Wit:1/もしも願いが叶うなら〜No pain, no live〜

月影弧夜見(つきかげこよみ)

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断章Ⅱ〜最終兵器にアイの花を〜

最終兵器に、アイを———。

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◆◇◆◇◆◇◆◇


「…………ん」

 目を覚ました。もう二度と、覚めることは無いはずなのに。

「俺……は……」

 意識ははっきりしている。崩れ始めてはいるが、ここはまだゼウスの中……だろう。

「っは、ソレより体は! 体…………は…………」


 俺の体は———その腹からはおろか、どこを見ても……血など出てはいなかった。

 それだけじゃ無い。完全では無いが傷は塞がっており、今もなおその再生は続いている。

「おいおいこりゃ、一体どうなって———」





『治した、の』

 背から聞こえてきたのは———、

「は、アテナ! アテ———え」


 振り向いた瞬間、そこにいたのはアテナで間違いはなかった。……だけど。

「なんでお前———そんな」


 その小さな姿は、半透明になりながら。
 その周りを、光の粒子が舞っていた。


「ど……っ、どうしたんだよ、その体。
 ……お前……何……する気だよ、なあ、ニトイ!」

『…………まだ、その名で呼んでくれるの……?』

「あ…………ああ、間違った……でも、お前がまだ……俺のそばにいてくれるなら、なんだってしてやるさ、お前が望むことなら、なんだって……!」

『ありがとう、しろ。しろといられて、私はどこまでもしあわせだった。……だから、だからこれはそのおんがえし……なの』

「恩返し……馬鹿なこと言わないでくれ、お前は……お前は、俺と手を繋いでいてくれるだけでいいんだ、お前は何もしなくたって……!」

『……………………大好き。

 大好き、大すき、だいすき……!』

「そうだ、そうだとも、俺だってお前のことが……ああもう、こんな時に限って…………言葉が出ないってなんだよ……

 でも、でも俺は、それでも俺も、お前のことが好きなんだよ、好きだから、100万回だって愛してやるから、1億回だってそう叫んでやるから、だから———!」

 言いかけたとき、その言葉は既に先を越されていた。


『わたしも、たぶんおなじ。

 大好き……だから———、










 ———いきて』




 そういう、ことだ。
 何でこいつの体がこうなってるのか。何で俺の体が治ってるのか。何でこんなことを言い出しているのか。


 その、全てが今繋がった。




「やめて……くれ、俺のそばに……せめて死ぬ時くらい、お前といさせてくれ……

 これは俺のわがままだ、どこまでだって俺のわがままだ!

 それでも俺は、せめて最期……死に際ぐらいは、お前といたいんだ、だから———だから、先になんて……行かないでくれよ!」

『……これ』

 ニトイが差し出したのは———猛々しくも咲き誇ってみせた、一輪のみの白い花。

 ———あの時の、花だった。

『———しろの、いく……ところに、私はいけないみたい』

「それが……それがどうしたってんだよ……!」

『だか、ら、これを持っておくのは、しろ。

 私が、しろに渡す、アイの花。

 ごめん、ね……?……ずっと、しろと、いれなくて……ごめんなさい』


 何でだ。
 謝るのは……こっちの方なんだ。

 刹那———宗呪羅との決着、未だ絡みつく過去の、罪に塗れたしがらみ。

 全部———全部、俺たちのくだらないお芝居に付き合わされただけなんだ。

 お前も、ゼウスも、兄さんも、サナも、センも、レイも、コックも、黒も、結局は———馬鹿らしい、俺がつけなかった決着を肩代わりするためだけに戦って、ある者は命をも落としていったんだ。

 そうだ、俺が宗呪羅と話をしていれば、まだ止められたかもしれないんだ。

 宗呪羅が自分の夢を話した時、ちょっとでも聞いていれば———まだ止められたかもしれないんだ、ほとんど誰も死ななくてよかったかもしれない戦いなんだ……!

 本来お前らだって無関係なんだ、関わらなくてよかったはずなんだ、俺がいなければ———幸せに暮らせていたはずなんだよ……!!!!

『……ちがう』

 ———は。

「……心、読んだのか?」
『よめる、よ、私、にも。…………白あいてには、使いたく、なかったけど』

「———だから、なんなんだ。……違うわけ、違うわけないだろう……!」

 全部俺が悪いんだ、全部俺が悪かったんだ、だからそれで全て終わりなんだ、それ以上の事なんて俺は聞きたくな———。



『…………だって、白とあえたから……私は幸せだった』

 ———やめてくれよ。
 言わないでくれよ。
 お願いだから、それだけは———。


『白がいた、から、私はしあわせ……だった。


 ……白は、確かに……他人のしあわせを、奪ってきた』

 その通りだ、その通りなんだよ、だから言ってほしくないんだ———!

『———でも、おなじ分だけ……しあわせにしてくれた。なんとか、誰かをしあわせにしてみせようと…………みっともなく、必死で……あがいてた』

「……っ!」

『……でも、そんな人が……私の彼氏。……そんなおばかさんが、私の運命の人。………………だって、私は———、』

 アイを呟き。
 想いを束ね。
 まるでどこかの誰かのような白い花を掲げ、彼女は告げる。



『———私は、しろに………………いっぱい、いっぱい、しあわせにしてもらったから!


 だから、今度は私、が、幸せに……する、番。


 使






 ……やめて、くれ。




『……だから、さよなら、が、さいごのことばなんて……いや』

「俺だって嫌さ、今が最後だってことも……だから頼む、お願いだニトイ、こんなことやめてくれ!

 ———死んでいく俺のそばにいてくれているだけでいいんだ、本当にそれだけで俺は満足なんだ、お前を失う方がよっぽど…………よっぽど…………っ!」


『……やっぱり、みっともないね、白』

 だから、最後ぐらいは———。

『でも、それが……白らしい』






 みっともなかった。
 どこまでも、その救世主は、救世主には似つかない事を呟いてて、どこまでも少年らしい夢を、必死になって掲げ続けた。

 せめて、誰かを必死に護って。

 そしてしあわせにしてみせて、それでようやく満たされるような、そんな人だった。

 だからみっともなく、そして必死に戦って、そうしてまた失うんだ。


『———だからね?……これ、は、私の……さいごの、わがまま。


 今まで、いっぱい、いっぱい、わがままを、叶えてもらった。

 お父様、にも、宗呪羅、にも、しろ……にも』


「やめてくれ……お願いだ、本当に…………っ!

 死ぬん……だぞ、お前が! 俺のことなんて……俺のことなんて……っ!」


『…………だけど、ごめんね。……私、は、しろに、生きていて……ほしいの。


 まだ、やることが……あるでしょ?……だから、しろに、生きていてほしいの。


 こんな、私じゃなくて、しろに。……今でも、夢を、理想を見てる、しろに。




 そして、生きていて、ほしいの。




 私がアイした、あなたに』



「っ———!」



 瞬間、ニトイの体が、その指から解けてゆく。
 消えるんだ、本当に。

『さいごに、なるけど……』
「なん、なんだよ、ニトイ……っ!」

『ありがとう』


「は……?」
『一緒に住んでくれて、ありがとう』

 急に……コイツは何を言い出してる?

 …………おい。待て、待てよ、嘘だ嘘だろ。

 やめてくれ、本当にやめてくれ、それだけは嫌なんだよ、それだけは———!


『私といてくれて、ありがとう。
 笑顔を見せてくれて、ありがとう。
 食べ物を食べさせてくれて、ありがとう。
 話してくれて、ありがとう。
 抱きしめてくれて、ありがとう。
 でーと、に、連れてってくれて、ありがとう。
 ジェットコースターに……渋々ながら乗ってくれて、ありがとう。
 わがままに付き合ってくれて、ありがとう。

 キス……してくれて、ありがとう。


 私を選んでくれて、ありがとう。


 機神でも、それでも、彼女と見てくれて……ありがとう。

 偽りでも———私を見てくれて、ありがとう。



 アイしてくれて、ありがとう。


 アイを教えてくれて、ありがとう。






 ———好きだよ、しろ』









 伸ばして、伸ばして、伸びきって、ずっと繋いでいた……その手は、既に消え去っていた。


 同時に、自らの傷も完全に癒える。
 ———もう、それだけで、俺は何をされたか———ニトイは何をしでかしたかすらも、手に取るように分かった。



『等価交換』だ。
 俺の命と、お前の命の。


「生きて……『生きて』、だって……?……俺が、雪斬ツバサがこの世に生きる意味なんて……


 お前と一緒にいることぐらいしか、ある訳がないだろ……

 俺の……俺の半分は、お前だ……雪斬ツバサの半分は、お前なんだよ……お前がいなきゃ、俺は俺じゃないんだよぉっ………………!!!!」





 知りたくはなかった。
 信じたくはなかった。
 一生、絶対に。

 それでも、俺は、もう2度と届かないであろう、夜空の星々に向かって……いつかの誰かの名を叫ぶ。

「…………ニトイ」



 それでも、すでに終わっていた。

「ニトイ、ニトイ……」

 もう、何をしたって戻ってこない。願いを叶えようと、この身体を差し出そうと、あいつは戻ってきやしないんだ。

「ニトイ、ニトイ、ニトイ、ニトイ……っ!」

 なんで、どうしてみんな、こんなに優しいんだ。
 死なせてくれ、せめて———愛すると決めた、その腕の中で。


 甘く死を受け入れた俺の頭には、未だにその喪失が拭えずにいた。

 いや、それも俺のわがままか。
 そんなことすら、運命は許してくれないってのか。

 俺を殺してくれ。俺を死なせてくれ。

 もはや、涙は枯れ果てた。
 大切な人の死。
 この数日間で、一体何度経験してきたであろうか。


「…………なんで、みんな、隊長も、ディルも…………俺よりも先に……行っちまうんだよ……なあ、なあ、どうして、どうして……!!!!」

 声にもならない慟哭が心を支配する。

 泣きそうで、泣きそうで、むせ返って、咳払いをして。喉の奥から嗚咽が響き、まどろんで、悶えて。

『もう失いたくない』と、『ずっと一緒にいさせてくれ』と、一生願って。




「もしも、なあ、もしも、願いが叶うなら———」

 いつかの誰かの言っていた、言葉だった。

 虚しい叫びだった。
 もはや神にも届かない、誰に届くかも分からない、言葉だった。




「初めてお前を見た時、ずっと、ずっとお前を愛していた……そんな気が、するんだ。

 ……本当に、気の遠くなるような昔から……何度も何度も、生まれ変わったって何度も、お前と会えるような、そんな気がしたんだ。

 でも俺たちは、いつ———幸せになれるんだ、俺はいつ、何回目で幸せになれるんだ、お前と……!



 ダメなんだ、お前がいない世界なんて、そんなものは幸せじゃないんだ。

 お前と出会ったその日から、お前無しなんて……考えられなかった。

 お前と、お前と出会ったから、俺は幸せを……感じられなくなった、お前がいなきゃ、何もかも……モノクロに見えて、仕方がないんだよ!






 ……………………愛してる。何度生まれ変わったって、何度出会ったって、たとえもう2度と出会えなかったとしても———俺は、お前のことを…………」




 もう、2度と叶わない恋だとしても。

 それでも、俺の恋焦がれた一瞬は、永遠だった。


「……ああ、そうか、アイスクリーム……



     ……美味しかったんだな……」








 そうだ、俺は失うことはないと思い込んでいただけなんだ。

 きっと、今までが上手くいっていたから。
 誰も失うことなく魔王を倒してみせたのだから、だから本気で頑張れば、誰も失わずに済むって、そんな幻想に縋り付いていたんだ。

 そんな優しい世界、あるわけないってのに。
 
 現実は今まで理不尽だったじゃないか、あの地獄のような現実を、俺は既に知っているじゃないか。
 なのに、どうして。

 ———どうして、そんな夢を、幻想なんかを、信じてしまったんだ。


 たぶん、このまますすんでいれば。
 いのちをかけて、たたかっていれば。
 アイツとこれからずっと、仲良く暮らせる未来に辿り着けるはずだと、そう思っていた俺が。

 あの時———クラッシャーと戦った時みたいに、必死に祈れば、願えば、何もかも全て叶ってみせるって、そう思ってたんだ。まだ終わりじゃないって、諦めきれていなかったんだ。

 俺は救世主なんだ、絶対に全てを終わらせて、最後の最後に……みんなで笑ってやるぞ、って、そう意気込んでた。

 でも、ダメだった。

 結局誰も守ることはできなかった。
 自分の運命に決着をつけることもできなかったし、アイツに決着をつけさせてやることも、アイツのやりたい事を叶えてやることも、全部できなかった。

 アイだなんだって、結局は嘘っぱちだ。そんなものに力などなかった、アイは世界を救うことなんて———なかった。

 だって———だって、俺を1番に愛してくれたアンタが……俺の1番の敵だったんだから。



「…………この花は、どうすればいい?……お前にもらったものは、俺はどうお前に返したらいいんだよ、なあっ!

 俺は———俺は、何も返せちゃいなかった、何もかも、お前から与えてもらったばっかりだった!

 お前はわがままばっかり言ってさ、俺に迷惑をかけてきたつもりだったかもしれねえがよ、俺にとっては与えてもらうばっかりだったんだよ…………雪斬ツバサにとってはッ!


 ……なのに、幸せ…………なんて、そんなのぉっ!」


 もう、何も考えたくはなかった。
 俺はどうすればいい? 何をすれば、俺はアイツに…………っああ、もうダメだ。


 何で、どうして……この手からこぼれ落ちていってしまうんだ。


 何もかも、護ろうと思って、そう心に誓ったものが、全て。






「…………うぅ…………っく、



 ———ぅニトイィィィィィィィィィィィィッ!」




 もう。虚空に向けて、叫ぶだけしかできなかった。
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