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断章Ⅱ〜最終兵器にアイの花を〜
最終兵器に、アイを———。
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◆◇◆◇◆◇◆◇
「…………ん」
目を覚ました。もう二度と、覚めることは無いはずなのに。
「俺……は……」
意識ははっきりしている。崩れ始めてはいるが、ここはまだゼウスの中……だろう。
「っは、ソレより体は! 体…………は…………」
俺の体は———その腹からはおろか、どこを見ても……血など出てはいなかった。
それだけじゃ無い。完全では無いが傷は塞がっており、今もなおその再生は続いている。
「おいおいこりゃ、一体どうなって———」
『治した、の』
背から聞こえてきたのは———、
「は、アテナ! アテ———え」
振り向いた瞬間、そこにいたのはアテナで間違いはなかった。……だけど。
「なんでお前———そんな」
その小さな姿は、半透明になりながら。
その周りを、光の粒子が舞っていた。
「ど……っ、どうしたんだよ、その体。
……お前……何……する気だよ、なあ、ニトイ!」
『…………まだ、その名で呼んでくれるの……?』
「あ…………ああ、間違った……でも、お前がまだ……俺のそばにいてくれるなら、なんだってしてやるさ、お前が望むことなら、なんだって……!」
『ありがとう、しろ。しろといられて、私はどこまでもしあわせだった。……だから、だからこれはそのおんがえし……なの』
「恩返し……馬鹿なこと言わないでくれ、お前は……お前は、俺と手を繋いでいてくれるだけでいいんだ、お前は何もしなくたって……!」
『……………………大好き。
大好き、大すき、だいすき……!』
「そうだ、そうだとも、俺だってお前のことが……ああもう、こんな時に限って…………言葉が出ないってなんだよ……
でも、でも俺は、それでも俺も、お前のことが好きなんだよ、好きだから、100万回だって愛してやるから、1億回だってそう叫んでやるから、だから———!」
言いかけたとき、その言葉は既に先を越されていた。
『わたしも、たぶんおなじ。
大好き……だから———、
———いきて』
そういう、ことだ。
何でこいつの体がこうなってるのか。何で俺の体が治ってるのか。何でこんなことを言い出しているのか。
その、全てが今繋がった。
「やめて……くれ、俺のそばに……せめて死ぬ時くらい、お前といさせてくれ……
これは俺のわがままだ、どこまでだって俺のわがままだ!
それでも俺は、せめて最期……死に際ぐらいは、お前といたいんだ、だから———だから、先になんて……行かないでくれよ!」
『……これ』
ニトイが差し出したのは———猛々しくも咲き誇ってみせた、一輪のみの白い花。
———あの時の、花だった。
『———しろの、いく……ところに、私はいけないみたい』
「それが……それがどうしたってんだよ……!」
『だか、ら、これを持っておくのは、しろ。
私が、しろに渡す、アイの花。
ごめん、ね……?……ずっと、しろと、いれなくて……ごめんなさい』
何でだ。
謝るのは……こっちの方なんだ。
刹那———宗呪羅との決着、未だ絡みつく過去の、罪に塗れたしがらみ。
全部———全部、俺たちのくだらないお芝居に付き合わされただけなんだ。
お前も、ゼウスも、兄さんも、サナも、センも、レイも、コックも、黒も、結局は———馬鹿らしい、俺がつけなかった決着を肩代わりするためだけに戦って、ある者は命をも落としていったんだ。
そうだ、俺が宗呪羅と話をしていれば、まだ止められたかもしれないんだ。
宗呪羅が自分の夢を話した時、ちょっとでも聞いていれば———まだ止められたかもしれないんだ、ほとんど誰も死ななくてよかったかもしれない戦いなんだ……!
本来お前らだって無関係なんだ、関わらなくてよかったはずなんだ、俺がいなければ———幸せに暮らせていたはずなんだよ……!!!!
『……ちがう』
———は。
「……心、読んだのか?」
『よめる、よ、私、にも。…………白あいてには、使いたく、なかったけど』
「———だから、なんなんだ。……違うわけ、違うわけないだろう……!」
全部俺が悪いんだ、全部俺が悪かったんだ、だからそれで全て終わりなんだ、それ以上の事なんて俺は聞きたくな———。
『…………だって、白とあえたから……私は幸せだった』
———やめてくれよ。
言わないでくれよ。
お願いだから、それだけは———。
『白がいた、から、私はしあわせ……だった。
……白は、確かに……他人のしあわせを、奪ってきた』
その通りだ、その通りなんだよ、だから言ってほしくないんだ———!
『———でも、おなじ分だけ……しあわせにしてくれた。なんとか、誰かをしあわせにしてみせようと…………みっともなく、必死で……あがいてた』
「……っ!」
『……でも、そんな人が……私の彼氏。……そんなおばかさんが、私の運命の人。………………だって、私は———、』
アイを呟き。
想いを束ね。
まるでどこかの誰かのような白い花を掲げ、彼女は告げる。
『———私は、しろに………………いっぱい、いっぱい、しあわせにしてもらったから!
だから、今度は私、が、幸せに……する、番。
この命を、使ってでも』
……やめて、くれ。
『……だから、さよなら、が、さいごのことばなんて……いや』
「俺だって嫌さ、今が最後だってことも……だから頼む、お願いだニトイ、こんなことやめてくれ!
———死んでいく俺のそばにいてくれているだけでいいんだ、本当にそれだけで俺は満足なんだ、お前を失う方がよっぽど…………よっぽど…………っ!」
『……やっぱり、みっともないね、白』
だから、最後ぐらいは———。
『でも、それが……白らしい』
みっともなかった。
どこまでも、その救世主は、救世主には似つかない事を呟いてて、どこまでも少年らしい夢を、必死になって掲げ続けた。
せめて、誰かを必死に護って。
そしてしあわせにしてみせて、それでようやく満たされるような、そんな人だった。
だからみっともなく、そして必死に戦って、そうしてまた失うんだ。
『———だからね?……これ、は、私の……さいごの、わがまま。
今まで、いっぱい、いっぱい、わがままを、叶えてもらった。
お父様、にも、宗呪羅、にも、しろ……にも』
「やめてくれ……お願いだ、本当に…………っ!
死ぬん……だぞ、お前が! 俺のことなんて……俺のことなんて……っ!」
『…………だけど、ごめんね。……私、は、しろに、生きていて……ほしいの。
まだ、やることが……あるでしょ?……だから、しろに、生きていてほしいの。
こんな、私じゃなくて、しろに。……今でも、夢を、理想を見てる、しろに。
そして、生きていて、ほしいの。
私がアイした、あなたに』
「っ———!」
瞬間、ニトイの体が、その指から解けてゆく。
消えるんだ、本当に。
『さいごに、なるけど……』
「なん、なんだよ、ニトイ……っ!」
『ありがとう』
「は……?」
『一緒に住んでくれて、ありがとう』
急に……コイツは何を言い出してる?
…………おい。待て、待てよ、嘘だ嘘だろ。
やめてくれ、本当にやめてくれ、それだけは嫌なんだよ、それだけは———!
『私といてくれて、ありがとう。
笑顔を見せてくれて、ありがとう。
食べ物を食べさせてくれて、ありがとう。
話してくれて、ありがとう。
抱きしめてくれて、ありがとう。
でーと、に、連れてってくれて、ありがとう。
ジェットコースターに……渋々ながら乗ってくれて、ありがとう。
わがままに付き合ってくれて、ありがとう。
キス……してくれて、ありがとう。
私を選んでくれて、ありがとう。
機神でも、それでも、彼女と見てくれて……ありがとう。
偽りでも———私を見てくれて、ありがとう。
アイしてくれて、ありがとう。
アイを教えてくれて、ありがとう。
———好きだよ、しろ』
伸ばして、伸ばして、伸びきって、ずっと繋いでいた……その手は、既に消え去っていた。
同時に、自らの傷も完全に癒える。
———もう、それだけで、俺は何をされたか———ニトイは何をしでかしたかすらも、手に取るように分かった。
『等価交換』だ。
俺の命と、お前の命の。
「生きて……『生きて』、だって……?……俺が、雪斬ツバサがこの世に生きる意味なんて……
お前と一緒にいることぐらいしか、ある訳がないだろ……
俺の……俺の半分は、お前だ……雪斬ツバサの半分は、お前なんだよ……お前がいなきゃ、俺は俺じゃないんだよぉっ………………!!!!」
知りたくはなかった。
信じたくはなかった。
一生、絶対に。
それでも、俺は、もう2度と届かないであろう、夜空の星々に向かって……いつかの誰かの名を叫ぶ。
「…………ニトイ」
それでも、すでに終わっていた。
「ニトイ、ニトイ……」
もう、何をしたって戻ってこない。願いを叶えようと、この身体を差し出そうと、あいつは戻ってきやしないんだ。
「ニトイ、ニトイ、ニトイ、ニトイ……っ!」
なんで、どうしてみんな、こんなに優しいんだ。
死なせてくれ、せめて———愛すると決めた、その腕の中で。
甘く死を受け入れた俺の頭には、未だにその喪失が拭えずにいた。
いや、それも俺のわがままか。
そんなことすら、運命は許してくれないってのか。
俺を殺してくれ。俺を死なせてくれ。
もはや、涙は枯れ果てた。
大切な人の死。
この数日間で、一体何度経験してきたであろうか。
「…………なんで、みんな、隊長も、ディルも…………俺よりも先に……行っちまうんだよ……なあ、なあ、どうして、どうして……!!!!」
声にもならない慟哭が心を支配する。
泣きそうで、泣きそうで、むせ返って、咳払いをして。喉の奥から嗚咽が響き、まどろんで、悶えて。
『もう失いたくない』と、『ずっと一緒にいさせてくれ』と、一生願って。
「もしも、なあ、もしも、願いが叶うなら———」
いつかの誰かの言っていた、言葉だった。
虚しい叫びだった。
もはや神にも届かない、誰に届くかも分からない、言葉だった。
「初めてお前を見た時、ずっと、ずっとお前を愛していた……そんな気が、するんだ。
……本当に、気の遠くなるような昔から……何度も何度も、生まれ変わったって何度も、お前と会えるような、そんな気がしたんだ。
でも俺たちは、いつ———幸せになれるんだ、俺はいつ、何回目で幸せになれるんだ、お前と……!
ダメなんだ、お前がいない世界なんて、そんなものは幸せじゃないんだ。
お前と出会ったその日から、お前無しなんて……考えられなかった。
お前と、お前と出会ったから、俺は幸せを……感じられなくなった、お前がいなきゃ、何もかも……モノクロに見えて、仕方がないんだよ!
……………………愛してる。何度生まれ変わったって、何度出会ったって、たとえもう2度と出会えなかったとしても———俺は、お前のことを…………」
もう、2度と叶わない恋だとしても。
それでも、俺の恋焦がれた一瞬は、永遠だった。
「……ああ、そうか、アイスクリーム……
……美味しかったんだな……」
そうだ、俺は失うことはないと思い込んでいただけなんだ。
きっと、今までが上手くいっていたから。
誰も失うことなく魔王を倒してみせたのだから、だから本気で頑張れば、誰も失わずに済むって、そんな幻想に縋り付いていたんだ。
そんな優しい世界、あるわけないってのに。
現実は今まで理不尽だったじゃないか、あの地獄のような現実を、俺は既に知っているじゃないか。
なのに、どうして。
———どうして、そんな夢を、幻想なんかを、信じてしまったんだ。
たぶん、このまますすんでいれば。
いのちをかけて、たたかっていれば。
アイツとこれからずっと、仲良く暮らせる未来に辿り着けるはずだと、そう思っていた俺が。
あの時———クラッシャーと戦った時みたいに、必死に祈れば、願えば、何もかも全て叶ってみせるって、そう思ってたんだ。まだ終わりじゃないって、諦めきれていなかったんだ。
俺は救世主なんだ、絶対に全てを終わらせて、最後の最後に……みんなで笑ってやるぞ、って、そう意気込んでた。
でも、ダメだった。
結局誰も守ることはできなかった。
自分の運命に決着をつけることもできなかったし、アイツに決着をつけさせてやることも、アイツのやりたい事を叶えてやることも、全部できなかった。
アイだなんだって、結局は嘘っぱちだ。そんなものに力などなかった、アイは世界を救うことなんて———なかった。
だって———だって、俺を1番に愛してくれたアンタが……俺の1番の敵だったんだから。
「…………この花は、どうすればいい?……お前にもらったものは、俺はどうお前に返したらいいんだよ、なあっ!
俺は———俺は、何も返せちゃいなかった、何もかも、お前から与えてもらったばっかりだった!
お前はわがままばっかり言ってさ、俺に迷惑をかけてきたつもりだったかもしれねえがよ、俺にとっては与えてもらうばっかりだったんだよ…………雪斬ツバサにとってはッ!
……なのに、幸せ…………なんて、そんなのぉっ!」
もう、何も考えたくはなかった。
俺はどうすればいい? 何をすれば、俺はアイツに…………っああ、もうダメだ。
何で、どうして……この手からこぼれ落ちていってしまうんだ。
何もかも、護ろうと思って、そう心に誓ったものが、全て。
「…………うぅ…………っく、
———ぅニトイィィィィィィィィィィィィッ!」
もう。虚空に向けて、叫ぶだけしかできなかった。
「…………ん」
目を覚ました。もう二度と、覚めることは無いはずなのに。
「俺……は……」
意識ははっきりしている。崩れ始めてはいるが、ここはまだゼウスの中……だろう。
「っは、ソレより体は! 体…………は…………」
俺の体は———その腹からはおろか、どこを見ても……血など出てはいなかった。
それだけじゃ無い。完全では無いが傷は塞がっており、今もなおその再生は続いている。
「おいおいこりゃ、一体どうなって———」
『治した、の』
背から聞こえてきたのは———、
「は、アテナ! アテ———え」
振り向いた瞬間、そこにいたのはアテナで間違いはなかった。……だけど。
「なんでお前———そんな」
その小さな姿は、半透明になりながら。
その周りを、光の粒子が舞っていた。
「ど……っ、どうしたんだよ、その体。
……お前……何……する気だよ、なあ、ニトイ!」
『…………まだ、その名で呼んでくれるの……?』
「あ…………ああ、間違った……でも、お前がまだ……俺のそばにいてくれるなら、なんだってしてやるさ、お前が望むことなら、なんだって……!」
『ありがとう、しろ。しろといられて、私はどこまでもしあわせだった。……だから、だからこれはそのおんがえし……なの』
「恩返し……馬鹿なこと言わないでくれ、お前は……お前は、俺と手を繋いでいてくれるだけでいいんだ、お前は何もしなくたって……!」
『……………………大好き。
大好き、大すき、だいすき……!』
「そうだ、そうだとも、俺だってお前のことが……ああもう、こんな時に限って…………言葉が出ないってなんだよ……
でも、でも俺は、それでも俺も、お前のことが好きなんだよ、好きだから、100万回だって愛してやるから、1億回だってそう叫んでやるから、だから———!」
言いかけたとき、その言葉は既に先を越されていた。
『わたしも、たぶんおなじ。
大好き……だから———、
———いきて』
そういう、ことだ。
何でこいつの体がこうなってるのか。何で俺の体が治ってるのか。何でこんなことを言い出しているのか。
その、全てが今繋がった。
「やめて……くれ、俺のそばに……せめて死ぬ時くらい、お前といさせてくれ……
これは俺のわがままだ、どこまでだって俺のわがままだ!
それでも俺は、せめて最期……死に際ぐらいは、お前といたいんだ、だから———だから、先になんて……行かないでくれよ!」
『……これ』
ニトイが差し出したのは———猛々しくも咲き誇ってみせた、一輪のみの白い花。
———あの時の、花だった。
『———しろの、いく……ところに、私はいけないみたい』
「それが……それがどうしたってんだよ……!」
『だか、ら、これを持っておくのは、しろ。
私が、しろに渡す、アイの花。
ごめん、ね……?……ずっと、しろと、いれなくて……ごめんなさい』
何でだ。
謝るのは……こっちの方なんだ。
刹那———宗呪羅との決着、未だ絡みつく過去の、罪に塗れたしがらみ。
全部———全部、俺たちのくだらないお芝居に付き合わされただけなんだ。
お前も、ゼウスも、兄さんも、サナも、センも、レイも、コックも、黒も、結局は———馬鹿らしい、俺がつけなかった決着を肩代わりするためだけに戦って、ある者は命をも落としていったんだ。
そうだ、俺が宗呪羅と話をしていれば、まだ止められたかもしれないんだ。
宗呪羅が自分の夢を話した時、ちょっとでも聞いていれば———まだ止められたかもしれないんだ、ほとんど誰も死ななくてよかったかもしれない戦いなんだ……!
本来お前らだって無関係なんだ、関わらなくてよかったはずなんだ、俺がいなければ———幸せに暮らせていたはずなんだよ……!!!!
『……ちがう』
———は。
「……心、読んだのか?」
『よめる、よ、私、にも。…………白あいてには、使いたく、なかったけど』
「———だから、なんなんだ。……違うわけ、違うわけないだろう……!」
全部俺が悪いんだ、全部俺が悪かったんだ、だからそれで全て終わりなんだ、それ以上の事なんて俺は聞きたくな———。
『…………だって、白とあえたから……私は幸せだった』
———やめてくれよ。
言わないでくれよ。
お願いだから、それだけは———。
『白がいた、から、私はしあわせ……だった。
……白は、確かに……他人のしあわせを、奪ってきた』
その通りだ、その通りなんだよ、だから言ってほしくないんだ———!
『———でも、おなじ分だけ……しあわせにしてくれた。なんとか、誰かをしあわせにしてみせようと…………みっともなく、必死で……あがいてた』
「……っ!」
『……でも、そんな人が……私の彼氏。……そんなおばかさんが、私の運命の人。………………だって、私は———、』
アイを呟き。
想いを束ね。
まるでどこかの誰かのような白い花を掲げ、彼女は告げる。
『———私は、しろに………………いっぱい、いっぱい、しあわせにしてもらったから!
だから、今度は私、が、幸せに……する、番。
この命を、使ってでも』
……やめて、くれ。
『……だから、さよなら、が、さいごのことばなんて……いや』
「俺だって嫌さ、今が最後だってことも……だから頼む、お願いだニトイ、こんなことやめてくれ!
———死んでいく俺のそばにいてくれているだけでいいんだ、本当にそれだけで俺は満足なんだ、お前を失う方がよっぽど…………よっぽど…………っ!」
『……やっぱり、みっともないね、白』
だから、最後ぐらいは———。
『でも、それが……白らしい』
みっともなかった。
どこまでも、その救世主は、救世主には似つかない事を呟いてて、どこまでも少年らしい夢を、必死になって掲げ続けた。
せめて、誰かを必死に護って。
そしてしあわせにしてみせて、それでようやく満たされるような、そんな人だった。
だからみっともなく、そして必死に戦って、そうしてまた失うんだ。
『———だからね?……これ、は、私の……さいごの、わがまま。
今まで、いっぱい、いっぱい、わがままを、叶えてもらった。
お父様、にも、宗呪羅、にも、しろ……にも』
「やめてくれ……お願いだ、本当に…………っ!
死ぬん……だぞ、お前が! 俺のことなんて……俺のことなんて……っ!」
『…………だけど、ごめんね。……私、は、しろに、生きていて……ほしいの。
まだ、やることが……あるでしょ?……だから、しろに、生きていてほしいの。
こんな、私じゃなくて、しろに。……今でも、夢を、理想を見てる、しろに。
そして、生きていて、ほしいの。
私がアイした、あなたに』
「っ———!」
瞬間、ニトイの体が、その指から解けてゆく。
消えるんだ、本当に。
『さいごに、なるけど……』
「なん、なんだよ、ニトイ……っ!」
『ありがとう』
「は……?」
『一緒に住んでくれて、ありがとう』
急に……コイツは何を言い出してる?
…………おい。待て、待てよ、嘘だ嘘だろ。
やめてくれ、本当にやめてくれ、それだけは嫌なんだよ、それだけは———!
『私といてくれて、ありがとう。
笑顔を見せてくれて、ありがとう。
食べ物を食べさせてくれて、ありがとう。
話してくれて、ありがとう。
抱きしめてくれて、ありがとう。
でーと、に、連れてってくれて、ありがとう。
ジェットコースターに……渋々ながら乗ってくれて、ありがとう。
わがままに付き合ってくれて、ありがとう。
キス……してくれて、ありがとう。
私を選んでくれて、ありがとう。
機神でも、それでも、彼女と見てくれて……ありがとう。
偽りでも———私を見てくれて、ありがとう。
アイしてくれて、ありがとう。
アイを教えてくれて、ありがとう。
———好きだよ、しろ』
伸ばして、伸ばして、伸びきって、ずっと繋いでいた……その手は、既に消え去っていた。
同時に、自らの傷も完全に癒える。
———もう、それだけで、俺は何をされたか———ニトイは何をしでかしたかすらも、手に取るように分かった。
『等価交換』だ。
俺の命と、お前の命の。
「生きて……『生きて』、だって……?……俺が、雪斬ツバサがこの世に生きる意味なんて……
お前と一緒にいることぐらいしか、ある訳がないだろ……
俺の……俺の半分は、お前だ……雪斬ツバサの半分は、お前なんだよ……お前がいなきゃ、俺は俺じゃないんだよぉっ………………!!!!」
知りたくはなかった。
信じたくはなかった。
一生、絶対に。
それでも、俺は、もう2度と届かないであろう、夜空の星々に向かって……いつかの誰かの名を叫ぶ。
「…………ニトイ」
それでも、すでに終わっていた。
「ニトイ、ニトイ……」
もう、何をしたって戻ってこない。願いを叶えようと、この身体を差し出そうと、あいつは戻ってきやしないんだ。
「ニトイ、ニトイ、ニトイ、ニトイ……っ!」
なんで、どうしてみんな、こんなに優しいんだ。
死なせてくれ、せめて———愛すると決めた、その腕の中で。
甘く死を受け入れた俺の頭には、未だにその喪失が拭えずにいた。
いや、それも俺のわがままか。
そんなことすら、運命は許してくれないってのか。
俺を殺してくれ。俺を死なせてくれ。
もはや、涙は枯れ果てた。
大切な人の死。
この数日間で、一体何度経験してきたであろうか。
「…………なんで、みんな、隊長も、ディルも…………俺よりも先に……行っちまうんだよ……なあ、なあ、どうして、どうして……!!!!」
声にもならない慟哭が心を支配する。
泣きそうで、泣きそうで、むせ返って、咳払いをして。喉の奥から嗚咽が響き、まどろんで、悶えて。
『もう失いたくない』と、『ずっと一緒にいさせてくれ』と、一生願って。
「もしも、なあ、もしも、願いが叶うなら———」
いつかの誰かの言っていた、言葉だった。
虚しい叫びだった。
もはや神にも届かない、誰に届くかも分からない、言葉だった。
「初めてお前を見た時、ずっと、ずっとお前を愛していた……そんな気が、するんだ。
……本当に、気の遠くなるような昔から……何度も何度も、生まれ変わったって何度も、お前と会えるような、そんな気がしたんだ。
でも俺たちは、いつ———幸せになれるんだ、俺はいつ、何回目で幸せになれるんだ、お前と……!
ダメなんだ、お前がいない世界なんて、そんなものは幸せじゃないんだ。
お前と出会ったその日から、お前無しなんて……考えられなかった。
お前と、お前と出会ったから、俺は幸せを……感じられなくなった、お前がいなきゃ、何もかも……モノクロに見えて、仕方がないんだよ!
……………………愛してる。何度生まれ変わったって、何度出会ったって、たとえもう2度と出会えなかったとしても———俺は、お前のことを…………」
もう、2度と叶わない恋だとしても。
それでも、俺の恋焦がれた一瞬は、永遠だった。
「……ああ、そうか、アイスクリーム……
……美味しかったんだな……」
そうだ、俺は失うことはないと思い込んでいただけなんだ。
きっと、今までが上手くいっていたから。
誰も失うことなく魔王を倒してみせたのだから、だから本気で頑張れば、誰も失わずに済むって、そんな幻想に縋り付いていたんだ。
そんな優しい世界、あるわけないってのに。
現実は今まで理不尽だったじゃないか、あの地獄のような現実を、俺は既に知っているじゃないか。
なのに、どうして。
———どうして、そんな夢を、幻想なんかを、信じてしまったんだ。
たぶん、このまますすんでいれば。
いのちをかけて、たたかっていれば。
アイツとこれからずっと、仲良く暮らせる未来に辿り着けるはずだと、そう思っていた俺が。
あの時———クラッシャーと戦った時みたいに、必死に祈れば、願えば、何もかも全て叶ってみせるって、そう思ってたんだ。まだ終わりじゃないって、諦めきれていなかったんだ。
俺は救世主なんだ、絶対に全てを終わらせて、最後の最後に……みんなで笑ってやるぞ、って、そう意気込んでた。
でも、ダメだった。
結局誰も守ることはできなかった。
自分の運命に決着をつけることもできなかったし、アイツに決着をつけさせてやることも、アイツのやりたい事を叶えてやることも、全部できなかった。
アイだなんだって、結局は嘘っぱちだ。そんなものに力などなかった、アイは世界を救うことなんて———なかった。
だって———だって、俺を1番に愛してくれたアンタが……俺の1番の敵だったんだから。
「…………この花は、どうすればいい?……お前にもらったものは、俺はどうお前に返したらいいんだよ、なあっ!
俺は———俺は、何も返せちゃいなかった、何もかも、お前から与えてもらったばっかりだった!
お前はわがままばっかり言ってさ、俺に迷惑をかけてきたつもりだったかもしれねえがよ、俺にとっては与えてもらうばっかりだったんだよ…………雪斬ツバサにとってはッ!
……なのに、幸せ…………なんて、そんなのぉっ!」
もう、何も考えたくはなかった。
俺はどうすればいい? 何をすれば、俺はアイツに…………っああ、もうダメだ。
何で、どうして……この手からこぼれ落ちていってしまうんだ。
何もかも、護ろうと思って、そう心に誓ったものが、全て。
「…………うぅ…………っく、
———ぅニトイィィィィィィィィィィィィッ!」
もう。虚空に向けて、叫ぶだけしかできなかった。
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