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第三章 奇跡の先のそのまた向こう
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しおりを挟む城に着くと、私たちはすぐに中庭の会場へと案内された。
中庭といってもとても広い! さすが王宮。
幾重にも続く見事に咲き誇る薔薇のアーチをぬけると、綺麗に刈り揃われた生垣に囲まれた、天然のパーティ会場が現れた。青々とした芝生の上に、真っ白なレースのテーブルクロスが掛かった円卓が何台も並べられてあり、その上には色鮮やかなスイーツや珍しい果物が乗った豪華な皿が、所狭しと乗っている。
会場にはすでに何人かのご令嬢が到着していて各々好きなように過ごしていた。大抵がお喋りに興じているようにみえるが、目が……全く笑っていない! 怖いですわ!
残念ながら、アリス・ローズ・シャーリンに、こういう場で親しく喋ることができる友人は居ない。
それに何だろう……おかしいな。若干年齢層高め? 同い年くらいの子が居ないような。ますます孤立しそう。
こんな時、傍らに佇むリドの、なんと心強いことか!
「……コイツら楽しそうに喋ってる割に目が笑ってねぇ。怖ぇ」
!? ちょっ……!? ちょおっ!?
「しかもババァばっかじゃねぇか。王太子は年増好みか?」
ぜ、前、前、前言っ撤回ぃーー!!!
ご令嬢方の視線が一斉にこちらを向く。私は慌ててリドの口を両手で塞いだ。
「な、なんてこと言うの! リド! 思っていても口に出してはいけません!」
リドは私の手首を持って口から手を外させると、あの皮肉げな笑みを口元に浮かべた。
「ククッ……やっぱりな。つまりはてめぇも同じこと考えたんだろ?」
「は、はぁーーーー!?」
ちょ、ちょ、ちょっと! ホントやめてぇーー!!
お姉様方の視線が鋭くなった。こちらを見ながら扇で口元を隠して、ヒソヒソと何やら話し始めている。……悪口ですよね。やっぱり。
そうよ。悪口は扇の影で言って貰わねば。リドにも扇を持たせれば良かった……。
「お願いだから、小さい声で話して。口元も隠してね」
リドはニヤリと笑うと、私の耳元に口を寄せた。唇が耳に付きそうで、私は擽ったさに身を捩る。
「17、8歳くらいか? こいつら完全に適齢期だな。逃してそうなのも居るが。王太子は13歳だろ? まぁ、俺はど真ん中だけどな」
「……今日のお誕生日で14歳になられましたわね」
……可愛い顔して、本当にそっちの方面がお強いんですね……。
ヴィヴィに聞いていなければ、完全にリドの人格を疑ってしまうところでした。
ログワーズ国の民は、なんというか……一般よりも性欲がお強いらしく、そういうことも早熟で、成人前に結婚することが殆どだという。
ログワーズ人同士だと、なかなか子が生まれにくいらしく、多民族との交わりを望む者が多いとか。
特に男性は……ぜ、絶倫で、一晩に何度も何度もを毎日とか…………何故かヴィヴィには今から謝られてしまった。
……リドとどうこうなるとか……全く想像できませんっ!!!
「おい、クソ女。てめぇなんか顔赤くねぇか?」
「はいっ!? だ、大丈夫ですわ! そ、それより、ここではせめて“お嬢様”って呼んでくださらない?」
突然リドに顔を覗き込まれて、私は慌てて体裁を整えた。
指摘された通り顔が熱いですわ。
私は手で、パタパタと顔を扇ぐ。
「はぁ? 勝手にこんなとこ連れて来やがったくせに注文までつけんのかよ? “クソお嬢様”」
「クソは余計」
会場に一歩踏み出した途端に、私はお姉様……もといお嬢様方の視線を一身に浴びた。
きっと私が王子と“婚約”したことが耳に入っていたせいだろう。
覚悟はしていたけれど、不躾な視線は余り気持ちの良いものではないわね。
ここは、ものっすごいアウェイな上に周りは敵だらけ。女の戦場だ。しかも婚約者である王太子ですら味方ではないですしね!
警戒しつつ、貴族のご挨拶を交わしていると、ロマンスグレーな執事さんに上座に近い席に案内されてしまった。
いやいや、私もっと目立たない席で良いんですけどー。無理ですよねー。公爵家で父は宰相で私は王太子の婚約者ですもんねー。婚約は表面上だけなのですけどねー。
私が大人しく着席すると、ティーポットを乗せたトレイを持った侍女さんが、茶器をガチャガチャいわせながらこちらに歩いてきた。
……ガチャガチャ……うるさ過ぎません?
その侍女さんは、ものっすごく震えていて、今にもトレイを落としそうだ。
あまりにもその光景が異様なので、私以上に周りの注目を集めながら、彼女は私の目の前で止まった。
「お、お、お、お茶を……入れさせていただき……ますっ」
「…………ええ」
ガタガタ震えながら、その侍女さんは私に青褪めた表情で給仕し始めたのだが……。
……怪しい。めちゃめちゃ怪しい。
怯え方が尋常じゃないですわ。いくら私が悪名高いシャーリン家の者でも、こんなあからさまに怯えを表に出すかしら? 仮にも王室に仕える侍女が。侍女といえどある程度身分がしっかりしている者を雇っているでしょうし、しっかり教育を受けているはず……。
そう怪しんでいると、侍女さんは私に給仕しながらチラチラと背後に目を向けた。
随分とわかり易い態度ですわね。……ははぁ。なるほどね。
彼女の目を向けた方を見ると、少し離れたテーブルについているご令嬢たちが、こちらを見ながらクスクスと意味あり気な嫌な笑みを浮かべているのが目に入った。
中心に居るのは、お父様に対抗している勢力……ラスター公爵家のご令嬢、ダリア様ですわね。確か歳はジークフリート殿下と同い年だったはず。
昔から自分が未来の王妃になると豪語している残念なご令嬢。
可哀想ですけれど、王妃様になるのは私の可愛いクラリスちゃんですから!
……この侍女さんはダリア嬢に何かしらの脅しを掛けられているに違いないですわね。
この怯え方……これはもしかしたら、この紅茶に一服盛られている可能性がありますわ。
多分、薬を盛るように指示したのはダリア嬢。
それなりに身分が高い公爵令嬢に脅されれば従わざるを得ない侍女さん。
私がこの紅茶を飲んで何かあれば、その罪は侍女さんが被ることになる。
……といった具合の算段かしら?
私が内心をおくびにも出さずに紅茶のカップに手を伸ばすと、侍女さんはあからさまにビクリと体を跳ね上がらせて、益々顔を青褪めさせた。
そんなに青褪めて、一体紅茶に何を盛ったのやら……と、紅茶の香りを楽しむ素振りをしてみせて確認して、私は驚愕した。
どうせ下剤とかそういった類いのものだろうと高を括っていたが、大間違いだった。
……まさか……毒を盛るなんてね。
この紅茶に混ざる独特の匂いは、暗殺などでよく使われる、魔法植物“ブシ”だ。毒のエキスパートであるシャーリン家の私だから匂いに気付いたが、本来“ブシ”は無臭に近い。しかも“ブシ”は何処にでも生えているので、シロウトでも入手可能な割に毒性が強く、入手ルートが特定されにくく足も付きにくい。
成人男性でも数分で死に至るものだから、私のような小娘なら飲んだら即死。
……こんな物騒な物を混入するなんて、ちょっとやり過ぎですわ。私以外の者が誤って口にしてしまったらどうするのよ。
勿論私は、幼い頃から毒に体を慣らしているので、“ブシ”くらいなら飲んでも死にはしない。死にはしないが、それなりに苦しい。
まさかこの舞台が『婚約破棄イベント』ではなくて『暗殺未遂イベント』だったとはね……。さて、どうしたものか。
逡巡したのち、私はスッ……と毒入り紅茶が入ったティーカップを持ち上げる。
そうしてカップに唇を近付けた瞬間、侍女さんが私の腕を掴んだ。
私は驚きに目を見開いて侍女さんを見上げた。
「だ、だ、だ、だめです……ッ……その紅茶には、じ、実は腹下しの薬が入ってるんですッ」
ガタガタと震えながら、侍女さんは涙目で小さな声で訴えてきた。
「腹下しの薬……ダリアさんがそう言ったの?」
「はい…………はっ!! ち、違います! わた、わたしが独断で入れてしまったんです!」
私はクスリと微笑み、侍女さんが持つ毒入り紅茶が入ったティーポットを指差して、言った。
「その物騒な中身は早々に捨ててしまいなさい。間違っても私以外の者の口に入れないで。そこには腹下しの薬ではなくて、“ブシ”という毒薬が入っていますから」
「えっ!?」
驚いた表情の侍女さんに向かって最上級の微笑みを浮かべて見せたあと、私は手に持っている紅茶を一気に仰いでみせた。
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