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第三章 奇跡の先のそのまた向こう
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しおりを挟む結局、私たちはマトのティピーにお泊りして翌日早朝に出立した。
シャーリンの屋敷へと戻ったのは昼過ぎになってしまったのだがーーーー。
「俺……ではなく、ジークフリート殿下の誕生パーティーを途中で抜け出した挙句、朝帰りとは……アリス貴様、どういうつもりだ」
私たちを出迎えたのはとても怖い顔をしたトーリと呆れ顔のアルフレッド、そして昨日朝一で出向くようにと言っていた王宮侍女のメアリーだった。
幸いなことに、お父様はシャーリンの屋敷に戻っておらず、ちょっとホッとしました。
「呼んでいないのに出迎えご苦労様です。トーリ」
応接室でお茶を飲みながら、私はふぅ……と一つ、溜息を吐いてしまった。
「な、なんだその気怠げな感じは!? ま、まさかアリス……クソガキと……ッ!?」
「? まぁ、トーリにはお話ししておきたいことがあったので出向いてもらって良かったですわ。メアリーもちゃんと約束を守ってくれてありがとう」
メアリーに向きなおって微笑みかけると、彼女は真っ青な顔色になってガタガタと震えた。
「あ、あ、あ、あの……わた、わたしこんな場違いですみ、すみません! まさかジークフリート殿下までいらっしゃるなんて!」
ああ、なるほど。メアリーはトーリを見て怯えていたのね。
それにしても、メアリーの格好……。頭にスカーフを巻いてますけど……。頭を隠しているの? シャーリン家に来るから変装でもしているつもりかしら?
「彼はジークフリート殿下にそっくりらしいのだけど、トーリといって別人なの。安心して」
「えっ!? べ、別人!? ほ、ほんとですか!?」
「…………本当だ」
トーリ本人からの肯定の言葉に、メアリーはあからさまにホッとしたような顔になり、胸を撫で下ろす。
「なぁーんだー! 緊張して損しましたぁー! 偉そうな感じとかまで殿下にそっくりなんですもん。びっくりしたぁ」
ちょっとあからさま過ぎると思いますが、緊張が解けてなによりですわ。
トーリの隣には、これまた仏頂面をしたアルフレッドが腕組みをして座っています。
「……アリス様。事情はどうであれ、貴女の評判がまた一つ落ちたことは間違いありません。貴女がジークフリート殿下のお茶会を抜け出して、事もあろうにエルヴィン殿下の寝室から出て来たと噂になっています」
あら。皆様よく見ていらっしゃる。
「噂とおっしゃいますが、それは事実ですわ」
「…………お前がエルヴィン……殿下と顔見知りだったとは初耳だ」
トーリはどうしてこんなに不機嫌なのかしら? ジークフリート殿下に忠誠を誓っているからエルヴィン王子のことを良く思っていないのかしら。
「いえ、エルヴィン殿下とは昨日初めてお会いしました。危ないところを助けていただいて……あ」
しまった。言わなくて良いことまで言ってしまった。
耳ざといトーリが聞き逃してくれることはなく、当然のように質問が降る。
「“危ないところ”とは、いったい何のことだ!?」
立ち上がったトーリを、アルフレッドが諌めていると、応接室のドアの向こうから聞き慣れたリドの慌てたような声が聞こえてきた。
「ちょっと待て! お前が入るとややこしくなるだろうが!」
バンッと扉が乱暴に開かれると、リドの制止も虚しく、白金髪の少年がズカズカと部屋の中に入ってきた。
白金髪の少年ーーーーエルヴィン王子だ。
エルヴィン王子は開口一番、私に向かって不機嫌そうに言い放った。
「アリス、キミは兄上とは会ったことないって言ってたのに、俺に嘘をついたの?」
本当だわ。ややこしいのが入って来てしまいましたわね。
今日はいったいどういう日なのかしら。厄日かしら。
私は内心溜息を吐きながら、表面には笑顔を貼り付けた。
「これはこれはエル様。このような所までご足労ありがとうございます。……本日はどういったご用件でしょうか」
私は立ち上がって淑女の礼をとる。エルヴィン王子の視線は、真っ直ぐトーリに注がれていた。
「俺はただ、友達に会いに来ただけ。まさか、友達に嘘つかれてたなんてショックだなー」
エルヴィン王子は大袈裟に肩を落としてみせる。私は今日何回この話をすれば良いのでしょう?
「エル様、ジークフリート殿下にそっくりらしい彼は、昨日お話しした“トーリ・エンイアー”ですわ」
「え?」
エルヴィン王子はトーリをまじまじと上から下まで舐めるように見ると、呆れたような溜息を吐いた。
「へぇ……こんな忌々しい顔の男が、この世に二人も存在するなんてね……。はじめましてトーリくん」
「…………不躾な視線をありがとう。はじめまして。エルヴィン殿下」
二人とも顔に笑みを浮かべていますが、目が全然笑っていませんわ。
ちょっと一触即発気味な空気を払拭すべく、エルヴィン王子にお茶を勧める。
「せっかくいらしていただいたのですから、我が家特製のお茶でも召し上がっていってください」
「うん。アリス、ありがとう。キミのお勧めのお茶なら、毒など入っていないだろうから、安心して飲める」
ガチャンッ! と、メアリーが持っていたティーカップをソーサーに取り落として、派手な音が鳴り響いた。座ってお茶を啜ろうとしていたメアリーが、わかりやすい程に狼狽してみせる。
「さ、さ、さ、昨日は、本当に本当に大変申し訳ないことを……ッ!!」
メアリーが土下座の勢いで謝ってきた。
あーもー。ほら、トーリとアルフレッドが驚いた顔をしていますわよ。
あーほら。トーリが何かに気付いてしまった顔をしてるわ。
「お前は確か……昨日のお茶会で給仕していた侍女だな?」
トーリも昨日、王宮に出向いていたのね。
「……まさか、お前……アリスのお茶に毒を入れたのか!?」
おおーー!! 僅かなヒントで正解に辿り着いてしまいました! さすがトーリさん。
「そうだよ。毒入り紅茶を飲んだアリスが、リディアくんに担がれて俺の庭に迷い込んだんだよ。気絶してるアリスを俺のベッドに寝かせて、解毒剤を施したってわけ。それが真実」
「この侍女は、アリスを毒殺しようとしたのか!?」
何故か激昂したトーリが再び立ち上がってメアリーを威嚇した。
この偉そうな……否、威厳のある態度、まるで本物の王太子みたい。
「いいえ。それは真実ではないわ。私の身体は毒に慣らしてあるから、毒は致命傷にはならなかった。解毒剤のお陰で早く回復できたけれど。メアリーも、毒ではなく“下剤”と聞かされていましたし」
「聞かされていた!? 誰にだ!?」
トーリがメアリーを鋭い目つきで睨みつけた。
メアリーの肩がビクリッと跳ね上がる。
「王宮付きの侍女が、王太子の誕生日の茶会で堂々と毒殺とは……やってくれる。誰に命令された?」
「ヒッ!!」
トーリが視線で射殺す勢いでメアリーを見据えています。帯剣してたら絶対剣抜いてたでしょ。
だから嫌だったのよ。トーリに知られるの。
「私はこうしてピンピンしていますから、私に免じてメアリーのことは不問にしていただけますか? できればジークフリート殿下にはご内密に。私のような者がジークフリート殿下の婚約者に決まったことを快く思わない者の仕業ですから」
「とんだ貧乏クジだよねぇ。アリス、兄上なんかやめて俺と婚約しようよ。安全だよ」
「いえ、ジークフリート殿下が然るべき女性とご結婚されるまで、私が風除けになろうと思っていますのでご心配なく」
トーリが愕然とした顔で私を見る。
「風除け……だと……?」
「ええ。ジークフリート殿下が真に愛する女性と結ばれるまで。並みのご令嬢では“ジークフリート殿下の婚約者”という肩書きは危険を伴いますし荷が重すぎます。私はこの通り丈夫ですし、後ろ盾もありますので。大丈夫。その時がきたら、ちゃんと国外逃亡して婚約者の座をお返ししますから」
「…………ッ!?……こ、国外……逃亡ッ……!?」
何故かトーリはがっくりと項垂れ、ソファに埋もれるように腰を下ろした。
ジークフリート殿下の真に愛する女性というのは、クラリスちゃんのことですけどね!
クラリスちゃんが傷つかないように、私が守りますわ!
「そんなことよりも、とても大事な話があるの。トーリとアルフレッドにも協力してもらいたいし……多分、アルフレッドが探っていた一つだと思いますわ」
どこまで話すべきか……。協力を仰ぐのだから、できる限り正直に話そう。
私は口元に拳を当てて考え込む。
でも、国王陛下が“毒”に侵されているなんて正直に言ったら、早くもシャーリン家滅亡ですわよね……。さて、どう話すか……。
「……大事な話とは何ですか? 私が探っていたことと関係するというと、宰相閣下と国王陛下に関することですよね」
私が考えがまとまらず、黙り込んでいると、何故か項垂れて再起不能状態に陥っているトーリに代わって、アルフレッドが話の口火を切った。
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