい瞼は、すやり……。
雷夏の唖然とする顔を見つめながら閉じていった────────






▼▼▼
▽▽▽






「思い出したわ」

「本当に3日寝たな…」

「ほらっ、死んだじじいの遺産」

また同じようにベッドに寝ころぶ神子から夏へと────────

流れてくるのはやはり神子の熱、

あせばむ……3日前よりも濡れている……。
その熱は人と人が乾いた手をつないだ瞬間ではありえなく尋常ではない。

やがて、

ビリリと雷夏の全身を伝い痺れた。
脳天、ヘソ、つま先まで────それが何であるのかは分からない。だがたしかにその感覚、感覚だけではないとてつもなく速いオーラの流れが伝わった。

「あったあったあ痛たたたた。たぶんこれだわ冬牙のビリビリボタン、後はたのんだ…」

「おおおおおおおおおおお!!! これはこれはシビッ────ドミ子?」

古井戸神子は眠りにつく。
雷夏が得難い歓喜に我を忘れよろこんでいるところ、やけに静かになった眼下の気配。
当主代行はなんとも出し切った──気持ちよさそうな穏やかな顔をして寝息すら聞こえてこない。

雷夏の愛読雑誌、週刊ジャイアントで見たことがあるシーンだ。
コスモスの撃墜王と呼ばれた師匠が握手した主人公である弟子へとそのチカラを譲り託して死ぬ、そのような。


「撃墜王マスターファング、しんだ?」

「ほぁあぁ……──死んでないけど。じゃ、たのんだわ。ソレ完成させたら絶対的才能あり、なっちゃんガンバ(わたしのために)」

「あぁ…これ以上才能なしなしと言われるのはやはり癪だからな、フフフ絶対的に!!!」

この感覚、この痺れ、ぐっと掴んだ己の拳に雷夏は誓う。
絶対的な強さを目指して、古井戸神子からその全身の目の覚める電撃を預かった雷夏はまだまだ強くなれる……そう、自身で思わずにはいられなかった。

急ぎ足で道場へと向かい、小部屋を飛び出していった。

威勢のいい掛け声がきこえてくる────それをききながら古井戸神子はぐっすり眠りについた。






▽神牙流道場▽にて


赤と青、もう何度目だろうか。

彼女と彼女がこうして古めかしい神聖な道場内で睨み、笑い、合っているのは────


「100敗したらその秘刀を返すと言ったな、約束に相違ないな? 到底負けようのない先延ばしのつもりだったのだろうが、今向き合っている現実こそが私を舐めていたツケだ」

「なにがだ? 9勝だが」

どこからか出した、中途を握り水平に見せつける緑の鞘、その古い一振り。
赤髪の剣士はいつまでたってもおどけ癖の抜けない青髪赤目の女を舌打ち、やはり睨む、一層眼光鋭く。

「雷夏! ソレは剣の真道からズレたお前が見せびらかすために持っていていいもんじゃない! この道場に、然るべき剣士の手元へと返せこの邪道盗人ッ、この97敗ッッ!」

「お熱いナ…と言ってもいわれてもな、フフ本当に私がダンジョンで生まれたときにダンジョン特典で貰ったんだから仕方がないだろぅ、桃太郎ゥ」

「戯言を! 緑蜜りょくみつの次は行方不明の青蜜しょうみつも当主代行に代わり返してもらうぞ! どうせ隠しているんだろ!」

「んや? それは知らん、夏ちゃん借りパクしてない。それに──この刀が欲しいのは道場じゃなくてムゥちゃんだろ? そんな目で夏ちゃんを見てぇ、ゾクゾクさせたがりなのかァ、夏ちゃんを! フフフ」

「借りパっ!? …っ! いいから来いッッ雷夏! 今日こそその減らず口、絶対コロスッッ!!!」

緑の古刀は壁に立て掛けた、それを手にするのは誰が相応しいのか…。

それは、これから両者の試し合いのナカでこそ、


代わりに木剣を握り、だが至って真剣。
後がない雷夏はそれでも不敵に笑う、いつものことだがやはり伊達者であり意味はない。
赤髪の剣士はいつものようにこの女の剣を受け止めるだけなのだ。万能ノ流水剣で、青い獣がどの牙で噛みつき襲い掛かろうとも最後には流れる水が尽きぬように勝利を手にしている。

雷夏は壁際の緑蜜をチラリと見て、ゆっくりと頷く。

しっかりと外気に晒してはじめて、内と外がたしかにぽっかりと……分かりつつある。

だが機はまだ、ぐっと柄を握りしめ走り出し木剣を叩きつける────
溢れんばかりのオーラをノセいつものように、その睫毛の数まで見慣れたお相手のムスイへと噛み付いていった。








「ふぅ、はぁはぁ…9勝。ここから91連勝か、んやそろそろなんとか…なりそうだ……ッ」

「さぁ、あと1敗で終わりだ、獣め! やはりそれは然るべき剣士の元へと返して貰う!」

道場には折れた木剣の木端が散らばる。
散らばる汗は両者とも、だが雷夏の方がだらだらと流し消耗しているようにも見える。
いつもより元気がないそんな獣を訝しみつつも、雷夏もまた人間であるとムスイは理解し納得した。

あと1で100敗それは桁違いの敗北であり、悔しく、情けなく、怖く、交錯する感情でいつものチカラを出せない。
自分でも同じ相手に100敗すれば、最初のうちは堪えるものであると知っているからだ。
そう分析するのが的確である、肺を片方失ったかのように…いつもよりも手強いはずの青髪の剣士の強度がなかったのだ。

だらだらと青髪から床に滴る球汗を見つめる。

(よくやったと褒めてやるような相手でもない。習い立ての獣の赤子の剣だ、これから成長すればもしかすれば私と互角……だが──過ぎたるものを持つ。そんな古い刀を餌のように持っていなければ奪うこともなかった。100敗してもつづけて101敗目をくれてやってもいい)


(そんな美味しそうな古い刀を────)


「あったまってきたところだろ流水りゅうすいの美剣士」

「ナ…貴様どこでそれを! るすッッ──刀? おい逃げる気かァッッ」

項垂れる青髪はそこにはいなくなっていた。
地を見ながらワラい、準備がととのい前を向き、赤いライバルを見つめる。

そして、はじめに見せつけたのと同じように、右手で水平に握っていた緑鞘の刀は────────雷夏のナカへと仕舞われていく。

その神秘的な光景……違う、手品を目撃した。

ここからヤツが打つのは、打てるのは逃げの一手。

ムスイはそう思い勝負の最中の無粋な真似に怒鳴りつけるように声を荒げたが、


「ニンゲンのお相手ありではこれが初めてだ! 逃げたいなら3秒以内だぞりゅうすいの美剣士!」


雷夏は絶対的に背を見せ逃げはしない。

そのギラつく、また何かを企む赤目の表情を見たムスイ。

剣士と剣士、何故か流れる感情は両者の間だけで成り立つ不思議な安堵でもあり、怒鳴りつけるような真似をした自分が無粋で馬鹿であったと。

雷夏はそうであると、幾度も剣を交えてムスイはよく知っている。おそらく100敗しても────


「────分かったその無謀の搾りカスッ受けた上でッ! 3秒で片付けるッッ」


ムスイなら受ける、それは分かっている。
だが期待を裏切らないこの女剣士の真っ直ぐさに、雷夏もワラい安堵した。


「ナラ、ゼンリョク真夏まなっちゃん行っちゃうゾォ!」

「それで悔いのない100敗目なら全力で来いッッ、雷夏ッッ!!!」


振り絞るは全力、そうゼンリョク。
ぽっかり空いていた雷夏の心臓部に、もう一度命を突き入れ吹き込んでいく。

仕舞われた……存分に外気に晒しこの道場内に散々飛び散ったオーラをチャージされた秘刀妖刀が、また彼女の中へと近く戻ったとき。
強制的にOFFからONへ、バチバチと全身を伝う流れが見える。古井戸神子が握手してみせたようなお手本を身体を通し確認できた。

才能のない……と言われた雷夏は癪だが考えたのだ。
瞑想し流れを追うようなイチから自分で作る天才の悟りのようなものではなくひどくシンプルに、自分に電池を何度も差し込み抜き差し充電すればいいのだと。そうすれば馬鹿でも全身を伝うオーラの流れはあのときのように見えてくるのだと。

だが、これだけでは足りない。古井戸神子のアレは流れだけの設計図でありパワーが足りず未完成であるのは明白。

そして再び顕現させた緑蜜、脇腹に突き刺さる中途半端な状態のそれを握り下ろし、思いっきり上から下へ落とした。レバーでも押すように己の身体に気合いを入れる。

己なりに考え抜かれた最大の方法でパワーを更に強引に上げていく。


不格好+不格好。
それは天才か馬鹿か紙一重の荒技。


荒々しい雷のオーラを纏う雷夏がいる、

ムスイにも見えている夢幻手品ではない。
雷夏の本気、その眠っていたゼンリョクが────

一度受けると言ったモノを退けはしない。
いつものように、いつもよりしっかりと先ずは木刀を正眼に構える。


(ヤツが来たらその妖しい虚仮威こけおどしごと、スベテ受け切り地に伏せさせる!!!)


今か、今か、その切先は揺れながら獣の呼吸音に合わせシミュレートする。その虚仮威の雷オーラの分も加算し、雷夏の動きを予想しあとは刹那に流れるアドリブで合わせる。



くる、

来る、


クルッッッッ




「ば────」





その雷はあまりにも速い。

外の雷夏と内にそれ以上に速く流れる雷夏。

剥き出しの外側を鍛え速くしてもいずれ限界を迎える、秘めうる内側を流れ速くすればそれは時空をも超えうる牙となる。


【神牙流時空剣術】
継ぎ足し失われまた紡ぎ────その呪いにも似た正体不明の正体の一端。


さっきまでの彼女とは身体の動作レスポンスが桁違い。
幾度と青い獣剣を受け止めたムスイの万能ノ流水剣も、計り間違えたリズムでは役に立たず。
溜まっていた汗水が雷風に飛び散る。


お相手の木剣は天にある道場歴史の深きシミへと突き刺さり、
雷夏は目と思考、そして読み違えた切先で追えない──赤髪の背後まで駆け抜けた。



「これが────、ダ~んじょんッッ!!!」



剣士に背を見せるのは失礼。
道着を纏う赤髪の背を、見つめるのはギラつく赤目と汗だくだくと爽やかに煌めく青髪道着。


しかしその背はまだ振り返ることができない、虚空に構えたまま……赤髪は佇む。


刹那の決着。

雷夏は10勝目、桁違いの勝利を上げ、

神牙流門下生のムスイ、元流水流、異名流水の美剣士は…………
染めた自慢の赤毛がどんよりと曇り濡れる……同じ剣士としてお相手に桁違いの刹那の敗北を喫した。
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