悪役令嬢は魔王様の花嫁希望

Dizzy

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第一章 嫁ぎ先は魔王(仮)に決めました

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 私を見る店主の目の異常さに気付いたらしいトーリが、私の耳に口を寄せてこっそりと呟いた。

「……お前、もう魔法を使ったのか? そんな風に見えなかったが……」

 私もこっそりとトーリに耳打ちする。

「……使ってませんわ。あれはです。どうやら、変態さんのようですわね」

「……ッ!? 何!?」

 トーリの表情が険しくなりました。あれが素なんて……一人で来なくて本当に良かったですわ。

「まあまあ。立ち話もなんですから、どうぞお座り下さい」

 店主にカウンターの前の椅子を勧められ、私は素直に従って座った。トーリも椅子を勧められたが「いや、俺はいい」と断り、顎をしゃくれさせた仏頂面で腕を組んで私の背後に立ったままになった。
 店主はジュエリーケースを開けて中を確認すると、懐からルーペのようなものを取り出して目元に当て、更にじっくりと宝石を見定め始めた。
 店主が真剣な顔つきになったのを見て、どうやらちゃんと鑑定してくれる気があるようでホッとする。
 少し余裕が出てきたからか、私は鑑定結果が出る間、狭い店内をぐるりと見回した。そしてふと、入り口の扉近くに目線が釘付けになる。店に入って来た時から何となく、そこに置いてあるモノが気になっていたのだ。

「……光ってる……」

「え?」

 私の視線に気付き、トーリも入り口の方に目を向けた。
 店に入って直ぐの所に大きな壺が置いてあって、その中にまるで傘立ての中の傘のように、魔法の杖や剥き出しの剣が乱雑に立て掛けられている。

「あれは売り物なの?」

 私がその壺を指差して尋ねると、店主はルーペから目を外し、薄目でそちらの方に目を向けた。

「ああ、あれはガラクタばかりで、壺の中の物はどれでも三つで1ゼニーだよ」

 この世界の通貨“ゼニー”は、1ゼニー百円。つまり三つで百円? 安っ!

 私は立ち上がると、壺の中のモノに吸い寄せられるかのようにフラフラと入り口の方へ歩いて行った。そして壺の中を覗き込み、その中の一つを手に取る。

 ……やっぱり……光って見える……この剣……。

 私は手にした剣を照明に翳してみた。剣は私が手に取った瞬間、まるで光の粒が溢れ落ちていくようにキラキラと瞬いた。実際の剣は錆ついていて、かなりのなまくらにしか見えないのだが……。
 私がその剣を手にした時、トーリも驚いたように目を丸くして私を見たので、もしかしてトーリにも、この光が見えているのかもしれない。

「その剣が気に入りましたか?良かったらタダで差し上げますよ」

「えっ!? タダ!?」

 私は思わず声を荒げて店主を見た。

「旅の吟遊詩人が金に困って売りにきたモノなんですけどね。なんでも“伝説の剣”だとか言うんですよ。オリハルコンで出来てるとかって。オリハルコンがそんなに錆びるわけないって話ですよ」

 店主はハハハと軽く笑いながら、ルーペをカウンターに置いた。
 ……店主には、この内側からの輝きが見えないのかしら?
 そう、“伝説の剣”。そして“オリハルコン”。その名を聞いて、私は興奮で思わず身震いした。心臓がドキドキと早鐘を打っている。
 “伝説の剣”と言えば……古文書に目を通した時に、魔王を倒したとされる剣がオリハルコンで出来ていて、“伝説の剣”と呼ばれていたと書いてあったような……。
 こんな裏寂れた怪しい質屋で伝説の剣ゲットって、あり得ますの!?
 でも、この興奮を店主に悟られては駄目ですわ。あくまで冷静を装わないと。突然値をつりあげられたら困りますもの。

「では、有り難く頂戴いたします。ちょうど暖炉の火搔き棒が欲しかったところですの」

「な……ッ!? 火搔き棒だと!?」

 物の価値が分かっている様子のトーリが非難めいた声を上げたので、私は慌てて彼の傍に行き横腹を肘で思い切り小突いてやった。

ッ!?」

 私は人差し指を立てて唇に当てる。所謂『シー』という仕草をして、トーリに目配せした。

「おほほ。ごめんなさいトーリ。ちょっとよろめいてしまいましたわ。……ところで店主さん。鑑定はできまして?」

 剣の話は終わったとばかりに、再び椅子に座って笑顔で店主に話しかけると、店主はニタリ……と、その蛙に似た顔を歪ませて笑った。

「素晴らしいお品です。間違いなく、王家に由来する首飾りですな。ダイヤの大きさも質も上等ですし、何と言ってもこの中央の魔法石。こんなに大きな代物は初めて見ました。そこに魔法で王家の紋章が刻まれているとは。いやはや……」

 恐れ入ったとばかりに、店主は掌で額を軽く叩くと、カウンターの下から重そうな巾着袋を三つ出して、それをカウンターの台の上に乗せた。どうやら袋の中には硬貨らしき物がズッシリと入っているようで、それは台に置かれた時にゴトッと重たそうな音を立てた。

「三千五百万ゼニーで如何でしょう?」

 さ、三千五百万ゼニー!?
 それって円に換算すると、えーと……三十五億ッ!?

 私が「それでいいです」と言おうとすると、後ろから「もうひと声だ」と、トーリが口を出した。
 驚いてトーリの方に振り返ると、トーリは屈んで私の耳元で「三千五百万ゼニーでは落札できない」と囁いた。私も掌で口を隠しながら、ボソボソ話しかける。

「いくらならいいんですの?」

「滅びたとはいえ、元王女だろ。少なくともその倍は必要だ」

「ば、倍!? あの首飾りで七千万ゼニーいけます?」

「そこはお前の魔法の出番だろう」

「そ、そうでしたわね……」

 前世の記憶を取り戻してから初めての魔法ですけど、上手くいくかしら?
 私は内心ドキドキしながら店主の方に向き直ると、徐に店主の手が伸びてきて、私の髪を一房掬い取った。

「!?」

 私はゾクリと悪寒を感じて若干身を退いた。そんな私を見て、店主は更にニヤァと下品な笑みを浮かべた。

「この格別に美しい薄桃色金髪ストロベリーブロンド。思った通り毛先の隅々にまで闇の魔力が行き渡っている……。光と闇の属性は王家の血筋の証ですからねぇ。この御髪おぐしならば、たった一房で七千万……いや、二億ゼニー出しても惜しくない。どうですか? 首飾りなどやめて、こちらを売っては?」

 ダンッ!!

 突然目先のカウンターで大きな音がして、驚きに目を瞠る。見ると、そこにはトーリが腰に下げていた筈の剣が深々と突き刺さっていた。

「ト、トーリ?」

 トーリは突き刺さった剣をカウンターから引き抜くと、スッと剣の刃先を店主の首筋に当てた。
 店主は「ヒッ」と情けない声を上げ、私の髪を掴んだまま真っ青になって固まってしまった。

「その薄汚い手をさっさとどけろ。この女は王太子の妻になる女だ。つまりは、この国の王妃、そして国母になるということだ。貴様のような輩が手を触れていい女ではない。しかも女の髪は魔力を宿す神聖なもの。万死に値する。死ね」

 地獄の底から響くような低い声。

「あ、あわわわ……」

「ちょ、ちょっと待ってトーリ! 殺しちゃダメ!」

 トーリ、目が据わってて怖いですわ……。殺し屋みたいな目つきに、店主も慌てて髪から手を離してガタガタと震えて怯えています。……ていうかトーリ、国母って……。いくらなんでも話が飛び過ぎです。王太子の妻にもなりませんのに!

「……だが、その手首は絶対に斬り落とさせてもらう」

「ヒッ……ヒイィー!」

「手首も切っちゃダメです!」




 トーリの鬼気迫る脅迫(?)のお陰で、店主は首飾りを七千万ゼニーで買い取ってくれた。しかも利息無しで、質に流すのも一年も待ってくれるという破格な扱い。
 これで、ヴィヴィちゃん救出作戦決行できますわ!
 ……とりあえず、あの質屋を紹介してくれたジャンヌには……たーっぷりお礼をしなくちゃですわね。


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