夏の残香

宮浦透

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7.のぞみ荘(改訂版)

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 「こんなところで、何を」
 海の風が吹き響くなか、薄着を心配したのか。それとも不審に思ったのか。きっとそんな程度の理由で月明かりの下、陸風と共に会話は始まった。
 「寒いでしょ、早く戻った方がいいよ」
 「寒くない。大丈夫」
 いくら夏でも、夜は冷える。少し肌寒い上に半袖半ズボンでは温まる手段もない。一点張りの言葉にため息をつき、彼は横に座り込む。
 「私と話すつもり?」
 「まあね」
 満月はどこ一つ欠けることなく完璧なほどに光り輝いている。それに比べて私だけに伸びる影はとことん暗く濁っていた。
 「あなたはなんでのぞみ壮に?」
 そんなの分かりきっている。ここはそういう場所なはずだ。
 「…ごめん。野暮だったね。けど、あなたの事情を聞きたいな」
 「人って言うのは自分勝手なの。私も、君もね」
 見るなり私より年上の彼は、何故か深く事情を知りたがった。全て話す義理もない私は気が向くだけの過去を話した。
 「目の前には水平線しか見えないけど、後ろを見てみて。宿には光が灯ってて、あそこじゃ色んな人が支え合って生きてる。あなたはきっとそう言う場所に戻る方がいい」
 「私はその水平線に行きたいの。支え合って、関係が生まれれば、いつかそれは消滅するの。それに依存するから人は醜くなるの」
 ただ淡々と、コンクリートの壁に打ち付ける波を感じながら、水平線の向こう側を見つめながら、口は自然と動き始めた。あともう少し、手に力が入れば私は水平線へと吸い込まれていくのに。
 「のぞみ荘の人たちはそんなこと知ってる。ここが嫌でも、何処かにきっとあなたを受け入れてくれる人は必ず…」
 彼の口はそこまで軽くは動かなかった。
 「じゃあ、君は私とずっと居てくれる?空っぽで、醜い私と」
 「そう、だね…」
 「知ってる」
 彼のことは理解した、つもりだ。彼の口が重たくなった理由も、微風と共にここに現れた理由も。それでも、私の望みは。
 「本当は、海だって、空だって、人だって、みんな助け合って生きてるはずなんだ。けど人ってのは不思議なもので、自分勝手に飲まれていくんだ。僕も、そうなんだ」
 「私も君も、勝手ね。こんな寛容な世界でも生きられないなんて」
 言っていて悔しさが込み出してしまう。きっと後ろの世界も、揉まれていけばなんてことないようになる筈なんだ。それでも海や空のように、受け入れてくれる世界に身を投じたくなるんだ。
 彼はそれ以上私の過去について言及しなかった。気付けば私は抽象的な意見ばかりを述べて、具体的な過去は一切話すことはなかった。
 「それでも、言うよ。君はまだ行っちゃいけない」
 「ありがと。それでもね」
 私は礼を言うと立ち上がった。
 ここへ来た時から決まってる。
 望みを叶えるための、この場所だ。
 「私は、死ぬために、ここに来た」
 きっと、この涙も大きな海の一部になっていく。
 風が感じれなくなった時、もう彼は見えなくなっていた。
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