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断章Ⅱ〜最終兵器にアイの花を〜
『愛してる』
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暗闇の中。もう何もかも失って、散り散りになっていく、俺の魂。
その魂を。その小さな体を、抱いてくれた影があった。
『お前に言えてなかったんだ。……それを言う前に、お前は出て行ってしまったからな』
ああ、見たことがある。
もうずっとこれだ。見たことがある記憶を思い出し、それを必死に紐付けようとする。
でも、今の俺には、お前が何なのか分からない。
もう誰も、思い出すことができない。
ロストになると同時に、全て失ってしまったから。
『…………すまない』
でも、聞いたこともある声だった。
俺はどこかで、この声を知っている。
『ずっと、お前のそばにいてやれなくて……すまない』
なのに、思い出せない。
思い出せないんだ。
『だけど、これだけは言わせてほしい。……俺の———俺たちの想いは、偽物じゃないから』
思い出せないんだ。
思い出さないんだよ。
思い…………出したいのに。
それはすごく重要なことで、すごく大事な人で。
俺が真っ先に縋るような、縋らなきゃいけなかった人で、俺の想いに真っ先に応えるべきだった人で。
思い出したいのに。
もう二度と、思い出さない。
『…………私、も』
「———っ!」
ああ……そうだった。
この人もいたんだ。
『貴方に……伝えて……伝えきれていないことが、あった』
ダメだ。こっちの方も、思い出せない。
なのに、なのに、涙が溢れてくる。
思い出さなきゃいけないのに。分からなきゃいけないのに。この人たちにとって、俺は何だったのか、知ってなきゃいけないのに。
『アレだけ……話した、のに、まだ……言えてないことが、あった。
絶対に言わなきゃ……いけなかった、のに、まだ、言えてない……こと』
思い出したい。思い出さなきゃいけない。なのに、なのに———もう、何も分からない。
その名前も。その人たちから、俺に呼ばれなければならない名前も。
思い出も、感覚も、何もかも全て。
『もう、貴方に会う機会は……ない。言う、機会も……これで、最後。
だから、今、言わせてもらう』
———ああ。
せめて、思い出させてくれよ。
思い出させてから、その言葉を言ってほしいんだ。
俺は———何も……覚えていないってのに。
『███、私……は、貴方を……』
『███。……ずっと、お前に言えてなかったな。……俺も、お前を……』
『『愛してる』』
「———あっ」
『……それだけは、誤解してほしくはなかったんだ、███』
『まだ……言えて、いなかった……言葉。
私、の………………貴方に、送る、気持ちの———全て』
「………………やめ……てよ。
もう俺は、何も覚えていないんだ。
自分のことも。貴方たちのことも。何が何なのか、もう俺にも、誰にも分からない。
……ごめん。自分の名前すらも、何もかも———俺は失くしてしまったんだよ。
…………っ、貴方たちにもらったはずの、この名前も゛っ゛! 貴方たちにもらったはずのこの体も! 言葉も、思い出もっ!
全部全部、俺はこの手で捨ててしまった! だからもう———俺には、誰にも愛される権利なんてないんだよ!
……忘れて、くれ。
このまま、俺の存在が全て消え失せてしまうまで」
『……じゃあ、もう一度』
『失くしてしまったのならば、もう一度……お前にやることにしよう。
何たって、コレは…………俺たちの、最初のプレゼントだったからな』
「え…………?」
『数あるものの中から……何でか知らんが、俺たちが選んだものだ』
『…………心を込めて、つけた……もの』
———ああ、そうだ。
そんなの、一つしかないじゃないか。
人の子供に、名前を与える存在。
人の子を見守り、愛し、人の初めての『星』になるもの。人に初めての『アイ』を与える者。
そして俺には———いないとさえ思っていたもの。
自ら手放した———最初にできた、俺の大切なもの。
『お前の……』
『貴方の、名前……は…………』
『アレン。
アレン・セイバー。
ソレがお前の、名前だ』
そうだ。
そう、だった。
たった今、全て思い出した。
俺の名前を。今俺の目の前にいるこの人たちが、誰なのかを。
「…………ぅ父さん……母さんっ!」
暗闇は打ち砕かれた。その面ごと砕け散った先に、俺は見た。
今の俺を抱いている、2人の姿を。
『ああ。……そうだ。お前に、父らしいことはできなかったかもしれないがな』
『…………私、も。母親、失格……だね……』
「……もう…………もう、俺は思い出せないかと思ってた!……もう二度と———会えないかと思ってた……もう誰にも、俺に愛なんて伝えてくれないと思ってた!
…………でも……でも、そうだ、俺が最初に頼るべきは……そうだった!……間違ってたよ、俺……もう誰にも愛されてないし、愛してくれる人がいないなんて……そんなこと、なかった……!」
『よかったな、アレン』
その声は———、
「兄さん……!」
『もう、立てるか?
……決着は、付けられるか?
貴様がどうであろうと、それだけはしなければならない。
貴様が生きる上での宿命であり、貴様の運命。……果たす時は来たか、アレン』
「…………ああ。……もう、俺は……全て思い出したよ。
何もかも……やるべきことも、何もかも。
死ねるわけがなかったんだ、失えるわけがなかったんだ。
本当に……くだらねえな……こんなことで、俺は終わるわけにはいかないのに」
『……ならば行ってくるがいい。……もう二度と、お前と会うことはないだろうが———』
『親として』
『家族と……して』
『…………ここにいるみんなが、貴様を祝福している。貴様を応援している。
貴様にはまだ、生きる意味と理由と、そして義務がある!
それを最後まで果たせよ、救世主。
何より———お前の愛した人が遺したものを、無駄にするな』
「ああ………………行って、くるよ……俺……!
愛して……くれて、ありがとう…………っ!!!!!!」
思い出。そんなものはなかった。
実のところほとんど———俺は自らの家族については知らない。
人を斬って、そして宗呪羅のところにいた時だって、俺は片時もヤツらから愛されていたんだ、などとは思っちゃいなかった。
……もう、そういうモノなんだな、って、心の底から諦めていたからこそ。
だからこそ、今みたいな———本当に、誰からアイされていたのかを見失った時に。俺の縋るはずだった師匠から裏切られた、という時に、その言葉が聞けただけでも、良かった。
俺は———言葉にされないし、行動にもされてなかったけど、最後の最後に———その本当の想いを聞くことができた。
だから……ありがとう。
行ってきます。
その魂を。その小さな体を、抱いてくれた影があった。
『お前に言えてなかったんだ。……それを言う前に、お前は出て行ってしまったからな』
ああ、見たことがある。
もうずっとこれだ。見たことがある記憶を思い出し、それを必死に紐付けようとする。
でも、今の俺には、お前が何なのか分からない。
もう誰も、思い出すことができない。
ロストになると同時に、全て失ってしまったから。
『…………すまない』
でも、聞いたこともある声だった。
俺はどこかで、この声を知っている。
『ずっと、お前のそばにいてやれなくて……すまない』
なのに、思い出せない。
思い出せないんだ。
『だけど、これだけは言わせてほしい。……俺の———俺たちの想いは、偽物じゃないから』
思い出せないんだ。
思い出さないんだよ。
思い…………出したいのに。
それはすごく重要なことで、すごく大事な人で。
俺が真っ先に縋るような、縋らなきゃいけなかった人で、俺の想いに真っ先に応えるべきだった人で。
思い出したいのに。
もう二度と、思い出さない。
『…………私、も』
「———っ!」
ああ……そうだった。
この人もいたんだ。
『貴方に……伝えて……伝えきれていないことが、あった』
ダメだ。こっちの方も、思い出せない。
なのに、なのに、涙が溢れてくる。
思い出さなきゃいけないのに。分からなきゃいけないのに。この人たちにとって、俺は何だったのか、知ってなきゃいけないのに。
『アレだけ……話した、のに、まだ……言えてないことが、あった。
絶対に言わなきゃ……いけなかった、のに、まだ、言えてない……こと』
思い出したい。思い出さなきゃいけない。なのに、なのに———もう、何も分からない。
その名前も。その人たちから、俺に呼ばれなければならない名前も。
思い出も、感覚も、何もかも全て。
『もう、貴方に会う機会は……ない。言う、機会も……これで、最後。
だから、今、言わせてもらう』
———ああ。
せめて、思い出させてくれよ。
思い出させてから、その言葉を言ってほしいんだ。
俺は———何も……覚えていないってのに。
『███、私……は、貴方を……』
『███。……ずっと、お前に言えてなかったな。……俺も、お前を……』
『『愛してる』』
「———あっ」
『……それだけは、誤解してほしくはなかったんだ、███』
『まだ……言えて、いなかった……言葉。
私、の………………貴方に、送る、気持ちの———全て』
「………………やめ……てよ。
もう俺は、何も覚えていないんだ。
自分のことも。貴方たちのことも。何が何なのか、もう俺にも、誰にも分からない。
……ごめん。自分の名前すらも、何もかも———俺は失くしてしまったんだよ。
…………っ、貴方たちにもらったはずの、この名前も゛っ゛! 貴方たちにもらったはずのこの体も! 言葉も、思い出もっ!
全部全部、俺はこの手で捨ててしまった! だからもう———俺には、誰にも愛される権利なんてないんだよ!
……忘れて、くれ。
このまま、俺の存在が全て消え失せてしまうまで」
『……じゃあ、もう一度』
『失くしてしまったのならば、もう一度……お前にやることにしよう。
何たって、コレは…………俺たちの、最初のプレゼントだったからな』
「え…………?」
『数あるものの中から……何でか知らんが、俺たちが選んだものだ』
『…………心を込めて、つけた……もの』
———ああ、そうだ。
そんなの、一つしかないじゃないか。
人の子供に、名前を与える存在。
人の子を見守り、愛し、人の初めての『星』になるもの。人に初めての『アイ』を与える者。
そして俺には———いないとさえ思っていたもの。
自ら手放した———最初にできた、俺の大切なもの。
『お前の……』
『貴方の、名前……は…………』
『アレン。
アレン・セイバー。
ソレがお前の、名前だ』
そうだ。
そう、だった。
たった今、全て思い出した。
俺の名前を。今俺の目の前にいるこの人たちが、誰なのかを。
「…………ぅ父さん……母さんっ!」
暗闇は打ち砕かれた。その面ごと砕け散った先に、俺は見た。
今の俺を抱いている、2人の姿を。
『ああ。……そうだ。お前に、父らしいことはできなかったかもしれないがな』
『…………私、も。母親、失格……だね……』
「……もう…………もう、俺は思い出せないかと思ってた!……もう二度と———会えないかと思ってた……もう誰にも、俺に愛なんて伝えてくれないと思ってた!
…………でも……でも、そうだ、俺が最初に頼るべきは……そうだった!……間違ってたよ、俺……もう誰にも愛されてないし、愛してくれる人がいないなんて……そんなこと、なかった……!」
『よかったな、アレン』
その声は———、
「兄さん……!」
『もう、立てるか?
……決着は、付けられるか?
貴様がどうであろうと、それだけはしなければならない。
貴様が生きる上での宿命であり、貴様の運命。……果たす時は来たか、アレン』
「…………ああ。……もう、俺は……全て思い出したよ。
何もかも……やるべきことも、何もかも。
死ねるわけがなかったんだ、失えるわけがなかったんだ。
本当に……くだらねえな……こんなことで、俺は終わるわけにはいかないのに」
『……ならば行ってくるがいい。……もう二度と、お前と会うことはないだろうが———』
『親として』
『家族と……して』
『…………ここにいるみんなが、貴様を祝福している。貴様を応援している。
貴様にはまだ、生きる意味と理由と、そして義務がある!
それを最後まで果たせよ、救世主。
何より———お前の愛した人が遺したものを、無駄にするな』
「ああ………………行って、くるよ……俺……!
愛して……くれて、ありがとう…………っ!!!!!!」
思い出。そんなものはなかった。
実のところほとんど———俺は自らの家族については知らない。
人を斬って、そして宗呪羅のところにいた時だって、俺は片時もヤツらから愛されていたんだ、などとは思っちゃいなかった。
……もう、そういうモノなんだな、って、心の底から諦めていたからこそ。
だからこそ、今みたいな———本当に、誰からアイされていたのかを見失った時に。俺の縋るはずだった師匠から裏切られた、という時に、その言葉が聞けただけでも、良かった。
俺は———言葉にされないし、行動にもされてなかったけど、最後の最後に———その本当の想いを聞くことができた。
だから……ありがとう。
行ってきます。
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