悪役令嬢は魔王様の花嫁希望

Dizzy

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第五章 花にケダモノ

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「珍しいよね。二人揃って僕に話があるなんて。あ、全快おめでとう、姫」

 応接室で、俺たちとオズワルドが向かい合ってソファに座った。
 読めない双眸が、無機質に俺たちを映している。
 俺は珍しく、かなり緊張していた。

「それで? 話ってなに?」

 隣りのアリスが俺の固く握った拳の上に、そっと手を重ねた。驚いて隣りを見ると、アリスが俺に微笑みかけていた。その瞳はまるで俺に「大丈夫」と言っているようだった。
 あぁクソ……この男前女め。

「はい、お父様。実は生死の境をさ迷っていた一か月間、私の意識は時空を超えた旅をしていたようで、になっていましたの……失礼では守護天使というのですよね」

 読めなかったオズワルドの目が、一瞬だけ大きく見開かれた。だがすぐに、あの温度のない顔に戻る。

「へぇ……それは実に興味深い話だね」
「私、なぜお父様が無茶な実験ばかり繰り返すのか不思議でしたの。ここにいるリディアも最初はそのつもりで連れてらっしゃったんですよね」
「……何が言いたいのかな?」
「私も、お父様の体質改善に協力いたしますわ」
「!?」

 オズワルドが押し黙る。
 今の会話からすると、オズワルドは何かの病気なのか?

「……本来の目的はその話じゃないんだろ? あーあ、変な駆け引きばっかり覚えちゃって。可愛くないね、僕の娘は」
「はい。お父様の娘ですから」

 ニッコリと笑顔を作るが、全く目が笑ってねえぞ二人とも。

「で? その見返りに、僕に何してほしいの?」
「はい。私とリディアの結婚を許していただきたいのです」
「なるほど、そうきたかー」

 オズワルドの視線がアリスから今度は俺に移る。
 俺も真っ直ぐにオズワルドの目を見た。

「俺は、必ずアリスを幸せにすると誓う」

 その俺の言葉に、オズワルドはくつくつと口の端を上げて笑った。

「おまえが、僕の娘を幸せにできるとでも本気で思ってるの? おまえさ、ここを追い出されたら無職だよね? シャーリン領内でおまえが職を見つけることなんかできると思うなよ。しかもこんな目立つ容貌のアリスを連れてどこに行くつもりだよ。貴族のお嬢様にできる仕事なんて、せいぜい身体売ることぐらいだよ? おまえはうちの娘を娼婦にでもさせる気?」
「そんなこと死んでもさせねえよ!!!」

 ガタンッ! と、一気に頭に血が上った俺は、思わず立ち上がって身を乗り出した。
 だが我に返り、荒げた息を噛み殺すように唇を引き結ぶ。

 ……落ち着け俺。こいつはアリスの親だ。こいつはアリスの親だ。

「…………悪い」

 俺はポツリと呟いてソファに座り直す。

「……贅沢な暮らしはさせてやれねえかもしれないが、大事にする。一生かけて必ず幸せにする」
「この子を娶っていいのはね、本当は王族だけだよ。アーネルリスト王から奪うんだからね。平民なんて話にならない」
「わかってる」
「いや、わかってないね。きみは底辺の人間の浅ましさを嫌という程見てきたはずだろう? きみたちは平民の中にいても異質だ。元貴族とバレれば、更に奇異の目で見られるぞ。少しでも自分たちより利益をあげようものなら、異端扱いされて搾取される。目に見えて不幸になるのがわかっているのに、きみに娘を任せることはできない。きみは娘を不幸にするよ。必ずね」
「………………」

 言葉に打ちのめされたのは初めてだった。
 確かに俺は、人の悪意に晒されながら生きてきた。
 アリスに出逢うまでは。

 俺は隣りのアリスの手に指を絡めてぎゅっと握った。

「それでも俺は、アリスを手放せねえ。不幸にしちまうリスクがあってもだ。俺はアリスにたくさんの幸せをもらったから、これからは俺がアリスの幸せを守る。俺以上にこいつを幸せにしてやれる奴はいねえ」

 隣りのアリスを見ると、案の定顔が真っ赤だった。
 クソッ。今日一日で、一生分の本音を喋った気がする。恥ずか死ぬ。

「リド、ありがとう」
「アリス……」

 アリスの優しい笑顔に、荒れた胸の内が凪いでいくのがわかる。……俺も単純だな。

「じゃあ、次は、私のターンね……」

 一転。アリスが口角を上げ、優しい笑顔が急激に企んだような獰猛な笑顔に変化した。
 ん? “私のターン”?

「お父様、よくもベラベラと好き勝手喋ってくださいましたわね。私の愛しい人に……」

 い、愛しい人!? 俺のことか!?

「お言葉ですけれど、お父様。貴族同士の結婚が、必ずしも幸せになるとはかぎりませんわ。確かにお金があればあるに越したことはございませんが、所詮貴族の金は庶民の血、汗、税金です。本来ならば領地の民に還元せねばならぬお金です。それを怠り贅沢だけすれば、お家は必ず没落します。このシャーリン家もしかり。お父様。私が居なくなればこの家は必ず没落しますわよ。シャーリン家どころか、アーネルリスト王家も怪しいですけどね。お父様が故意に、破滅へ導くように動いてらっしゃるのではないかと、疑問を抱くほどに。私、泥舟に乗ったままなんて嫌ですから」

 オズワルドは、頭の後ろをボリボリ掻いた。

「あー……バレた?」
「バレバレですわ。近年のシャーリン領の統治は私がしてましたのよ? 財政がおかしなことになってるのもすぐ気づきます。立て直しておきましたけど。“娘を不幸にする”なんて、どの口がおっしゃったのかしら!? 娘を泥舟に乗せて一緒に心中しようとしておいて。私を幸せにできる男は、リディアしかいません。私はリディアと添い遂げられなければ、必ず不幸になります! 否、邪魔する者は不幸にしてやりますわ!!」
「ひ、姫?」
「アリス!?」
「また、私は庶民の暮らしに慣れております。市井に降りてもなんの苦労もありません。実際、平民に成りすまして起業している店が何店舗かありますので、そちらで働くつもりです。私が、シャーリン家を出ていったあかつきには。たとえお父様にも、私のものに指一本手出しさせません。もし、そちらが何らかの危害を加えるおつもりなら、私も黙っていませんわよ。お父様を失脚させるだけのネタと証拠は十分に上がっておりますので、シャーリン家を乗っ取るのも、逆にぶっ潰すのも、私の思いのままです」

 俺とオズワルドは、アリスを見つめてぽかんと口を開けたまま、しばらく呆けていた。

 アリスが怒った。
 わかっていたが、やっぱりアリスを怒らせると怖え……。
 だがそれが、俺のために怒ってくれているのかと思うと、仄暗い喜びが湧き上がる。ヤバイ。ニヤけそうだ。

 呆けていたオズワルドが、俯いて肩を震わせている。
 怒っているのかと思ったが……笑っていた。
 この親子……。

「あーはっはっはっ! いやーぶっ潰すときたか! クックッ……いや、命懸けでリディアを助けたの見てたからわかってたけど、ベタ惚れだね。姫だけかと思ってたけど、リディアの方もちゃんと姫のこと好きみたいだし。いーんじゃない結婚すれば?」
「は?」

 あっさり承諾の言葉が出てきて、俺は軽く混乱する。
 なんだったんだ!? さっきの辛辣な言葉は!?

「……リディアのことをお試しになったのですね。悪趣味ですわ」
「そう言うなよ。半分はホントのことだから。イザベラ王太后がこのまま引き下がるとは思えないし。執拗いと思うよ、あの女は。思惑通りに進んでいると見せかけて、直前でひっくり返してあの女の悔しがる顔が見たかったんだけどなー」
「もう十分直前だと思いますけど。私はお父様の駒として動かされるのは、まっぴらごめんです」

 拳を口元に当てて、オズワルドがくっくっ……と笑う。

「……僕の奥さんの遺言なんだよ。“アリスの本当に好きな人と幸せになれるように応援してあげて”ってさ。……叶えてやるつもりなかったんだけどね。あの女の思惑通りになるよりましかな。いいよ。アリスに譲るよ“シャーリン公爵”」
「え? 嫌ですわ。いりません」
「まー、そう言わずにさ。しばらく頑張ってよ。ユリウスに譲ったらすぐぶっ潰しちゃうよ。あの女の血引いてるし。リディアもあれだろ? どっかの伯爵家辺りの養子にすればいいんだろ? 言っとくけど、平民になってあの女から逃げられると思うなよ。僕が宰相でいる間は守ってあげるよ。一応、親だからね」
「まあ。親らしいことをしていただけるのは、初めてですわね」
「そうだっけ?」

 二人とも、ニコニコ笑ってやがるが、目がちっとも笑ってねえぞ。久しぶりに貴族の寒いやりとり聞いたな。

「それじゃあリディア。こんな娘だけどよろしく」
「ああ」

 俺がこくりと頷くと、オズワルドはニヤッと笑った。

「お義父とう様って呼んでみてよ」
「…………はあ!?」
「はあ? じゃないよ。だって僕はきみのパパになるんだよ? さあ! 呼んで」

 絶対面白がってやがるよな、これ。
 クソッ……こいつはアリスの親だ。こいつは愛するアリスの親だ。

「お、とう、、さま」
「なんか、そんな苦虫を噛み潰したような顔で呼ばれてもなー」

 どうしろっていうんだ!!
 クソッ!! アリスの親じゃなかったら、とっくに殴ってるとこだ。

「あ、アリス。いろいろあって渡すの遅くなっちゃったけど、成人おめでとう」

 オズワルドがアリスに手紙を渡した。
 封筒には、見知らぬ言語の文字が書かれていた。
 その文字を見て、アリスは一瞬身体を強ばらせた。

「……お父様……これは?」
「奥さんが死ぬ間際にきみに宛てて病床で書いてたんだよ。成人を迎えてこの文字が読めるようなら、渡してほしいって。よね?」
「……はい。読めます」
「僕には読めないからさ。なんの価値もないものだから」
「……お父様」
「もう、用は済んだよね? 出てってくれるかな」

 オズワルドの表情は、もう部屋に入ってきた時の顔に戻っていた。

「お父様」
「なに?」
「もし、お父様と私が崖から落ちそうになっていて、どちらか一人しか助けてもらえなかったら……私は何としてでも自力で助かって、お父様を引き上げてみせますわ」

 アリスのその言葉に、オズワルドが目を見張った。

「……はは……きみならやりかねないな……でもこれは」
であって実際ではないですよね。わかっています。ただ私はもう、何もできない赤ちゃんではないということです。お父様」

 アリスが笑った。さっきの、貼り付けたようなやつじゃなく、太陽みたいに眩しい笑顔だった。

「行きましょう。リド」
「ああ」

 俺は、とんでもない女を嫁にしてしまったようだ。
 まあ、しょうがねえよな。
 惚れちまったんだから。ベッタベタにな。

 応接室を出てすぐ、アリスが俺の胸の中にぎゅっと抱きついてきた。

「アリス!?」
「緊張した……すごく……」
「え? お前緊張してたのかよ!? ……堂々とし過ぎてて全然気づかなかった」
「うん。かなりハッタリかました」
「そうだよな。シャーリン公爵と対等に渡り合ったんだもんな。否、むしろ勝ってたぜ? つーか、お前でも“ハッタリかます”とか言うんだな」

 ハハハと笑って俺が片手で頭を撫でてやると、アリスは胸に埋めていた顔を上げた。

「……お父様のこと、ずっと得体の知れない怪物モンスターだと思ってた。でも、彼も人間だったんだって……わかったの」
「……そうか」
「うん……それにね、リドがいるからだよ」
「俺?」
「うん。リドがいてくれたから。リドがいてくれるから私は強くなれる」
「……ああ。俺もだ」

 ああ、今すぐキスしてえな……と思ったら、アリスが上を向いたまま瞳を閉じた。
 俺はアリスを抱きしめた背中の手に力を込めて、そっと唇を重ねた。


「リド……」

 お互いの荒い吐息が混じり合い、どちらのものかもわからなくなった頃、潤んだ瞳でアリスが俺の名を呼んだ。
 呼ばれた名前すら甘い。

「なんだ?」
「……“挿入なしでも気持ちよくなれる”のよね……」
「……は?」

 俺は一瞬固まった。
 アリスの瞳は、情欲に濡れている。

「……マジか?」

 アリスがこくこくと頷く。

「いや、ダメだろ……病み上がりだし……」
「大丈夫。そんなに無理しなければ」
「そんなに無理しなければ……ね」

 なんの試練だ、これは。
 俺の理性を壊すな、頼むから!

「こんな陽の高いうちからか?」
「ダメ?」
「ダメじゃねえが……」
「今すぐリドと愛し合いたいの!!」

 プツン……

 俺の理性の糸は、完全に切れた。
 俺はアリスを横抱きに抱き上げた。

「きゃっ」
「奇遇だな。俺もそう思ってたとこだ」

 俺はアリスを横抱きしたまま足早に自室へと向かった。
 蹴り上げるかのように自室の扉を開けて中に入ると、ズカズカとそのままベッドに進み、アリスをそこに下ろした。
 俺は性急に上着を脱ぎ捨て、タイを弛めながらベッドの上のアリスに伸し掛かる。

「さんざん煽ってくれたんだ。途中で泣き入れてもやめてやらねえからな」

 さっき途中だった口づけを再開し、俺はアリスをシーツの波に沈めた。


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