悪役令嬢は魔王様の花嫁希望

Dizzy

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第二章 これは恋か?

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 アリスは思いつめたような表情でその場をウロウロと回り始めた。何やらブツブツ言っている。

「……記憶!?……記憶ってダメでしょ……八年も失ってたら死亡エンド又は凌辱エンドまっしぐらしてても気付かず……記憶戻った時には時すでに遅しですわ……」

 ……何言ってんのか、さっぱりわからねぇ。
 この光景、ちょっと前にも見たな。完全にパニックに陥ってんじゃねぇか……。
 俺は腕を組んでアリスを暫く見ていたが、あまりにも様子がおかしい。
 ぐるぐる歩き回るアリスを制止すべく、俺はアリスの両肩を掴んでこちらに目を向かせた。

「しっかりしろアリス! とにかく一旦落ち着け」

 ハッとしたような表情になった後、アリスはその瞳にやっと俺を映した。

「リ、リド……! ごめんなさい……取り乱してしまって……」

 申し訳なさそうな顔で俯くアリスの瞳を覗き込むと、俺は安心させるように頭を撫でた。

「どうした? お前がこんな風になるなんて……記憶無くすのが嫌なのか?」

 アリスはコクリと頷く。そうして少し涙目になりながら、切なげに溜め息をついた。

「……呪術で髪を伸ばすのを諦める……。記憶を……失うのは怖いの……他の方法を考えるわ……」

 魔法と呪術以外で、すぐに八年分の髪を伸ばす他の方法なんてあるのかよ?
 アリスは記憶を失うことに異常に怯えてる。
 確かに……嫌だよな……どうでもいい記憶ならまだしも、大切な記憶を失うんじゃ……。いくら八年後に返って来たとしても、喪失感は半端ねぇだろうしな。……記憶を失っていることにも気付けねぇっつうのは……キツいよな。

 元はといえば、アリスが髪を切ったのは、俺の妹を助ける為だ。俺に、絶対に裏切らないことを証明する為。
 ……ほんとコイツは、出会ってからの短い間に、どんだけ俺の為に自己犠牲しやがるんだ。
 母親の形見のネックレスを売っぱらっちまっても、俺に恨み言のひとつも言わねぇ。

 こんな女居ねえ。
 こんな最高にイイ女、俺は絶対に忘れるわけねぇ。

 俺はアリスの肩を抱いたまま、マトを見据えた。

「なぁ婆さん。その記憶の力とかいうヤツ、俺から取れねぇのか?」

「え!?」

 俯いていたアリスの瞳が、困惑の色を帯びて俺に向けられた。

「ふ……。お前さんなら、そう言うと思ったよ。問題ない。お嬢ちゃんでもリディアでも、誰でもいい。他人の為に大事な記憶を失ってもいい覚悟があるならな」

「なら、決まりだな。俺の記憶を使ってくれ」

「リド!?」

 アリスが激しく首を左右に振って、今度は逆に俺の両肩を掴んだ。
 俺を映すその瞳には、俺への心配を滲ませている。

「ダメ! リドの大事な記憶がくなっちゃう!」

 本気の心配のに、俺は安心させる様にクシャリと笑ってみせた。

 ほんと、お前は……。
 俺な、そんな風に誰かに心配してもらったことねぇんだよ。だから、マジで弱いんだ……そのは。

「俺の記憶なんて、大したモンじゃねえよ。くしたって、大したコトねぇ」

 アリスの頭をポンポンと掌で優しく撫でた。
 アリスは目に涙をためて俺を見つめる。それは大きな瞳から今にもこぼれ落ちそうだ。

「大切な記憶だよ? ログワーズ国の王子様だったことも忘れちゃうかもしれないよ?」

「ああ。別にかまわねぇ」

「ヴィヴィのことは? 忘れてもいいの?」

「アリスが保護してくれたからな。お前の傍に居りゃ安心だ」

「……でも、でも……ッ……」

 アリスは言葉を失って俯く。
 暫くそうしていたが、何かを思い立った様に潤んだ瞳を上げると、俺を真っ直ぐに見つめて力なく呟いた。

「嫌なの……」

「あ?」

「……私のこと……忘れちゃヤダ……リドが、私のことを好きなこと……忘れちゃ嫌なの……」

 ガツン! っと、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けて、俺は一瞬クラクラと目眩がした。
 ……涙目で可愛いコトをサラッと言いやがるから、息の根が止まるかと思った……マジで、お前は俺を殺す気か……。

「それは……俺も嫌だな……」

「私も嫌。私のこと、忘れないでほしいの……だから…………」

 アリスの頬を、一筋の涙がつぅ……と伝い落ちた。
 ああ。俺は、こいつの涙にも弱いんだ。

「ほんと、お前は……」

「……え?」

「……いや……」

 俺はアリスの頬の涙を指で拭ってやる。そして彼女を宥める様に、しっかりと瞳を見据えて答えた。

「……俺は、お前のことを忘れねぇ自信がある。誓ってもいい。俺はアリスを絶対忘れねぇ。もし……万が一、忘れちまったとしても……」

 そこで俺は、言葉を飲んで沈黙した。
 今からアリスに告げる言葉に、一瞬だけ戸惑っちまったからだ。
 俺の次の言葉を待って、アリスは首を傾げてジッと俺を見つめている。

 そうだ。
 万が一、億が一、俺がアリスを忘れてもーーーーーーーー。


 俺はアリスの耳元に口を寄せ、小さな声で囁いた。

「……俺は必ず……もう一度お前を好きになる。アリスが傍にいて、俺が惚れねぇわけがねぇ」

「……ッ!?」

 アリスの耳が、じわりと赤くなり、みるみるうちに顔が真っ赤に染まった。

「……だから、心配すんな」

「………………うん」

 アリスは頬を染めたままコクリと頷いた。

 俺が失いたくないのは、お前アリスとの想い出だけだ。
 正直、その記憶を奪われる確率はかなり高い。今、俺を占めているのは、お前アリスへの想いだからな。
 だが、怖くはない。
 たとえお前の記憶を失っても…………根拠の無ぇ自信だが、それだけは間違いなく言える。



 俺は必ず、もう一度アリスに恋をする。



 ーーーーそして俺は、真に大切な記憶を八年間失っちまうのだが……。
 
 俺は八年後、この時に下した判断を…………死ぬ程後悔することになる。




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