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断章Ⅱ〜最終兵器にアイの花を〜
Side-レイラ: そんなにファッションがしたいのか
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彼らは私を何に使っていたのか———。
知りたくなかったし、知った後もしばらくはそれから目を背けていたかった。
そんな現実を見たくなかった。
そんなものの為に私は今まで生きていたのか、なんて知りたくなかった。
でも、だって。
聞いてしまったから。
『うちの子凄いんですよ~、なんたって成績はいっつもトップクラスで……』
自分の部屋の向こう、玄関にて話している親の声だった。
目の前にあるドアより漏れ出す日光が、信じきっていたような私の心を焦がしにくる。
親が話していたのは近所の人だろうか。
聞きたくなかった。
聞き入れたくなかった。
でもやっぱり、認めるしかなかった。
どうしてお父さんが、お母さんが、その時間と金を私のために注いでくれたのか。
その理由を。
———この街、というよりオリュンポス全体で、優生思想が根付いていたのは周知の事実だった。
より優秀な『育て親』、もっと言うと権力者が、より優秀なデザイナーベビーを『我が子』として選び、育て……そんな倫理的にも人道的にも人の所業とは思えないものが、この街では当然のように蔓延っていた。
いつからか、そしてどこからかは分からないが、機神による『オリュンポス外の人類より完璧で、そして永遠の人類』という思想を体現し徹底した監視社会、そのような思想をも生み出し、そしてこのオリュンポスと言う限定的な閉塞社会においての常識として根付いてしまっていたのだ。
でも、私の両親は違うと思っていた。
今までの人生だって、過不足なく私に娯楽を与えて、愛情を注いでくれていた、はずだ。
———と思っていたのは、少し前までの話。
「…………ずっと、ずっと」
私のことをどう見ていてくれたのか。
「……ずっと、私を……」
私を、一体なんだと思っていてくれたのかを。
「———ただのお洋服だと、思ってたんだ」
言わなかった。
直接、言うようなことはしなかった。
だって、もう全てがめんどくさくてしょうがなかったから。
何もしたくなかったんだ、私は。
そんな私を、親は『死んだように無気力になった』と形容した。
そりゃあそうだろう、一度黄ばんだお洋服は、彼らにとっては死んだも同然なんだから。
どこに行くにしろ、何をするにしろ、まるで目が見えないかのように———そして頭に霧がかかったように、全てが不明瞭な世界と化していた。
そこに私としての居場所なんてなかった。
自分でも自分を定義しきれなかった。
今どこにいるのかと言うのも、今何をしているのか、今の目標、今の夢、今の感情、全てが不明確だったのだ。
だから、落ちた。
成績も、信頼も、金という名の信用も。
落ちて、落ちて、もはや親からロクにご飯すら与えてもらえず、栄養失調で学校でブッ倒れた時。
———そう、この時だ。
目の前はまっくらだったけど。
『保健室に連れてってきますね~……』
朧げながらも活発で、太陽みたいな明るさを感じさせる声だった。
「…………ぅ」
次に目が覚めたのは、白い天井の下。
背に伝わる深々とした温かい感覚。
横に目をやると、まるで私を隔離するように区切られた布の壁が、四方八方に張り巡らされていた。
———が。
「あ、起きた?」
失礼にも私の足元にて座っていた赤髪の少女は、私に向かって言葉を投げかけてくる。
「…………起き、ました」
「先生にお願いして、非常食を無理矢理口に入れた甲斐はあるか……まあ、大事には至らなかったから良かったけど、学校で倒れるとか、一体何があったワケよ?」
「あえっ…………あの、とりあえず……ありがとう……ございます」
あんな家の事情をそのままとても話せる訳もなく、私はここで黙り込んでしまった。
「……なあんにも教えてくれないか……んまいっか、私の名前だけでも教えておこうかな……」
この女の名前?
———なんで私が知る必要があるんだ?
「私の名前は……ラース。この前この学校に入ってきたばかりで、みんなと友達になることが目標なの。……だから……あなたとも友達になりたいな、って」
友達、友達……か……
今まで勉強尽くしの人生を送ってきた私にとって、その言葉はなんとも甘美な響きだった。思わず逃げ込んでしまいたくなった。
———いや、もういいか。逃げちゃっても。
知りたくなかったし、知った後もしばらくはそれから目を背けていたかった。
そんな現実を見たくなかった。
そんなものの為に私は今まで生きていたのか、なんて知りたくなかった。
でも、だって。
聞いてしまったから。
『うちの子凄いんですよ~、なんたって成績はいっつもトップクラスで……』
自分の部屋の向こう、玄関にて話している親の声だった。
目の前にあるドアより漏れ出す日光が、信じきっていたような私の心を焦がしにくる。
親が話していたのは近所の人だろうか。
聞きたくなかった。
聞き入れたくなかった。
でもやっぱり、認めるしかなかった。
どうしてお父さんが、お母さんが、その時間と金を私のために注いでくれたのか。
その理由を。
———この街、というよりオリュンポス全体で、優生思想が根付いていたのは周知の事実だった。
より優秀な『育て親』、もっと言うと権力者が、より優秀なデザイナーベビーを『我が子』として選び、育て……そんな倫理的にも人道的にも人の所業とは思えないものが、この街では当然のように蔓延っていた。
いつからか、そしてどこからかは分からないが、機神による『オリュンポス外の人類より完璧で、そして永遠の人類』という思想を体現し徹底した監視社会、そのような思想をも生み出し、そしてこのオリュンポスと言う限定的な閉塞社会においての常識として根付いてしまっていたのだ。
でも、私の両親は違うと思っていた。
今までの人生だって、過不足なく私に娯楽を与えて、愛情を注いでくれていた、はずだ。
———と思っていたのは、少し前までの話。
「…………ずっと、ずっと」
私のことをどう見ていてくれたのか。
「……ずっと、私を……」
私を、一体なんだと思っていてくれたのかを。
「———ただのお洋服だと、思ってたんだ」
言わなかった。
直接、言うようなことはしなかった。
だって、もう全てがめんどくさくてしょうがなかったから。
何もしたくなかったんだ、私は。
そんな私を、親は『死んだように無気力になった』と形容した。
そりゃあそうだろう、一度黄ばんだお洋服は、彼らにとっては死んだも同然なんだから。
どこに行くにしろ、何をするにしろ、まるで目が見えないかのように———そして頭に霧がかかったように、全てが不明瞭な世界と化していた。
そこに私としての居場所なんてなかった。
自分でも自分を定義しきれなかった。
今どこにいるのかと言うのも、今何をしているのか、今の目標、今の夢、今の感情、全てが不明確だったのだ。
だから、落ちた。
成績も、信頼も、金という名の信用も。
落ちて、落ちて、もはや親からロクにご飯すら与えてもらえず、栄養失調で学校でブッ倒れた時。
———そう、この時だ。
目の前はまっくらだったけど。
『保健室に連れてってきますね~……』
朧げながらも活発で、太陽みたいな明るさを感じさせる声だった。
「…………ぅ」
次に目が覚めたのは、白い天井の下。
背に伝わる深々とした温かい感覚。
横に目をやると、まるで私を隔離するように区切られた布の壁が、四方八方に張り巡らされていた。
———が。
「あ、起きた?」
失礼にも私の足元にて座っていた赤髪の少女は、私に向かって言葉を投げかけてくる。
「…………起き、ました」
「先生にお願いして、非常食を無理矢理口に入れた甲斐はあるか……まあ、大事には至らなかったから良かったけど、学校で倒れるとか、一体何があったワケよ?」
「あえっ…………あの、とりあえず……ありがとう……ございます」
あんな家の事情をそのままとても話せる訳もなく、私はここで黙り込んでしまった。
「……なあんにも教えてくれないか……んまいっか、私の名前だけでも教えておこうかな……」
この女の名前?
———なんで私が知る必要があるんだ?
「私の名前は……ラース。この前この学校に入ってきたばかりで、みんなと友達になることが目標なの。……だから……あなたとも友達になりたいな、って」
友達、友達……か……
今まで勉強尽くしの人生を送ってきた私にとって、その言葉はなんとも甘美な響きだった。思わず逃げ込んでしまいたくなった。
———いや、もういいか。逃げちゃっても。
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