人間寸劇

9.春風

　窓から入る風は寒さを混ぜつつも春の匂いを運んできた。
　鳥の鳴き声、木の揺れる音、子供の声。もう学校は終わったのだろうか。ランドセルを背負った子供たちは楽しそうにも帰路を辿っていた。
　──しかし、ここにそんな楽しさは無かった。
　「あ、桜」
　桜の花びらが風に靡かれて飛んできた。
　数日の役目を終えた花びらは端の方から色が褪せていた。
　どうしてこれを人間は綺麗だと言うのだろう。
　もうこの花びらには生きる未来はないのに。死にゆく定めの者たちを綺麗と言うのは何故なのだ。死んだ者たちを綺麗と言わないのは何故だ。
　考えることにも嫌気が差して見上げた空は、やけに晴天だった。初めは良い気がしたが、段々とそうは思えなくなった。
　清々しいほどのその広すぎる青い劇場には鳥たちが飛び交っていた。
　自由に飛び回る彼らは決まった踊りなどはしない。あくまで本能のままに、ありとあらゆる蟠りから解き放されたように。どこまでも楽しそうに。
　表や裏なんて存在しない。あるのは恐らく、希望だけ。
　生きる未来がある者たちの、希望だけ。
　死ぬ未来を見て綺麗なんて憧れるもんじゃない。
　──しかし、そう思わざるを得なかったのだ。
　身体はもう蝕まれ尽くし、立ち上がることすら最近は困難になっている。
　一枚の桜は大事に取っておこう。
　外からのものは珍しい。
　一緒に死んでいこう。
　声は出なくても、きっとこの花びらには伝わっている。
　時には咳に血が混ざった。時には死のうともした。それでも私は生き続けた。きっと生きる希望があるはずだから。
　それでも大地を踏み込めない私に生きると言う試練は少し無理難題だったらしい。
　来世は、楽しく生きれますように。
　誰も、恨まなくて済みますように。
　空飛ぶ鳥に、なれますように。