悪役令嬢は魔王様の花嫁希望

Dizzy

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第一章 嫁ぎ先は魔王(仮)に決めました

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「…………おい、お嬢。起きろ。もうすぐ目的地付近だぞ」

 身体に感じていた激しい揺れが緩やかになって、馬車が速度を下げたのがわかった。
 うっすらと目を開けると、私はどうやらリドの膝に頭を乗せて眠ってしまっていたらしい。
 私は慌てて身体を起こし、背筋を伸ばして居住まいを正した。

「ごめんなさい、リド。……その、重かったでしょ?」

 リドの顔を下から覗き込むと、彼はフイッと顔を窓の方に向け、ぶっきらぼうに言い放った。

「ああ。重かった」

「ふふ……そういう時は嘘でも否定するものですわよ」

 そんなリドの反応に、つい笑みが漏れてしまう。
 リドは、憎まれ口を叩いても、ちゃんとプレゼントした眼帯を着けてくれていた。
 ……実はこの眼帯、猫のアップリケの目の所に、魔法石を縫い付けているのよね。琥珀色の。
 古文書などで少し調べたところ、どうやら今眼帯で隠している金色の瞳が、全ての魔法を無力化する力を持っているらしいということがわかったのだ。なので、無力化を無力化することができるものを探していた所、この魔法石に辿りついたというわけ。
 でも、目論見は外れちゃったみたい。無力化の力は、ちょっとやそっとの魔法石じゃ抑えられないということ?
 ……いつも通り、私、魔法を使える気配が全くないもの。
 この魔法石……お父様の魔法石コレクションの中から探し出して勝手に持ち出しちゃったんだけど、今頃お父様気付いてる頃かしら。

 それにしても……リディアたんの膝枕なんて、役得でしたのに、眠っていてあんまり覚えていなくて残念だわ。……でもやっぱり可愛らしい容姿でも男の子の脚ね。引き締まって硬かったもの。……私も早く、あんな風に筋肉質な脚にならなくちゃ!
 
 私も窓の方を見ると、窓にはカーテンが閉められていた。どうやら大分時間が経ってしまったようで、カーテンが西陽の橙色に染まっている。

「もう、夕方ですのね」

「はい。治安が悪いので、できるだけ陽の高い内に着きたかったのですが、道が悪く、馬車も旧式過ぎて思っていた以上に時間がかかってしまいました」

 アルフレッドの表情に焦りが滲み出ているのを感じる。
 余程、この街は治安が悪いのだろうか?我がシャーリン領にそんな場所があるなんて。

「気を引き締めて参りましょう」




 街中に入り、私達は街に入ってすぐの馬車の寄せ合い場で馬車を降りた。
 辺りを見渡すと、そこは街としての活気は全くなく、私はこの街に何処か仄暗い寂れた印象を受けた。
 私達が馬車から離れると、物乞い達がわらわらと馬車の方に寄ってきたので、私は思わず御者を振り返る。
 私の不安げな表情から察したのか、アルフレッドがポンッと私の肩を叩いて声をかけてくれた。

「心配いりません。御者にはそれなりの者を就けています。襲われても撃退するでしょう」

「ほんと? 大丈夫?」

「ええ」

「良かった」

 アルフレッドが殊の外優しい声音と表情だったので、私は安心してホッと息を吐いて微笑みを返す。すると、アルフレッドは息を飲んで、バツが悪そうな顔で私から目を逸らした。

「……貴女が御者の心配をなさるとは、意外ですね」

「そうかしら?」

「……以前の貴女なら……いや、こうしてこの街を共に歩いている事自体、以前なら有り得ないか……」

「え? 何?」

 最後の方の言葉がまるで独り言のように小さくて聞こえず、私が聞き返すと、アルフレッドは「なんでもありません」と小さく首を振っただけだった。


 街の荒廃は、思った以上に深刻な状況だった。
 住宅街と思われる場所は、経年などのために倒壊した家屋が多々あり、どれもそのままの状態になっていて、とても衛生的とは言えない。疫病などが流行れば、ひとたまりも無いのではなかろうか。
 すれ違う人達は表情が暗く、目が窪み、明らかに栄養失調というように顔色が悪い。
 住宅街を抜けると、宿屋のような建物が軒を連ねていて、その前には胸の開いた露出の高いドレスを纏った派手な化粧の女達が立ち、道行く男に手招きをしているのが見えた。
 所謂、色街だ。
 時間的に商売を始める時間なのか、ぽつりぽつりと人が集まり出している。

「この街の主な収入源は、こうした風俗が一般的なんですよ。都心からも貴族達が訪れて、金を落としていきます」

「……あんな小さな子も!?」

 見ると、私と変わらないくらいの子どもも、街頭に立って呼び込みをしている。

「貧しい者が、街の噂を聞いて集まってきます。親に売られてきたり、人攫いに攫われてきたり……と、理由は様々ですが、食べていく為には、他に方法がないのですよ」

 アルフレッドの言葉に、私は軽い眩暈を覚えた。
 ガイ・ライオネル・カーライルは、このミストラスの街で、どんな仕事をしているのだろうか。
 正義の彼は、この街の治安の為に戦っているのだろうか。

「あらー。可愛いお坊ちゃん。どう? アタシと遊んでいかない?」

「へっ!?」

 突然声を掛けられて、私は驚いて振り返る。するとそこには、物凄く化粧が濃くて、物凄く背の高い女性が立っていた。私は思わず彼女に釘付けになってぐっと息を飲む。彼女は、化粧は濃いが、艶やかな流れるような金髪に高い鼻梁、エメラルドの瞳の、スーパーモデル並みに綺麗なスレンダー美人のお姉さんだった。そんな彼女が私を見下ろしてその美しい顔に微笑をたたえているのだ。同性だといえど、見惚れてしまうに決まっている。

「わ、わた……いや僕はここに遊びに来たわけではないのです……だよ。人を探していて……」

 余りの美の迫力に、返答がしどろもどろになってしまった。……怪しかったかしら?

「ふーん……坊や達は、誰を探してるの? この街の人間なら、アタシの知らない奴は居ないけど」

「え!? 本当!?」

 それならガイ・ライオネル・カーライルの事も知ってるかしら?

「じゃ、じゃあ教えて欲しい人が……」

「あ、待って。教えてあげてもいいけど、ベッドの中でね」

 圧倒的な美貌にパチリとウィンクをされて、私はドギマギしてしまう。……ん? 待って。“ベッドの中”?

「えっと……それはどういう……?」

「はぁ? 色街ココでベッドの中っつったら決まってるでしょ? 坊やが一晩お相手してくれたら教えてあげるって言ってるの」

 …………はぁーーーー!?

「ムムムムリですー! だって年齢制限あるでしょ? 私まだ8歳……」

「年齢制限? 何それ? ふーん、坊や8歳なんだ。幼い顔してると思った。……もしかして、筆下ろししにきたとか?」

 な、なぬっ!? ふ、筆下ろし!?
 そうだったぁーー! このゲーム……っていうかこの世界、貞操観念めっちゃ低いんだった! 全年齢オールオッケーだったんだ!

「とりあえず、先に教えてくんねぇかな? 後で寄るからさ。どうせ今夜はこの街に泊まらなきゃならねぇだろうし、それが娼館になるだけだろ」

「リ、リド!?」

 私が赤面してあたふたしていると、リドが助け舟を出してくれた。……否、これ助け舟か? ますます追い込まれてないか?

「……そうですね。この街の場合、下手な宿屋に泊まるよりは用心棒などを雇っている娼館で一夜を過ごした方が安全かもしれません」

 アルフレッドまで肯定的な意見を言い出した。……もしかして……。

「……貴方達……ただ娼館に行きたいだけじゃないでしょうね?」

 私の言葉に、アルフレッドは口元に拳を当てて、コホンと一つ態とらしい咳払いをした。

「……彼女の娼館には何度か訪れた事がありまして、馴染みの脚……いや女性がいます。清潔感もあって、なかなか良いですよ。用心棒も強いですし」

 アルフレッド最低ぇーー!!




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