悪役令嬢は魔王様の花嫁希望

Dizzy

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第一章 嫁ぎ先は魔王(仮)に決めました

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 綺麗な娼館のお姉さんは、帰りに必ず寄るという約束を条件に、ガイ・ライオネル・カーライルの情報を教えてくれた。
 なんと、彼はこの娼館の常連で、今日も朝まで泊まっていたらしい! 今の時間は酒場で呑んだくれている確率が高いとのこと。……なんてことでしょう!
 なんだか、少し……否だいぶ思っている人物像と違うような……アルフレッドの言うように、本当にただの放蕩者なのではないかという一抹の不安が胸を過るが、ここまで来たら後には引けないので、あえて不安に目を向けないことにする。

「アルフレッド……貴方といると、おもってもない厄介事に煩わされる気がしますわ」

 私がジト目でアルフレッドを見据えると、またしても態とらしい咳払いをしてアルフレッドは言った。

「娼館に泊まりたいのは事実です。では、どうでしょう? 賭けをしませんか?」

「賭け?」

 どこまでも欲望に忠実な男、アルフレッド。関われば関わる程、残念度が増すばかりだ。

「はい。ガイ・ライオネル・カーライルが魔剣を使える程の優秀な人物ならば、即刻雇い入れて、帰りの馬車に同行させる。それならば夜道に馬車を走らせて盗賊や魔物に襲われたとしても安心ですから、娼館に泊まらずに屋敷に帰ってもいい」

「なるほどね。もし魔剣を使えなかったら……」

「無能に用はありませんので、彼とはもう関わることはないでしょう。今夜は娼館に泊まります」

 ……普通の宿屋に泊まるという選択肢はないのね。

「いいでしょう。でも、賭けにはなりませんよ。彼は本当に魔剣が使えるのですから」

 そう、私はのだから。賭けでもなんでもなく、これはただの。ガイ・ライオネル・カーライルは魔剣使いであるというね。

 それにしても、まだ陽が暮れてもいないうちから酒場に入り浸るとは、どういうことなのだろうか。本当に無能で使えない奴だったらどうしましょう。娼館の常連なんて、とんだ痴れ者かもしれないわ……。いやいや、英雄色を好むというし、どんな奴でも、魔剣が使えたら性格なんて全部チャラですわ!

 頭の中でぐるぐると考えていると、あっという間に酒場の前に着いてしまった。
 そこは、まるで西部劇に出てくるような木造で、扉はウエスタンドア。まさに、ザ・酒場といった感じだ。建物自体年季が入っていて、8歳そこらの小娘が入って行けないような暗くて大人な雰囲気を醸し出している。
 でも入ります!
 アリス、行きます!

「たのもー!!」

 あ、間違えた。これじゃ西部劇じゃなくて時代劇だわ。
 ウエスタンドアを勢い良く押し開けて中に入ると、そこには屈強な男達が数人、見るからにガラの悪そうなのが数人、ギロリと一斉にこちらに目を向けてきた。

「お前な……もう少し慎重に入れねぇのかよ」

 後に続くリドが呆れたような声を出して頭の後ろをボリボリ掻いた。

「全くです。どんな輩がいるかわからないのに」

「頼むから、これ以上目立つな」

 アルフレッドとトーリまで畳み掛けるように呟きながらのご入店。
 私よりも、三人の容貌の方が目立っていると思いますけどね!
 酒場の中は、ムッと酒の匂いと男臭さが立ち込め、煙草の煙で視界には白い靄がかかっていた。
 私は顔を顰めて酒場の中を見渡す。私の知っている……というかスチルで見た彼の姿を探したが、そこには見当たらなかった。

「ガイ・ライオネル・カーライルは見当たりませんわね」

 私がそう呟いて溜息を吐くと、酒場の奥からボサボサ頭で無精髭を生やした咥え煙草の男がこちらに歩いてきた。

「お嬢ちゃん達、ガイ・ライオネル・カーライルを探してんのか?」

「え? あ、はい。僕はお嬢ちゃんじゃなく男ですけど……」

「こいつは悪かったなお坊ちゃん。お坊ちゃん達みたいな育ちの良さそうなのが、そいつに何の用だ?」

「はい。彼にお願いしたい事があって……」

 あれ? なんかこの人……見覚えがあるような……。茶色の髪に、琥珀色の瞳。なんといっても、上半身に何も纏っておらず、よほど筋肉に自信があるのが伺えるこの男。彫刻のように隆々とした、まるで鋼の鎧のような筋肉。まさに芸術品。
 この、どうしようもない既視感……。まさか……!?

「俺がガイ・ライオネル・カーライルだが? お願いってなんだ?」

 やっぱりお前かぁーー!!
 とても20歳には見えない汚れっぷりで、全然気付けませんでしたわーー!!

「あ、あの僕、ブルースって言います! ……実は……ここにいる僕の親友の妹が、二日後に港町ラグの奴隷市場で競売に掛けられるという噂があって……ぜひガイさんに助けて欲しいんです!」

 余りの衝撃のせいで、声が震えてしまいましたわ。
 ゲーム開始の28歳よりも今の方が老けて見えるって、どういうことですの!? 男臭さ満載ですけど!
 当のガイ様は、顎の無精髭を撫でながら眉間に皺を寄せて何やら考えております。

「……それ、なんで俺が助けなきゃなんねぇんだ? あんたらとどっかで会ったことあったか?」

 あれ? 思っていたのと違う反応が返ってきました。そこは威勢良く『任せろ!』と言っていただけるものかと……。

「会ったことはありませんけど……でも、だって、奴隷の売買は禁止されているんですよ!? 違法で、凄く悪いことです! 許せなくないですか!?」

「は? 奴隷売買なんて金持ちなら誰でもやってんだろ。しかも港町ラグって言えば……天下のシャーリン様に楯突く事になる。そんな馬鹿はいないさ。俺だってごめんだね」

 はぁぁーーーー!?

「貴方、本当にガイ・ライオネル・カーライルですか!?」

「……ああ。そうだが?」

 物凄く怪訝な顔で見下ろされている。怪訝な顔をしたいのはこっちですわ!!

「私の知っているガイ様は、そういう悪が許せない、いつでも正義に燃える熱い男です! だから必ず私達の力になってくれると思ってお訪ねしたのに!」

 私の言葉に、酒場の客達がワッと一斉に声を上げて笑った。

「おい! 聞いたか!? ガイが正義に熱いってよ!」
「誰と勘違いしてんだ? あのガイだぜ?」
「面白い冗談だ! 仕送りの金をみーんな女と酒に変えちまう男に助けてー! だと!」

「え? ……え?」

 騒然としてしまった店内で、私は呆然としながらガイ様を見つめる。すると彼は、まるで自嘲するかの様に唇を歪めて笑って、手でシッシッと犬でも追い払うような仕草をしてみせた。

「聞いた通りさ。わかっただろ? 俺はお前の思っている男とは違う。わかったらさっさと帰ってくれ」

 そうして踵を返してしまった彼を引き止める為に、私は思わず彼の背中にしがみ付いてしまった。彼の背中が驚きで跳ねる。

「待って下さい! でも魔剣は? 魔剣は使えますよね!? 熱い正義の心がなければ、魔剣は使えないはずです!」

 とても大きな声でそう言ってしまってから、はたと辺りを見回すと、店内が一瞬シーンと静まり返ったのがわかった。

「…………は? ……魔剣?」

 振り向いたガイ様に、鳩が豆鉄砲くらったような顔を向けられる。

「はい。魔剣です」

「……誰が?」

「だから、ガイ様が」

「……俺が? 魔剣を?」

 どっ……と、再び店内に笑い声が響き渡り、店内はさっきよりも更に騒然となってしまった。

「ひゃーはははッ! 魔剣ッ! 魔剣だってよー!」
「ひーーっ! 腹いてぇ!」
「ガイが魔剣使いなら、俺は王様か!?」

 ガイ様は私の腕を振り払いながら、ハァと、重い溜息を吐いた。

「お前、頭大丈夫か? 俺みたいなもんが魔剣なんか使えるわけないだろ?」

 それでも、私は引き下がらない。だって知っている。ガイ・ライオネル・カーライルが魔剣使いというのは、紛れもない事実なのだから。

「今は使えないだけです! ガイ様なら、練習すれば必ず使えます。私には見えるんです!」

 正確には、『見たんです(スチルを)』ですけど。
 私は彼のガッシリした腕に、自分の腕を巻きつけて引っ張った。

「今すぐ練習しましょう! ガイ様なら簡単ですよ! ただ剣に魔法を乗せるだけです! その筋肉があれば出来ます! その筋肉をムダにはさせません! ……キャッ!」

 びくともしない腕をぐいぐい引っ張って、彼を外に出そうとしたけれど、その腕をブンッと一振りされて、私は出口の方に吹き飛ばされて尻餅をついてしまった。

「痛ったぁ……」

「おい! 大丈夫かお嬢!」

 リドとトーリが慌てたように私に駆け寄る。……リド、私は今、お嬢ではありませんわよ。

「貴様……こいつに何をする」

 トーリがうずくまる私とガイ様の間に立って彼を威嚇しています。

「トーリ! わ……僕は大丈夫だから!」

「……本気で怒り出す前に帰れ」

「……え?」

「正義だとか、魔剣だとか意味のわからんことばかり言いやがって……迷惑だ」

「…………ッ」

 ガイの横顔は、怒りというよりも憂いに近い色を帯びているようにみえたのは、私の気のせいだろうか。
 私の知っている【迷鳥】の世界とは、やはり違ってしまっているのか。私の中の【ガイ・ライオネル・カーライル】の像は、今完全に崩壊いたしました。

「…………このヘタレ…………」

「……? アリス?」

 私が小さく呟くと、前に立っていたトーリが不思議そうな顔で振り向いた。私はゆらり……と立ち上がると、トーリの肩を掴んで彼の前に立つ。そして一直線にガイの目を睨みつけて叫んだ。

「このヘタレ無駄筋男!! 貴方を頼ろうとしていた私が馬鹿だったわ! 貴方なんて、ここで一生うだつが上がらずにいじけてろ!!」

 ポカンと口を開けて、その場に呆然と佇むガイに背を向け、私は速足で酒場を後にした。





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